INTESTINE 21巻4号 (2017年7月)

特集 腸内細菌をめぐって

序説 日比 紀文
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近年,腸内細菌に関する注目度は大きく,腸疾患である炎症性腸疾患や機能性胃腸症ばかりでなく,肥満・糖尿病・高血圧などの生活習慣病や,がん・精神疾患・神経疾患など種々の疾患や病態との関係が明らかになりつつある(図).

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近年のDNA シークエンシング技術の革新的進歩により,数百兆個の細菌から構成される複雑なヒト腸内細菌叢の集合ゲノム(マイクロバイオーム)の網羅的な解析が可能となった.その結果,ヒト腸内細菌叢の生態や機能の全体像が俯瞰され,その変容(dysbiosis)がさまざまな疾患と密接な関係にあることが明らかになってきた.本稿では,次世代シークエンサーを用いた腸内細菌叢の生態および機能を網羅する解析技術について解説する.

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ヒトを含む動物の腸内には膨大な数の腸内細菌叢が共生しているが,腸管は腸内細菌叢を無条件に受け入れているわけではなく,これらに対するIgA を産生分泌して抑え込もうとしている.そのために,パイエル板などのリンパ濾胞を覆うfollicle-associated epithelium(FAE)と呼ばれる上皮領域にはM 細胞と呼ばれる細菌の取り込みに特化した上皮細胞が分化し,GP2 やプリオンタンパク質といった細菌取り込み受容体を発現して細菌抗原を取り込み,細菌に対する免疫応答の誘導に働く.M 細胞の分化には転写因子Spi-B の発現が必要である.また,M 細胞が効率よく細菌抗原を取り込めるように,パイエル板の一部の樹状細胞サブセットはIL-22BP というIL-22 結合タンパク質を分泌してIL-22をキャプチャーし,FAE にIL-22 刺激が入らないようにすることで,FAE による粘液や抗菌ペプチドの産生を抑えている.さらに,腸内細菌は種々のTh 細胞サブセットの分化を制御しており,逆にこれらのTh 細胞の分化やそれを介するIgA の多様性の獲得が腸内細菌叢の多様性を保ったり,Th17 やTreg の分化により免疫恒常性の維持に働く.

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次世代シークエンサーによる遺伝子解析技術の進歩によって,ヒトと共生する腸内細菌叢とさまざまな疾患の病態の関わりについての研究が進められてきた.従来は腸管免疫が炎症性腸疾患の病態の中心と考えられてきたが,これらの研究の進展によって腸内細菌そのものが腸管免疫の病態に影響を与えていることが明らかになってきた.炎症性腸疾患の疾患感受性遺伝子と腸内細菌が密接に関係していることや,炎症性腸疾患患者では腸内細菌叢が攪乱されていることも示されたことで,攪乱された腸内細菌叢(dysbiosis)の正常化が新たな治療戦略として注目されつつある.現時点では,炎症性腸疾患治療としての腸内細菌叢の正常化には限界があるが,今後のさらなる研究の発展によってこれまでとまったく異なる治療戦略の開発が期待されている.

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gut-brain axis(脳腸相関)は,脳と腸の双方向性の情報交換システムである.腸管環境(栄養や腸内細菌叢など)に応じたさまざまな因子(神経性・代謝性・内分泌性・免疫性)がメディエイターとしてgut-brain axis に利用されている.そのため,腸内細菌叢の攪乱(dysbiosis)は,gut-brain axis を介して,腸機能や腸疾患発症・進展だけでなく,宿主の生理機能に大きく関与する.

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われわれ日本人が伝統的に摂取してきた和食は,2013 年12 月に「和食;日本人の伝統的な食文化」と題してユネスコ無形文化遺産に登録された.健康的な食生活を支える栄養バランスは,和食の特徴の一つであるが,戦後日本人の食生活は劇的な変貌を遂げた.高脂肪,高たんぱく,低炭水化物に代表される食生活の欧米化は,数々の生活習慣病のリスクを上げた.これらの変化における腸内細菌の役割を明らかにしていくことは,同時に生活習慣病の改善に寄与する可能性が期待され,今後の研究の発展が待たれる.

