臨床皮膚科 72巻3号 (2018年3月)

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要約 7歳,女児.出生時より左腰部に有毛性の淡褐色斑あり.10か月前から色素斑の下端に結節が出現し徐々に増大した.同部位は2か月前から急激に隆起し,熱感を伴った.現症は左腰部から左側腹部にかけて有毛性の淡褐色斑を認め,その下端に8×7×4cm大の熱感のある弾性硬の淡暗紅色のドーム状腫瘤を認めた.腫瘤部の病理組織像は表皮に胞巣なく表皮直下から脂肪織に異型メラノサイトが稠密でシート状に増殖していた.色素斑部は表皮に胞巣なく,真皮中層から皮下組織にかけて異型に乏しい小型の母斑細胞を層状に認めた.病歴と病理組織学的所見より先天性巨大色素細胞母斑に近接して発生した悪性黒色腫pT4aN2bM0 Stage Ⅲbと診断した.巨大色素細胞母斑では黒色腫は真皮内発生で発見しにくいのに加えて,自験例は稀な真皮内型母斑で黒色腫の発生が想起されにくく,発見時にはstageが進行しており急な転帰をとったと考えられた.

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要約 81歳,男性.初診3年前からセンノシド(アローゼン®),4か月前からタムスロシン,レバミピドを内服していた.初診7か月前に背部に瘙痒を伴う紅斑が出現し,1か月前より全身に拡大したため当科を受診した.比較的最近に内服を開始したタムスロシンとレバミピドを中止するも改善せず,センノシド(アローゼン®)を中止したところ紅斑は色素沈着化した.内服テストで軀幹四肢に紅斑が新生し,センノシドによる薬疹と診断した.内服中止5年後,軀幹四肢に紅斑が再燃した.詳細な問診にて同時期より他院でセンノシド(プルゼニド®)が処方されていたことが判明した.内服中止したところ,皮疹は改善した.緩下薬であるセンノシドは多数の製剤が存在するため詳しい問診が必要である.発症まで長期間かかることがあるので,長期間内服していても薬疹の原因となることを認識することが重要である.

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要約 66歳,男性.過去にワインを飲んだ後にアナフィラキシー症状を呈した既往がある.今回はみかんのワインを飲んだ後から呼吸困難と全身に浮腫性紅斑が出現し救急搬送された.ワインに添加されている亜硫酸塩をアレルゲンとして疑った.亜硫酸塩と呼ばれる化合物のうち,亜硫酸ナトリウム,亜硫酸水素ナトリウムとピロ亜硫酸ナトリウムについてプリックテスト,皮内テストを行い,皮内テストで3物質とも陽性を示したことから,亜硫酸塩によるアナフィラキシーと考えた.また,亜硫酸塩は昇圧剤やステロイドなどの緊急時に使用する薬剤の多くに添加されているため今後,症状出現時に使用可能な薬剤を検討し,エピペンの所持はせず,亜硫酸塩が添加されていない薬剤のみで対応する方針となった.

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要約 37歳,女性.約9年前の妊娠後期より左腰部に表面光沢を伴う紅色局面が出現し,約7年前に当科を受診した.病理組織像で,表皮の液状変性,真皮のムチン沈着,真皮の血管および付属器周囲に巣状の密なリンパ球浸潤を認め,円板状エリテマトーデス(discoid lupus erythematosus:DLE)と診断した.ステロイド軟膏外用にて一時軽快したが,約3か月前より同部位に皮下硬結が出現した.病理組織像で,以前のDLEの変化に加え,真皮から皮下脂肪織にかけてびまん性に,結節状の密な炎症細胞浸潤を認め,lobular panniculitis,石灰化を認めた.深在性エリテマトーデス(lupus erythematosus profundus:LEP)と診断し,プレドニゾロン20mg/日の内服を開始した.3週間後に皮下硬結は改善を認めたため,プレドニゾロンを漸減し,6か月で内服を中止した.その後は再燃を認めていない.DLEにおいて,強く炎症細胞浸潤を呈す場合には,LEPに進展する可能性があると考えた.

