脊椎脊髄ジャーナル 29巻1号 (2016年1月)

特集 慢性腰痛(非特異的腰痛)

特集にあたって 紺野 愼一
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 慢性腰痛(非特異的腰痛)は,腰痛の80%以上を占めている.しかし,解剖学的な腰の障害ではなく「生物・心理・社会的疼痛症候群」として捉える必要がある.すなわち,心理的因子と社会的因子を考慮して診察にあたる必要がある.腰だけを診るのではなく,全人格を捉える必要がある.このように,慢性腰痛の診断と治療は容易ではない.病態も複雑である.一般的に慢性腰痛は侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・非器質性疼痛の3つの因子が「生きている痛み」として絡み合って発生している.患者によってどの因子が主体となっているかは異なる.われわれは外来でどの因子が主体なのかを明らかにし,その病態に沿った治療を行う必要がある.同時に,慢性腰痛では治療を始める前に患者ごとに具体的な治療目標を設定する必要がある.具体的には,腰痛の程度,QOLの向上(仕事,旅行,ゴルフなど),睡眠障害の改善,ストレスの管理などの治療目標を設定する.定期的に治療目標がどの程度達成されているかを評価する.達成されていない場合は,再評価を行う.認知行動療法が有効な場合もあるが,認知行動療法に関しては,本特集では若干ふれるにとどめた.少なくとも痛みに対する歪んだ考えや完全主義(全か無かの法則)の患者さんに対しては,患者さんの主張をいったん受け入れたうえで,考え方を少しずつ矯正していくことが治療上重要となる.

 近年,慢性腰痛の病態が先人たちの努力により少しずつではあるが,明らかになってきた.それは,大規模な疫学研究や脳機能画像の進歩によるところが大きい.本特集では,慢性腰痛の疫学・病態・病態に基づく治療そしてエビデンスの最も高い運動療法に焦点を置き,慢性腰痛に対する新たな展望を見出すために特集を組んだ.さまざまな立場から慢性腰痛に関する最新のデータを中心に,最もアクティブに研究している先生方に執筆をお願いした.本特集が今後の慢性腰痛の新たな診断法や治療法の開発につながれば幸いである.何よりも,慢性腰痛の患者さんの診察や治療に有効に活用され,慢性腰痛で苦しんでいる患者さんのお役に立てれば幸いである.

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はじめに

 従来,腰痛は,内臓由来,血管由来,神経性由来,心因性,脊椎性と5つに大別されてきた.しかし,実際,その病理を明らかにできる腰痛の頻度は15%程度しかない.日常診療上,腰痛診断の多くは,心筋梗塞や糖尿病のように病理学的な客観的概念に基づいているものではない.大部分は臨床医の考え方により診断がつけられているのが現状である.腰痛は,心理的,社会的因子が早期からその増悪や遷延化に深く関与している.腰痛の大部分は,非器質性(心因性)疼痛,侵害受容性疼痛,および神経障害性疼痛の3つの因子を有していると考えられる.非特異的腰痛とは,脊椎に特異的な病理が見出せない腰痛のことをいう.病歴や理学所見から得られた異常所見に対応した画像所見が存在するかどうかという診断の進め方をしないと,無症状の形態異常や加齢的変化による形態異常を急性腰痛の原因と誤って判定してしまう.画像は,あくまでも愁訴を説明し得る機能異常に対応しているか否かという観点からみる必要がある.「整形外科患者に対する精神医学的問題評価のための簡易質問票(Brief Scale for Psychiatric Problems in Orthopaedic Patients:BS-POP)」は,患者の精神医学的問題の有無をスクリーニングするのに有用である.腰痛の病態は多様であり,いまだに統一された分析法は存在しない.また,腰痛に対する治療で科学的に立証された手技は少ない.われわれは,これらの事実を十分認識したうえで腰痛対策を考慮する必要がある.器質的変化が軽微であるにもかかわらず痛みの訴えが強いというように,自覚症状と他覚所見に乖離が認められる症例では,精神医学的問題や心理社会的因子の関与が疑われる.痛みの増悪や遷延化には心理社会的因子が深く関与している場合があることを患者自身に説明のうえ,同意が得られたならば精神科へ紹介し,リエゾン診療を開始する.

