呼吸と循環 18巻8号 (1970年8月)

巻頭言

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 昨秋,新潟市のがん治療学会で,堺学会長は,「がんは患者に知らすべきか,知らさぬ方がいいか」といったテーマを提示され,各層の方々によって討論がなされた。これは当時の関心を呼んだのであったが,この学会のあと間もなく堺教授は胃癌で御他界された。堺教室の方々は教授の癌を極力御本人には知らすまいとして随分と御苦労されたということを聞いた。手術も4度なされたというが,いくら似たような胃の潰瘍の写真を御見せして,「これが先生の胃です」と説明し,「そのための手術だ」と申上げてみても,先生は専門家だけに当初からきっと「それ」と気付いておられたかもしれない。周辺の御心使いを知りつつもなお,このようなテーマを掲げて,死を直視させられている同病の患者さんの苦悩を受止めて,この「人間にとっての最大の問題」「生死の問題」を,最も冷静に客観的な問題として提示し,いずれ死すべき生物としての人間ではあるが,その未だ死を直視しようとしていない人達は,特に医者や看護婦を含めて,どのようにその死に直面した人を思いやったらいいのか,そのあり方,考え方について問い質したかったのではなかろうか。この問題は多分に宗教家のテーマでもあるように思われるが,常に「死」を前提とした宗教家よりは,常に「生」を目標とした医者や医学者が取扱った方が,より普遍性のある方向が示されると期待されたのではなかろうか。しかし,このテーマは確実な癌の治療薬のできてくるまでは結論が出ないことであろう。

 ただし,当がんセンター放射線科には常に60余名の色々な種類の癌患者がいるが,その全員が「あなたは何という癌です」と言渡されている。この根拠は不安のままいくつかの病院をすでに通ってきた患者さん方であり,全員放射線治療をうけていて,その癌をとても隠しおおせないからであり,不安のままの日々よりは,はっきりと病名を知らせておいた方が,患者に対してもその家族に対しても,その治療や看護の上からも円滑に事を処し易いからであろう。もちろん,担当者一同常々それによる患者の「苦悩の深まりを慮る」ことを忘れず努力しておられ,この病棟の雰囲気は必ずしも陰鬱とは思えず,むしろ病名を隠すことに心を砕いている病棟よりは明るくさえ見える。これはリニアック,ベータトロン,ラヂウム療法などによって軽快退院する同病者をその目で見てとることができて,自分の癌疾と死とを直線的に結び付けずにすむためかとも考えられる。序に,当がんセンターが発足して1年8ヵ月になるが,この1.5年間に入院登録された原発性肺癌123名中50名(40.6%)はリニアックや化学療法などによって,一応は軽快退院させることができ,毎週1,2名が比較的元気な顔を外来に見せてくれている。なお,これら肺癌患者が始めて病院を訪れた動機をみると,第1位は「咳嗽」の47.3%,第2位は集団検診やなんらかの自覚症があって撮られた胸部X線写真上に異常陰影を発見された者で36.4%,血痰は27.3%などであったが,この胸部写真上の異常陰影を発見した医師の判断がその患者の予後に少なからず影響している。

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はじめに

 Galenのいわゆるlife-giving spiritであるpneu—mataを仮定した呼吸学説が,ルネッサンスにいたるまで,およそ1300年にわたって信奉されていた。その後いろいろな学説があらわれ,また元素としての酸素,炭酸ガス,窒素などが相ついで発見されるにいたった。

 近代生理学の一部門として呼吸の問題がとりあげられたのは,今世紀のはじめにおけるガス交換の機序に関する,拡散と分泌両学説の対立にはじまったということができる。ここで本論文の主題である"肺胞気の組成"がHaldane, Krough, Barcroftをはじめ幾多の先覚者によってとりあげられ,それぞれの立場を主張するために実際に肺胞気を採取し,分析する努力がなされた。今日のような測定技術をもたなかった当時にあって,肺胞気および動脈血の分析が,かなり高い精度をもってなされていたことは文献によってもうかがわれるところであり,われわれは,これら先覚者の努力に敬意を払わねばならないであろう。

 これよりさきCrehant (1862)は1回呼吸法で,H2を含む混合ガスを被験者に吸入させ,数回にわたって呼気中H2濃度の測定を行ない,それが均一でないことを報告している。その後KroughおよびLindhard (1917)も呼気の部分でCO2濃度が異なることを実験的に確認して,ここに肺胞気組成の不均等が存在することが明らかとなった。

