助産雑誌 58巻6号 (2004年6月)

特集 命をめぐる「話し合い」のガイドライン

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1 すべての新生児には、適切な医療と保護を受ける権利がある。

2 父母はこどもの養育に責任を負うものとして、こどもの治療方針を決定する権利と義務を有する。

ガイドライン作成の経緯 田村 正徳
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全国アンケート調査結果から

 平成13年に発足した成育医療委託研究13公-4「重症障害新生児医療のガイドライン及びハイリスク新生児の診断システムに関する総合的研究班(主任研究者:田村正徳)」の重症障害新生児医療のガイドライン作成グループ(田村正徳,玉井真理子,仁志田博司,船戸正久,池田一成とその研究協力者)では,「重症障害新生児医療のガイドライン」のあり方について検討を進めてきた。その一環として,研究協力者の広間武彦が中心となって平成13年に日本新生児医療連絡会の会員のうち,NICU責任者を対象として施行したアンケート調査結果を表1~4に紹介する。

 アンケートの結果,「重症障害新生児に対して治療の差し控えや中止が,医療サイドで考慮・検討されたり,あるいは患者家族サイドから提案された症例はありましたか?」という設問に関しては,過去1年間のみでも回答者の44%の施設で年間2件以上の頻度で,治療の差し控えや中止を検討した事例を経験していた。症例の基礎疾患は,18トリソミーが最も多かった(表1)。その際に,使用しているガイドラインや治療指針の有無についての質問では,24%の施設のみが「あり」と答えており,そのほとんどが「仁志田の治療区分」を参考に用いており,一部が「淀川キリスト教病院」のガイドラインを併せて参考にしていた(表2)。

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はじめに

 「重篤な疾患を持つ新生児の家族と医療スタッフの話し合いのガイドライン」は,「重篤な疾患を持つ新生児」に対して,どのような治療が行なわれるべきかを決定するプロセスに着目し,そのプロセスをいかに経るべきかの道筋をガイドすることを目的としている。したがってこのガイドラインは,児に対してAないしはBという治療を行なうべきであるというような,選択すべき治療についての具体的な基準を与えてくれはしない。このガイドラインは,治療を決定するに至るプロセスに,患者(重篤な疾患を持つ新生児)とその家族,ケア提供者を含めた医療スタッフ,そしてその他コメディカルの人たちが,各々の立場からかかわることを想定している。

 要するに,本ガイドラインの意義は,これまで「どのような治療を行なうか」という決定内容に焦点を当てて取り組まれてきた“重篤な疾患を持つ新生児の医療”問題という難問に対して,決定内容ではなく時間的・空間的に継続する「話し合い」,つまりプロセスという観点から取り組むことを提案したことにあるといえる。

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はじめに

 英国の小児科小児保健勅許学会(Royal College of Paediatrics and Child Health:RCPCH)*1は,1997年9月に『小児における生命維持治療の差し控えまたは中止:実務のための枠組み』と題する文書を公表した*2。この文書は,RCPCH倫理諮問委員会が小児医療にかかわる諸専門職,患者,患者家族,倫理学者,法律家などの助言を得ながら議論を重ね,約2年の歳月をかけて作成されたものである。小児患者全般を対象として生命維持治療の差し控えまたは中止を論じたものではあるが,現在のところ英国には新生児領域のみを対象としたこの種の文書はなく,この文書が新生児医療に及ぼす影響は小さくないと思われる。

 本稿では同文書を軸に,最近のイギリス(イングランドおよびウェールズ)における新生児・小児の生命維持治療の差し控えまたは中止をめぐる状況を紹介する。なお,この文書はしばしば「ガイドライン」として言及されているようであり*3,本稿でも以下,「ガイドライン」という。

