看護教育 60巻4号 (2019年4月)

特集 実習でともに育つ学生と教員―学生・実習指導者・教員の「それぞれのリアリティ」

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看護教育において、実習が重要な役割を担うことは議論をまちません。

同時に、多くの先生方が特に悩まれる教育場面も、実習指導ではないでしょうか。

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看護職生涯発達学の視座からとらえた学生

 私たち(表1)は、看護職生涯発達学領域で学んだ修了生の仲間です。看護職生涯発達学は「基礎教育の学生を含めて看護師が生涯にわたり発達し続けたことを支援する学問」1)であり、2004年に東京女子医科大学大学院看護学研究科において佐藤紀子先生によって立ち上げられました。看護職生涯発達学領域で学び、博士前期課程、博士後期課程を修了した仲間は、臨床、教育などのフィールドで生涯発達をとげる看護職の多様なありようにまなざしを向けて活動しています。学生を含めたすべての看護職が、育ち合い、自分らしく看護職としてのキャリア形成をしていくことは切なる願いの1つです。

 看護職生涯発達学において、「学生を含めたすべての看護職」という点は重要です。雑駁な理解かもしれませんが、近接領域と比較すると、それぞれのとらえの特徴があるのではないでしょうか。看護教育学の視座からは、学生は看護学を学ぶ途上にある人であり、教える-教えられる関係において、学習目標の達成をめざして教えられ、学ぶ存在であるとして、また、看護管理学の視座からは、学生は未来の看護職のひとり、すなわち組織構成員として施設のミッション達成をめざす一員となっていく存在であるととらえられるのではないかと考えました。

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看護学実習のリアリティに着眼した経緯

看護職はみな大変

 2018年度日本看護学教育学会交流セッションは、「看護学実習における学生のリアリティに寄り添い、ともに育つ—学生・指導者・教員のそれぞれの見え方から」のテーマに行き着きました1〜4)。看護職生涯発達学の視座から看護学生をとらえ直し、学生への多角的なとらえを拡げ、看護学実習指導への方向性を見出す取り組みです。

 詳細は前述記事(264〜267頁)に記載していますが、同学会2回の交流セッションでの企画経験、参加者の発言から、話題提供に対して参加者のとらえは多様であるという気づきを得ました。その多様なとらえにおいて、「学生とともに学び育つ看護学実習」という視座は必ずしも容易には伝わらないことを再認識しました。そこから看護学実習での「それぞれのリアリティ」に行きつくヒントとなったきっかけとして、以下のエピソードがあります。

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 本稿では、実習現場における困りごとで、「状況についてのそれぞれの感覚的なとらえ」を実際にどのように整理していったか、場面ごとにワークシートを用いて事例を紹介する。ここで記述されたリアリティは、筆者が当該実習中にそれぞれの人たちとの対話のなかで理解し、この事例の再構成に際して見直したものである

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看護学生との出会い

 10数年前、臨床看護師として看護学生の臨地実習指導をしていました。当時、私は臨地実習指導について、看護学生に不足していること、理解できていないことを補足し教えることだととらえていました。しかしその一方で、看護学生のもつ新鮮な思考や対象のとらえ方にハッと思わされたこと、日々の看護実践のなかで忘れかけていた看護の本質を考える機会を得たこともたくさんありました。このような経験は、みなさんもされたことがあるのではないでしょうか。私は、こうした経験から、看護を学ぶ学生へ関心をもち、現在、教員として学生とかかわっています。

 そして臨地実習に参加するなかで、影として学生の実践を見守る役割となり、自分自身が看護実践できないことのもどかしさや葛藤を経験することも多々あります。そんなとき、“学生という立場であっても、看護職として同じ土壌に育っている1人のひとである”という思考に立ち返ることで、学生を自分のなかでの世界観でとらえていたことに気づかされます。

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指導者にとっての、変わりゆく看護実習指導

 私は現在、教育担当の師長として、実習を受け入れる学校の担当教員との打ち合わせや、院内の部署責任者、実習指導者と連携などの業務を行っています。実習指導について、とても印象に残っている言葉があります。それは以前に、実習病棟の看護師長から受けた報告です。「指導教員から、予定されている実習グループに留年生が含まれており、指導が大変なので留年生について詳しく申し送りをしたい、と依頼がありました。打ち合わせは必要だと思いますが、病棟も忙しいのであまり時間もかけられないし、学生を偏見をもって見ることは学生の可能性も潰すことになるのではないでしょうか」という報告でした。

 学校側には、留年生が受け持ちをすることで患者に負担をかけたくない、実習指導者にも指導で負担をかけたくないという思いがあったのかもしれません。一方、師長の言葉には、留年後に1年かけて勉強をして再び実習を行おうとしているのだから、実習に対する姿勢や患者への対応は学生自身がどうするべきか考え、行動変容しているに違いない、教員がみている学生像と指導者がみる学生像は違ってみえているかもしれない、既成概念にとらわれず学生に向き合いたい、といった思いが込められていたのではないかと思います。