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はじめに

 平成23年(2011年)の厚生労働省の国民生活基礎調査では,頻度の高い自覚症状として,腰痛,肩こり,関節痛,頭痛が上位を占めていることが明らかとなった4).慢性腰痛の85%が,原因の特定できない非特異的腰痛と診断されるように,運動器の慢性疼痛は決して致死的ではないものの,その実態はよくわかっていない.欧米各国での疫学調査では,使用した質問票の相違や慢性疼痛の基準の違いなどによるばらつきはあるものの,慢性疼痛の有症率は23〜35%と報告された1,2,8,10).一方,アジアでの調査では,香港,シンガポールで調査が実施された結果,有症率は9〜11%と欧米と比較して低く9,11),日本での服部ら3)の疫学調査では有症率は13.4%であった.しかしながら,この調査には,頭痛,生理痛,顔面神経痛,帯状疱疹後神経痛なども含まれており,運動器の慢性疼痛に関する詳細な検討はなされていない.そこで,本邦での運動器慢性疼痛に対する今後の対策立案を得るために,われわれは平成22年度(2010年度)〜24年度(2012年度)の3年間,厚生労働科学研究費補助金を得て,「筋骨格系の慢性疼痛にかかわる調査研究」として,臨床医学,公衆衛生,行政施策の観点から,極力バイアスの除去に配慮したデザインにより,全国無作為抽出サンプルに対する疫学調査を実施した.本稿では,慢性腰痛を含む運動器慢性疼痛に対する3年間の調査結果について,年度別に概説する.

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はじめに

 慢性疼痛患者では,精神的健康度が低く治療難航例が多く,約70%が1年以上通院している11,12).長期間の通院により,腰痛に費やす医療コストは巨額となる.従来,腰痛は局所のみの問題とされ,腰痛発生の原因として外傷の存在と,画像検査からの形態学的異常で診断されてきた.しかし,腰痛は,このような解剖学的な脊椎の障害ではなく,形態・機能障害として「生物・心理・社会的疼痛症候群」として捉える必要がある7).生物学的因子とともに,心理的因子,社会環境的因子,価値観,疼痛による生活の障害や不安などが複雑に絡み合っていることから,脊椎障害としてではなく,多面的に診察することが重要である.その1つに,脳における疼痛認知に関連する研究が着目されている.

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はじめに

 腰痛症のうち原因が特定できない腰痛が,85%もあるといわれるようになって久しい1,3).MRIなどの画像検査の進歩にもかかわらず,椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症などと診断できる腰痛は15%程度と報告されている.この原因が特定できない腰痛症が非特異性腰痛と捉えられ,一般国民にとっては腰痛の85%は原因のまったくわからない,診断できない腰痛と捉えられている傾向にある.しかし実際には,詳細な問診,神経学的所見を含めた身体所見に関する丁寧な診察を行えば,非特異性腰痛といえども,その原因の多くは特定でき,治療に結びつくことが多いと感じている.本稿では,エビデンスに基づいた慢性腰痛に対する薬物治療やブロック療法について述べる.また,非特異性腰痛のうち比較的頻度の高い原因である腰椎椎間関節症に関して,山口県で施行した疫学調査のデータを示すとともに,当科で施行している,多裂筋compound muscle action potential(CMAP)モニタリングによる後枝内側枝電気焼灼術の実際と治療成績について述べる.

運動療法 川口 善治
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はじめに

 慢性腰痛には,保存療法のうち単独で有効性が確認されている治療法はない11).よって,われわれは慢性腰痛に対して,保存的加療から手術的加療までさまざまな治療方法を駆使して,その対応にあたっている.慢性腰痛の治療は,痛みを0にすることではなく,痛みがありながらも独力で動いて通常の日常生活動作をなんとか維持することを目的としている.かかる観点から,慢性腰痛に対する運動療法は最も効果がある治療法の1つであり,すべての患者に当てはまる治療法である.また,運動療法は,運動器疾患を扱うわれわれ整形外科医にとっても最もなじみやすく,適切な知識をもっている治療法のはずである.本稿では,慢性腰痛に対する運動療法のこれまでのエビデンスと,われわれの勧める運動療法の実際とその効果を述べる.

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はじめに

 慢性痛の疫学調査より,日本人成人の15〜26%が慢性痛を有している9,10,14,17).慢性痛の部位では,腰部が最も多い.腰痛が長期化することによって,患者のADLやQOLは大きく損なわれ,患者はさまざまな随伴する症状に悩まされる.ときには患者の家族にも身体的・精神的な負担が強いられ,慢性腰痛によって引き起こされる社会的損失は計り知れない.