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なぜ仁志田のガイドラインは

「いわゆる」なのか

 いわゆる「仁志田のガイドライン」は,NICUにおいて絶対的に予後不良と判断された事例に遭遇した時にとるべき手順について,基本的な約束事として作成されたところから,北里大学および東京女子医大のNICUという一施設内における「医学的対応の基準(code)」と呼ばれるべきものである。それに対し,本来ガイドラインとは,「新しい事柄で議論の余地があるものに対し,過った方向に進まないための指針」である。

 確かに今回,対象とされている予後不良事例の倫理的対応については,本邦に学問的にも,公的なシステムとしても定まったものがなく,臨床現場は議論の進め方や取るべき態度の方向を示すガイドラインなるものを切望していた。しかし,筆者らが示したA・B・C・Dの予後の重症度による医療的対応のクラス分けや具体的な対応方法,細かい注意などの記載は,むしろ「マニュアル」に近く,ガイドラインとは異なる。それゆえ,仁志田のガイドラインは正しくは「ガイドライン」ではなく,「いわゆる」という言葉をつけてよばれる由縁はここにある。

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本誌 本日は厚生労働省の成育医療研究委託事業で作成された「重篤な疾患を持つ新生児の家族と医療スタッフの話し合いのガイドライン(以下ガイドラインと略)」をどのように読むかについて,臨床,研究の場で新生児医療・ケアに向き合っている方々のお話をうかがいたいと思います。

 まずは,皆様の自己紹介からお話を始めさせていただきたいと思います。

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はじめに

 当院は,新宿区にあるカトリック精神を基本とした総合病院である。出産数は年間1800件程度あるが,高次医療機関ではない。そのため,妊娠中に18トリソミーなどの重篤な疾患を疑う所見があれば,高次医療機関へ依頼し,精査のうえ確定診断を行なっている。そしてどの病院で出産するかを患者側に決めてもらうこととなる。当院での出産を決定した方には,当院での最善と考えている治療を提供することが前提とされている。

 当院産科の生命倫理規定には「胎児診断による妊娠継続の適否及び奇形児,異常児出産後のアフターケアについて」の定めがあり,医師と看護者が話し合いをもつよう努力すること,家族へのフォローアップを十分にすることが謳われている。

 今回,筆者らは妊娠中に18トリソミーと診断され,当院にて出産したKさんと,3日後に亡くなられた新生児,そしてその家族とのかかわりから,医療者間,患者・家族と医療者との話し合いの重要性について考察したいと思う。

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はじめに

 胎児形態異常は,超音波診断装置の発達で妊娠の早い時期に診断がつくようになった。そのため,出生後の治療に対する情報提供を十分な時間や回数を重ねて行なえるケースがほとんどである。しかし,切迫早産や早期破水,胎児心拍異常により早産に至ると,突然,超低出生体重児の親となる。そして,わが子の治療に関するあらゆる決断を短時間のうちに迫られる。出産前に新生児科医が,予測される出生後の児の状態・治療について説明を行なうために,Perinatal Visitを行なう場合もあるが,結局は十分な時間が確保できずに,わが子に関する決断を迫られてしまう現実がある。

 そこで,本稿では切迫早産で母体搬送となり,蘇生治療を拒否された事例を提示し,十分な時間がない状況での親と医療者の「話し合い」の現状を提議する。

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 「女性なのに妊娠してるのもわからなかったのか。それでレントゲン撮るなんて無責任としか言えない」 「副作用のない薬なんてない。身体を直したいならそのくらいがまんしなさい」。自分のことではないのに,なぜか悲しくなる病院のカーテン越しの声。

 NPO法人日本メディエーションセンター(JMC)は,市民による市民のためのもめごと解決支援をめざして,昨年NPO法人化した(URL:www.npo-jmc.jp)。