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はじめに

 ある疾患のnatural history自然歴とは文字通りに解釈すれば,治療を加えないで自然のままに観察した経過ということになるが,このようなことは医療の世界では不可能に近い。したがって,何らかの治療を行ないながらの長期の観察の結果がnatural historyということになるが,原因的治療が行なわれた場合にはもはやnatural historyとはいえなくなる。先天性心疾患や弁膜疾患で手術を受けた患者がnatural historyの通念から外されるのは当然であろう。

 では対症療法を受けている患者の経過をnatural his—toryとしてよいか,というと答えは必ずしも簡単ではない。例えば,本態性高血圧症の真の原因は未解決ではあるが,現在の優れた降圧剤の治療によってその予後が改善されたことは明らかであり,降圧剤によって十分な治療を受けた患者の経過はもはや真のnatural historyとはいえないであろう。natural historyを著しく変化させるような治療は,疾患の真の原因や薬剤の作用機序が完全に解明されていなくても,薬剤の作用が疾患の本質に関っていると想像される場合には,対症療法ではなくて原因療法と考えることもできる。しかし,心臓の病理学的変化には何の作用もないジギタリス剤や利尿剤を用いて,心不全患者を治療することはどうであろうか。ジギタリスの発見が心不全患者のnatural historyを大きく変えたであろうことは疑う余地はないが,現代において心不全を生ずる諸疾患のnatural historyを考えるときに,ジギタリス使用患者を除外することは不可能である。対症療法とよばれている多くの治療法も,このような意味ではnatural historyに影響を与えているに違いない。

 このような意味では,prognosisという言葉が治療までも含めて,時代の変化に応じて無理なく理解される概念であるのに対して,natural historyという言葉はある時代という限定を加えてもあいまいさが残るが,これはnatural courseを阻止し,またはその方向を変えるのが臨床医学の目的である以上,当然ともいえるかも知れない。

 完全房室ブロックは種々の原因によって生ずるが,器質的原因によるものでは自然または治療による回復の可能性は少なく,従って治療はAdams-Stokes発作の予防など,主として対症的なものであった。最近に登場した人工ペースメーカーは房室ブロックの治療上では画期的なものであり,完全房室ブロックのnatural historyを大きく改変しつつある。本稿では人工ペースメーカーを使用しない完全房室ブロック患者の経過,という意味でのnatural historyについて述べたいと思う。Adams—Stokes発作や心不全の発生,完全房室ブロックの進展や可逆性,死亡の原因や時期などが問題となるが,個々の治療法との関係についても述べないことにしたい。

講座

肺生理学的シャント 渡辺 敏
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はじめに

 生体における肺の働きは,体の末梢組織より戻ってきた静脈血を肺におけるガス交換により酸素化して動脈血とすることにある。しかしながら,心臓より肺に送り出された血液はすべてガス交換にあずかるわけでなく,一部の血液は肺毛細血管を介してのガス交換に参加しないまま,全身循環に入り,これが肺生理学的シャントまたは静脈血混合といわれている。このような肺生理学的シャントは正常人でもある程度存在しているが,肺疾患その他いろいろな条件が加わることにより増加し,ために動脈血中の酸素分圧の低下がおこり,いろいろと難しい問題が生じてくるのである。

 今回は肺生理学的シャントに関するこれまでの知識を整理しながら,主に基礎的なことについて概説しようと思う。

 さて肺生理学的シャントの命名法に関して,今までの成書,文献等をしらべてみると,physiological shunt, venous admixture, anatomical shunt, constant shunt, capillary shunt, alveolar shunt, variable shunt, pathological shunt, shunt-like effect等いろいろいわれ,多少混乱をきたしている感がある。とくに本文の主題である肺生理学的シャントphysiological shuntには,不幸にも二つの意味があり,一つは生体が正常時に有するシャントを意味し,他の一つは全てのシャントをひっくるめたものをいい,venous admixtureと同義と考えられている。生理学的死腔の場合と同じように考えて,シャントの場合もphysiological shuntを後者の意味で解釈し,その中にconstant shunt, variable shuntの二つが存在し,前者にはanatomical shunt,後者にはcapillary shuntまたはalveolar shunt, shunt-like effect等が含まれると考えた方が良いようである。なおpathological shuntというのは,あまり使用されないが,正常人でみられないようなanatomical shuntが存在する場合を示すために,使用されることがある。

