呼吸と循環 18巻7号 (1970年7月)

特集 肺気腫

慢性肺気腫—綜説 中村 隆
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 気腫という言葉は元来ギリシャ語のemphysanに由来し,"ふくらます"ことを意味するが,肺気腫を1つの病像として始めて把えたのはLaennec (1819年)である1)。氏は肺気腫を"肺の過膨脹状態で,肺組織の萎縮を伴うもの",と述べたが,これは今日考えても誠に卓見といえよう。本症に関する概念はその後幾多の変遷を経て,最近1963年にいたりWHO Technical Report2)で本症に関して次のように述べられている。すなわち,肺気腫という言葉は現在,病理学的にも,臨床的にも,著しく異なった多様の肺の病的状態をさしてい,臨床的,機能的根拠から生前に肺気腫と診断しても,死後解剖してみて肺気腫がないか,あるいは限局していて,肺の残りの大部分が無傷である,というような例は稀でない。一方,生前に,臨床的,生理学的に肺気腫の証明がないにも拘らず,剖検で解剖学的に肺気腫を認めることもある。解剖学的肺気腫——全く多種多様の型で起こりうる——に相関する唯一の特徴的な臨床的,X線学的,または機能的症候というものはない,とし,さらに解剖学的用語による肺気腫の定義を次のように提案している。すなわち,肺気腫は"終末細気管支より末梢の含気区域において,その壁の破壊的変化の為に,その大きさが尋常範囲を越えて増した状態である"と。

 この解剖学的用語による肺気腫に今日2つの型が知られている。

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はじめに

 昭和35年6月に,中村 隆,笹本 浩,村尾 誠の3名の名で,肺気腫研究会(仮称)の趣意書が各方面に配布され,その年の8月6日,東京のエーザイホールにおいて,第1回の肺気腫研究会が開催された。

 その折の申しあわせにより,東北大学の中村 隆教授を会長,慶大の笹本 浩助教授と東大の村尾 誠助教授を補佐として会の運営を行ない,なお,東北大の滝島任,東大の百瀬達也,慶大の横山哲朗の3名がその実務にあたることとなった。

 この肺気腫研究会の生れでたゆえんは,上述の趣意書あるいは当日の中村会長の挨拶にもある通り,その年の春の日本結核病学会(会長貝田勝美教授)において,非結核性肺疾患のシンポジウムが開かれたことが,直接のきっかけにはなったが,すでに,わが国においても,結核以外の慢性肺疾患の重要性はしだいに認識されつつあり,この問題の解決のためには一つの部門,一つの研究室のみの努力では不可能と思われるので,臨床・基礎を通ずる全国的な研究会の必要が痛感されていた折でもあった,ということなどが,大きな原動力となったといえよう。

 以来,肺気腫研究会は,毎年2回開催され,その大綱は,本誌にそのつど掲載されてきた。昭和38年から39年にかけては,中村教授を班長として,文部省綜合研究「肺気腫の基礎的ならびに臨床的研究」が採択され,基礎および臨床から全国的スケールで19名の班員が参加して,みごとな協同研究を展開し,多大の成果をあげ,わが国における肺気腫研究の指導的役割を果して今日におよんでいる。