連載 今月のニュース診断

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死にゆく人の権利

 昨年,本コラムで,重篤な障害新生児の治療停止について触れた(vol.57No.12)。今回,そこで論じ残した「子どもの安らかな死」について,考察したい。

 デヴィッド・ケスラーは,死にゆく人の権利として次のものを挙げている(「死にゆく人の17の権利」集英社1998)。①生きている人間として扱われる権利,②希望する内容は変わっても希望を持ち続ける権利,③希望する内容は変わっても希望を与えられる人の世話を受け続ける権利,④独自のやり方で,死に対する気持ちを表現する権利,⑤自分の看護に関するあらゆる決定に参加する権利,⑥必要なことを理解できる,思いやりのある,敏感な,知識のある人の介護を受ける権利,⑦治療の目的が「治癒」から「苦痛緩和」に変わっても,引き続き医療を受ける権利,⑧すべての疑問に正直で十分な答えを得る権利,⑨精神性を追求する権利,⑩肉体の苦痛から解放される権利,⑪独自のやり方で,痛みに関する気持ちを表現する権利,⑫死の場面から除外されない子どもの権利,⑬死の過程を知る権利,⑭死ぬ権利,⑮静かに尊厳を持って死ぬ権利,⑯孤独のうちに死なない権利,⑰死後,遺体の神聖さが尊重されることを期待する権利。

連載 妊・産・褥婦のためのマイナートラブル相談室

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はじめに

 前回に引き続き,今回も「痔」について考えてみたいと思います。前回,「痔のケア・前編」では,痔がなぜ起こるのか,妊産褥期の痔がどうして心配なのか,そして,妊娠と痔にどのような関係があるのかを解説しました。今回は,こうした事柄を踏まえて,「痔」に悩む妊産褥婦に対して具体的にどのようなケアができるのかを考えてみたいと思います。

連載 新生児ケアの不思議考証・Evidence & Narrative Based Neonatal Care

第3回 出生直後のケア 横尾 京子
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はじめに

 今回は,少し長くなるが,出生直後の新生児ケアに関心をもつようになった件から始めたいと思う。

 出生直後の新生児ケアについて,出産を体験している当事者としての胎児・新生児という前提で考えるようになったその最初は,『Nature Birth』1)の翻訳作業をしている最中であった。その当時の私は,助産師として,出産を家族中心のプライベートな出来事として捉えた実践をしたい,施設での家族を排除した体制を変えたいという思いで勤務していたが,新生児のケアについて特別に意識をしているわけではなかった。しかし,『暴力なき出産』(1976,KKベストセラーズ)の著者であるFrederick Leboyerの考え方が紹介された部分を訳しているとき,出産直後の親子の穏かな風景の記述(表1)を通して,施設における家族中心の出産の本質を見た思いがした。そして,出生直後の新生児ケアは,医療者の姿勢に強く委ねられていることを改めて自覚し,出産という大仕事を成し遂げた新生児に,人肌を通した温かさや安心を与え得るケア環境を作りたいと思うようになったのである。

 その後,出産の臨床現場には,「母子愛着」の概念が導入された。母子愛着について,子どもから母親に向かう愛着と母親から子どもに向かう愛着(母子結合)を区別し,母子結合の成立には出産後の数日間(感受期と称された)における親密な接触が必要とされた。この母子結合に関する概念の波紋が広がり,感受期は動物実験から類推された仮説に過ぎないこと,早期接触の影響を証明する方法論の限界など反論が出た。しかし臨床現場にある者には,感受期の存在や早期接触の影響が証明されなくとも,医療が母子接触や母子相互作用を妨げる環境であることに気づかせてくれ,改善の契機を与えてくれたことは意義深いことであった2,3)

 出産の自然への回帰は,母乳で育てることにも向けられた。母子異室制や代替栄養の入手が容易というような時代にあっては,人類が哺乳動物といえども母乳のみで育てることは難しい。

