化学療法の領域 32巻1号 (2015年12月)

特集 感染症における新薬開発のジレンマと展望 -日本が先駆者となるために-

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新規抗菌薬は感染症治療を劇的に改善し,人類の健康に貢献してきた。しかし,継続的に開発された強い抗菌薬は耐性菌の進化を促し,その蔓延が世界的問題になっている。また,抗菌薬開発のシーズを見出すことも困難となってきた。このため,施設や地域の感染制御や,既存抗菌薬の適正使用が推進されている。一方,日本の製薬企業は優れた抗菌薬開発力で世界に貢献してきたが,現在では開発費用に見合った利益確保が難しく,この分野から撤退をはじめている。この危機的状況に対し,産官学連携による新たな制度や枠組みが示されようとしている。本特集では,抗菌薬や耐性菌の歴史を見据え,新薬開発の課題や今後の展望について紹介する。

1.抗菌薬開発の歴史 八木澤守正
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抗菌薬開発におけるわが国の先駆的な業績をたどると,世界初の抗菌薬であるサルバルサンの創薬にはじまり,サルファ剤,ニトロフラン剤やキノロン系合成抗菌薬の領域において,わが国の研究開発の成果が世界的に評価されてきたことが知られる。抗生物質医薬品の領域では,さらに高い評価を受けており,わが国オリジンの,β-ラクタム系,アミノグリコシド系およびマクロライド系抗生物質が世界各国において標準的な感染症治療薬として臨床使用されてきている。ところが21世紀を迎える頃から,わが国の先駆的な抗菌薬開発は停滞しはじめ,現在ではその機運はまったく失われてしまっている。世界的に耐性菌感染症が深刻な問題となっている今日,耐性菌に有効な新規抗菌薬の創製に向けて,わが国がふたたび先駆的な研究開発を遂行することが望まれている。

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多剤耐性緑膿菌や多剤耐性アシネトバクターなど,現在上市されている多くの薬剤に対して耐性を示す多剤耐性菌の蔓延が深刻化してきており,これらの耐性菌に対する新規抗菌薬の開発が切望されている。新規抗菌薬の開発には,これまでの耐性菌の進化と薬剤耐性化機構の理解が必須である。また,停滞している新規抗菌薬開発を再活性化するためには,産官学が連携して抗菌薬の開発環境を整えていくことも必要である。本稿では,耐性菌の進化や薬剤耐性機構と抗菌薬開発との関係について述べるとともに,抗菌薬開発への取り組みや,そのターゲットについて概説する。

3.抗菌薬の開発環境の課題 岩田敏
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わが国においては1970~1980年代にかけて,β-ラクタム系薬を中心に多くの抗菌薬が開発されたが,その後,新規抗菌薬の開発は激減している。新規に開発を求められる薬剤は,耐性菌感染症などの限られた感染症を対象としたものが多く,そのような抗菌薬は市場規模が小さく,開発コストと販売後の収入のバランスの悪いことが新規抗菌薬開発の停滞の一因となっている。対策としては,創薬のための産官学による科学的・経済的基盤の整備,効率の高い創薬や承認申請・審査の検討,バランスの取れた薬価算定の仕組みの構築,先発医薬品メーカーに与えられるインセンティブの見直しなどが必要であると考えられる。

4.抗菌薬の小児への開発 豊永義清
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新GCP(Good Clinical Practice)の省令を遵守し,小児集団における医薬品の臨床試験に関するガイダンスを基本に,近年の小児の治験は進んでいる。小児期の文書によるinformed consentおよびassentの取得は感染症領域では非常に難しい。現在,ほとんどの地域で15歳未満の医療費は無料で,治験での経済的なメリットはまったくなく,Off Labelの薬剤でも医師の裁量で使用できるわが国では,治験の期間が延長している。未承認薬,適応外薬は厚生労働省も前向きに,検討会議から企業に開発の要請を行っている。申請,認可までの時間短縮にはよいことである。抗菌薬は開発期間が長いと経過中に抗菌力の低下も考えられる。まして成人の上市以降に開発をはじめては,開発初期には世界的な存在価値があったものでも価値が失われてしまう可能性もある。成人,小児の同時の承認が基本である。

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現在,臨床利用されている抗菌薬のほとんどが,細胞壁合成阻害薬,タンパク合成阻害薬,DNA複製阻害薬のいずれかに分類されるが,近年は複数の系統の薬剤に同時に耐性を示す多剤耐性株の増加が各国で報告されており,適切な治療薬がないために治療に難渋するケースが増加している。本稿では,既存抗菌薬で実績のある,これら作用機序別の各々のクラスにおける,既存骨格改良型を中心とした新規薬剤パイプラインの世界での開発状況を概説する。