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要約 55歳,男性.当院初診3か月前より前額部の線状紅斑が出現し,徐々に下方へ拡大したため前医を受診した.剣創状強皮症を疑い皮膚生検を施行したところ,病理組織学的に液状変性が著明である一方,線維化の所見はみられないことから,剣創状強皮症よりも皮膚エリテマトーデスを疑う所見であった.1か月後に当科を紹介され受診し,再度皮膚生検を施行したところ,液状変性とともに真皮中下層の膠原線維の膨化・増生を認めたため,剣創状強皮症と診断した.プレドニゾロン15mg/日の内服を開始したところ,皮疹は軽度の萎縮・陥凹を残し消退した.剣創状強皮症は治療が遅れた場合には不可逆的な変形を残すことから,早期診断と治療介入が重要であり,早期病変では線維化像よりも液状変性が顕著である場合も存在することを念頭に置く必要があると考えた.

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要約 51歳,女性.慢性痒疹に対し2015年10月よりプレドニゾロン錠(PSL)5mg/日を内服していた.2016年7月より味覚異常,食欲低下を自覚した.同年8月よりPSLの減量に伴い,急性発症の顕著な脱毛を認め,精査目的で当科を紹介され受診した.初診時に休止期脱毛症,手掌・足底の褐色斑,舌炎を認めた.消化器症状や,血液検査にて血清鉄・フェリチン低値,低蛋白血症を認めたため,当院消化器内科にて上・下部消化管内視鏡検査,カプセル内視鏡検査を行い,胃,十二指腸,および空腸,回腸,結腸に多発する炎症性ポリープを認めた.経過中に腹痛・下痢,爪甲脱落を認め,Cronkhite-Canada症候群と診断した.PSL 30mg/日で治療を開始し症状の改善を認めた.診断には特徴的な皮膚・付属器所見が重要であり,適切な治療を行えば経過良好な疾患であるため,皮膚科医も脱毛や爪甲異常,色素斑といった症候について知識を有して診療を行う必要がある.

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要約 61歳,女性.初診の1年以上前より腹部に皮疹が出現し,増大したため近医より当科を紹介され受診した.初診時,腹部に水疱様外観を呈し紫斑を伴う黄褐色の軟らかい結節を認めた.皮疹の病理組織像では,表皮は萎縮し,真皮全層に淡紅色の無構造物質の沈着と血管,汗腺周囲に形質細胞の浸潤がみられた.淡紅色の無構造物質は,Congo red染色やDFS染色で染色されアミロイドの沈着と確認された.沈着していたアミロイドは,抗ALλ抗体と比べて抗ALκ抗体優位に染色された.他臓器病変はなく萎縮性結節性皮膚アミロイドーシスと診断した.以前よりドライアイの自覚症状があり,精査にてSjögren症候群の合併が判明した.結節性皮膚アミロイドーシスと萎縮性結節性皮膚アミロイドーシスの異同については議論のあるところであるが,自験例は本邦既報告例における萎縮性結節性皮膚アミロイドーシスの特徴に合致していた.

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要約 16歳,女性,3年前から左耳介に自覚症状のない毛細血管拡張を認めた.その後同様の皮疹が左頰部,左側頸部,左大腿,左下腿,左足背に拡大した.またダーモスコピー像は不規則分岐状の毛細血管拡張であった.病理組織学的に真皮上層に血管拡張と血管周囲の炎症細胞浸潤を認め,unilateral nevoid telangiectasiaと診断した.過去の文献報告では皮疹はデルマトームに沿って出現することが多く,また上半身のみに認めることが多い.自験例は頸部のみならず下半身にも皮疹が出現していた稀な例である.片側性の帯状の毛細血管拡張を見た場合,念のため全身の皮膚も確認する必要がある.