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2018年11月10日、医学書院会議室にて「教育実践を研究にするSoTLと研究デザインワークシートのつくり方」と題する公開収録が開かれました。その内容を、2回にわたって誌面でご紹介します。『看護教育』編集室

連載 核心に迫る授業改善 インストラクショナルデザインによる事例検討・1【新連載】

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IDの専門家が看護教員とともにお悩みを解決

「役に立ちました」と言われる連載をめざして

 本誌の59巻1号(2018年1月号)は「インストラクショナルデザインを活かす」という特集でした。私も執筆者の1人として記事を書きました。あの記事を読んだ方から「おもしろかったです」という感想をいただきました。でも「役に立ちました」という感想は残念ながら今のところ、どなたからもいただいていません。とっても残念なので、「役に立ちました」と言っていただけるような連載を始めたいと思います。

 何を書けば「役に立ちました」と言っていただけるのか考えたときに、やはり看護教育に携わる皆様が悩んでいることに対する解決策を提案するのがよいのではないか、と思い立ちました。「Tell me ではなく Show me」すなわち「能書きはいいから、実例を見せろ」というインストラクショナルデザイン(Instructional Design; 以下、ID)の鉄則にも即しています。

連載 専門看護師とともに考える 実習指導のポイント 昭和大学の臨床教員の立場から・1【新連載】

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 昭和大学では4学部6学科のすべてにおいて臨床教員制度を導入している。昭和大学が臨床教員制度を推進する背景には、基礎教育からの一貫した教育体制によって、大学理念である優れた医療人の育成につながるとの考え方がある。

 保健医療学部看護学科の43名の臨床教員は、8か所の附属病院のうち6か所に配置されており、他の教育機関であれば専任の教員が行うシラバスの作成から成績評価まで行っている(臨床教員制度の概要は316ページのコラム参照)。

連載 医療通訳inバンクーバー・1【新連載】

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 はじめまして。カナダのバンクーバー、ビクトリア、トロントで日本人向け医療サポート会社(医療通訳、保険請求代行サービス)Trans Medを経営している高橋麻貴子と申します。今までの経歴をとおして、文化の違うカナダの医療や生活について書かせていただくことになりました。よろしくお願いします。

 第1回は、カナダに旅行にいらした方が病院にかかるときのことを紹介します。

連載 つくって発見! 美術解剖学の魅力・16

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 骨盤はひとかたまりの大きな骨格ですが、実は背骨と脚の骨の一部からなる複合体です。腹と脚の間にあるので、内臓保護と脚の運動の両方の役割を兼ねています。腰回りで皮膚のすぐ下に触れるのが寛骨です。大きい寛骨の上方を腸骨、下前方を恥骨、下後方を坐骨と呼び分けます。骨盤の下半分は底の抜けた穴だらけのどんぶりで、これを小骨盤と呼び、膀胱や直腸などが収まります。上半分が腸骨からなる大骨盤で、ここに脚を動かす大きな筋が付きます。

 造形では、小骨盤から始めます。まず、底の抜けたどんぶりを作り、前方の正中と後方の左右に切り込みを入れます。そして、穴のすぐ後ろに股関節となるくぼみを作ります。仙骨がある後方は厚くします。

連載 障害や病いとともに学ぶ、働く・3

進路選択 瀬戸山 陽子
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実習を経て感じたこと

 前回の連載で、私は、各領域の実習にそれぞれ介助者(伴走者)をつけて実習へ行ったと書いたが、精神看護の実習だけは必要ないだろうとのことで介助者がおらず、気持ちのうえではなんだか自由を感じていた。もちろん、領域ごとに介助者をつけて実習に出させてもらえることは、とてもありがたかった。母校には感謝してもしきれない。それでもやはり、一看護学生に介助者がつくことでの難しさや、介助者がいることによって、以前はできていたであろうことができなくなった自分に直面せざるを得なかったので、精神看護の実習では、それを感じず心が軽かったように思う。もちろんそれなりには大変だったが、今となっては、すべてがいい思い出だと感じる。

 そんなこんなで私は、一領域を除いてすべての実習において介助者をつけてもらいながら、定められたカリキュラムを終えることができた。実習中は必死だったのでゆっくり考える暇はなかったが、実際に実習に出たことで、いわゆるベッドサイドの臨床現場は自分にとって非常に難しさが多い場所だということを知った。まず、大抵の病棟のナースステーションは、物が多くて狭い。私の補助具として片方のロフストランド杖を使用しているが、杖を使って歩くのには人より幅をとるため、ナースステーションでは、いろいろなものにぶつかった。私は当時既に左の聴力と視力がなく、加えて、左の三叉神経麻痺(顔半分の知覚麻痺)の症状もあったため、自分の左側の世界を感じなかった。そんな状態のため、より一層物や人にぶつかってばかりだったように思う。

