呼吸と循環 50巻1号 (2002年1月)

特集 神経活性物質と呼吸

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 はじめに

 喉頭と咽頭を形成する上気道筋の活動性の調節については従来数多くの研究がなされてきた.上気道筋は呼吸のみならず,発声,嚥下,咳やくしゃみなどの反射においても多様な役割を演じており,上気道筋の動態を解析することがこれらの機能の調節の解明につながってきた.

 近年,上気道筋の調節は,睡眠呼吸障害,特に閉塞型睡眠時無呼吸低換気症候群の病態との関連で注目されている.上気道筋の調節に関与する神経活性物質としてはセロトニン,ノルエピネフリン,サブスタンスP,TRHなどが知られているが,本稿では最近治療面からも注目を集めているセロトニンを取り上げ,上気道筋の調節機構を睡眠呼吸障害の病態と薬物治療の面から概説したい.

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 パニック発作と窒息感

 パニック発作は,特別な理由なしに突然に,呼吸困難,めまい,動悸,死への恐怖などが出現し,10分程度で自然軽快するものである.発作が反復するという予期不安のために,外出することも制限されるようになる.内科的な諸検査では異常が見出されないのが鑑別のポイントである.三環系抗うつ薬のイミプラミンが著効を呈するが,最近はMAOや選択的セロトニン再吸収阻害剤も有効であるとされてきている1)

 パニック発作は,通常の不安(全般性不安障害)と違い,呼吸困難や窒息感など呼吸症状が前面にみられる.それだけではなく,5%CO2吸入負荷や乳酸静注など,呼吸制御系に関係したチャレンジテストで発作が誘発されるという特異性もある.このような背景から,Klein2)は1993年にパニック発作のメカニズムとして,suffocationfalse alarm theory(窒息警報誤作動仮説とここでは訳すことにする)を提案した.すなわち,脳内のどこかに窒息検出器が存在して,それが活性化されると,窒息感を伴って窒息警報が発せられ,死の恐怖から逃避する行動や,過呼吸,頻脈などが発現するという仮説である.窒息状態に陥れば,健常人でも同様の反応が起こるので,これは生理的に備わった生体防御システムであるといえる.パニック障害の患者ではこの窒息警報の閾値が異常に低く設定されていると考えられる.

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 はじめに

 急性および慢性の低酸素状態に対し,生体は様々な応答を示す.哺乳動物はまず出生時に低酸素にさらされるが,その際血中に大量のカテコールアミンが遊離される.また,呼気の急激な酸素分圧低下に対しては,頸動脈小体を介した呼吸促進や,低酸素性肺血管収縮(hypoxic pulmonaryvasoconstriction,HPV)が起こる.これらが速やかで可逆的な応答であるのに対し,慢性あるいは重度の低酸素下では,エリスロポエチンなど赤血球分化成長因子や血管内皮細胞成長因子(vas—cular endotherial cell growth factor,VEGF),あるいはストレスタンパク質の誘導などの生体防御・適応システムが駆動される.低酸素の強度・持続時間によって,応答する分子機構とそれに関わる伝達物質は異なる.ドーパミンをはじめとするカテコールアミンは主として急性の応答に関わっていることが近年明らかになってきた.

 ここでは,末梢の化学受容器を介した低酸素応答と,そのモデルとしての培養細胞系での実験,および中枢のドーパミンニューロンと低酸素感受性との関わりについて述べたい.

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 神経因性咳におけるサブスタンスPの役割

 肺の炎症に対する神経原性コントロールの重要性が,サブスタンスPと呼ばれるタキキニン神経ペプチドの研究によって示唆されたのは30年以上前のことである1,2).大量のカプサイシン投与により感覚神経で産生するサブスタンスPを枯渇させると,タバコの煙,機械的あるいは化学的な刺激物,そして急性アレルギー反応を惹起する物質の刺激に対し肺の反応は著明に抑制された.

