看護学雑誌 63巻6号 (1999年6月)

特集 こうして変えたベッドサイドの環境

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「音の創造と同じくらい音の防止に関心を」

 世間ではBGMブームで,駅のホームや図書館までがBGMを流していた時期があった.「音楽が患者の時間感覚遮断に効果をもたらし,音環境もよくなれば」とBGMを流し,患者に意識調査をしたことがある.しかし,多くの音が存在する上にBGMを流すという行為に対する結果はばらばらで,考察できるようなものではなかった.また,R.マリーシェーファーらは「現代人は音を鎮痛剤としてまたいろいろ気を散らすものを,小奇麗な包囲物をつくりだすよう無毒で無害なオーケストレーションをほどこし不快で気を散らすものをマスキングするようにデザインする.…(中略)…音楽のたれ流す汚物や汚水,公共の場所で放送される音楽に対する抗議が認められる.新しいサウンドスケープにおいていまや音の創造と同じくらいに音の防止に関心を持たなければならない」(R,マリーシェーファー『世界の調律』平凡社,p153, 1986)と指摘している.

 こうしたことから,音環境を考えるには音の専門知識と専門家の協力が必要と考えた.そして,私の意思に賛同してくれた3人専門家とともに,病棟音環境の研究をはじめて7年になる.本稿ではその成果である病棟に存在する音についてのデータを示すとともに,まずとりかかれる改善策を具体的に紹介したい.

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はじめに

 私は集中治療室(以下,ICUとする)の音環境調査をデータベース化して病棟音環境の研究を行なっている.研究を開始した当初は,ICUのよりよい音環境を考察することを目的としていたが,ICUやその他複数の病棟における臨床経験によって,すべての病棟における音環境の考察へと,目標が広がってきた.というのも,ICUは医療器械を多く設置した空間である.そこには音が多く存在し,それらが反響する場でもあるため,ICUでの昔環境が改善されれば他の病棟でも可能な場合が多いからである.

 ここでは,研究を進めるなかでの私自身の内面的な問い直しも含めて,私がなぜ,どのように病棟の音環境改善を見つめてきたかを紹介したい.

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はじめに

 病院の処置室は,医療者による治療や処置が安全に行なわれることが優先され,患者にとっては煩雑とした空間で,非常に居心地の悪い場所となっていることが多い.処置室という空間は,白い壁,見慣れない機器などがむき出しになっている.とくに遊びが中心の世界にいる小児の場合,日常生活空間にはないものばかりである.このような非日常生活空間にいることが児をさらに不安や恐怖へと導き,緊張をもたらしてしまい,児は処置室に入る前から暴れたり,泣いたりして,処置を安全に受けることができない状況を作っていた.したがって児ができるだけ不安や恐怖を抱くことなく,治療や処置を受け入れられるように環境を調整することは,看護婦にとって非常に重要な役割である.

 そこで,処置室に児の日常生活空間要素を取り入れるため,処置室改造計画を立案し,実行することにした.

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求められる環境調整技術

 これまで看護実践は,対象者の身体的要素のみにとらわれすぎてはいなかっただろうか.それは,これまでの日本における看護教育が病院看護婦養成であったために,教育内容のほとんどが人間の生体内環境の理解を中心とした医学的教育で占められていたことに起因していると思われる.

 現代の医療は,QOL(Quality of Life)やインフォームド・コンセント,あるいは病名告知や臓器移植など,人間の尊厳にかかわる課題に直面している.そこで人々はどのようにしたら自分の人生をまっとうし,幸せな死を迎えられるかを真剣に議論しはじめており,人々の健康観も大きく変わろうとしている.このような状況において看護専門職は,対象者の身体的要素にとらわれすぎることのない環境調整技術を実践していく必要に迫られているのではないだろうか.

フロントライン'99 システム

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はじめに

 病院は実に多数の職種が働く場面である.一方,病気は実にさまざまな病態を示し,それぞれの患者は実に多様な生活を営んでいる.病院でサービスを提供する側は,患者を治療する目的のために専門分化しているのだが,往々にして意見が一致しないまま,チームとして適切な効果を発揮できていない.本来チームワークとは,複数の者が知恵と力を合わせて目的を達成することである.病院という機能が統合され,チームが有効に機能するために重要な活動がチームカンファランスである.

 わが国の臨床場面では,その必要性が説かれて実施されてはいるものの,命令が一方的に伝達される形式であったり,かえって混乱や対立を生むストレス源となったりしていないだろうか.チームカンファランスもひとつの技術であり,適切な工夫と学校教育段階からの訓練が本来必要なのである.

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包容力と活動力

仲里幸子さん

 初対面とは思えぬ出会いであった.ホテルのロビーの電話の蔭から笑顔いっぱいで手を広げて近寄ってこられた時,まるで古くからの知己が再会を喜びあうようであったとは,同行の編集者K女史の言葉であった.私もまた,沖縄訪問を思いたって以来の,海を越えた電話を通してのおつきあいであったことを忘れて,久々に旧知に出会ったように,自然に足早に彼女に近づいたのだった.それにしても,なんと若々しい華やいだ声の持ち主であろう.

