精神医学 60巻8号 (2018年8月)

特集 作業療法を活用するには

特集にあたって 長谷川 利夫
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 折りしも本年は,呉秀三が大正7年に,『精神病者私宅監置の実況』の調査報告を行ってから100年の年である。呉の弟子である加藤普佐次郎の論考によれば,「呉博士は女病室内に裁縫室2個を設けしめ,従来は諸室の片隅において自分の欲するがままに仕事しおりたる患者を収容し,病院に用いる枕,病衣を裁縫せしむる事とせられたり。(中略)これ実に本邦公立精神病院における作業治療組織的実施の濫觴なり」とされている。呉はわが国の作業療法の祖である。

 呉は同時に「開放的処置」についてさまざま画策している。明治37年の作業室新築に際し,「鉄格子等を設けず,その建築を注意して,普通家屋に近らしめたり。従ってこの作業室における作業は開放的にして大いに患者の生活を安意自由ならしむを得たり」と考え,実践していた。それから100年経った現在はどうであろうか?

精神障害作業療法概論 長谷川 利夫
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はじめに

 作業療法とは,身体や精神に障害のある人々に対し何か作業を行わせることによって,その障害を回復させるための医療であって,その原理はすでに古代エジプトや古代ギリシャの頃から発見され,まず精神科の分野において応用されたと言われる7)

 作業が実際に医学において心身の健康への手段として用いられるようになったのは,18世紀終わりから19世紀初めにかけてのことである。欧米で精神病患者の病院やサナトリウムが設立され,多くの人道主義者により,人間の活動への欲求に治療的な意味を与えようとする医療者の働きかけが生まれ,精神の健康状態を回復させるために作業を用いることが擁護,実践された。このようなモラルトリートメントが,作業療法の原型であるともされている。その後,19世紀の産業革命に伴う過酷な労働や生活環境の悪化と相まって蔓延した結核患者の治療にも作業が用いられたが,これも作業療法の原型とされている11)

 作業療法はその後も発展を続け,領域も,医療のみに留まらず,保健,福祉,教育,職業へと拡大してきている。

 わが国においても,(社)日本作業療法士協会は,1985年に作業療法の定義を,「身体又は精神に障害のある者,またはそれが予測される者に対し,その主体的な生活の獲得を図るため,諸機能の回復,維持及び開発を促す作業活動を用いて,治療,指導及び援助を行うことをいう」としていたが,2018年5月に行われた総会にてこれを改定し新しい定義を決定した。

 「作業療法は,人々の健康と幸福を促進するために,医療,保健,福祉,教育,職業などの領域で行われる,作業に焦点を当てた治療,指導,援助である。作業とは,対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為を指す」

 なお,新定義には以下の注釈が付けられた。

 ・作業療法は「人は作業を通して健康や幸福になる」という基本理念と学術的根拠に基づいて行われる。

 ・作業療法の対象となる人々とは,身体,精神,発達,高齢期の障害や,環境への不適応により,日々の作業に困難が生じている,またはそれが予測される人や集団を指す。

 ・作業には,日常生活活動,家事,仕事,趣味,遊び,対人交流,休養など,人が営む生活行為と,それを行うのに必要な心身の活動が含まれる。

 ・作業には,人々ができるようになりたいこと,できる必要があること,できることが期待されていることなど,個別的な目的や価値が含まれる。

 ・作業に焦点を当てた実践には,心身機能の回復,維持,あるいは低下を予防する手段としての作業の利用と,その作業自体を練習し,できるようにしていくという目的としての作業の利用,およびこれらを達成するための環境への働きかけが含まれる。

 これらを見ても,作業療法が領域,対象を広げつつあることが分かる。同時に,作業療法には変わらないその核となるべきものがあり,歴史も積み重ねられてきている。本稿では歴史をふまえて精神科作業療法を概観する。

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はじめに

 精神科病院における作業療法は,その多くが集団プログラム制である。すなわち,患者の病状や能力に応じ,集団の質・形態・内容などを考慮した上でプログラムに参加させ,精神機能・身体機能・生活能力などの向上,改善を図る場合が多い。その結果,表情が柔和になった,取り組みが積極的になった,集中力・持続力が向上した,言語表出が豊かになったなどの変化が認められれば,病状の改善を示す根拠のひとつとなる。しかし,病状が改善さえすれば,退院後の地域生活や就労が円滑に進むわけではない。