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要約 82歳,女性.10年前より自覚した腰部の皮疹が徐々に増大し,家族に指摘されて受診した.左腰部に20×14mm大で広基性の黒色結節と,15×14mm大のドーム状に隆起した黒褐色結節が隣接していた.両結節は同一の紅色局面で取り囲まれた.ダーモスコピー所見では,どちらの結節も青白色網目状構造(whitish blue network)が主体で,一部血管拡張を認めた.結節周囲の紅色局面は淡紅白色網目状構造(whitish pink network)を呈した.病理組織像では,両結節ともporoid cellが表皮から連続して真皮内に索状に増生し,胞巣を形成していた.腫瘍胞巣内にはメラニン沈着を認め,cuticular cellが裏打ちする管腔構造もみられた.一方の結節では偽角質囊腫がみられ脂漏性角化症が鑑別になったが,ダーモスコピー所見,病理組織像から両結節ともにpigmented eccrine poromaと診断した.Pigmented eccrine poromaの診断には,ダーモスコピー所見,病理組織所見を総合的に検討することが重要である.

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要約 62歳,女性.右側頸部の皮角様の角質増殖を伴った腫瘤を主訴として受診した.有棘細胞癌を疑い全切除術を行った.病理組織像は複数の組織型の混在した基底細胞癌であった.病変中に不規則な有棘細胞の増殖を示す部分があり,良性表皮増殖性疾患が合併した可能性が考えられた.臨床像を再検すると,ダーモスコピーにおけるmultiple blue-gray globules, arborizing vesselsに相当する基底細胞癌を示唆する所見が部分的に保たれていた.皮角を思わせる角質塊を伴った基底細胞癌の報告は少なく,希少例として報告する.十分に腫瘍の性状を観察することにより基底細胞癌の臨床診断が可能であったと思われた.

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要約 症例1:88歳,女性.下腹部の28mm×25mm,表面乳頭状,褐色調の隆起性結節で,ダーモスコピー上,桃白色網状および紅色胞巣状構造が主体であった.臨床像およびダーモスコピー所見より汗孔腫と診断した.症例2:89歳,女性.左下腿後面の直径20mm,皮膚潰瘍と黒色斑を伴う隆起性結節で,ダーモスコピー上,多彩な血管形成がみられた.ダーモスコピー所見より有棘細胞癌と診断した.切除標本病理組織像で2例とも汗孔癌(porocarcinoma:PC)と診断した.PCは,高齢者の下肢に好発する比較的稀な皮膚付属器悪性腫瘍である.近年,PCを含め低色素性腫瘍の臨床診断にダーモスコピー所見が利用されつつある.腹部と下腿のPCを1例ずつ経験したのでダーモスコピー所見を中心に検討した.ダーモスコピー所見で,桃白色無構造内部にヘアピン血管,線状不整血管など多彩な血管増生があればPCも鑑別に挙げるべきである.

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要約 76歳,男性.初診3か月前より鼻背部に自覚症状を欠く紅色結節が出現した.鼻背部中央に6×4mm大の暗紅色結節を認め,病理組織像では真皮浅層〜深層にかけて腫瘍細胞が塊状に浸潤,増殖していた.腫瘍細胞はCD5(−),CD10(−),CD20(+),CD79a(+),cyclin D1(−),bcl-2(+),bcl-6(−)であり,遺伝子検査にてIgH鎖遺伝子に再構成を認めたためmarginal zone lymphomaと診断した.鼻背部以外に原発巣と思われる部分はなく,t(14;18),3q27(BCL6),t(11;18)の染色体転座を認めず皮膚原発と診断した.自験例では通常発現しないCD43陽性であることが非典型的であった.免疫染色結果のみでは診断に至らないこともあり,遺伝子変異の検索は有用である.

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要約 23歳,女性,看護師.初診の3年前より右足底疣贅に対しヨクイニンを内服したが効果なく,左足底にも拡大し2015年7月当科を紹介受診した.右母趾腹〜母趾球部,第1足趾間周囲,左母趾球部,踵,アキレス腱部に角化性局面を認め,右足底は癒合しモザイク疣贅の状態であった.削り処置と液体窒素凍結療法を行ったが足底はほとんど変化なく,35日後より夜間のみの活性型ビタミンD3密封外用療法を毎日患者自身で施行してもらった.外用16日後,明らかに軽快し,68日後・初診100日後治癒した.疣贅治療には絶対的に有効なものはなく,病型,重症度,年齢,部位,治療歴,治療へのコンプライアンス等を考慮して治療法を選択する必要がある.活性型ビタミンD3密封外用療法は治療に難渋することの多い足底疣贅に対して有効性を期待できる治療法の1つであると考える.