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過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome;IBS)の病態に腸内細菌が大きく関与している可能性が高くなっている.感染性腸炎後にIBS が発症し,IBSの腸内細菌組成も健常者と異なる.IBS 糞便中の短鎖脂肪酸の濃度は消化器症状,quality of life,性格傾向まで影響している.ストレスは腸内細菌組成を変容させ,粘膜透過性亢進と内臓知覚過敏を招き,IBS の病態に沿った病理変化を起こす.IBS の腸内細菌を変容させ,症状が改善する場合には,同時に抑うつを中心とする中枢機能が改善する.脳腸相関に沿ったIBS の腸内細菌のさらなる検討が有望である.

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現代社会において,ストレスの存在はわれわれの生活と密接に関係している.日本においてストレスという概念が認知され始めたのは比較的最近のことであるが,一方で消化器と情動との関連性は古来日本でも注目されてきた.近年,ストレス関連精神疾患の発症機序の一つとして腸内細菌が注目されており,実際それらの関連性を裏づける報告もみられるようになってきた.本稿では,ストレスと腸内細菌との関係について述べる.

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ここ数年間での解析法の発達により,腸内細菌叢の研究は目覚ましい進歩を遂げている.腸内細菌はわれわれの消化管でうまく共生しつつ,一方でわれわれにさまざまな影響を及ぼしている.消化管は腸内細菌叢の第一の接触部位であるとともに,それぞれにさまざまな信号伝達が行われている.消化管運動に関しても,腸内細菌の代謝物である短鎖脂肪酸,および胆汁酸の消化管内のG タンパク質受容体を介して,生体内への信号が送られることにより,消化管運動にかかわるPYY といった消化管ホルモンやセロトニンを代表とする神経伝達物質の分泌を刺激し,その運動調節に関与していると考えられている.また,消化管運動に影響する生理活性物質を放出する腸内細菌も存在している.

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大腸発癌と食餌内容との相関は確立しており,動物性食餌はそのリスクを高め,植物性食餌はリスクを低める.この効果は腸内細菌叢を介しており,菌体成分や代謝物によって,宿主の免疫能およびエネルギー代謝が変化する.また,腸内細菌叢は腸粘膜上皮細胞にもさまざまなシグナル経路を通して,遺伝子発現・遺伝子機能の変化を起こし,遺伝子変異,エピゲノム変化をもたらすことによって大腸発癌に関与する.大腸上皮細胞の回転は常在乳酸菌と食物繊維に依存して絶食-再摂食リズムに同調しており,これを含めた食習慣・腸内細菌叢の改善は大腸癌予防に有用である.

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近年の研究により口腔内細菌が腸内細菌に影響を及ぼす可能性があることが示唆されており,一部では口腔内細菌が大腸における腫瘍形成にも関与しているとする指摘もある.歯周病菌が嫌気性環境にある歯肉縁下で,接着因子を利用して共凝集体を形成するように,大腸においても同様の相互作用が促進される可能性がある.最近の研究により,口腔内細菌の大腸癌への関与としてバイオフィルムの形成と,糖非分解性の代謝産物が因子として挙げられている.

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腸管疾患をはじめ多くの疾患の病態に腸内細菌叢の異常が関係しており,これを標的とした治療法が実臨床へと応用されるようになった.おもな治療法としては,抗菌薬を用いるものとプロバイオティクスやプレバイオティクスによるものがある.抗菌薬を用いた治療としては,特定の菌によって惹起される腸管感染症に加え,潰瘍性大腸炎患者の腸内に多く存在するFusobacterium varium を標的としたATM 療法が臨床応用されており効果が確認されている.一方で抗菌薬は菌叢の異常を惹起することも知られており対象症例を慎重に選択する必要がある.プロバイオティクスやプレバイオティクスは抗生剤起因性腸炎などの急性腸炎に対して予防効果が認められている.また,過敏性腸症候群に対しても治療効果が示されている.しかし,炎症性腸疾患などの慢性腸炎や大腸癌に対する効果については一定の見解が得られていない.プロ・プレバイオティクスはいずれも副作用が少ない特長をもち,小児・高齢者や合併症をもつ症例でも安全性の高い治療薬となりうる.また,プロバイオティクス由来物質を用いた新規治療薬の開発も進んでおり,今後の展開が期待される.

