はじめに
明確でない法と行政の概念
現在のところわが国には,これが「リハビリテーション法」であり「行政」であるといったはっきりした定義は存在しない.
リハビリテーションという用語自体,かなり自由に使われており,広・狭さまざまに解されているようである.
現行の法律においてリハビリテーションという表現が用いられているのは,厚生省設置法・第15条および第25条の「国立リハビリテーションセンター」に関する条文と労働者災害補償保険法第23条の「労働福祉事業」としての「リハビリテーションに関する施設の設置及び運営」に関する規定ぐらいのものであろう.そしてこれらは,何れもその機関なり事業に関する限定的意義を表すに留まり,リハビリテーション一般に関する定義とはなっていない.
ところで,ハビリテーションに関する考え方を整理するうえで有力な手がかりとなるものに昭和57年3月の「今後における身体障害者福祉を進めるための総合的方策」に関する身体障害者福祉審議会の答申がある.
答申は,リハビリテーションを「障害をもつ故に人間的生活条件から疎外されている者の全人間的復権を目指す技術的および社会的,政策的対応の総合的体体系である」としているが,法や行政の定義は必ずしも明確ではない.
わずかに「身体障害者福祉対策の構図」において次のように整理を試みている.
ア.障害の予防対策
発生予防,早期発見,早期療育,事故対策,特殊疾病対策
イ.リハビリテーションサービス
相談および判定,リハビリテーション医療,リハビリテーション機器,指導・訓練,在宅福祉サービス,施設利用サービス
ウ.生活の基礎的条件整備
保健医療,教育,就労,所得保障,住宅,社会生活環境,市民の理解と協力,
(答申1第2章の1)
ここでは,「身体障害者福祉対策の構図」の全体像を示しながら,その一つの柱として「リハビリテーション」を位置づけているが,ここでの範囲はかなり狭義なものとなっている.
こうした整理の手がかりとしてもう一つ「国際連合」が1982年12月の第37回総会で決議,採択した「障害者に関する世界行動計画」(World Programme of Action Concerning Disabled Persons)がある.この中での「定義」は,「リハビリテーション」について「損傷を負った人に対して身体的,精神的,かつまた社会的に最も適した機能水準の達成を可能にすることにより,各個人が自らの人生を変革していくための手段を提供していくことをめざし,かつ時間を限定したプロセスを意味する.これは,社会的適応あるいは再適応を容易にするための方策はもとより,機能の喪失や制約を補う(たとえば自助具などの技術的手段)ことを目的とする方策を含めることができる.」としている.そして,この「リハビリテーション」は,「予防」(戦争の回避や貧しい人々の教育的,経済的,社会的地位の向上,保健衛生対策の向上等を含む)と「機会の均等」(物理環境,住宅と交通,社会サービスと保健サービス,教育や労働の社会,スポーツやリクリエーション等の文化・社会生活,宗教活動や性的関係等の自由等)とならんで世界行動計画における3つの行動テーマとなっている.
そして,「リハビリテーションのプロセスには,通常相互に関連しあう次のような形のサービスが含まれる」としている.
(a)早期発見と診断
(b)医療ケア及び治療
(c)社会的・心理的,その他のタイプのカウンセリングおよび援助
(d)身辺処理活動における訓練
(e)補装具;移動のための自助具ならびにその他の器具の提供
(f)専門化された教育サービス
(g)職業リハビリテーションサービス,職業訓練,一般および保護雇用施策
(h)フォローアップ
国連行動計画における「リハビリテーション」の定義は「予防」「機会の均等」とならんでかなり限定的にとらえる方向での整理がなされている.なお,この点に関しては,「機会の均等」の一節において「完全参加と平等という最終目標を達成するためには,障害者個人に向けられたリハビリテーションの方策だけでは十分ではない」として「環境」等の重要性を指摘している点は,リハビリテーションの意味を考えるうえで示唆的である.
以上の2つの考え方には,かなり類似したところが多い.特に,障害者問題解決の全体構図を描きつつ,その推進方法の一つの柱としてある分野を「リハビリテーション」として位置づける考え方はかなり似通っている.
一方,最近では「社会リハビリテーション」といった考え方も有力になっている.
「生活者としての障害者自身の生活の質の向上を計る一方,社会成員である障害者の生活の場が支障の多すぎる欠陥社会であるならばそれを改革し,リハビリテートさせるために歪める社会構造そのものに挑戦する社会福祉の政策であり科学技術体系でもある」といった障害者問題解決の総体を含むような立場である.
「リハビリテーション法制」ないし「行政」を論じようとすれば,こうした概念ないし,定義を明らかにすることが前提となるわけであるが,この小論をもってしては困難である.
本稿では,これらの議論を手がかりとしつつ障害者問題解決に関わる法律,行政のうちリハビリテーションに関わると思われるものを一応網羅的にとらえ「障害者リハビリテーション関連法制および行政」といった観点からその現状と課題を明らかにしたい.本稿での関連分野の整理にあたってはリハビリテーションの4分類といわれる「保健医療的分野」「教育的分野」「雇用就業的分野」「社会福祉的分野」の4分類に加えて「社会環境的分野」と「基礎条件的分野」をも設定してみた.なお,以下の記述においては,リハビリテーションは,「リハ」と記述することとしたい.