 サブスタンスPはタキキニン神経ペプチド・ファミリーに属している11のアミノ酸残基を持ったニューロペプチドの一つであり,中枢および末梢神経系に存在している.免疫染色法で下気道の感覚神経にサブスタンスPを確認できるが,様々な生物種の気道上皮,平滑筋や血管の神経においても同様である3,4).迷走神経の逆行性電気刺激,またカプサイシンによる神経の化学刺激のいずれでも気道におけるサブスタンスPの放出が誘発される5).タバコの煙や化学物質の刺激によってもサブスタンスPが放出される6〜8)

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 はじめに

 アダムとイブの人間の歴史の始まりから,この世に男性と女性が存在するという事実は避けられない.臨床の場において,この疾患には性差があるようだ(例えば,びまん性過誤腫性肺脈管筋腫症は女性のみであるとか)という感触はもったとしても,性差と呼吸調節の差異をはっきりと感じることは少ないかもしれない.

 しかし臨床の現場をみてみると,女性ホルモンは,更年期障害などの婦人科領域では使用されている.さらに,前立腺肥大症にはアンチアンドロゲン製剤が使用されている.このような性ホルモンレベルに影響を及ぼすような薬剤を投与する場合,目には見えないかもしれないが,呼吸調節機構には何らかの変化が起きていると考えられる.

 この世に男性と女性がいるかぎり,臨床病態の裏には性差は何らかのかたちで呼吸調節機構に影響を及ぼしているはずである.もちろん,それが問題になるのは何らかの特殊な状態に限られるとは思われるが.例えば,低換気状態(睡眠,肥満などの負荷がかかった状態,上気道狭窄を起こす状態,など)に対する代償機構の性差,妊娠・性周期・閉経に伴う呼吸の変化には性ホルモンの関与が考えられる.そのような場合,性ホルモンが,どの部位にどのような機序により呼吸調節機構に影響を及ぼしているのかを理解することは重要と思われる.また呼吸調節機構における男女の性差は,すべてが性ホルモンの違いによるものではない,ということの認識も同様に大切と考えられる.

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 はじめに

 あらゆる細胞におけるエネルギー供与分子であるATPが,細胞の外で神経活性物質として細胞間情報伝達を担うという驚くべき機構が明らかになったのはほんのこの数年のことである.多くのトップレベルの研究者の参入によってATP受容体の実体が解明されつつあるが,その生理学・病態生理学的な意義の解明は現在まだ進行中といってよい.そのなかで重要な役割を果たしつつあるのが孤束核をはじめとする中枢性呼吸・循環制御機構である.

 本稿では,ATPとATP受容体を介した細胞間シグナリングに関する現在の知識をまとめ,孤束核など脳幹ネットワークにおけるその意義について解説する.

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 はじめに

 手術室で患者のしゃっくりの対応に難渋することはわれわれ麻酔科医にとって決して稀なことではない1〜3).全身麻酔の導入および維持において患者はしゃっくりをする.例えば,超短時間作用型バルビタールの使用は麻酔導入中のしゃっくりの原因とみなされてきた.バルビタールをはじめ,全身麻酔はgamma-aminobutyric acid(GABA)抑制系を賦活化することによってもたらされるというのが現在最も有力な全身麻酔薬の作用機序仮説である4).ならば,GABA抑制系を賦活化すれば,しゃっくりは起きやすくなるのか.しかし,同じGABAの関連薬の一つであるバクロフェンは,難治性のしゃっくりに最も有効な薬として知られている1)

 本稿では,GABA受容体のサブタイプの作用から,GABAとしゃっくりの関係について考えてみることにした.

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 最先端医療の一つである血管新生療法を経験するなかで,医療チーム編成の構成を考える難しさと医療連携の重要性を知ることができた.わが国における心血管系の再生医学の一つの起爆剤は,1998年11月に米国ウイスコンシン大学がヒトES細胞(胚幹細胞)を発表したことである.さらに1999年2月に脳死患者から行われた臓器移植に大きく触発されたことも事実であり,ここに再生医学の臨床応用への歩を一気に進めることとなった.

