看護教育 47巻12号 (2006年12月)

特集 「看護師2年課程通信制」発足から3年

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はじめに

 東亜大学学園附属看護学院(以下,当校)は,看護師2年課程通信制が発足した初年度にあたる2004(平成16)年に開校した。看護教育関連機関を持っていない看護学院であったが,今年の3月に,第1期生の96.6%にあたる289名の卒業生を送り出した。当校の教育の特色は,臨地実習を除くすべての授業に,教科書に加えて,ブロードバンドによる授業を配信している点にある。つまり,放送大学に頼らず,すべての科目を当校で習得できることにある。加えて,インターネットの利用による双方向のシステムを取っており,授業のみではなく学習を行う上で必要なさまざまな情報のやり取りを,学生の専用ホームページおよびメールで行うことにある。

 通信制による本教育課程はスタートしたばかりであり,当学院としても試行錯誤の2年間であった。第1期生卒業生の国家試験の合格率は70.7%であった。この数字については議論のあるところであろうが,当校としては,学生がよく健闘したと評価したい。これを機に,当校の3年間の実態から,今後の課題について述べてみたい。

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 「通信制が開校するね。受験してみない?」

 上司のそのひと言で,私の運命が変わりました。准看護師として,総合病院,健診施設で働いてきた私は,35年間で培った看護経験により,職場の責任者にまでなることができました。しかし,責任の大きさに誇りを感じる反面,看護師である後輩たちに対し,心のどこかで引け目を感じることがありました。

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 2004年に開設した2年課程通信制も多くの方の支援を受け,今年で3年を迎えることとなった。1回生は,3月に294名中278名修了し,内241名(86.6%)が第95回看護師国家試験に無事合格することができた(表1)。開設当時,通信制の看護教育はわが国における初めての試みであり,看護師国家資格の合格率は,決して高く望めるものでないと思われていた。しかし,何とか結果を出すことができ,教職員一同安堵している。

   この2年をふり返り,2年課程通信制カリキュラムの内容を充実させていきたいと考える。

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 私が准看護師になって,15年が過ぎようとしている。高校卒業後,個人病院で働きながら准看護師養成所に通学し,資格を取得,2年間その病院に勤務した。総合病院で高度な医療や看護を学びたいという思いから,現在勤務している病院へ入職した。

 私が移行教育という言葉を聞いたのは入職後数年してからであるが,あまりピンとこなかった。3年制の進学コースを受験したこともあるが,不合格という結果に終わり,それから進学自体を諦めてしまった。経験年数が長くなればなるほど「准」という字のもつ意味,壁を感じ,進学への思いを募らせながらも年齢や結婚を理由に逃げていた。

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 「2年課程通信制」(以下,通信制)が,2004年4月,全国で3校開設され,「別府大学附属看護専門学校2年課程通信制」(以下,本校)はその中の1校としてスタートした。

 手探りの状態から,ようやく今日にたどりついたというのが正直なところである。“長年の准看護師の夢の実現のお手伝い”という意気込みはあったものの,通信制を「育み,定着させる」むずかしさで試行錯誤の連続であった。

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 私は,北海道から別府大学附属看護専門学校2年課程通信制(以下,本校)に学んだ。札幌市にある260床の単科の中核病院に勤務しており,准看護師免許取得後も,学びたいという思いをもちながら20年が経過していた。その間結婚し,3人の子どもにも恵まれて,上の2人は高校生,下は小学6年生になり,親の手がかからないようになった。仕事もそれなりにそつなくこなせてはいた。しかし,准看護師としての経験を積むうちに,自分の知識不足や限界を感じるようになった。

 看護師養成教育は平成になって大きく転換され,社会の変化に伴い,医療の現場でもさまざまな専門領域が確立されて制度としてもスタートしていた。再び,学ぶ機会を得たいという思いを強くしていた矢先,通信制初年度開設が,九州に2校と山口県に1校あることを知った。

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 北海道は,日本の総面積の約5分の1の面積を持つ最も広い都道府県である。ここに約6万5000人(2002年12月末日現在)の看護職が就業している。このうち,准看護師は約2万4000人(2002年12月末日現在)である。看護師2年課程は現在11校(定員560名)あるが,14支庁のうち,留萌,宗谷,根室,釧路,十勝,日高,檜山の7支庁にはない。そのため,准看護師が進学を希望しても通学できない者が数多くいるのが現状であった。そのような北海道の実情を踏まえて,本校は看護師2年課程通信制を2005年に開設した。

 準備段階から,教員たちは通信制で看護教育を行う難しさについて考えていた。対象となる准看護師は,広範な地域に居住している,10年以上学習習慣と縁がなかった,さらに,仕事や家庭で中心的役割を果たしている年齢層である。適切に学習のサポートが行われないと,学習継続に困難をきたし,留年や退学が続出するのではないかと考えていた。そこで,予想される問題に対する対応策を考えながら,入学生を迎えた。

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はじめに  2003(平成15)年,保健師助産師看護師学校養成所指定規則の一部を改正する省令が公布され,看護サービスの質向上,准看護師養成停止と看護制度一本化」のねらいのもとに(通信制)看護学校が開設されたことは,看護教育にあたる者として納得できるものである。