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耐性菌の増加と蔓延が進行する中で,新しい抗菌薬の開発が進まない状況が深刻な問題となっている。米国では“2020年までに10薬剤の開発”をスローガンに産官学の連携の中で抗菌薬開発促進の動きがみられている。その1例が2011年に施行されたGAIN法(Generating Antibiotic Incentives Now Act of 2011)であり,この法律により耐性菌感染症に対する新しい治療薬に対して5年間の市場独占期間の延長が認められた。わが国でも創薬促進検討委員会が立ち上がり,感染症関連学会,行政(厚生労働省,文部科学省,経済産業省),製薬企業との意見交換がスタートした。これまで世界標準の抗菌薬を多数創出してきた日本企業の,知的・人的・物的リソースを生かす抗菌薬開発の環境整備がいま求められている。

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創薬支援ネットワークの本部機能を担う日本医療研究開発機構(AMED)創薬支援戦略部(iD3)は,アカデミア発創薬シーズの知財戦略および,研究戦略の策定,技術支援,企業導出活動を通じて実用化に向けた支援を行っており,現在,感染症領域において6つの創薬シーズを支援している。わが国の抗菌薬の創薬研究を取り巻く環境には多くの課題があり,解決に向けて産学官の委員で構成される創薬促進検討委員会が活動を開始している。この産学官連携による実行可能な計画の策定にはiD3もオブザーバー委員として参加している。今後,この産学官の連携活動から生み出される創薬シーズから,新規の抗菌薬が創出されることが期待される。

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感染症治療の費用対効果について,院内感染対策と抗菌薬の適正使用の1点から考えてみた。院内感染対策を充実させることで良好な費用対効果が得られた。当院(雪の聖母会聖マリア病院)の場合,5年間(2006~2011年)で,100円の投資をすることで458円の効果が得られる結果であった。適切な抗菌薬の選択(スペクトラムが狭域な抗菌薬),適正な量(1回投与量を減らし,投与回数を増やす),適正な投与方法(2段階点滴法)などを駆使することで,効率的かつ効果的な感染症治療が実施できる可能性が示唆された。費用対効果を考えた感染症治療を実施することは,医療の質を向上させることにつながると考えられた。

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2008年にインフルエンザ桿菌(Hib)ワクチン,2010年春から,小児用の結合型肺炎球菌ワクチン(PCV7),ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンが認可され,暫定的に定期接種の中に組み込まれてきた。さらに,ロタウイルスワクチン,髄膜炎ワクチンが認可され,外国産のワクチンが市場の半分を占める現状であるが,水痘生ワクチン,無細胞型百日咳ワクチンはわが国で開発され,その他にも,麻疹ワクチン,風疹ワクチン,日本脳炎ワクチンを開発し,研究開発力には遜色はない。狭い国内市場を数社で占有していたが,圧倒的な資本力と組織化された開発研究力を有する外国大手企業が市場に介入し,既存のワクチンメーカーと提携が進んでいる。わが国は,ワクチンの安全性に対して敏感な市場および,いままで安全で有効なワクチンを開発してきた土壌で,メーカー間のこだわりを捨て,安全で先駆的な新規ワクチンをオールジャパンで開発することが期待される。

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難治性の感染症に期待される新たな抗菌免疫療法の開発について,これまでの抗菌薬開発の歴史,細菌感染に対する免疫療法の取り組み,抗体医薬品の現状,さらに我々の緑膿菌に対する抗体療法の取り組みを紹介しながら考察する。殺菌性の高い従来からの抗菌薬の汎用は,これまでに常に新たな高度耐性菌の出現をもたらしてきた。今後は, 毒素分泌システム,クオラムセンシングシステムなどの細菌の病原性メカニズムを標的とすることで,耐性化が生じにくい抗菌薬の開発が求められている。細菌感染に対する遺伝子組換え技術を用いた抗体医薬品の開発が望まれるところであるが,技術的な観点や市場のニーズ,そしてビジネスの視点において成功には至っていない。血液製剤由来のγグロブリン分画等を有効に利用することも視野に入れた抗菌作用をもつ医薬品の開発が望まれる。