 当然ながら,患者は一人ひとり異なる特性を持っている。病状・機能・能力・家族機能・住環境・家計などのみならず,生育歴や人生観・希望などは大きく異なっている。筆者はこれまで,生活するための基本的能力の向上や病状改善を目的とするのではなく,患者本人が希望する生活,やりたいこと・やってみたいことなどの,意味のある作業2)の直接体験と実現を目標とした個別作業療法を行うことにより,在宅移行が促進され,地域生活も安定するという経験を数多くしてきた。また,薬物療法と安静のみでは病状が改善しない重度の難治例,保護室で安静が必要な急性期事例など,これまでであれば作業療法の対象外となっていた患者に対しても,同様の個別作業療法を実施してきた。これらの作業療法を実施する上で欠かせなかったのは,医師をはじめとする他職種に向けた,作業療法活用法のPRであった。

 本稿では,そのPRのために作成した,埼玉県立精神医療センター(以下,当センター)の「OT活用ガイド」などの紹介を通じ,目標志向的に行っている個別作業療法の実践について触れ,精神科病院における作業療法の役割と活用法について述べたい。

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はじめに

 就労の目的は,収入,自己実現,社会参加,役割の獲得,生きがいなど多岐に及ぶ。その目的の達成のため,就職だけをゴールとするのではなく,就労を通じて希望する生活を維持していくことは重要な課題である。

 近年では,就労の社会資源の充実化や,障害者雇用に関連する法改正の影響で,精神障害者の就労の場は拡大しており,多くの精神障害者が就職を果たすことができている。しかし一方で精神障害者の早期離職は課題であり,離職には仕事とのミスマッチだけではない個人的な理由も多い。個々人にとって意味のある就労生活を維持するため,当事者が仕事にどのような意味を持つかを理解しながら,当事者中心で支援する必要性は高い。

 本稿では,精神障害者雇用に関する最近の状況や,作業療法士の就労支援に関する概要と,作業療法特有の理論を用いて精神障害者の就労支援事例を紹介する。

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はじめに

 厚生労働省により示された「入院医療中心から地域生活中心へ」の政策理念のもと「10年以内に7万床の削減」3)との目標は道半ばであり,「受け入れ条件が整えば退院可能」とするものが未だ5.3万人在院しており4),精神障害者が地域で生活するための居住支援の拡充が急務となっている。国内において居住支援サービスはさまざまな形態で提供されているが,本稿ではグループホーム(共同生活援助)事業における作業療法士の実践を中心に述べていく。

 グループホーム(以下,GH)職員は,精神障害者の地域生活支援において,安全・安定・安心の保障を中心に,支援に限界がある場合は他機関との連携で補い,精神障害者の生活の個別性を重視した支援を実践している1)。また,利用期限が原則3年と規定されている通過型GH(東京都の独自事業)の役割と機能について,達成体験から得られる自信と生活能力の拡大が重要な点となっている18)

 作業療法士が地域生活支援において今後の活動範囲を広げていくことが期待されており20),実際の地域生活支援の場であるGHで,作業療法士は精神障害者をどのように支援し,指導しているのか,その際の作業療法士の支援の特徴は何か,本稿はそれについて触れていきたい。

訪問看護と精神科作業療法 渡邊 乾
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はじめに

 精神科訪問看護での作業療法士の訪問(以下,訪問OT)は,医療機関,訪問看護ステーションともに,看護師と同一の診療報酬が認められており,訪問看護師と協働して精神障害者の地域生活における在宅支援の一助を担ってきた。そのため,訪問OTの活動を語る前提として,多くの役割や業務が訪問看護師と分かち合われており,その差異が明瞭ではないことがしばしばあると思われる。しかし,それはあまり問題ではなく,むしろ,積極的に互いの職域を横断し,グラデーションとなるような支援が行われることが,訪問看護を利用する精神障害者(以下,利用者)の多様で常に変動するニーズに答えるために望ましいと考えている。

 問題は,精神科領域の作業療法士(以下,精神科OT)の約90%が精神科病院の中で働いており,精神科訪問看護を実践する作業療法士の数が全体の約1%しかおらず,その従事者数の少なさと実践数の少なさである。