連載 腸内細菌をめぐって

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抗菌剤などの投与が原因となって発症するクロストリジウム・ディフィシル腸炎(Clostridium diffi cile infection,以下CD 腸炎)は,高齢者や免疫不全患者では重症化し死に至ることもある.CD 腸炎,とくに難治性再発性CD 腸炎に対する高い有効性から注目されているのが糞便微生物移植療法(fecal microbiotatransplantation;FMT)である.FMT は,内視鏡や経鼻チューブを用いて健康なドナー便をCD 腸炎患者の(小)大腸に直接投与する治療法である.カプセル化した便の経口投与や凍結ドナー便を用いた経験も報告されている.重篤な副作用はほとんどなく,CD 腸炎に対する有効率はほぼ90%に達する.一方,腸内細菌叢の変化が病態の形成に関与することが示されている炎症性腸疾患などについては,その有効性は未だ確立されていない.ここでは,CD 腸炎を中心にFMT の現状とこれからの展望について解説する.

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食事の偏り,不規則な摂食と睡眠不足などの生活習慣の乱れは,腸内細菌の多様性を減じdysbiosis の原因となり,慢性炎症と腸管ホルモン応答異常を宿主に惹起し,肥満症や2 型糖尿病の誘因となる.規則正しい多彩な食事は腸内細菌の恒常性を維持して生活習慣病を予防し,また腸内細菌を標的としたプロバイオティクスや腸管に作用する薬物が,腸内細菌を介した生活習慣病の新たな治療戦略として期待されている.

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慢性炎症は,さまざまな臓器における発癌の高危険因子として知られている.消化器系の臓器に限っても,慢性胃炎に続発する胃癌や,慢性肝炎に続発する肝癌,慢性的な大腸の炎症が引き起こされる潰瘍性大腸炎を背景に続発する大腸癌などは代表的なものであり,それぞれの臓器で,炎症がない場合に比べて腫瘍の発生頻度が明らかに高くなることが臨床的に経験されている.このような慢性炎症を背景にもつ発癌の分子メカニズムを解明することは,慢性炎症が存在する臓器での発癌を予防する方法を開発するうえで,きわめて重要と考えられる.

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われわれは,人工知能を超拡大内視鏡〔endocytoscopy,EC;Olympus(380 倍の超拡大観察により細胞・核をin vivo で可視化)〕に応用した内視鏡自動診断システム(EndoBRAIN®, Cybernetsystem Corp., Tokyo)を研究開発してきた1),2).内視鏡自動診断は,医師の能力によらず,均てん化された診断を提供できるポテンシャルがあり,夢の未来医療として期待されているが3),国際的な裏付けがなされた研究はなかった.今回,ECの経験がある国外の2 施設の協力を得て,Endo-BRAIN の精度検証を行った.

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症例は70 歳代女性,右下腹部痛の精査目的に大腸内視鏡検査を施行した.横行結腸に5 mm 大の粘液付着を伴うⅡa 病変を認めた.インジゴカルミン散布像による通常観察像では病変の一部に腺管の開大を示唆する領域を認めた.拡大観察では本症例は三つの異なるpit pattern を示す領域により構成されていた.病変肛門側右の狭い領域① には典型的開Ⅱ型pit pattern を認め,領域① のすぐ口側の領域② には鋸歯状変化を伴った大柄な管状様pit を認めた.病変の大部分(中央から左側)を占める領域③ には,一見管状様であるが,腺管密度が高く大小不同,配列も乱れた不整なpit を認め,ⅤI型pit pattern と判断した.以上の内視鏡所見より,この病変はSSA/P を基盤とし発生した微小なcarcinoma in SSA/P で,他の所見も併せ,粘膜下層への浸潤の可能性は低いと判断し,内視鏡的粘膜切除術(EMR)を施行した.

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目次

次号予告

編集後記 渡辺 守

基本情報

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INTESTINE
21巻4号 (2017年7月)
電子版ISSN:2433-250X 印刷版ISSN:1883-2342 日本メディカルセンター

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