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はじめに
昭和35年6月に,中村 隆,笹本 浩,村尾 誠の3名の名で,肺気腫研究会(仮称)の趣意書が各方面に配布され,その年の8月6日,東京のエーザイホールにおいて,第1回の肺気腫研究会が開催された。
その折の申しあわせにより,東北大学の中村 隆教授を会長,慶大の笹本 浩助教授と東大の村尾 誠助教授を補佐として会の運営を行ない,なお,東北大の滝島任,東大の百瀬達也,慶大の横山哲朗の3名がその実務にあたることとなった。
この肺気腫研究会の生れでたゆえんは,上述の趣意書あるいは当日の中村会長の挨拶にもある通り,その年の春の日本結核病学会(会長貝田勝美教授)において,非結核性肺疾患のシンポジウムが開かれたことが,直接のきっかけにはなったが,すでに,わが国においても,結核以外の慢性肺疾患の重要性はしだいに認識されつつあり,この問題の解決のためには一つの部門,一つの研究室のみの努力では不可能と思われるので,臨床・基礎を通ずる全国的な研究会の必要が痛感されていた折でもあった,ということなどが,大きな原動力となったといえよう。
以来,肺気腫研究会は,毎年2回開催され,その大綱は,本誌にそのつど掲載されてきた。昭和38年から39年にかけては,中村教授を班長として,文部省綜合研究「肺気腫の基礎的ならびに臨床的研究」が採択され,基礎および臨床から全国的スケールで19名の班員が参加して,みごとな協同研究を展開し,多大の成果をあげ,わが国における肺気腫研究の指導的役割を果して今日におよんでいる。
以上のような経過の中から,本項においては,とくに肺気腫の診断基準について,その変遷,問題点などにふれ,あわせて二,三の批判も加えてみたいと思う。
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