 以上のような経過の中から,本項においては,とくに肺気腫の診断基準について,その変遷,問題点などにふれ,あわせて二,三の批判も加えてみたいと思う。

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はじめに

 肺気腫の定義の詳細な点については多少の相異はあるにしても,肺気腫の定義が解剖学的なものであるべきであるという点については異議のないところであろう。しかし解剖学的定義を用いた場合の結果については十分には理解されていないのが現況である。すなわち解剖学的に定義された肺気腫は中年からそれ以上の年齢層の人々にごく普通にみられる状態であり,この場合臨床上みられる身体の無力状態は肺気腫患者のごく一部に認められるにすぎない。すなわち臨床症状を伴う肺気腫は肺気腫全体からみると氷山の一角にすぎないということになる。それでは臨床上一疾患としての肺気腫を診断する基準はどこにおくべきであろうか。このような現状にかんがみて解剖学的な所見と臨床症状,肺機能検査成績などその関連を考慮した,実際的な肺気腫の定義および診断基準が要望されるようになり,その検討が一方で行なわれてきた。これらの検討として著明で,かつ現在一般に使用されている主なものとしては,1959年のCiba Guest Symposium1)の見解や,1962年のAmerican Thoracic Society2)の見解,その他1963年のWHOの報告12)などをあげることができる。またわが国においても昭和36年7月(1961年)第3回肺気腫研究会で協同研究「肺気腫の臨床診断基準3)について」の提案がなされており,その時鈴木,金上氏,長浜,高木,山中氏などから肺気腫診断基準にたいする試案が発表されている。以来肺気腫の臨床的診断基準として示された肺気腫研究会の提案が,わが国の研究者の間で一般にひろく使用されている現状にある。しかし実際には臨床上みられる肺気腫はしばしば慢性気管支炎,ある種病型の喘息,気管支拡張症,などと混同されており,肺気腫をふくめたこれら疾患は肺内気流の持続性閉塞が特徴となっているため,慢性閉塞性肺疾患とよばれる一つの症候群を形成している。従って肺気腫自体の定義,診断基準が定っても,この診断基準が真に活用されるためには,同じく慢性閉塞性肺疾患に属する他の疾患との相互関係が確立されていることが必要である。ここではこの点に焦点をしぼって考察を加えてみたい。

慢性肺気腫(病理) 山中 晃
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まえがき

 慢性肺気腫は近年臨床家の間で大きな関心の的となっており,欧米においては病理形態学的裏付けは1959年のCiba Guest Symposium以後,英国学派と米国学派の間に多少の相違はあるにせよ,おおよそ確立されている。我が国においても,肺気腫研究会が発足して10年の間に多くの業績が発表され,なかんずく東北大学諏訪教授の「肺動脈系の血圧勾配に関する理論的研究」に始まる,「肺の機能と形態,とくに肺気腫の換気力学について」に集約された一連の業績は本邦のみならず,世界的にも高く評価されるべきものである。しかし慢性肺気腫の最終診断は病理形態学的に行なわれるべきものとされ,肺気腫研究会においても,臨床方面から病理側に対し診断規準の検討確立を再三にわたって要求されながら,明確な線を打ち出すことができずに今日に至っている。これは臨床家の関心の大きさに比較して,まだ病理学者の注目する所となっていないこと,検索のため気道からフォルマリン水を注入して固定するなど,多少厄介な面があるなどもその理由にあげられるが,病理学者が肉銀観察を軽視し,顕微鏡に依存する傾向の大きいことも原因の一つとなっている。

 著者らは臨床家との対話の必要上,個々の剖検例について精度の高い診断を比較的簡単に行なうことを目的として努力してきた。従来採ってきたこの方法が妥当か否かについては今後の検討をまたねばならないが,特に呼吸機能検査データと対比する問題については,なお多くの点で検討する必要が痛感される。

肺気腫肺の換気力学 諏訪 紀夫
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 肺気腫の臨床症状の中核をなすものはいわゆる閉塞性呼気障害である。これは努力して呼気を行なっても呼気量が増加しない,すなわち強制呼気に際して気道抵抗の増加を示唆する症状が見られることを意味する。しかしこの気道抵抗増加の原因を,形態学的に認められるような気道の病変に求める試みは,今日まで充分の成果をあげていない。たしかに肺気腫肺には閉塞性小気管支炎や,小気管支周囲の瘢痕形成による気道の狭窄が認められることはある。しかし問題はこのような形態学的に認められる気道の病理学的変化が,量的に肺気腫の呼気障害を説明するに足りるかどうか,ということである。一般に通常の組織標本について見ても,肺気腫肺の末端気道は全体としてはむしろ拡張しており,気道の閉塞ないし狭窄の像はむしろ比較的少数認められるにすぎないからである。従って肺気腫の閉塞性呼気障害に,気道の形態学的変化がどの程度のかかわりをもっているかを判断するためには多少の定量的処理が必要である。