 そのため,重要なことはどのようにやるかという理論ではなく,何が実行可能なのかという実践的な試行錯誤であり,さらにそれ以前の,自らが地域社会の資源として機能するよう活動の場を切り開いていくというソーシャルアクションの視点である。

 私は2013年より,東京の練馬区と豊島区を中心に訪問看護ステーションKAZOC(かぞっく)という精神科領域専門の訪問看護ステーションを立ち上げ,現在,精神科OT7名(看護師14名)を配置し訪問支援を行っている。

 今回,訪問OTについて論じる貴重な機会を得ることができた意義は大きく,関係領域および関係職種の方々に訪問OTの理解を深めて頂くきっかけとなれるよう,これまで行ってきた実践について報告したい。

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はじめに

 高次脳機能障害とは,外傷性脳損傷や脳血管障害などによる脳の損傷が原因で,後遺症として生ずる記憶障害,注意障害,失語症,遂行機能障害,社会的行動障害などの症状により日常生活や社会生活に制約を来す状態のことをいう。外見上分かりにくいことや一般的に認知されていないという特徴もあり,周囲からの理解やサポートを受けられず,孤立してしまうことも多い。そのため,周囲の関係者が適切な知識を共有して当事者・家族を支えていく必要がある。

 この高次脳機能障害という用語が使用されるようになったのは,ここ15〜20年である。それ以前は用語自体存在していなかったため,公的なサポートを受けることが難しく,どの制度にも適切に位置付けられてこなかった。1990年代後半に,当事者や家族が医療・福祉サービスを受けたいと訴え始め,高次脳機能障害という用語が用いられるようになった。2001年より厚生労働省は,「高次脳機能障害支援モデル事業」を5年間実施した。そして,「高次脳機能障害診断基準」「高次脳機能障害標準的訓練プログラム」「高次脳機能障害標準的社会復帰・生活・介護支援プログラム」3)を取りまとめた。これらにより,高次脳機能障害は,器質性精神障害に位置付けられ,社会復帰のために必要な福祉サービスを受けられるようになった。2006年度からは,障害者自立支援法(現:障害者総合支援法)に基づく地域生活支援事業の一つとして高次脳機能障害支援普及事業へと引き継がれ,支援拠点機関は,2011年6月に47都道府県すべてに設置された。

 東京都においては,2006年11月から,東京都心身障害者福祉センターを支援拠点機関としている。そして,東京都内12圏域に拠点病院の設置と,区市町村高次脳機能障害者支援促進事業の実施を行い,区市町村ごとの支援員の配置や関係機関のネットワークづくりを推進している12)。また,子どもから成人までそれぞれのライフステージに合わせた当事者会や家族会も広がりつつある。

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はじめに

 職業や家事に結びついた生産的作業を行う狭い意味の作業療法だけでなく,芸術やスポーツなど人間の多様な活動を含めた広い意味の作業療法(活動療法と呼ぶこともできる)は,入院,デイケア,外来,地域ケアなど精神科治療のさまざまな場面で行われており,多くの精神科医はそこに何らかの治療的な意義があると認識していると思う。しかし精神科医が育ってきた年代,世代によって,また働いてきた施設によって,作業療法のイメージも実際の行われ方も違っていて,精神科医の間に作業療法に関する一致した見方,考え方がないように思う。筆者は精神科医として働いてきた経験から,作業療法には患者が病による混乱の中から日常生活や自然や人間社会とのつながりを回復していくきっかけを作る社会療法的な効果があると感じてきたので,本稿ではそれについて考えてみたい。

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抄録 精神疾患の再発や病状と関連する代表的な家族指標が,感情表出(EE)である。知的障害を伴い地域で生活している自閉スペクトラム症(ASD)児が示す問題行動をケア担当者が評価し,EEとの関係を実証的に検討した。家族の批判をFAS日本語版で評価し,基本属性や療育手帳の判定区分,社会資源利用との関係や,ABC-Jで評価した問題行動プロフィールへの影響を分析した。対象児は56名で,平均年齢11.3歳であった。服薬している児の家族のEEは,他に比して有意に高かった。EEはABC-Jによる常同行動,興奮性,多動の3因子と有意な単相関を示し,重回帰分析の結果から家族の批判は常同行動と直接関連することが示された。また,ASDの問題行動プロフィールそれぞれに,影響を与える要因が異なる可能性も示唆された。

