助産雑誌 57巻12号 (2003年12月)

特集 地域と施設を結ぶコラボレーションシステム

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新しい周産期ケアシステムの必要性

 少子化が言われるようになって久しい。高齢化には喫緊の問題の対策としてさまざまな社会制度改革が進められているが,少子化に対しては対策が早かったとも十分に行なわれたとも決して言えないだろう。しかし社会的活力の向上には,高齢化対策だけでなく,少子化対策は最も重要な課題である。少子化防止は,いかにして子供を産み,育て,親子が安心して暮らしていけるような社会にするか,という膨大な社会基盤の問題でもある。その意味で,総合的な社会的対策が必要であるが,周産期医療はその中でも基礎的な要素である。

 不妊治療,母子保健診療体制,NICU体制,母性教育,思春期ケアなど,周産期医療の問題は多々あるが,今もっとも重要な問題となっているのは,周産期ケアシステムをいかにして現状にあったものにしていくか,ということであろう。少子化による産科医師や小児科医師の減少がある。また妊娠や出産に対する社会的な考え方も変化している。いかに安全に産むかだけでなく,いかにして自分らしく産むか,といったことが重視されてきている。また高齢出産増加によるリスクが増す一方で,未成年の妊娠出産増加による問題も増えている。現状の経済環境から出産費用が払えないケースも増えている。このような問題に対応し,継続的に質の高い周産期ケアを提供していくための新しいシステムを構築することが必要になっている。本稿では,このような新しい周産期ケアシステムの構築について,私見ながら考察した。

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はじめに

 女性が自身に具わった力を十分発揮するための安心できる出産の場を提供することは,周産期ケアを担う医療者すべてが願うところである。

 21世紀のわが国における母子保健のビジョンとして提唱された「健やか親子21」では,「妊娠出産における安全性と快適さの確保」が主要課題として掲げられた。その実現のため,医療関係者へ提示されたさまざまな取り組みとして,助産師が参画したチーム医療の採用,高次医療施設も含めた病院,診療所,助産所などの周産期ネットワークシステムの構築がある。その具現化されたものとして,病院施設内での受け持ち制を取り入れたプライマリケアの実践および,開業医師・助産師が産婦とともにオープン化された病院に訪れ,分娩を行なう,いわゆるオープンシステムの導入などがある。これらは,今まで医療システム上,分断されがちであったサービスを,連携,継続させていく試みであるともいえる。

 筆者は,平成14年度児童環境づくり等総合調査研究事業として,調査協力が得られたこれらの試みを積極的に行なっている全国11か所の施設に対してなされた,「助産師による継続ケアの実現」というテーマの調査に参加した。今回,この調査を変革という視点から再考し,その変革が定着していくまでのさまざまな問題やその調整過程について報告したい。

ふれあい横浜ホスピタルの取り組み

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はじめに

 生涯にこどもを産む数が極めて少なくなってきた今日,女性はかけがえの無い分身を納得のいくお産の中から得ようとしている。主体的にバースプランを作り,夫や家族とともにお産をし,仲間同士とも話し合い育児に当たるのが理想の姿のようになってきた。それはお産を科学することに終始し,知らず知らずに分娩の医療化の道を進んで来た筆者らにとっても,立ち止まり考える契機を与えてくれるムーブメントのようにさえ思える。

 わが国の分娩への取り組みは,第2次大戦後アメリカ保健衛生局PHWの理念と指導により,従来の「待つ分娩」から医療介入しても「早く分娩を終結させる」方向にシフトし,今日に至っているが,その間,60年代からの産科診断技術の進歩や新生児学の発展は目覚しく,特に周産期救急システムの展開と相俟って,周産期死亡率,妊産婦死亡率は顕著に減少し,殊に前者は世界的にもトップクラスの水準に達しているのは周知である。

 しかし,いつ異常事態が発生するかも知れない産科領域ではあるが,その一方で,その大部分は格別の処置もなく自然に経過していく実際もある。分娩が自然現象である以上,妊婦さんは強く管理されることなく,主体性を保って安心して安楽に自由な姿勢で出産したいのも当然である。