フロントライン'99 女性医療

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女性のヘルスニーズが変わってきた

 第11回出生動向基本調査1)(1998年,国立人口問題研究所)によると,約10年前(1987年,第9回調査)に比較するとカップルが出会ってから結婚するまでの交際期間は1.96年から2.64年と32%も長くなり,わが国の晩婚化は交際期間の延長により進行していることが明らかになった.また,妻の就業を3つのライフコース(一貫就業コース,専業主婦コース,再就職コース)に分けて平均出生児数を比較したところ,とくに一貫就業コースでは都市地域で出生児数が少なく,子どもがいない割合も高いことがわかった.少子化は単に結婚しない女性,産まない.女性が増えただけではなく,男女関係のあり方,人生の選択,生活環境などのさまざまな事象を反映した結果であるといえる.

 一方,思春期においては性行動の開始が早まっており,成熟期を迎えても独身で性行動を行なう期間が長くなった.また,結婚しても子どもを生まない,生みはじめる時期が遅く,夫婦だけの暮らしの期間が長くなった.以前のような,20歳代で結婚後すぐに子どもを産む専業主婦というライフスタイルが中心であった時代に比べて,女性のヘルスニーズは確実に変化している.本稿では,看護がそうした女性のニーズにこたえ,適切なヘルスサービスを提供しているか,女性の健康を支援する役割を担えているかを考えてみたい.

グラビア 私はNurse!

『花瓶』 工藤 真紀子
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 午前6時.まだ薄暗い廊下を検温にまわるナース.カメラにも気付かず,真剣にメモをとる姿とガーベラの花が,ひっそりとした空間に印象的で,「病棟の一日が静かに動き始める…」.そんなフレーズが浮かんだ.

グラビア この時この1葉

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 写真は1944(昭和19)年3月に手渡された京都産婆学校の卒業証書である.京都産婆学校は,「日本最初の近代看護婦養成校3校」の1つ京都看病婦学校に併設された学校である.1886(明治19)年の看病婦学校創設当時から,卒業証書は和文と英文の併記であった.英文には,教師たちの直筆のサインが入っている.

 1944年といえば,日本は戦時色のもっとも色濃い時代であった.1943(昭和18)年1月に「敵性音楽」(ジャズ),「敵性語」(英米語)が追放され,日常生活において英語は一切使えず,また和製英語ですらすべて日本語に直したのである.

グラビア こんにちは患者会です

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活動の特徴

 主な活動は,月例会の開催と,月1回の会報の発行です.ほかにはバーベキューの会や温泉旅行を企画し,会員の親睦を図っています.また,ホームページを公開していることも本会の特徴です.

ホームページ http://village.infowed.ne.jp/~nanohana/index.htm.

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 1998年3月に30年以上勤めた東京大学病院で定年を迎えた島村さんは,1994年に発足した「にこにこボランティア」と病院側を結ぶコーディネーターの道を選んだ.病院ボランティアは,病院内のどこで何をしているのかや患者との接し方の基礎を知らなければ動けない.だから,コーディネーターには病院全体の配置・人の動きがわかっている看護職が向いていると島村さんは感じている.

 より多くの人が参加できるようボランティアの曜日と時間は固定していない.しかし,外来受診者への案内,院内学級への送迎,週2回の図書の貸し出しなどの仕事を,今日は人がいないからやらない,というわけにはいかない.ボランティアといえども,無理のない範囲ながら責任を果たさなくてはならない.そんな時,婦長として勤務表を四苦八苦して組んだ経験が役立つという.「この日をこっちに変えてもらえないかな?」と.

連載 考える

看護すること—てつがく自由自在・6

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言葉を継けば継ぐほど,ずれが大きくなるとき

 いつも仲むつまじい珠喜さんと透さんが,きょうはめずらしく衝突しています.というより,言葉がすれちがったり気分が平行線になったりして,ぴたっとくっつくところがありません.どうしたのでしょうか.

 言葉を継げば継ぐほど,ずれは大きくなる.気持ちを通じさせようとおもっていろいろ話せば話すほど,逆に気持ちが離れていく.そんな経験はだれにもあるとおもいます.

ノマド医師のフランス医療探訪記第2回

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揺れるフランスの医療制度

 A ちょうどこれから,近所の知り合いが入院中なので病院に行くところだが,一緒にどうかな?

 Q 時間もあるし,よい機会だから連れていってもらおうかしら.ところで,最近,フランスではよく病院の問題がマスコミで取り上げられていますね.

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はじめに

 高血圧はすべての外来・病棟業務において最も接することが多い疾患の1つである.1996(平成8)年度の厚生省調査では,日本人において収縮期血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上の血圧高値の者の頻度は男性で45.0%女性で36.6%であり,高血圧により診療を受けている者(受療者)は人口10万人あたり550人で受病率の第1位となっている.本症はサイレントキラーと称され,高血圧症の特有といえる症状はなく,無症状に経過する者も多い.しかしながら,高血圧は脳梗塞,脳出血,心筋梗塞,狭心症,心不全,腎不全などの発症危険因子,病状悪化の増悪因子である.そして,これらの疾患はひとたび発症するとしばしば致命的であり,発症後は機能予後(ADL)や生活の質(QOL)を著しく劣悪化させる.本稿では高血圧のうち95%以上の頻度を占める本態性高血圧症について診断,治療,病態についての最近の話題を中心に概説する.