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要約 8か月,男児.初診1か月前から軀幹・四肢に瘙痒のある皮疹が出現した.初診時,体幹の紅斑と手指足底の潮紅,小水疱と紅色丘疹を認めた.鏡検では疥癬虫卵・虫体は検出できず,乳児湿疹としてプレドニゾロン吉草酸酢酸エステルの塗布を開始したが,翌日母親が近医にて疥癬と診断されたため再診した.右手掌の小水疱と右足底の線状皮疹より疥癬虫卵,虫体を検出し,乳児疥癬と診断した.フェノトリンを顔面を含む体全体に1週間隔で計2回の外用を行った.1回塗布後7日目に体幹のびまん性紅斑が出現するも,一過性でその他の副作用はなかった.2回目外用後,足底の漿液性丘疹は残るも,潮紅,疥癬トンネルは消失し20日後に治癒と判定した.フェノトリンは乳幼児への保険適応はあるものの,症例の蓄積がないことより,保護者への説明と承諾が必要である.小児と同様に,乳児にもフェノトリンを第一選択薬として推奨するためには,今後症例の蓄積が必要である.

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 臨床の傍ら,基礎研究や臨床研究に日夜取り組んでいる医師にとってのモチベーションは何だろうか? 難病の病態を解明したい,希少疾病の治療薬を開発したい,など,十人十色だと思うが,今のアカデミアのシステム下で研究を継続していくためには,コンスタントに成果を出し続けなければならず,目的と手段が入れ替わってしまうことが往々にして起こりうるのではないか.小生が大学院生として研究に取り組んでいる時期は,STAP細胞,ディオバン事件などの研究不正事案が社会問題化し,日本の研究に対する信頼は地に堕ちた.小生はまだ見習いではあったが,一日の大半を細胞やマウスと格闘し,思うような結果の出ない毎日にもどかしさを感じていた.当時,学会発表を聴くたび,文献を読むたび,結びには決まって“この研究の成果は新規治療に結びつくかもしれない”という文言が使われていたが,全く現実味のない話だと穿った見方をしていた.しかし,実際に研究成果が実用化に至る過程はどのようになっているのだろうか,今後も研究を続けていくために知りたいとも思った.

 医薬品の開発は非常に長い年月と莫大な資金を要する.しかも,新薬の候補化合物のうち,開発が成功し実際に上市される確率は,1/25,000〜30,000といわれている.特に,基礎研究から臨床開発への橋渡しの段階は,“死の谷”と呼ばれ,アカデミアと製薬企業の相互理解が得られず,産学連携が円滑に進まない現状から実用化を目指すうえでの大きな障壁となっている.そして,臨床開発におけるもう一人の重要な登場人物が「官」である.

連載 Clinical Exercise・127

Q考えられる疾患は何か? 川瀬 正昭
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症例

患 者:50歳,男性

主 訴:左第1足趾背側に疣状結節

家族歴・既往歴:特記すべきことなし.

現病歴:約1年前に,左第1足趾背側に誘因なく疣状皮疹を生じ,以後緩徐に増大したため,前医を受診し,皮膚生検でリンパ管腫と診断されて,当科に紹介され受診した.

現 症:左第1足趾背側に,5×15mm前後の,角化を伴い,数珠状に連なった表面平滑な硬い疣状小結節を認めた(図1).周囲にわずかに浮腫を伴っていた.

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欧文目次

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 皮膚T細胞リンパ腫(cutaneous T-cell lymphoma:CTCL)は,幅広い症状をもたらす疾患で,一般的に治癒が難しい.CTCL患者の一部にはCD30の発現が認められ,特に菌状息肉腫患者は多くがCD30陽性であることが知られている.著者らは,CD30陽性のCTCLで,治療歴を有する患者を対象に,抗CD30モノクローナル抗体に微小管阻害薬であるモノメチルアウリスタチンEを結合させた抗体薬物複合体であるブレンツキシマブ・ベドチンの有効性と安全性を通常の治療と比較する,オープンラベルのランダム化フェーズ3試験ALCANZAを計画した.