 そこで,私たちは周辺高次医療機関とも連携をとりながら,妊娠・分娩・新生児期のリスク選別と適時の移送機会を保ちつつ,今日考えられる最も好ましい分娩・哺育環境を具現化してみようとしている。まだ,ほんの小さな試みではあるが産婦の満足度は極めて高い一方,周辺高次医療機関には大変なお仕事(稿を改めなければならないが,本邦では病院のランクづけもなく,まして緊急を引き受けなければならないといった義務的な強制力もなく,単に受取病院側の好意の中で緊急患者が搬送されている事実を認識しなければならない)を引き受けて頂いていると感謝の念でいっぱいである。

 今回,新規開設したふれあい横浜ホスピタルを通して,病院と開業助産師との望ましい周産期管理のあり方を模索しているので,それぞれのスタッフの考えも含め報告したいと思う。

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はじめに

 当院では自然分娩・フリースタイル分娩・家族立会い分娩で,母と子が一緒にいて,子が母乳を吸いたいときには吸わせ,泣く時には抱くことが当然と考えている。したがって,当院には「赤ちゃんと一緒にいたい」 「母乳を飲ませたい」が叶う病院だからと来院される方が多いが,一般的にはまだまだ妊産褥婦や家族の望む出産や母乳育児のニーズに協力する病院は少ない。ほとんどの場合は病院のシステム上の都合を理由に,患者側に合わせてもらっているように思う。

 私は公立の組織の中で20数年勤務してきた。そこではやはり病院側のシステムを優先させてしまう場面が多々あった。ある病院では,母子異室・時間授乳・ミルク補充・入院中に父親がわが子を抱く機会が1回のみといった制限があり,「誰のための出産なの?」と疑問をおぼえるようなシステムの中で助産師が働いていた。この時期が私にとっての転機であり,開業助産師の活動に関心を持つようになっていった。家族が立ち会って児の誕生を迎える事や,フリースタイル出産はもちろんのこと,「新生児に糖水やミルクを必要がなければ与えない」という姿勢でかかわった子がどのような経過をたどるのか,大変興味深かった。それが,助産院勤務のきっかけとなった。

 半年の間,助産院に勤めた後にもう1つの転機が私におとずれた。当院のコラボレーションシステム開設にあたり,助産師を中心とした“病院の中の助産院”と“妊産褥婦および家族に満足していただける環境づくり”を病院という場で行なおうという呼びかけがあったのである。私はその考えに共感し,助産院で学び得た体験を生かした“病院の助産師”としての役割を担うこととなった。

 開院後すでに約160例の分娩を終えた。医師との意見相違については,医師・助産師の職種・経験を問わず,意見を対等に交換し合った。そして安心安全の医療体制の中で,助産師中心の分娩と産褥のケアを満足してもらえるまでになった。まだまだ,試行錯誤の段階ではあるが,本稿では院外助産師と院内助産師の連携の現状を述べることとする。

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はじめに

 私たち開業助産師と,ふれあい横浜ホスピタル(以下ふれあいHP)を結ぶ「コラボレーションシステム」の依頼がきたのは平成14年6月のことである。

 私たちは,直ちに病院見学を兼ねて佐藤院長と面談しコラボレーションシステムについての構想を伺った。元ホテルという贅沢な空間や横浜の中心地にあるアクセスの良い地の利に感動しながら,これから始まるであろう新しいお産スタイルのイメージが膨らみ,アイデアが湧きあがってきた。そして,即座に「よこはまから始まる新しい出産スタイルを」という企画書を作成し,ふれあいHPに提出した。

 この取り組みの目的は,開業助産師を中心としたネットワークを活用し,助産師の技術・ノウハウのすべてを提供することによりナチュラル志向のお産や産前産後を通じたトータルケアを実現させようとする試みである。同時に,ふれあいHPの医療設備による安全性の確保も兼ね備えた新しい形態の産科病棟を実現させようというものであった(図1)。

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若手助産師の経験してきたお産と母乳育児

 当院の若手助産師は4名であり,経験年数は1年から5年である。

 3名は,大学病院や総合病院など,比較的大きな病院に勤めたのち,当院に就職した。母子同室をし,母乳育児を推進している病院に勤めていた者のほうが多いが,分娩室・分娩台はあり,畳の上でのフリースタイルなど,助産院で行なうような分娩介助を経験した者はいなかった。そのため,前勤務先では行なうことのできなかった,フリースタイル分娩に興味があり,開業助産師の技術・知恵・勘などを実際に学んでみたいと考え,当院のシステムに賛同し勤めることにした。