 WHO/UNICEFは,1989年,医療者向けに母乳育児推進のために「母乳育児成功のための10か条」を提示し,第4条の中で,母乳育児の成功には早期接触が重要であることを「出生後30分以内に母乳育児を開始できるよう母親を援助すること:Help mothers initiate breastfeeding within a half-hour of birth」として示した4)。このエビデンスについては,先行研究を表2に示したように整理したうえで,早期母子接触として最適な時期と時間を特定することはできないが,医学的な理由がない限り,実践現場では遅くとも出生後30分以内には,skin to skin contactを開始し,少なくとも30分間は続けることが望ましいとされた5)。しかし,第4条に関する提言の実行には,分娩室におけるルーチン業務としての新生児ケアのタイミングや内容に左右され,この30分という数字の受け止め方はさまざまである。

 本稿では,当大学院修士課程の学生だった古田紀子さん(現在は聖母病院助産師として勤務)の研究論文6)を基に,出生直後の新生児ケアの本質的な意味について検討した。

連載 バルナバクリニック発 ぶつぶつ通信・3

産婦の仰天商売 冨田 江里子
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元気すぎる親子

 真夜中にもかかわらず一緒についてきた4歳の女の子は元気だった。「父親はマニラに働きに行っている。上の子を見てくれる人がいないので連れて来た」と,産婦は説明した。陣痛で苦しむ母親をよそに,診療所にある玩具(日本の支援者からいただいた)を広げて遊んでいる。お産についてくる上の子どもたちにとって診療所は慣れない場所であり,普段あまり接することのない外国人がいて,いつもと違い苦しんでいる母親の姿に戸惑い,多くは明らかに否定的な態度(特に私に対して)を示すことが多い。父親か誰かがついてきていれば,さほど問題ではないが,子どもと産婦だけだと大抵ややこしいことになる。でもこの子は苦しみ叫んでいる母親を気にも留めないようだ。私が本を出せばそれを見て楽しみ,床に広げて遊んでいる。

 この産婦がお産になったのは午前3時。子どもは新しい玩具を見つけたかのように喜び,生まれたばかりの赤ちゃんが置かれた母親のお腹にちょこんと頭を乗せた。きっとこの赤ちゃんが見た初めてのものはお姉ちゃんの鼻先だろう。お姉ちゃんは朝方まで眠ることはなく,赤ちゃんを撫でたりつついたりキスしたりして遊び続けた。

連載 りれー随筆・234

体の声を聴こう 栗岩 美保
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9年目の助産師として

 今回は,弱輩者の私が幸さち先生(川手幸子さん・幸助産院)よりバトンを受け渡され,正直戸惑う反面,今の自分の助産師としての生き方を提示するには,よき経験であろうかと受けさせていただきました。

 助産師になって9年目を迎えます。たくさんの人々との出会いや支えがあり,恵まれた環境の中で,現在自分が助産師として毎日仕事に携われることに,心から感謝の気持ちを伝えたいと思います。

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3月19~20日,東京都立保健科学大学において,第29回全国助産師教育協議会研修会が開催された。1日目の講演の1つ,帝京大学医学部付属溝口病院・川名尚氏から,妊娠初期に感染リスクのあるサイトメガロウイルスと風疹への注意が喚起された。シンポジウムでは,女性への性暴力の実態や病院での取り組みが紹介され,教育プログラムへの提言が行なわれた。助産師は性暴力被害者の女性と早期接触できると同時に,兆候を察知できる立場であることが強調された。

 2日目は,専門職大学院を 4月に開設予定の天使大学学長・近藤潤子氏から,開設までの歴史的経緯や,講座内容が紹介された。また,国際医療福祉大学・江幡芳枝氏は,助産学生の実習の実態を,調査を通して明らかにした。それらも踏まえたシンポジウム「助産師教育のターニングポイント」では,杏林大学医学部付属病院・福井トシ子氏から,「安全教育」と「倫理教育」の課目立てが希望としてあがった。臨床と教育の現場での温度差もうかがわれ,助産学生を新人助産師にどう育てていくかは,双方のさらなる連携と責任の所在の明確化が求められるようだ。(本誌)