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抄録 電気けいれん療法(ECT)は安全性を高めるために改良されてきたが,致死的な副作用報告も散見され,特に心血管系合併症はECTにおける死亡との関連が強い。今回,統合失調症の亜昏迷状態であった20歳台女性に対し修正型電気けいれん療法(mECT)を施行したところ,第8回目に心室頻拍を来し,除細動により回復した症例を経験した。心室頻拍直後に高カリウム血症を認め,筋弛緩薬として投与したsuxamethoniumに誘発されたと考えられた。全身状態を毎回十分に観察し評価することと,各施行時の心電図変化をその都度検討すること,また急変時にも迅速に対応できる環境が,ECTを安全に実施する上で重要と思われた。

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抄録 本論文では,先行研究で開発された,うつ病罹患者に対する偏見を測定するためのSD法評定尺度の妥当化を実施した。研究1では先行研究の予備調査のデータを分析し(n=342),研究2(n=180)ではオンラインアンケート調査を新規に実施した。主な結果として,研究1では,うつ病罹患者に対して「暗さ」「心の弱さ」という偏見を抱く全体的傾向を尺度上で確認できた。研究2では,偏見との関連が予測される諸変数との間に,SD法評定尺度が有意な相関をもたないことが示された。これらの結果から,SD法評定尺度が,偏見の個人差を正確に捉えて相関を主体とした検討に役立てる目的ではなく,偏見の全体的傾向を捉える目的に適していることが示唆された。

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はじめに

 Cushing症候群(広義)は不安,焦燥,抑うつ,妄想,幻覚,昏迷,錯乱,興奮など,多彩な精神症状1)が出現する。特に抑うつが顕著でうつ病との鑑別1)が必要となる。Cushing症候群(広義)のうち,下垂体ACTH産生腫瘍はCushing病と呼ばれている1,2)。今回,遷延性うつ病として治療されていたCushing病の1例を経験した。若干の考察を加えて報告する。匿名性保持のため論旨に影響のない程度で改変を施し症例呈示に際し本人より同意を得た。

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 この症例はめまい,ふらつき,動悸,四肢のしびれ,頭重感,全身倦怠感,胃部不快感,手の震えなど多彩な身体症状を示した63歳,女性例で,症状回復を求めて多数の医療機関を渡り歩き,この身体症状に遅れて2次的に大うつ病性障害を来した症例報告である。性格は内向的で他者配慮性があり,同様の病相を過去に3回繰り返している。この症例について,身体症状が先行して現れ,軽うつ状態が遅れて生じたことから,抑うつ状態は身体症状に対する反応性のものと考え2次的とみなしている。

 上田7)はうつ病を従来診断に従って「心のうつ病(神経症性うつ病)」と「身体のうつ病(内因性うつ病)」とに分け,後者の特徴としてSchneider3),Huber1)や古茶2)のいう「刺激に対する非反応性」と「生気悲哀」を挙げている。生気悲哀は身体感覚,身体感情,自律神経症状の混然一体化した体から湧き出す不快な感情で,内因性うつ病を特徴づける症状であり,身体のいたるところに限局性,またはびまん性に発現する5,6)。Huberや曽根ら4)は内因性うつ病のきわめて軽いときは生気悲哀が前景に出て「仮面うつ病」の病像を示し,その発現部位に規定されて種々の身体科を受診することになると述べている。

論文公募のお知らせ

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「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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目次

今月の書籍

次号予告

編集後記
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 今年の夏も暑い。暑さだけではなく豪雨も酷い。今回は通例の暑中お見舞いではすまされない。まずは7月の西日本大豪雨で被災された皆様にお見舞い申し上げます。

 暑さと関係はないだろうが,この夏は「発達障害」とされた人の「動機不明の殺人」がネット上で騒がれている。無論,発達障害たる医学的根拠は何も示されていないのだが,「動機不明」即「発達障害」となるようである。夏の暑さのさなかの殺人で,しかも動機不明というと,カミュの『異邦人』を思い浮かべてしまう。主人公のムルソーの殺人理由は「太陽のせい」であった。

基本情報

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精神医学
60巻8号 (2018年8月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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