⑤医療と助産のコラボレーション 町田 稔文
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開院までの構想

 ふれあい横浜ホスピタルの開院は,平成14年4月である。ることその約1年,その頃は,診療内容の検討ではなく,病院の構造上の検討が中心であり,産婦人科分野の部分でも同様であった。

 一般に従来の病院の場合,陣痛室,分娩室と分かれており,特に分娩室は1つの部屋に分娩台が2台置かれ,カーテンなどで区切っている場合が多い。1人の分娩に対応している場合はよいが,2人が並行して分娩を行なうとなると他の妊婦のプライバシーなどで,夫の立ち会いは困難となる。そこで,分娩エリアの設計では,立ち会い分娩が可能なように,個室分娩室(LDR)を基本とした。それ以外に,緊急用や処置用として通常の分娩台を置いた分娩室も設定した。さらに,計画段階では未定だったが,フリースタイル分娩など多目的に使用可能な和様スペースも確保した。設計段階の新生児スペースは完全母乳,母児同室を前提にしたものではなく,新生児室,授乳室,調乳室などのエリアも設けた。幸いにも,それが現在の多少余裕のあるユーティリティースペースになっている。このように,設計段階では具体的には現在の助産師中心の分娩方針は決まっていなかったが,結果的にLDRや和様スペースがフリースタイル分娩を可能にしていった。

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はじめに

 女性の人生にとって重要なライフイベントである出産は,健康障害の大きな原因ともなりうることから,リプロダクティブヘルス1) の重要な課題である。母子保健という観点でみれば,母体死亡率,周産期死亡率の減少が公衆衛生上の指標として重要であるが,ある程度の達成をみた20世紀の次に来るものは価値ある出産の演出ではないだろうか。『WHOの59カ条お産のケア実践ガイド』2) には正常産のケアについて書かれているが,当たり前のようなケアが日本も含めて世界中で必ずしもできていない可能性がある。

 私はこれまで,分娩台を使用した一般病院で産婦人科医師として勤務してきたが,産む女性中心のケアになっているかどうか常に疑問を持ち,それなりに改善を試みてきた。2003年4月から縁あってふれあい横浜ホスピタルに勤務することになったが,ここには今まで求めてきたケアがあった。出産は産む本人が主体だが,生まれる胎児,家族,医療スタッフの人間としての充実感も重要な要素である。

 最近は本やインターネットなどで情報を得てどんなお産にしたいか考えて臨む人も増えた3)。出産は,産む女性や生まれる子どもにとって重要な通過儀礼であり,医療の名の下にその尊厳を損ねてはならない。当院では畳の上での静かなお産で,不要な声かけすらしない。わざわざフリースタイルというまでもない,自由で自然で静かなお産である。病院で分娩台のお産しか見ていないと,畳の上ではリスクが高いという先入観を持つかもしれないが,自然経過は児を骨盤軸に沿って無理なく誘導するため,真のリスクはむしろ少ないと思われる。分娩台では過剰な医療介入を容易にし,会陰切開や急速遂娩など,その処置に伴う母体の健康リスクの増加が懸念される。不要な処置をしないケアは,家族にとっても胎児にとっても,そして医療者自身にとっても快適なケアなのである4)。1つ快適さに気づくと,そこから全てが変わっていく。助産の中心はあくまでも助産師なのである。この数か月で私は限りなく多くのことを助産師さんから学ぶことができた。

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1人ひとりの妊産婦を大切に

 私がニュージーランドを訪れたのは,風薫る2002年10月末の南半球の春爛漫の頃だった。ニュージーランド人のガーデニング好きは天下一品で,どの庭も自慢の色とりどりの木々や花々に飾られ,とても美しい。九州と四国をあわせたぐらいの広さの緑豊かな土地に,横浜市の人口とあまり変わらない380万人程がゆったりと住んでいる。ちなみにヒトより羊の数のほうが12倍も多いそうだ。ヨーロッパ系の白人の他,先住マオリ族や周辺国のアジア人を含む移民が20%以上を占め,出産件数は,年間5万7千件ほどである。