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 風疹の感受性層である幼児に対するワクチン接種が功を奏し,ここ数年,全国の風疹患者数は,きわめて少なく推移していました。しかし,今年になって,群馬,大分,鹿児島,宮城,埼玉などの地域的な流行の報告が認められ,これが全国に広がることが懸念されています。さらに今回の流行では,学童期や20歳以上の若年成人の患者の割合が多くなっています。

 妊娠初期の女性が風疹に感染すると,風疹ウイルスが胎盤を介して胎児に感染し,先天性風疹症候群を発症することがあります。先天性風疹症候群を発症するか否かの決め手は,妊娠のいつ頃に感染したかということです。妊娠3か月以内の女性が感染すると,出生児は白内障,心臓病,難聴の2つ以上をもって生まれてくることがあります。妊娠5か月頃までに罹患した場合は難聴がみられることがあります。しかし,妊娠6か月以降に感染を受けた場合には,胎児が風疹症候群となる可能性は大幅に低くなります。

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相次ぐ地域での産婦人科休診

 岩手県では,産婦人科を休診する病院が相次いでいます。産婦人科医の退職や大学病院から出向している産婦人科医の引き上げに伴い,全国公募やいかなる方法でも産婦人科医を確保できず,産婦人科休診に追い込まれている深刻な状況があります。何が原因でこのような異常な事態が起きているのかを分析し,早急に改善しなければなりません。

 岩手県は日本一面積が広い県で,人口密度92人/km2,山間部が多く地理的にも風土的にも厳しい条件にあります。岩手県の平成13年度の出産数は総数で12,727人と大都市と比較すると多くは感じませんが,広大な土地に13市,29町,16村があり,出産できる施設が散在しています。出産のほとんどは病院・診療所で行なわれています。助産院は内陸に1施設あるのみで,診療所も内陸に集中し,沿岸部では出産できる場所が病院に集中します。そこで,沿岸部では病院の産婦人科が休診となると,妊婦さんは隣の医療圏の病院へ通院しなければならなくなります。

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アジアから研修生を公募

藤原 日本助産学会では,2003年度事業として「自然で安全な助産―女性と赤ちゃんにやさしいケア」をテーマに,約2か月間の予定で初めて海外から研修生をお招きしました。

 本日は,ネパールからいらした研修生お3方と,研修を担当している国際援助システム委員会の2人で,研修半ばの感想など話し合いたいと思います。

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 英国は国レベルで助産師の活躍に注目し,出産改革が進んでいる国の1つだが,その基盤には非医療職の女性たちが続けてきた社会運動がある。そのリーダーの1人として38年間のキャリアを持つビバリー・ビーチさんが,世界周産期学会の招聘で来日された。

 ビーチさんが会長をつとめる「マタニティ・サービス改善協会 Association for Improvements in the Maternity Services(通称AIMS・エイムス)」はシーラ・キッツィンガーとのかかわりで知られるThe National Childbirth Trustと同時期にスタートした英国の代表的出産グループだ。出産の医療介入や家族の立ち会い,自宅出産などについて女性たちへのサポートを続けてきたビーチさんに,英国における出産場所の自由や,AIMSの活動についてお聞きした。

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去る1月6日,桶谷そとみ氏が91歳で永眠されました。多くの母と子のために,そして助産師に伝えられた桶谷式乳房管理法は,歴史に残る功績です。その影響は計り知れず,直接指導を受けた助産師がいま,次の世代へと手技を伝承しています。その桶谷氏とゆかりの深い方々のなかから,5人の方に桶谷氏との思い出をつづっていただきました。改めまして氏のご冥福をお祈りします。(本誌)

 未来が見えない不安

 私が静岡鉄道病院に勤務していた昭和50年代は,医療機器がどんどん開発され,分娩監視装置が大病院に導入され始めた頃でした。それに伴って東京で有名な大学教授の分娩管理の研修会があり,分娩監視装置の使用法,読み取りの解説,そして講義中に夏みかんを渡され,それを児頭に見立て,螺旋状の針を頭皮にさす練習をしました。こうして妊婦さんは自由に歩けるように分娩監視装置を着けて管理し,医療側は100%無事なお産を提供すべきだ,と教わりました。端的に言うなら,これからは産婆仕事での分娩介助はしてはいけない,というのが研修の結論で,高い研修費を払い受講した結果は,希望を失った寂しい気持ちでの帰宅になりました。どうしても助産婦になりたくて30歳の時にやっと取った資格なのに,未来が見えないと考え込んでしまいました。