ナースが防ぐ・治す廃用症候群 リハビリテーション技術のルネッサンス・6

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はじめに

 今月は小児科からの紹介の症例を提示する.小児科からの紹介は3年間で30名と比較的少ない.そのうち当院のような急性期の病院でも,脳性麻痺が4児ともっとも多い.そのほか低酸素脳症が3児,顔面麻痺,頭部外傷,脳幹部血管腫,肺炎,てんかんなどが2児である.そのほかの疾患は1児ずつで,たとえば肺動脈狭窄症,脳腫瘍,ジスロフィー,先天性骨形成不全,皮膚筋炎,急性脳炎,脳出血,ギランバレー症候群,水頭症,重症筋無力症,精神発達遅滞などである.

 上記のような疾患による廃用症候群の治療にあたっては,小児科医と看護婦の連携が他科にも増して重要である.また,特に患児の母親が関与することで理・作療法士にとっても難しい問題を含んでいることがある.

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リスクマネジャーという専門職の検討が必要な時代がやってきた

 前回は組織で取り組む基本として,組織全員で共通の「考え方」をもつこと,その考え方を実現する「実践のシステム」をもつこと,について紹介しましたが,今月はその取り組みの牽引役としてのリスクマネジャーの役割について考えます.

 かつてリスクマネジメントが医療訴訟の支払い対策としての保険・財務対策であった頃,リスクマネジャーの多くは経営学,病院管理学出身の事務職だったの対し,「予防」,特に「事故の防止」に焦点があたるようになるとともに,医療の知識と現場の経験が不可欠になってきました.アメリカでは医療職,なかでも看護職がリスクマネジャーとして活躍しているということは,本誌1998年12月号でもご紹介した通りです.

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むしゃくしゃして、誰かに当たりたい気分のとき

自分の感受性くらい

自分で守れ

連載 全身がん患者・丸刈り〜たの病棟生活・3

「忍者ナース」 丸刈り〜た
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 みなさん,興味深い毎日をお過ごしでしょうか.「忙しい,忙しい」でしょうか.以前,「忙しい毎日を過ごしてます」と知人に書き送ったら,「忙しいとは,「リッシンベンにナクスと書く.リッシンベンは『人』を表すゆえ『忙しい』とは人として存在していないことである.人を相手に仕事する保母という職にあるまじき意識.ケシカラン!」と叱られたことがありました.

 看護婦さんって「忙しい」職業の代表ですよね.私も入院体験で「その通り」と実感しました.そして「フム,忙しそうじゃ,用はあるが後にしよう」と思ったこともありました.

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 医者と看護婦の関係を見ても、職種の違う人との共同作業って、本当に難しい。でも、医者に対しては、相手のほうが恵まれてるんだ!って思えばこそ、安心して突っかかっていける―。これって、実は多くの看護婦が抱いてる本音じゃないかしら。

 その意味では、助手さんとの関係のほうが、気疲れするかも。「看護婦のほうが給料多いくせに!」みたいな迫られ方をされると、もうなんいっていいかわからなくなっちゃう。でも、こうゆうド迫力の助手さんって、多いのよね。

JJN Essay

在宅で義母を看取って 柿本 久美子
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安らかな眠り

 自宅で寝たきりだった義母が1998(平成10)年4月10日早朝,息を引き取っていました.享年83歳でした.目ざめの顔を拭こうと部屋に入ると,体はまだ温かで,いつもと変わりなく眠っているかのようでした.昨日まで私と夫,夫の姉,訪問看護婦とで世話してきたのに,最後は誰に看取られることなく,1人きりの旅立ちとなってしまいました.

 元気な間は,義母の生き方について気にとめることもなく,お互い過度に干渉し合うこともなく,1つ屋根の下で暮らしていました.しかし,亡くなったあとでは遅すぎたのですが,老いて死を迎える義母の姿勢に感銘し,畏敬の念をいだかずにはいられませんでした.ここに,義母の介護についてまとめてみます.

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はじめに

 家族に対する看護実践は,「文脈のなかにある家族への看護」と「家族を1つのユニットとして援助する看護」の2つのレベルがある1)と考える.私たちは前者の実践をめざして,日々看護するなかで家族とかかわっている.

 従来から行なっている情報収集のための家族から話を聞く,家族へ要望を伝える,必要なものを準備してもらうなどは,看護者の一方的な都合で行なっていることも多い.しかし,看護活動について患者・家族に伝え,状況に応じて参加を促し,ともに問題解決に向かうことが肝要である2).看護者が積極的に家族にかかわり,希望を聞き出し,不安を軽減し,家族の協力を得て看護を行なえれば,患者に精神的安らぎを与え,早期回復支援につながると考える.

基本情報

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看護学雑誌
63巻6号 (1999年6月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

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