 空間中にその方向がrandomizeされた管状の構造物があった場合,これがある単位面積の平面と交わってつくる切口の数をCu′とすると,その管状構造物の単位体積中の総長LuはLu=2Cu′というきわめて簡単な関係から求めることができる。この関係を利用して,単位の肺容積中に存在するある範囲の直径をもった気道の総長を求めることが可能である。気道内にformalinを注入して拡張固定した肺の組織標本について,それぞれの気道の切口の直径を求め,ある直径の範囲毎に気道の切口の出現頻度を求めて見ると,正常肺では図1のような分布が得られる。これについて見ると,正常肺では終末細気管支にほぼ相当する位の直径200〜280μ程度の気管支の切口の出現頻度が最も高いこと,そして直径200μ以下の気道は例外的にしか存在しないことがわかる。ところで肺気腫肺について見ると,全般的に最も著しい変化はこの直径200〜280μ程度の小気管支の切口の出現頻度が著しく低下していることである。これが単に細気管支の拡張によるものでないことは,比較的大きな直径の気管支の切口の出現頻度が別に増加していないことからも推測できる。一方比較的少数の肺気腫例では正常肺に比較して直径200μ以下の異常に細い気道の出現頻度が高いことがある。しかしこれらの異常に細い気道の切口の数を直径200〜280μ程度の気道の切口の数に加えて見ても,直径200〜280μの気道の出現頻度は正常肺に及ばない。つまり肺気腫肺の末端気道は末端の方から気道としては消失して,肺弾性系の中にとりこまれて行くことを示すものである。この結果から見て,肺気腫の気道抵抗の増加を形態学的に認めうるような気道の狭窄に求めるのは無理であることがわかる。

肺胞孔と肺気腫 長石 忠三
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 以下は,肺胞孔と肺気腫なる演題で,私どものところの岡田慶夫講師が行なった走査型電子顕微鏡的観察12)(scanning electron microscopic observation)の一部と,久野健志講師がサンフランシスコのカリフォルニア大学心臓血管研究所でDr. Staubとともに行なった人工的肺胞孔(artificial alveolar pores)に関する肺生理学的研究8)の一部とを結びつけて,肺胞孔と肺気腫との関係について考察したものである。肺生理に関する佐川講師らの仕事の一環でもある。

 隣り合った2個の肺胞間に,それらに共通した細気管枝(bronchiole)を介しての間接的な交通路があるほかに,いわゆる肺胞孔(alveolar pores)を通じての直接的な交通路があることを初めて指摘したのは,H.Kohn4)7)である。1881年から1893年にかけての頃のことである。

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はじめに

 肺気腫については,1959年にCiba Guest Sympo—sium1)が「終末気管支梢より末梢の肺胞腔が壁の拡張,あるいは破砕のいずれかでその大きさを異常に増加することにより特徴づけられた状態」と定義し,「以後は剖検による以外に肺気腫という名称を用いず,従来,一般に慢性肺気腫と称してきたものを不可逆性閉塞性肺疾患と命名する」ことを提案した。この結論に即応し,わが国の肺気腫研究会2)3)では1962年に「臨床家のみている慢性肺気腫は一つの症候群であり,これと形態学的肺気腫との関連については将来の問題にする」ことを含みとし,病歴,自他覚症状,胸部(単純) X線などで肺気腫に特徴ある異常を示すことを前提として,肺機能,とくに1秒率に重点を置いた診断基準を作った。すなわち,肺機能は少なくとも1966年までは慢性肺気腫の臨床診断に重要な役割を果してきたわけである。何故なら,1967年に至り中村ら4)により4倍拡大の造影法が肺胞と末梢気管支の場に応用され,これによって肺胞位はもちろん,むしろそれ以上に末梢気道の組織構造的な変化が生前に診断可能なことが判ったからである。以後,肺機能は主に慢性肺気腫「患者」の臨床的な重症度を決める基準,症状発現と病態生理の関係,ならびにそれらに基盤を置いた治療方法の開拓と副作用などの研究3)〜15)に努力が注がれるようになった。この間10年,全国の会員から多くの研究が報告され,私らもこの動向の中にあって肺機能,とくに肺胞機能を軸とした検討を進めてきた。肺気腫研究会創立10周年記念講演会に当たり,ここでは,私らの割当てられた使命と時間(紙面)の制限上その概要を述べるに止めたい。