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 開業助産師の一縷の望み

 出張分娩で助産婦として地域に根付いていた母とともに,私が入院施設を持つ助産所を開設したのは,昭和32年25歳のときです。母の信用のおかげで助産所経営は順調な滑り出しでした。

 しかし昭和40年過ぎ頃より変化が生じ始めました。急速な医療の進歩とともに,分娩が家庭から病院へと移行し,そして助産婦自身の高齢化と後継者不足から助産所の存続の危機が現実のものとして迫ってきたのです。「このままでは開業助産婦はなくなってしまう。開業助産婦の灯火を消さない道はないものだろうか」。考えた末に,分娩のほかに育児相談,家族計画指導などを柱に相談業務を始めました。予想以上の反響で利用者は激増し,助産所利用者も増加しました。

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 母子一体性の原理

 桶谷そとみ先生の一生はまさに母乳一筋でした。

 助産婦当初より暇さえあれば母親の乳房に触れ,どのようにしたら痛くなく,母乳分泌促進ができるのか,その一念で試行錯誤しながら研究を続けられました。「ヒトも哺乳動物である以上,母乳は必ず出るもの,出せるもの」との強い信念の下に,ついに痛くない乳房基底部に着眼し,7操作と搾乳を基本とした桶谷式乳房手技をそう案されたのです。

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 独自の概念との出会い

 昭和52年2月,『助産婦雑誌』編集室の細波さんと,初めて高岡市の桶谷そとみ先生を訪ねました。足の踏み場もないほどお母さんと赤ちゃんであふれている中を,桶谷先生の手技を見学させていただきました。そこはまったく想像もつかない光景でした。ゆったりと安心して身を任せているお母さんと穏やかにリズミカルに手技をされる先生,ふっくらとつきたてのお餅のように軟らかいおっぱい,排乳口からは乳汁があふれ出ています。

 先生は手技をしながら「1本1本の排乳口から出る乳汁は色も味も違う。つぶして飲んでいるからここはホラッ,濁っている。乳頭は丸く飲ませないといけない。赤ちゃんがどんなふうに飲んでいるのか,ちゃんと観察して飲ませるように,ただくわえさせてちゃいけない」と,正しく飲ませる方法を細かく指導されていました。

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 手技習得は日々勉強

 私が初めて桶谷そとみ先生とお会いしたのは,昭和61年,長男を母乳育児している時でした。出産後,主婦の友社の桶谷式母乳育児相談室に通い,手技を受け母乳育児を実践していました。将来,桶谷式乳房手技を学びたいと思っていましたので,自分の授乳を機会に,桶谷先生の手技を体験したいと,大阪の先生の治療院に出かけました。

 先生にお会いした時の感想は,失礼ながら自分の祖母のような感じでした(年代も戦時中満州に行っていた体験も同じせいかもしれません)。先生は「いい乳,いい子だよ!」と言われながら,ニコニコと手技をしてくださいました。浅はかですが私は,自分が手技を受ければ桶谷式の秘法の何かがわかるかと期待していましが,何をされているかわからないうちに手技は終わりました。手技を受けた後の乳房は乳輪直下を中心にマシュマロのように柔らかくなり,手技後の母乳を飲んだ子どもの顔がピンク色に,そして唇が真っ赤になりました。手技中に感じた不思議な感覚と,自分の乳房とわが子の変化に驚いたことを覚えています。

基本情報

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助産雑誌
58巻6号 (2004年6月)
電子版ISSN:1882-1421 印刷版ISSN:1347-8168 医学書院

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