 ここに生息する,あの飛べない弱虫の鳥のキウイにちなんで,ニュージーランド人は自らを茶目っ気たっぷりに「キウイ」と呼ぶ。自然を守り,個性を尊び,弱者を大切にする国民性がここにも現れている。

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「お産は病気では無い」という認識

 オランダでは自宅分娩が主流であるのは有名である。これを支えているのが開業助産師の専門性の高さによることはいうまでもないが,その前にオランダ社会全体の認識として,お産は家でするものという考え方が浸透していることはあまり注目されていないようだ。もともと医者嫌い,薬嫌いのオランダ人気質によるものか,お産をする本人もそのパートナーも,出産を医療が介入する事態とはとらえず,初潮を迎える,あるいは閉経する,という体の変化と同様の生理的現象としてみているようだ。

 ダイレクトエントリーで教育を受けている助産師も,異常を見つけ出すというよりは,健康を増進するという姿勢で援助をするので,厳しい体重のチェックや運動制限などはまず行なわれない。双方の理想=自宅分娩と一致していることが,良い関係づくり,適切な援助に大きく関与していると考えられる。人からとやかく指示されることを嫌い,自律を尊ぶオランダ人であるが,専門家としての助産師の意見は傾聴される。正常妊娠・分娩の経過において,最終的に判断を下すのは助産師であり(その過程でクライエントとそのパートナーの意見は尊重されるが),助産師から意見を求めない限り,医師が介入することはない。

連載 とらうべ

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 私は半年前に,銀座で「自然」を追求しようと日本旅館を始めました。新聞などで紹介されたりしましたので,ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

 先日,旧知の方のお嬢さんで日本画家志望の方が泊まられました。たまたまその日は彼女の20歳の誕生日でしたので,旅先の擬似家族は父母姉妹となって,お祝いの言葉を皆で述べました。私の餞はなむけの言葉は「これからは,たくさんお化粧もしたいでしょうが,なるべく自然に,特に髪は染めないでね」というものでした。これは餞というより,私の願いともいうものですが,それは,18,9歳の頃,ある有名化粧品会社の社長にお会いした時に,印象的なことを言われたからです。

連載 今月のニュース診断

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新生児の治療停止

 重い病気で死期が迫った赤ちゃんに,積極的な治療を続けることを差し控えたり,人工呼吸器を含むすべての治療行為を中止したりする「治療停止」を,新生児医療拠点病院の85%が経験していることが,船戸正久医師(淀川キリスト教病院)らの調査で明らかになった。

 船戸医師らは昨年9月~10月にかけてNICUをもつ157施設を対象に調査を実施,うち111施設の看護責任者から回答を得た。親が「治療停止」を希望した場合,誰が意思決定の主体となるのが望ましいかという問いに対しては,「(看護師や臨床心理士らを含む)医療チーム」 「(病院の)倫理委員会」などの回答が寄せられたという。

連載 ちょっとオランダまで 周産期ケアと助産活動の実際・5

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オランダ人の挨拶の仕方

頬に3回キッス

 オランダで見た挨拶の場面,風景は私にとってかなり新奇でした。なぜかというと挨拶の仕方が特異と感じたからです。オランダ人はお互いに抱き合ってに3回キッスを交わします。私はこの挨拶の仕方の場面を見て,「ちょっと,アー不潔」という否定的な気持を持ちました。しかし,それは後々になってからとを軽く触れるというやり方を誤解していたためだと分かりました。というのも私はてっきりオランダ人は唇とを触れ合わせていると勘違いしていたからです。3回キッスのシーンを初めて見た時,そう思いこんでしまったのです。そしてまた,オランダ人は誰もがこの挨拶の仕方であると考えたからでした。私が「えーっ,不潔!」と嫌悪感を持ってしまったのはそのためです。しかしこれは全く私の早とちりで,その場の状況をよく見ずに勝手に自己解釈をしていた自分に気がつきました。自分の国の挨拶文化を肯定し他者の文化を否定するといった文化的自己認識の欠如の最たる例であったといえます。

 頬に3回キッスをするという挨拶の仕方はいつ頃から行なわれるようになったのでしょうか?