 血管新生には,血管成長・増殖因子を用いた遺伝子治療と,血管内皮前駆細胞を自家移植する方法とがある.われわれの施設でも,末梢血管疾患に対する自家骨髄細胞移植を積極的に進め,同時に冠動脈疾患に対する基礎的検討を行うとともに一部臨床応用を開始した.しかし,重症患者には骨髄細胞の採取は負担となる.そこで,末梢血幹細胞移植でも同様の効果を得ることができることを基礎的検討で確かめ,臨床応用も開始した.ASOによる虚血肢に対する血管新生療法が2000年6月より臨床応用された.現在までに11人のASO患者に対して自己骨髄細胞移植を実施した.11人中8人で下肢の血圧が1ヵ月後には10mmHg以上昇圧し,歩行距離は2.5倍以上増加し,下肢の疼痛は11人中10人で完全に消失した.血管造影では著明な血流増加が観察された.

綜説

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 様々な生命現象を司る分子モーター

 真核細胞には分子モーターと総称される多様なタンパクが存在し,細胞の様々な運動を司っている.これらのタンパクは筋収縮,細胞移動などのマクロの細胞運動のみならず,細胞分裂,膜小胞輸送などの細胞内のミクロの運動,さらにはエネルギー産生,RNAの転写など様々な生命現象に関与している.これらの分子モーターには,ミオシンのようにフィラメント上を滑り運動するリニアモーターのようなタンパクと,プロトンの濃度勾配を利用して回転しながらミトコンドリアでのATP産生を司るFIATPaseのような回転モーターが含まれる.前者にはアクチンフィラメント上を滑るミオシンのほか,微小管上を滑るキネーシン,ダイニンや,DNA上を移動しながらRNAを転写するRNAポリメラーゼ,ヘリカーゼなどがある.これらの分子モーターに共通するのは,ATPやヌクレオチドの高エネルギーリン酸結合を加水分解して得られる化学エネルギーを,分子のコンフォメーション変化を介して細胞の様々な運動という力学的仕事に変換することである.

Bedside Teaching

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 はじめに

 今日の呼吸器感染症領域では,高齢者人口の増加,エイズ患者の増加,ステロイド療法,免疫療法,移植療法を含めた医療技術の進歩,多様化に伴って増加した日和見感染症の治療,対策がより大きな課題となっている.日和見感染症は健常者にはほとんど病原性を発現しない弱毒菌によってもたらされるものであり,院内感染症,医原性感染症,薬剤耐性菌感染症,菌交代症,高齢者感染症,終末期感染症などの種々の問題をも含んでいる.また,発症すればしばしば難治性であることから,その治療のみならず予防対策が重要である.ここでは,呼吸器の弱毒菌感染症の臨床的背景,治療,対策の概要を述べる.

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 はじめに

 Guidelines 20001)(以下G2000)は,AHA(American Heart Association)がILCOR(International Liaison Committee on Resuscita—tion)の協力を得て2)発表した心肺蘇生法および心血管疾患の緊急治療に対するガイドラインである.1992年に発表されたAHAのガイドライン3)を基礎とし,いくつかの変更点あるいは新たな項目が付け加えられている.G2000は、“Guide—lines for cardiopulmonary resuscitation andemergency cardiovascular care, internationalconsensus on science”というタイトルに示されているように,科学的証拠に基づいたガイドラインであり,国際的にコンセンサスを得たものであることが強調されている.

 本稿では,G2000の重要な変更点を紹介し,それらの背景について考察した.また,心肺蘇生法に関して本邦の救急医療,医療教育における課題を提示した.