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はじめに

 肺生理学研究が著るしく進歩した今日においても,スパイログラフィーが肺機能検査のうち基本的なものとしての重要性はいささかも失なわれてはいない。スパイログラムのうち努力性呼出曲線は,中村・滝島ら1)が指摘している如く,呼息筋の力や胸廓系の抵抗を一定とみなせば,肺気道系の粘性抵抗を推測するのに簡易な方法であり,その臨床的意義は決して少なくない。したがって気管支喘息・慢性肺気腫・慢性気管支炎など閉塞性障害を基本的パターンとする疾患の診断には必要欠くべからざる検査となっている。ところがその閉塞性障害の判断に当っては主として1秒率が用いられており,努力性呼出曲線上2秒以後の部分から与えられる情報はほとんどとり上げられていないのが現状である。著者ら2)は,先に各年齢層を含む健康人男女合計814例の努力性呼出曲線の分析を試みた結果,加齢の影響はむしろ呼出曲線の後半部に著るしく現われることを明らかにした。したがって努力性呼出曲線の判断には1秒率という曲線上の1時点を捕えるのみでなく,曲線全体を評価することが必要であると考えているが,今回は慢性肺気腫症例について同様の検討を行なったので,その大要を報告したいと思う。

肺循環—肺血圧について 三瀬 淳一
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Ⅰ.肺動脈圧

 肺循環系は低圧系であり,その血管床の容量は大きく,また伸展性に富み,血流の増加に対する生理的適応はきわめて大きいと考えられている。そうして肺動脈圧中間圧の正常値上界は,国際的にも15mm Hgであることが承認され(われわれは高くても正常値上界は16mm Hgを越えないと考え)ている。そうして運動負荷による肺動脈圧の上昇は一般に心・肺疾患に伴う肺血管の異常を示すものであるとされていた1)2)。肺血圧測定の零点の位置は一般に胸骨第2肋骨附着部と背面の中点を選ぶ研究者が多い。

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 肺循環は肺動脈系と肺静脈系が肺毛細管床を中心として構成する低血圧系であり,その機能と構造において体循環とは種々の点で相違している。しかし,従来はその差異が強調される反面,類似点が軽視される傾向のあったことも否定できない。さらに,肺循環の研究にあっては心カテーテル検査を欠くことができない点や,その微小循環を可視下におくことの技術的困難さも,体循環に比べて肺循環研究のおくれを招いた原因となっている。最近,体循環において肺動脈系をresistance vessels,静脈系をcapacitance vesselsと考え,それらの総合において体循環の機能と構造(形態)をとらえる考えかたは生理学方面から開拓され,次第に臨床的研究に活用されようとしている。これにたいし,肺循環の研究においては,肺動脈系のみが取り上げられ肺静脈系は不当に軽視されているのは片手落ちといわざるをえない。これは,左心カテーテル検査の普及がおくれていることに密接な関係があるとは思うが,実験的研究はもちろん臨床的研究においてもそのような方法論的な欠陥を見逃すことは正しくない。その意味で,われわれの教室が今までに行なった研究の成果を肺気腫合併肺結核に焦点をしぼって述べてみたいと思う。