 以下肺生理学的シャントを構成する因子について説明する(図1)。

補助循環 桜井 靖久
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はじめに

 血圧が80以下となり,皮膚は蒼白あるいはチアノーゼを呈し,胸内苦悶を訴えつつ意識を失ない,ショック症状を続けたままついに死亡する,といった心不全,心臓性ショックの患者を眼前にして,施す術のないもどかしさ,やりきれなさを痛切に感じた経験は臨床医家の胸に少なからず秘められている。特に急性心筋硬塞のうち調律や伝導の異常(electrical failure)による死亡はCCUにおける絶え間のない監視のもとに,ペースメーカや除細動器などによって,大幅に改善されてきた。しかし心筋の収縮力不全(power failure)に対しては未だ確実に有効な手段が実用化されてはいない。

 補助循環(assisted circulation以下A-C)とは機械的手段を用いて,血液循環を助けようという治療手段の一つであり,薬物や酸素などの化学的手段のおよばなくなった心臓不全,循環不全に対する一つのアプローチである。古くからおこなわれていた瀉血なども,消極的ではあるが機械的に循環を補助する一つの方法と考えられよう。

 このようなA-Cという方法は人工心肺,局所灌流などの体外循環の発達によって生み出されてきた方法であるが3)4),以下にいくつかの分類的定義を掲げてみよう。

〔1〕(広義のA-C):機械的手段を用いて血液循環を助          ける

  (狭義のA-C):体外循環を応用して不全心の機能          を機械的に助ける1)2)

〔2〕(救急的A-C):急性心臓不全患者に対して簡単な          操作で救急的に行なう

  (一時的A-C):急性心不全や心臓手術後の患者に          長くとも数週間程度適用される

  (長期的A-C):広範な心筋傷害などに対して長期          的ないしは半永久的に心機能を補          助あるいは代行するためのA-C          で,補助心臓,副心臓,完全人工          心臓などが含まれる

 このうち救急的A-Cと一時的A-CとはA-Cを施行すること自体が原疾患に対して治療になるか(たとえばcounter pulsationによって冠状動脈の側副血行路を開通させるなど),あるいはA-C施行中に内科的,外科的に原病をなおすものであるが,それに反して長期的A-Cは,それなくしては血液循環が保たれないというものであり,いわば体の一部となった人工臓器であり,前二者との間には根本的な差異がある。

 アメリカでは,1964年春以来,国立心臓研究所(NHI)の中にArtificial Heart Programという専門の部が設立されて,広義のA-Cの研究開発計画が樹立され,年間数十億円という予算規模をもって,A-Cに関するすべての分野(装置,材料,血栓および血液破壊防止,制御,エネルギー源,駆動法,生体への効果など)の研究を民間の各施設(大学,病院,会社など)に委託しており,そのカバーする範囲は,医学から化学,電子,機械,原子力にいたるまできわめて広い10)11)。心臓死に対して根本的に挑戦しようというアメリカ国家の姿勢がここにうかがわれるのである。

 A-Cの最終目標は心臓移植にとってかわる完全人工心臓の完成であろう。しかしそれはさておき,新しい治療方法としてのA-Cの研究,臨床応用は今後ますます盛んになると思われる。以下にその概略を解説してみたい。

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はじめに

 従来心臓カテーテル法を行なうには内腔のあるカテーテルを心血管内に挿入して採血,圧測定を行ない,血液の酸素含有量または酸素飽和度をVan Slyke法,cuvette oximeter等で測定するのが標準的とされてきた。Van Slyke法はかなりの採血量を要するため小児の検査には不利であり,ガス分析には長時間を要する上,かなりの熟練者が行なったものでないと測定結果が信頼し難い。また検査時間自体も長引くためその間に患者の状態が変化してデーターの解釈を誤まることもある。さらに得られる値はある部分での血液酸素含有量の平均値であり,心拍動,呼吸等に伴なう変化は捉えることができない。cuvette oximeterを使用すれば採血量,検査時間等はかなり節約できるが,やはり採血時の平均値しか得られないことはVan Slyke法と同様である。

 そこで心臓カテーテル法に伴なうこれらの欠点を解決するものとして,1962年Polanyiら1)はfiberoptics(線維光学系)を生体の血管内に挿入して光を送り,血液の反射光により酸素飽和度を測定する方法を考案し,その後多くの研究者2)〜5)により基礎的研究,装置の改良,臨床的応用などが報告されてきているが,臨床上の普及は意外に遅く未だに手軽に使用できる実用機の完成を見ていないのが現状である。諸外国における成績および本法の基礎的な研究については本誌第16巻第12号の"装置と方法"欄に中村ら5)によって紹介されているので参照されたい。著者らは独自にfiberoptic oximeterの開発を進めていたが,1969年に試作第一号機についての経験を報告して以来,装置の改良,動物実験を重ね,1969年日本胸部外科学会総会,1970年日本循環器学会総会で発表したように臨床例28例に使用して満足すべき結果を得たので,装置の概要および臨床データーについて述べると共に,今後の問題点を考えてみたい。