 2年課程通信制の看護師学校の特徴と魅力は何といっても,「働きながら学び,国家試験受験資格が得られる」ことで准看護師から看護師への資格を希望する人たちにとって,待ちに待った通信制看護師学校の開設といえよう。

 さて筆者は,東京都で初めての2年課程通信制として設立された聖母看護学校(以下,当校)開校2年目の今年4月に赴任した。最初は戸惑いの連続であったが,通信制看護師学校の果たす役割は何かを忘れずに,「働きながら学べる」学習環境はいかにあるべきかを模索しつつ運営している昨今である。

 特に近日,学生から学校運営,学習に関することの問い合わせや意見が多くあることから,学生は当校に対しどのような期待,意見を持っているのか,他のいくつかの設問も合わせてアンケート調査をした。

 今回,アンケート調査によって通信制看護師学校はどうあるべきかを考えるよい機会となったので,当校のカリキュラムとその特徴と調査結果の一部を紹介する。

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はじめに

 2004年に,地元の奈良県で「第12回全国准看護師研究会総会」が開催されました。平和会吉田医院(以下,当院)の准看護師が看護研究発表をすることになっており,そのサポートをしました。研究テーマは「精神科患者様の自立援助」でした。患者さんに寄り添って看護をしたいと思う気持ちと,それを発表しようという一生懸命な姿に共感を覚えました。

 この時に参加した当院の准看護師の仲間たちが,「もっと勉強をしたい,ぜひ看護師をめざそう」と声をあげました。どのようにしたら看護師の資格を取得できるのか? 他にも同じ志を持つ人がいるのではないだろうかと,当院では「准看移行教育研究会」を2004年5月に発足させました。

 私は,当時病棟師長として総会に参加し,准看護師たちの「看護師としてキャリアアップしたい」という思いに共感したものです。通常の業務では,准看護師・看護師と分けて業務をしているわけではありませんし,カンファレンスなどにおいても活発な意見が出されます。「准看移行教育研究会」の発足当時は,有志(准看護師6名と筆者)が集まり,仕事帰りに喫茶店で食事をしながら語り合いました。個々の思いは,今の医療現場での看護への思い,置かれている立場の悔しさ,看護の資質の向上を図らなくてはならないという思いで共通しており,力強さを感じました。楽しく,息長く続けられるようにしたいとの思いから,「准看護師移行教育研究会(JIK)」とネーミングし,シンボルマークも作りました。

 今回,「2年課程通信制」を看護管理者(2006年1月より看護部長就任)としてどう生かしていくか,管理者としてまだまだ不十分と思っていますが,この2年間の取り組みについて述べてみたいと思います。

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林 私は,一般大学を出てから手に職をつけたくて看護の道に入りましたが,働きながら学べるということで,何も知らずに准看護婦学校からスタートしました。准看学生として働くなかでさまざまな矛盾を感じ,1987年に「准看学生の就学と就労の実態に関する調査」を行いました。

 90年代に准看護婦問題(以下,准看問題)に関するいろいろな検討会ができ,その中で発言するチャンスをいただいたりして,間近でこの問題が動いていくのを見てきました。准看護婦養成停止・移行教育まであと一歩というところで,この2年課程通信制に収まってしまいました。私は,この制度は准看問題の中途半端な決着として生まれたと思っていますが,いまはこれをなんとか充実・発展させて,最終的には准看養成廃止・移行教育につなげていきたいと考えています。そうすることで日本の看護のレベルアップに役立つのだということを,たくさんの方に知っていただきたいと思います。日本の看護全体のレベルアップのためには,底上げがいちばん大切ですから。

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はじめに

 2004年4月,「看護師2年課程通信制」は初めての通信制による看護教育として,准看護師が看護師資格を得るための教育の機会を拡大する目的で始められた。この2年課程通信制は,今日の看護教育ならびに臨床看護へ少なからぬ影響を与えることが推測される。初年度は全国で3校が開校し,1期生のうち507人が,本年3月看護師国家試験に合格し,看護師として看護活動を開始した。

 筆者は准看護師として43年余看護に従事し,2002年3月,定年退職した。この間,1962年20歳のときに日本看護協会愛知県支部准看護婦部会委員を受けたのを皮切りに,1995~1996年に厚生省准看護婦問題調査検討会委員,1992年より全国准看護師看護研究会会長として准看護師問題に関わってきた。さらに,この「看護師2年課程通信制」による教育が開始されると同時に,東亜大学学園附属看護学院へ入学し,本年4月看護師資格を取得した。現在は,2年課程通信制である愛西学園弥富看護学校(2005年開校,愛知県)において,図書司書として,学生への図書情報提供などの司書業務についている。