 一説には1980年以降,オランダ人が休暇を使って他国に旅行するようになってからのことだそうです。オランダはヨーロッパ大陸のほぼ中心部に位置し,地続きのスペイン,フランス,ドイツ,イタリアなどの国々には容易に出かけて行くことができます。それで彼らは旅行先で見たり体験したりした挨拶の仕方を,真似するようになり,自然に自国に持ち込んだといいます。つまり,自分自身の身体で体験した「挨拶」が,人々が行き来する日常生活の中で自然に伝播していき,いつしか習慣化するといった現象ではないかと思います。

連載 英国助産婦学生日記・その35

就職活動 日方 圭子
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●就職活動

 「卒業後最初の1年間は自分の仕事に自信がつくまで同じ病院に留まるのが無難」と先輩たちは口を揃えたようにすすめる。実家へ戻るとか,スタッフとの相性が悪かったとか,そういう余程の理由がない限り,知り合いの学生はほぼ全員が勝手知ったる実習先の病院に就職している。

 けれども,私は学生の3年間を1つの病院で過ごして,どうも大病院の保守的なやり方に納得いかず,自分が理想とする助産婦像から外れて,この病院の体質に染まってきている自分に危機感を感じていた。そんな時,レズリー・ペイジが助産婦長に昨年就いたばかりの,ロンドン郊外ロイヤルフリー病院の求人広告を目にした。聞いたことのない病院だったが,その広告からは産科を改善していこうという意欲が感じられた。特に「地域で働く助産婦チームを増やして,地域でのケアにも力を入れたい」という言葉には,将来,地域で働きたいと考えている私も大賛成だ。

連載 りれー随筆・228

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Don't wait for leader's.

Do it alone.

Person to person.

 マザーテレサのこの言葉こそ,今の自分の生き方である。人生80年としたら,まだ40年あるよね! 人生60年としたら,あと20年しかないか! 自分の年齢を意識した時,子どもはまだ9歳と6歳,家族や職場の人間関係のしがらみの中で将来の自己実現に向けて,今「考える人」モードに入っている。今までも何度か人生の節目があり,そのたびに考える人モードで人生選択してきたつもりだが……。

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 本書は助産師・福岡光子さんと彼女が支えたお産を,写真家・広瀬飛一氏が7年にわたって撮り続けて完成した写真集。60年あまりお産と向かい合ってきた福岡さんのまなざし,手のぬくもり,赤ちゃんを迎えたお母さんやお父さん,きょうだいの喜びや安,愛情がそのまま伝わってくる。福岡さんの文章や,写真集に登場した家族の文章が写真に添えられ,助産院での家庭的な出産の様子がよくわかる1冊に仕上っている。

 おそらく日本ではじめて,水中出産で生まれてお湯の中からまさに第一声を発しようとする赤ちゃんの表情をとらえたものだろう。どの写真の赤ちゃんも,タイトル通り「生まれてよかった」と言っているようだ。

特別企画 国立国際医療センターでのHIV陽性妊婦の支援

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HIV感染症の現状

 1981年,米国で同性愛好者の男性に免疫低下状態ではないと通常おこらないようなまれなカリニ肺炎やカポジ肉腫の発症が報告され,これが最初のエイズの症例報告であった1)。その後,血友病患者にもカリニ肺炎が報告された。当時は性交渉や血液を介して伝搬し免疫不全を引き起こす原因不明の病気であったが,その後1983年にHuman Immunodeficiency virus(以下,HIV)が病原体であることが判明した。

 エイズ流行の初期は有効な治療薬がなく進行したエイズ症例は死を待つような病気であり,1987年に最初のジドブジン(=AZT)が開発されても単剤ではHIVウイルスを抑制し免疫状態を回復することは困難であった。しかし,1996年にプロテアーゼ阻害薬が開発され,現在の最低3剤を用いた強力な多剤併用療法:Highly Active Anti Retroviral Therapy(=HAART)が治療の主流になるとHIVウイルスを抑制し,免疫能をある程度改善することが可能となった。このことによりHIV患者の日和見感染の罹患率や死亡率が減少し予後が大きく改善し,現在はもはや死を待つような病気ではなくなった2)。HAARTはkey drugであるプロテアーゼ阻害薬か非核酸系逆転写阻害薬と2剤の核酸系逆転写阻害薬の組み合わせで行なう。