 われわれは重症肺結核患者の心肺機能検査を進めて行くに従い,その主体は拘束性換気障害であるが,これに閉塞性換気障害が加わる場合その外科的治療の予後が不良であることを知った。しかも,血液ガス所見からいえば,低O2血症と低CO2血症が前面に現われ,高CO2血症は末期にならないと現われず,この点が慢性肺気腫患者と相違する点であると考えた。そこで,肺気腫合併肺結核の病態生理(根本光規1))が研究の対象となったわけである。

肺気腫の内科的治療 村尾 誠
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Ⅰ.肺気腫研究会十年の歩み

 十年一昔というように,肺気腫に関する知識はこの十年間に随分豊富になった。我が国での十年間の歩みは,肺気腫研究会の出題傾向によっても知ることができよう。私の執筆担当の内科的治療についてみると,今日までの全出題数130のうち17%を占めている。研究会発足当時は,肺気腫の定義や肺機能の分析などに議論が集中して,治療の問題はほとんど提起されなかった。第9,10回(1964)に,杉山・長野(九大)がacetylcysteinを中心とする粘液溶解剤の効果について報告してから,漸く治療関係の出題が多くなり,第13,14,15,17回は,特に治療面についてのシンポジウム形式の研究会がもたれた。ステロイドホルモン,酸素,気管支拡張剤がそれらの主題であった。

 しかし,今の時点で反省してみて,肺気腫の治療法が過去十年間にはたして向上したといえるであろうか?少なくとも,内科治療法の方法論に関しては,名著であったBarach, Bickerman編集の"Pulmonary Emphysema"(1956)の記載より明らかに進歩したとはいえないような気がする。

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 高齢者肺癌に対する手術の頻度は,年々増加しつつあるが,かかる症例は当然加齢に伴う種々な機能障害の合併が考えられ,特に心肺機能予備力の低下が重要な問題であり,加齢に伴う老人肺の気腫性変化による機能的および形態的異常があげられる。しかしながら肺癌は,放置すれば,致死的な悪性の疾患であるから,高齢という理由だけで手術適応から除外することは許されない。

 ここに高齢者,なかんずく肺気腫を合併した高齢肺癌患者の心肺予備能力を,術前に明確に把握しておくことの重要性および外科手術の機能的安全限界を確立し,その基準に拠って積極的に手術を行なうことの必要性が認識されなければならない。

巻頭言

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 日本における呼吸器疾患の臨床の実際と研究の主流が,結核から慢性肺気腫をはじめとする非結核性肺疾患へと移行しようとする気配がみえはじめた,昭和35年のある日,肺気腫研究会を結成するための準備会がひらかれた。肺気腫が前景に出たのは,たまたまその前にひらかれた座談会での話題とも関連していたということであったが,非結核性肺疾患研究への足がかりをつくること,将来の呼吸器疾患研究への方向づけなどの理想をもち,また,肺気腫という一つの疾患をとおして基礎医学と臨床医学との協力,形態学と病態生理学との接点を求めるなど,今日でいうプロヂェクト・リサーチの組織をつくろうとの意欲に満ちた計画であった。

 当時は,まだこの分野への関心は大きくはなく,したがって研究者の顔ぶれも限られたものとならざるをえなかった。それでも生理学,病理学,内科学,外科学の権威が賛同され,東北大学中村隆教授,慶応義塾大学笹本浩教授(当時助教授),北海道大学村尾誠教授(当時東京大学助教授)のお世話で発足することとなった。この計画の実現にあたってはエーザイ株式会社出原義雄,岩佐昭二両氏の熱心な協力があったことを記しておきたい。

基本情報

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呼吸と循環
18巻7号 (1970年7月)
電子版ISSN:1882-1200 印刷版ISSN:0452-3458 医学書院

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