 腰痛に対する診断や評価は,従来から病態生理学的指標や病理解剖学的指標を中心に行われてきた.しかし,これらの指標だけでは,慢性腰痛の病態を明らかにすることは困難である.近年,腰痛を「生物・心理・社会的疼痛症候群」という概念で捉えることの重要性が認識されるようになり4,5),心理社会的因子に対するアプローチの重要性が明らかとなった.

 当科では,1996年から,心理社会的因子が関与している慢性腰痛患者を対象として,リエゾンアプローチを行ってきた.リエゾンとは「連携」,「橋渡し」という意味をもつフランス語である.すなわち,複数の診療科が恒常的に協力して1人の患者に対して多面的・学際的に診療を行うことをリエゾンアプローチという.本稿では,われわれの診療現場で実際に行っている慢性腰痛に対するリエゾンアプローチについて解説する.

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 ロマン・ロランの名著『ジャン・クリストフ』に「けっして誤ることがないのは,なにごともなさない者ばかりである」という言葉がある.われわれ脊椎・脊髄外科医は,手術をして患者の痛みや麻痺を改善し,QOLを良くすることが本務である以上,手術の必要がある患者を前にしてなにごともなさないわけにはいかない.ときにリスクがあることを承知で厳しい症例に立ち向かっていく必要もある.しかし,一般的な手術においても一定のリスクがあり,過誤がなくても麻痺の悪化,感染,instrumentation failureなどの合併症で患者の機能を術前より悪化させることもあるし,場合によってはその生命を脅かす事態に陥ることさえある.

 2015年10月から医療事故調査制度がスタートした.本制度は医療従事者の過失を問うものではなく,むしろ調査により事故の要因を明らかにし,再発を防止することを目的とした前向きの制度である.原則的に関係者・調査協力者の非懲罰性・秘匿性は守られることが前提となっている.調査対象は死亡が予見されなかった場合であり,提供した医療による死亡の予期について,それを患者に伝えて診療録にわかる形で記載されることが求められているのが現状である.1椎間の除圧を予定している脊柱管狭窄症の患者・家族に「術中に硬膜を損傷することがあり,術後髄液が漏れて感染でもすると命に関わることもあり得ます」と説明したり,以前は「不測の事態」とひとまとめに説明していた術後の全身合併症なども,不測とはいわずに「まれに術中・術後に心臓,肺,脳などの病気が発生して生命に関わるような事態になる可能性もあります」などと説明している.

イラストレイテッド・サージェリー 手術編Ⅱ-85

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手術適応

 脊髄髄膜腫は,脊髄腫瘍の中でも神経鞘腫の次に頻度の高い腫瘍である.硬膜内層より発生し,硬膜内髄外腫瘍の形をとることが多い.脊髄硬膜内腫瘍の約25%程度が髄膜腫であるといわれている1)

 脊髄髄膜腫は中年女性に多く発症し,胸髄レベルを好発とする.発生母地である硬膜を含めた腫瘍全摘出術(Simpson Grade Ⅰ)2)が最も推奨されるが,腫瘍が巨大な場合や,硬膜腹側由来である場合は,やむを得ず腫瘍全摘出と硬膜焼灼術の併用(Grade Ⅱ)や,全摘出のみ(Grade Ⅲ)あるいは部分摘出(Grade Ⅳ)になる場合があり,Gradeが上がるほど再発率が高くなる1).われわれはしばしば再発髄膜腫の症例を経験することがあるが,再発例ほど腫瘍と脊髄の癒着は著しく,手術の難易度も高い.特に硬膜腹側発生の再発髄膜腫に対しては,再々発を避けるためにも,腫瘍全摘出と発生硬膜の確実な切除が重要となってくる.本稿では,再発髄膜腫に対する全周性硬膜切除・腫瘍切除術について,イラストを交えて紹介する.

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はじめに

 整形外科領域において,診断,治療にX線透視画像の使用は必須である.脊髄造影検査,椎間板造影検査はまだしも,大腿骨頸部骨折の骨接合術,手外科分野における鋼線刺入,各種の髄内釘などでは透視画像の支援がなければ手術は成立しない.脊椎手術の分野でも,近年脚光を浴びているLLIF(OLIF,XLIF)やCBT法,経皮的椎弓根スクリューの刺入などで画像支援は重要である.