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エピジェネティクスとは,DNA配列の変化をともなわない遺伝子発現・情報を調節する機構を言う。発生学や腫瘍学などの分野でのエピジェネティクスの重要性は確立されているが,近年では感染症学でもエピジェネティクスの重要性が報告され,研究が進みつつある。本稿では,筆者らが検討を行ってきた敗血症やインフルエンザウイルス感染症を中心に,エピジェネティクスの関与に関して概説する。呼吸器感染症におけるエピジェネティクスの関与の詳細が明らかになれば,抗菌薬に加え,将来的にはエピジェネティクスをターゲットとした創薬により,エピジェネティクスの調整による治療の可能性が広がると考えられる。

連載 カラーグラフィック

画像から読み解く感染症(7)

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 マイコプラズマ肺炎(Mycoplasma pneumoniae pneumonia)は市中肺炎の中では肺炎球菌に次いで多く,特に小児から10~30代の若年成人に多くみられるのが特徴的である。胸部単純X線写真の画像所見は非特異的であり,細菌性肺炎などの他疾患との鑑別には高分解能CT(High-resolution CT:HRCT)が有用となることも多い。CTでは,浸潤影,細葉・小葉性陰影,気管支壁肥厚などが特徴的な所見だが,感染機序や炎症の主座の違いにより多彩な陰影を呈することが知られている。本稿では,細菌性肺炎を中心とした鑑別診断を含めて,どのような画像所見があればマイコプラズマ肺炎の可能性が考えられるかを中心に解説する。

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アピコンプレクサに属する生物には,トキソプラズマやマラリア原虫など,人類にとって大きな問題となる病原体が含まれる。アピコンプレクサ生物の細胞内シグナリングは植物との類似性がしばしば指摘される。また最近,これらの生物はアブシジン酸やサリチル酸など植物ホルモンを産生していることが明らかとなってきた。本稿では,アピコンプレクサの細胞内シグナリングの一例としてカルシウム・シグナリングを取り上げ,植物との類似性を考察する。また,アピコンプレクサ生物が産生する植物ホルモンの例として,トキソプラズマのアブシジン酸とマラリア原虫のサリチル酸を取り上げ,それらのホルモンの原虫の増殖や病原性発現への役割を解説する。

連載 消毒エキスパート(3)

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これまでに,「手指消毒」,「生体消毒および環境消毒」時の消毒薬の選択と使用上の注意点に関して述べた(本誌2015年3月号,9月号掲載)。本稿では,医療器具に関する消毒薬の選択と使用上の注意点について述べる。消毒薬の選択は,基本的にはこれらの場合とほぼ同様,汚染の程度,対象病原微生物,対象物の材質に配慮する。さらに,これらに付け加えて,医療器具の消毒においては,より生体に対しても強い作用を有する高水準消毒薬を使用する場面も多く,作業従事者の曝露に対する防護策および使用後の廃液の環境中への排出・処理方法を,法令等に従い適切に施す必要がある。まさに,「彼(消毒薬の特性)を知り己(消毒対象・対象微生物・材質)を知れば百戦殆からず(孫子)」の心構えで,消毒作業の実施に当たっていただきたい。

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◆ HIV-関連クリプトコックス髄膜炎患者におけるアムホテリシンBデオキシコール酸塩導入療法の毒性 ◆ アシネトバクター・バウマニに対するin vitroの抗菌薬相乗作用のメタ分析 ◆ 抗菌薬適正使用管理における専門家の教育:オンライン教育は役立つのか? ◆ 心臓植込型電子デバイスによる感染症の診断,予防および管理についてのガイドライン -抗菌薬化学療法英国協会(BSAC),英国ハートリズム協会(BHRS),英国心循環系協会(BCS),英国ハートバリュー協会 (BHVS), 英国超音波心臓検査協会(BSE)を代表してジョイントワーキング団体プロジェクトによる報告- ◆ In vitro感染モデルを用いたホスホマイシンの有効性とPK-PD(薬物動態-薬力学)の関連性の検討 ◆ 多剤耐性尿路感染症の経験的治療の的確性を改善させるためのシンプルな2つのルール ◆ 市中肺炎患者の非定型病原体をカバーする経験的な抗菌薬療法による臨床的および経済的改善:多施設センター・コホート研究

巻頭言

資料

抗癌剤略号早見表

抗癌剤併用療法略号早見表

抗菌薬略号早見表

バックナンバー

次号予告

次号(2016年2月号)おもな内容

基本情報

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化学療法の領域
32巻1号 (2015年12月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0913-2384 医薬ジャーナル社

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