 本論文では,菌状息肉症または原発性皮膚未分化大細胞リンパ腫(primary cutaneous anaplastic large-cell lymphoma:pcALCL)と診断された131人の患者を,ブレンツキシマブ・ベドチン群と従来治療群に割り付け,治療成績を解析した.

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 わからない言葉があればすぐにスマホやパソコンで検索して(それも無料で)調べる習慣がついている私たち.医学英和辞典を手元に置く必要があるのかと時代錯誤に思えるでしょう.日進月歩の医学分野で一般的に使われる用語を67,000語に集約し,それも,医学だけでなく薬学・検査・看護・介護の分野でも使えることをめざして作られたなんて,そんな辞書が可能なのだろうか? これがこの辞書を知った時の私の初めの正直な気持ちでした.同時に,インターネット上の情報収集は,いくら便利で,頻繁に利用し,その場は用を足しても,断片的で頭の中を素通りする気がして,専門用語が自分の言語体系として血肉になる感覚が得られにくいことが,以前から気になっていました.

 本書はポケット判でとてもコンパクトなので手に収まりが良く(手触りも良く),机上でもまったく邪魔になりません.何よりも,充実した内容と,印象強く理解を助け知識を増やす効果にはただただ驚いています.それに,医学以外の領域にも深い関心と配慮が本当に向けられているのです.例えば,“nurse”(看護師)という言葉ひとつをとっても,“community nurse”(地域看護師)と“public health nurse”(保健師)の区別が的確です.“assistant nurse”(看護助手)・“practical nurse”(准看護師)・“registered nurse”(看護師)・“nurse practitioner”(ナースプラクティショナー)の区別や表記,さらにリエゾンナース,リンクナースなどの近年使われるようになった用語にもわかりやすい説明が付いているのです.続いて次の“nursing”の項にも,“nursing home”(老人保健施設)や“nursing ethics”(看護の倫理)など,日本語でなじみがあっても英訳しにくいような言葉がきちんと載っています.かといって,医療者におもねるのではなく,nursingのそもそもの意味は「(1)授乳,(2)看護,養育」というように,社会常識的な見解も端的に示しています.

次号予告

あとがき 中川 秀己
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 この3月一杯で大学を退任することになりますので,『臨床皮膚科』の編集委員も退任いたします.読者の先生方,編集室,編集委員の皆様,今まで本当にありがとうございました.

 私は大学を卒業する1977年3月の時点で,どの科に入ろうか決めていませんでした.当時は研修制度がなかったため,直接希望の科に入ることになっており,実際に仕事を開始するのが5月連休明けだったこともありますが,学生時代はクラブ活動,遊び,人生勉強などで医学の勉強はほとんどしていなかったため,興味がある科がわからなかったのです.ただ,研究が主体の科は避けようと思っていたので,目で見ることで判断が付く科がいいなと漠然と考え,臨床なら皮膚科か整形外科,基礎なら病理を考えていました.皮膚科を選んだきっかけは,自分の目で診て診断ができることに興味があったからですが,当時の指導医の先生方の眼光は鋭く,次々と正確な診断が付けられることに驚きましたが,まさにこれが皮膚科臨床の醍醐味でした.その後,ハーバード大学のマサチューセッツ総合病院に留学し,故Fitzpatrick教授から,臨床・研究のマインドの勉強をさせていただいたのが教室員の指導に大いに役立ったと思います.皮膚科一筋で41年(東大20年,自治医大7年,慈恵医大14年)なんとか無事に勤めることができました.今までの皮膚科の道程を振り返ってみると,いろいろなキャラクターを持った先輩,同輩,後輩の先生方が親身になって応援してくれたのが,ここまで皮膚科一筋で続けられた一番の要因であると考えます.感謝いたしております.

基本情報

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臨床皮膚科
72巻3号 (2018年3月)
電子版ISSN:1882-1324 印刷版ISSN:0021-4973 医学書院

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