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 女性HIV感染者の中には,妊婦健診時のHIV抗体検査により感染が判明するケースがある。HIV感染症の病態や治療について知られていないことが多いため,HIV感染症を抱えながらの妊娠・出産・育児などに対する漠然とした不安を持ち,妊娠継続を悩むケースもある。

 HIV陽性妊婦に必要な支援は2つあげられる。

 1つはHIV感染症の病態や治療についての情報提供である。エイズ治療・研究開発センター(AIDS Clinical Center:以下,ACC)では,7名のHIV/AIDS専任コーディネーターナース(以下,CN)が患者担当制で指導や相談対応している。CNは初診時からHIV感染症の病態や治療についての情報提供を行ない,不安や疑問を受け止めながら,今後の療養生活の見通しをたてられるよう支援する。

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はじめに

 当センターでは,HIV陽性妊婦に対して,エイズ治療・研究開発センター(以下,ACC)の医師とコーディネーターナースからHIV感染症とその治療,今後の見通しなど十分な説明が行なわれている。そのうえで妊娠継続の自己決定がなされ,その後も治療計画の説明や相談対応などの心理・社会的な援助が行なわれている。

 私たち助産師は,妊娠継続の自己決定が行なわれた後,そのチームの一員として,妊娠中から関わってきた。そしてそこで,私たちは次々と決められていく治療方針の中で,妊婦たちが自分自身の体の不安や児への薬の影響,止乳(断乳)など大きな心理的負担を抱えているという現実を知った。そして,そのような現実に目を向けるなかでHIV陽性の背景を持ちながらも母となることを選択した女性たちが,妊娠出産を肯定的に受けとめ,育児や新しい家族生活に向けて出発することができるよう支援することの大切さを切実に感じるようになっていった。

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安全と安楽は共存できないのか

 お産をする女性が,「安全」で「安楽」な出産を望むのは当然のことです。しかしながら病院などの施設では,今なお「高い安全性」を重視するが故に,「人間的=安楽」を出産に望めない……というような状況が生じることがあります。この「安全」と「安楽」は,本当に共存できないものなのでしょうか ?

 9月17日,ティアラこうとう(東京都江東区)で,REBORN主催によるバーバラ・カッツ・ロスマンさんの講演会が開かれました。私は日頃から,羊水検査を受けた女性へのインタビューを通して,その意思決定は社会の中で女性が置かれている状況を反映している! と強く感じています。まさにそうした研究をされているバーバラさんの,しかもお産のあり方を考え続けているREBORN主催の講演会と聞き,急ぎ駆けつけました。

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 去る9月13~16日,大阪国際会議場にて第6回世界周産期学会が開催された。会場には世界各国からの1300人を超える参加者が集まり,『変曲と進歩―母と子のために我々は何をしてきたか,将来何ができるか』をテーマとし周産期・新生児・産科・小児科・小児外科・助産各分野で,特別講演,招待講演,シンポジウム,ワークショップ,一般演題(ポスター)を通して活発なディスカッションが行なわれた。

 なかでも助産プログラムは,事前に準備された約190席があっという間に満席となり,急遽第2会場が設置されるなど,活気あふれるものとなった。オランダ,イギリス,オーストラリア,カナダ,アメリカ,ドイツ,香港など,各国からの参加者と日本の開業助産師,施設勤務助産師,助産師学生が女性や子どもを取り巻く問題,DVや助産のあり方などについて活発に意見交換した。

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 大型紙芝居『うまれてきてくれてありがとう』は助産師の作品です。原作は,絵本『生まれてきてくれてありがとう』です。対象は幼児から小学生。効果音として胎児心音や産声もCD-ROMにしましたので,演じながら挿入できますし,排臨・発露も再現できるように演出を考えました。

 今回の紙芝居には絵本には描かれていなかったいくつかの場面も加えられています。お父さんが赤ちゃんを「うまれてきてくれてありがとう」という喜びの中で迎える気持ち。お父さんがお母さんにかけるねぎらいの言葉。お母さんが応援をしてくれた娘のともちゃんに感謝の気持ちを伝える場面などです。文字数は絵本の3分の1以下になりましたが,紙芝居ならではの大画面に“いのち”をめぐる新しい物語が書き加えられたことで内容が充実しました。

基本情報

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助産雑誌
57巻12号 (2003年12月)
電子版ISSN:1882-1421 印刷版ISSN:1347-8168 医学書院

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