ジュニアコース

ハイパーカプニア 山村 秀夫
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 hypercapniaはhypercarbiaともいわれ血中のCO2分圧が正常以上に上昇した場合をいう。正常のPCO2は36〜44mmHgであるから,これ以上上昇した場合はhypercapniaといってよいであろう。

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Ⅰ.主訴としての息切れ

 患者の主訴を検討してみると炎症に関連して出現する発熱・疼痛・腫張・機能障害や,五感臓器に関連している視力障害・聴力障害というような単純な要素のものと,全身倦怠感・食思不振・息切れ等のように複雑な要素のくみ合わせから構成されているものに分類することができる。患者の主訴はこれらのものが組み合って表現されていることが通例である。問診のポイントはこれらの要素を分析して,より客観的なものとして記述しておくことである。したがって患者の表現と問診者の解釈とが記載されていることが好ましいといえる。このことは患者の訴えている状態がそのまま疾病の状態を示していないことがあるからである。今回の症例も神経筋の疾患であるが,同時に息切れを訴えていた。この息切れについての充分な検討が行なわれていなかったものである。

 息切れ(呼吸困難)は主体としては呼吸機能に関連あるが,ガス交換の入口としての肺機能のみでは適正に表現されない場合があることは周知のことである。したがって主訴として表現されるときには主観的な因子が混在していると説明しなければならなくなる。しかし息切れを訴える患者については総合的な肺機能検査を行なってその状態を把握しておくことが大切である。

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はじめに

 Intensive Coronary Care Unit (C. C. U.)の普及によって不整脈死が著しく減少した今日,心筋破裂は急性循環不全とならんで,急性心筋硬塞における最も重要な,かつ宿命的な合併症の一つとして注目に価すると思われる。その発生頻度は必ずしも高くはないが,破裂または断裂を生じた部位によって多少の差異はあるにせよ,予後はきわめて不良である。唯一の救命手段は外科的治療法にあると考えられるが,手術時期の問題,進行する循環不全という悪条件下に大侵襲を余儀なくされるジレンマ,脆弱な心筋壊死組織を縫合閉鎖するという技術上の困難性などから,手術の成功は容易に期待しがたい。筆者らは,東京女子医大C. C. U.において,過去2 1/2年間に250名の急性心筋硬塞症を治療したが,心筋破裂16名を経験し,うち14名を失なっている。心筋破裂の発生頻度は7%,死因の19%を占める。ほかに剖検を行なわなかったため,死亡原因が判然としない急死例5名のうち3名が死亡前後の状況からみて心室破裂と推定される。

 過去,心筋破裂を病理学的に検討した報告は少なくないが,臨床経過を詳細に追及した論交にはほとんど接しない。わがくににおいては皆無である。本稿では,診断が確定している心筋破裂16名の臨床像および病理所見に基づいて,本邦人における心筋破裂の特殊性について私見をのべ,心筋破裂の誘因,寄与因子,予測の可能性,治療法などを検討したいと思う。

原著

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はじめに

 気道のダイナミックスの評価は,いわゆる閉塞性肺疾患の診断のために重要な意義を有する。構造的破壊をともなう閉塞性肺疾患の早期診断のみならず,大気汚染や喫煙の影響による軽度の気道障害の検出についても関心がよせられている。このための臨床険査として,従来スパイログラフィーの強制呼出曲線から得られる1秒量,1秒率,MMFなどの指標が用いられてきたが,閉塞性障害の程度をより直接的に反映し,またより軽度な気道障害をも敏感に検出しうる気道抵抗,あるいは気道コンダクタンスの意義はとくに大きい。

 臨床的にこの指標を活用して気道障害を早期に検出するためには,その正常値,あるいは正常範囲の決定,ならびにこれに影響を及ぼす種々の因子の検討が重要な課題であろが,これらの問題についてまだ十分な検討を行なった報告は少ない。本研究はこれらの問題の検討を目的としたものである。

基本情報

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呼吸と循環
18巻8号 (1970年8月)
電子版ISSN:1882-1200 印刷版ISSN:0452-3458 医学書院

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