連載 臨床倫理を映画で学ぼう!・4

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作品紹介

 今回は『神様メール』(ジャコ・ヴァン・ドルマル監督、2015年、仏・ベルギー・ルクセンブルグ)を紹介します。主人公は11才の少女エア。彼女の父親は「神」で、自分が最初につくった地(!)であるブリュッセルに住んでいます。神は、家族に対してとても横暴で、人間社会を多くの不幸とわずかな幸福、偽りの希望の世界にしました。全能なのに人間の救済に関しては何もせず、普遍的な不快な法則を創作して悦に入っている輩です。

 こんな愚かな父親との10年間の監禁生活に嫌気が差したエアは、父親への復讐として彼の信頼を失墜させるために全人類に余命を「送信」して世界を大混乱させ、同時に人間界に降りて新しい6名の使徒を探し出し、新約聖書を書き直すために旅に出るのでした。ちなみに彼女の兄はイエス・キリスト(JC)。人間界で彼女は6人6様に不幸な使徒たちに出会い、その人生の語りを聞くと同時に彼らの「心の音楽」を聴き取ります。そして、従来のキリストの使徒12名にこの6名が加わり合計18名になったとき、世界は神から女神(エアの母)に委ねられ、人々に想像を絶する奇跡が起きるのでした。

連載 看護師のように考える コンセプトにもとづく事例集・04

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本連載では、米国を中心に広まりつつある「コンセプトにもとづいた学習活動」を導入する試みとして、事例を作成しています。事例提供は、熟達した実践経験をもつ看護師です。学習するコンセプトを表現するために、典型的な疾患や病態を示す患者の状況を選択し、「看護師ならこう考える」という視点で学ぶことができるように解説しています。質問項目は「卒業年度の看護学生や新人看護師が、知っているとよいと思う程度の難易度」に設定しました。基礎教育では、既存の知識を臨床で活用するための課題や自己学習に活用できると思います。読者のみなさまからの感想や意見を寄せていただけたら幸いです。

奥裕美(聖路加国際大学)

※詳細は小誌59巻12号参照

連載 看護に恋した哲学者と読む ベナーがわかる! 腑に落ちる!・12【最終回】

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 本連載は、ベナー看護論を、そのベースとなっている「現象学」という哲学の視点から理解することを目指してきました。そのため、まずもってベナー/ルーベルの『現象学的人間論と看護』*1で提示されている現象学的人間観の5つの視点、すなわち「身体化した知性」「背景的意味」「気づかい/関心」「状況」「時間性」について解説し、この書物で展開されている看護理論のいくつかの特徴についても考察しました。そのうえで第10回からは、ベナーの単著『ベナー看護論』*2に立ち返り、そこで採用されている方法と、この方法によって明らかにされた看護技能の5段階の理論について、現象学的人間観という視点から考察いたしました。

 この書物の第1の目的は、「達人の臨床実践に埋め込まれている知の独自性と豊かさ」を明らかにして「看護理論」に組み入れ、これを看護実践や看護教育に活かすことにありました。そのため、ベナーは多くの達人看護師に—また比較のため新人看護師や看護学生にも—インタビューや参与観察を行い、それらによって得られたデータを、「ハイデガーの現象学」に基づいた「解釈的アプローチ」という方法によって明らかにしようとしました。この方法を採用した背景には、ハイデガーの現象学やそれを解釈学へと展開したガダマーの「経験」概念に学ぶことによって、人間が、そのつどの「状況」において「経験」を積み重ね、状況を共有する人々との間に「背景的意味」を形成していく「時間性」という在り方をした自己解釈する存在であり、達人看護師の「専門的技能」も、そのつどの「状況」との「トランスアクション」によって生じる「経験」の積み重ねによって形作られていくという人間観がありました。

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目次

新刊紹介

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本当の看護とは何かを知りたい人に読んでほしい

 魂の看護に出会えました。でも、看護師の物語ではありません。看護するとは看護師だけの仕事ではなく、普通の人が普通の生活のなかで、大事な人を思いやり行動することすべてが看護することなんだなあと思い返しました。書き手である看護師の藤田愛さんも、たくさん看護されている姿が手に取るようにわかります。

 「看護師のコミュニケーション力が落ちている」と言われて久しいです。患者経験をした人は、「看護師は一歩踏み込む対話ができない」と言いますが、藤田さんの対話力は凄まじく素晴らしい。うまい具合に踏み込んで、気持ちよいほどに患者や家族、ときには医師の心をつかみます。それは耳でキャッチして頭で理解するのでは到底なく、全身で感じるのでしょうね。推察とも違って、たとえ言葉による表現がなくても、看護師藤田さんの五感から得られた情報からのアセスメントに第六感が加わって確信につながるのです。全身全霊をもって看護するとは、こういうことだということが表現されています。「何かあったら呼んでください」と形式化されたセリフしか言わない看護師とはまったく違うことが、誰が見てもわかります。

INFORMATION

基本情報

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看護教育
60巻4号 (2019年4月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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