 これまで整形外科の歴史の中で長期にわたり使用されてきたこの透視画像支援システムであるが,大きく2つの欠点があった.1つはモニターの設置についてである.これらすべての透視画像は手術室において,術者の見やすいところに設置されたモニターに表示されてきた.しかし,術野に大きくせり出して位置する透視装置は術者の視界を制限し,画像の確認が困難なこともしばしばであった.また,同じ情報を共有しなければならない手術助手や看護師などにとって,術者に見やすい位置に設置されたモニターは必ずしも理想的な位置にあるとは限らず,複数のモニターの設置を考慮する必要もあった.

 もう1つの欠点は,透視画像の確認のために術者は術野から眼を離さざるを得ない点である.たとえば,椎弓根スクリューの刺入においては,術者は術野でスクリューの刺入位置を決定し,モニター画面でその位置と方向を確認する.モニターを見るために術者は必然的に頭を動かして視線を術野から離さざるを得ず,その際に無意識に手元のブレが生じてしまう.結果,何度も同様の操作を繰り返すことになり,不必要な被曝を生じてしまう.この傾向は特に経験の浅い術者において顕著である.

Case Study 脊椎脊髄疾患—神経内科医の眼・4

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はじめに

 いうまでもなくMRIは頸椎症の診断に不可欠であるが,どこまで詳細に読影されているかは疑問である.MRIの脊髄横断面(軸位断)では,まず脊柱管の狭小化≒脊髄圧排に眼が行き,次に髄内高信号域の存在が気になる.

 脊髄圧排による循環障害の結果は分水界に現れ,いわゆるsnake eye(s)と呼ばれる高信号域を呈し,「前方型」は前角障害・上肢筋萎縮に対応し,「後方型」は感覚障害に対応する1,6).前後とも障害されると,「H型(コンセント穴型)」を呈する.貴重な剖検例の病理学的検討では,腹外側後索の中心部灰白質の中心における小囊胞性壊死と扁平化した前角における有意な神経細胞脱落が示されている6).ごく最近のMRI軸位断による分類システムの提案7)では,髄内高信号域に重点が置かれ,正常型,中心部広汎型,不明瞭局所(fuzzy focal)型,明瞭局所(discrete focal)型に分けられているが,前方⇔後方の対比はなされておらず,加えて脊髄形状についての言及はない.

 MRI横断面での脊髄形状については,扁平化やコンマ状変形(一側性),ブーメラン状変形が知られている5).脊髄扁平化でPubMedを検索すると,平山病に関する報告が多い2,4)

 筆者はこれまでに虚血による高信号域以外に,Waller変性(下方へは錐体路,上方へは後索)による高信号域について記述してきた3)が,今回は自験例をもとに,脊髄後外側面の直線化が錐体路障害に対応していることを解説する.この直線化が進行すると,三角変形にまで至る.

症例から学ぶ:画像診断トレーニング・第33回

症例:55歳,男性 福田 国彦
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症例

 55歳,男性.

 主訴:胸背部の可動域制限.

 現病歴:数年前から自覚するも,胸背部の強い疼痛はない.

問題

 胸椎の写真(図1)について正しいのはどれか.

 1)終板に破壊がある

 2)椎体に方形化がある

 3)椎間関節に強直がある

 4)椎間腔は保持されている

 5)椎体辺縁性骨棘形成がある

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◆この本は大著である.

 以前の版からしてそうであるが,まずもって,A4版の大型の本である.したがって,持ち運びにくい.が,しかし,その分,画像の本にふさわしく,図が大きく見やすくわかりやすい.持ち運びはあきらめて,自分の机でじっくりと眺め,読むのがよい.その際,そばに電子カルテの端末があると,自分の症例の画像と引き比べることができ,なおよい.

 次にページ数が多く,いっそう重くなった.「序」によれば,第2版の1.5倍のよしである(初版の実に2.4倍と計算される).これは,脊髄とその周辺の疾患の画像診断の蓄積が飛躍的に増している証である.したがって,持ち運びはいっそうあきらめることになるが,その分,知識を得やすいといえる.厚さに乾杯の気持ちになるが,調べ物のときに深酒は禁物である.

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編集後記

基本情報

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脊椎脊髄ジャーナル
29巻1号 (2016年1月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0914-4412 三輪書店

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