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 睡眠呼吸障害をめぐる最近1年間の話題

 1 疫学

 極めて大規模な疫学調査結果がスペインから報告された1).ポータブルモニターで30〜70歳の一般住民2,148名をスクリーニングし,さらにそのうちの一部(555名)を終夜睡眠ポリグラフィー(PSG)で確定するというものである.その結果,無呼吸—低呼吸指数(AHI)≧5,AHI≧10,AHI≧15で診断すると,男性では26.2%,19.0%,14.2%であり,女性では28.0%,14.9%,7.0%であった.これらは,今日最も信頼性の高いとされるウイスコンシン・スタディ2)よりもやや頻度が高く,対象の年齢構成と人種の違いによるものと思われる.また,この報告ではAHIが高血圧の発症に関与しており,年齢や性,体重,頸囲,飲酒,喫煙といった交絡因子で補正しても有意であった.このことから,睡眠呼吸障害は,症状がなくても健康に被害を及ぼす可能性がある.

 OSASの発症には顔貌の異常(特徴)が深く関与しており3),顔貌の特徴から有病率には人種差が認められる4).黒人やヒスパニック,およびアジア人はコーカサス系白人よりも有病率が高いという指摘があるが4),残念ながらアジアからは質の高い疫学調査がない.最近,香港の中国人を対象にした報告がでたが,男性1,542名の対象者のうちでPSGを実施したのはわずか153名に過ぎず,実態を過小評価している危険性が大きくて信頼できるものではない5).それでも日中の眠気とAHI>5をもつ症例は4.1%と報告され,米国とほぼ同じ有病率であった.

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 高血圧をめぐる最近1年間の話題

 1 最近報告された高血圧症の大規模臨床研究の結果

 高血圧症の長期予後に対する様々な降圧薬の効果を比較検討した大規模臨床試験の結果が報告された.INSIGHT試験では,高血圧患者6,321人を対象にdihydropyridine(DHP)系カルシウム(Ca)拮抗薬nifedipine GITSと利尿薬(hydroch—lorothiazideとamilorideの合剤)の心血管イベント抑制効果を二重盲検法により比較した1).その結果,両群で降圧度やイベント発生頻度は同等で,nifedipine GITSは心血管疾患合併症に対して利尿薬と同等の予防作用を有することが推測された.

 わが国で老年者高血圧者を対象にDHP系Ca拮抗薬であるnicardipine徐放剤またはtrichlor—methiazideを投与したNICS-EH研究でも,5年間のイベント発生率において2群間に差は認められず2),QOLに与える影響も同程度であった3)

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要旨 患者は64歳,男性.38歳時に両下肢の腫脹と疼痛にて近医で下肢静脈瘤と診断された.63歳時に症状が増悪したので当院に入院.下肢静脈造影にて大腿静脈から下大静脈にかけて血栓性に閉塞していたため抗凝固療法を行い症状が改善した.その後,経過中に移動性非区域性の間質性肺炎と関節炎を繰り返し自然に寛解した.凝固能には異常がなく,臨床所見からBehçet病は否定的であった.臨床症状に応じてC-ANCA,CRPの出現消褪を認め,鼻腔生検ではWegener肉芽腫に特徴的な肉芽腫は認めなかったが,ANCA関連血管炎と考えられた.細静脈炎により血栓が生じ,二次的に下大静脈に血栓形成が及んだものと考えられた.

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要旨 患者は73歳、女性.症状なく、心臓電気生理検査終了の6時間後に心電図のII・III、aVF,V1〜6誘導で著明な陰性T波を認めた.心エコーと左室造影で心尖部の無収縮と心基部の過収縮が,99mTc-tetrofosmin心筋シンチで心尖部集積低下を指摘された.冠動では心外膜冠動脈に有意狭窄はなかった.レボビスト®を用いた経静脈心筋コントラストエコーで心尖部は濃染された.虚血性stunned myocardium,くも膜下出血,褐色細胞腫,心筋炎を示唆する所見に乏しく,本例は心臓電気生理検査のストレスによるたこつぼ型左室壁運動異常と考えられた.発症前には左室壁運動異常,心筋シンチ,心電図は正常で,発症に伴い異常が出現し,左室壁運動異常は約3週間,心筋シンチ心尖部集積低下は約6週間,心電図異常は約16週間の順序で回復した.

基本情報

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呼吸と循環
50巻1号 (2002年1月)
電子版ISSN:1882-1200 印刷版ISSN:0452-3458 医学書院

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