 これらの諸活動と体験をふまえて,この教育が始まって3年目の中間的なまとめを試みた。それをもとに,今後の発展のために課題を考察した。

連載 教え,伝える現場【最終回】

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空師(そらし)という仕事をご存知だろうか。高い木に登って枝おろしや伐採をする職人のことを,“空師”と呼ぶのだそうだ。木よりも高い建物などなかった昔,空に一番近い所で仕事をする人を意味する言葉だったという。命綱を腰に巻いて,100年は経っただろうかと思えるケヤキや杉の巨木をするすると登り,腰につるしたチェーンソーで幹を伐り落としていく。青く澄んだ秋空に突き刺さったような巨木のてっぺんで,たった1人で木と向かい合い,言葉を交わしている。木が大好きで,声がでかくて,人一倍優しい,若き空師・熊倉純一さんと木との対話に耳を傾けた。

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はじめに

 高齢者ケアの目標を,鎌田1)は「高齢者が生の完成をめざして,人生の最終段階である老年期を健やかで,自立した,生き生きとした快適な生活ができるように援助をすること」と述べている。われわれもこれにしたがって,老人看護学実習では,対象を生きてきた過去を含め,全人的に捉えることをめざしている。

 老年看護学実習での情報収集のツールとして,ヘンダーソン看護論の基本的欲求(日常生活行動)14項目2),具体的には秋庭・江崎ら3)の「基本的看護(基本的欲求)の充足した状態および情報収集項目」を用いている。この理由として,「看護を初めて学ぶ学生にとって,用語の概念が理解しやすい」4)という,学生にとっての使いやすさがあげられる。

 ヘンダーソンの基本的欲求14項目の中でも,特にエイジングの多様性に着眼し,老年者を全人的に捉えるためには,「No11 自分の信仰に従って礼拝する」「No12 達成感をもたらすような仕事をする」「No13 遊び,あるいはさまざまな種類のレクリエーションに参加する」「No14 “正常”な発達および健康を導くような学習をし,発見をし,あるいは好奇心を満足させる」の部分の記載内容の充実と収集した情報の活用が重要である。今回は,学生の記録の記載内容を充実させる手立てとして,No11~14の情報収集の視点を具体的に明示することを試みた。すなわち,アセスメントツールの視点の作成である。

 本稿では,この「アセスメントツールの視点」作成のプロセスを紹介し,老年看護学臨地実習前に学生に提示し,使用した学生の反応からその有効性について述べる。

連載 看護学生のための医療・看護経済学入門・6【最終回】

看護の費用効果分析の事例 飯島 佐和子
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はじめに

 看護の経済評価は,ある看護技術が同じ資源を使ってできる他の事柄と比較して実行する価値があるのか,また,他の方法でなく,その看護行為によって医療資源を消費していることに利用者が満足しているか否かを知りたいときに行われます。本稿では,看護の費用効果分析について,事例を踏まえてお話したいと思います。尚,看護の経済的評価を行う場合,まず評価の対象となる看護行為は,あらかじめ患者に効果のあることが確認されており,その看護を望む患者に利用できるようになっていることが前提となります1)

連載 新人ナース覚書―入職前にこれだけは伝えておきたい・8

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患者・家族との関係

 患者さんは,身体や心,あるいはどちらも病んでいます。健康であれば,自分の気持ちを十分に伝えることができる人でも,病気の時には思うように表現できないこともあるでしょう。

 患者であるということは,身体的にも精神的にも,苦痛が多い状況に置かれているということです。さらに,入院の場合は家族や親しい人たちと離れ,医療者と新しい人間関係を作らなければなりません。また,検査や治療などさらに苦痛を伴う状況にも出合うこととなり,四六時中多くのストレスを抱えているはずです。

連載 看護の歴史―創る,学ぶ,探る,伝える・【最終回】

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■2006年は,看護(管理)にとって重要な年

 今年は,わが国の国立大学病院ならびに国立病院・療養所に,看護職の「看護部長」が公的に誕生してから30年目である。ちなみに,国立病院・療養所における総婦長制度は1950(昭和25)年に導入されたから,2000年がちょうど50周年であった1)。30年といえば,人生では一人前の社会人として認められる年齢である。今秋,戦後61年目にしてわが国初の戦後生まれの首相が誕生した。日本の新しい時代の幕開けともいえよう。

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 第1報(本誌47巻10号)では,看護学部生の多くが所属する年代の抗体保有状況について概観し,抗体検査によって感受性者を把握すること,ならびに感受性者に対して予防接種を実施することが臨地実習の感染予防対策において不可欠であることを述べた。

 看護教育機関における抗体検査は,2002年に実施した木戸ら1)の看護系大学・短期大学を対象とした調査をみると,B型肝炎やツベルクリン反応については約9割が実施していた。これに対して,小児期感染症の抗体検査を実施している大学は3割程度にとどまっており,1999年に行った平塚ら2)の報告と比較すると増加してはいるものの,まだ実施率は低いといわざるをえない。

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はじめに

 私は,看護教員として2校に計7年間勤務した後,New York市マンハッタン島にあるNew York University(以下,NYU)の修士課程に進学し,2004年5月,看護教育学プログラムを修了して帰国した。

 これまで私は,看護の対象は「人間」であると言いつつも,そこでの「人間」とは日本人であり,あるいは日本で生きる人であって,日本人として生きてきた私が想像できる範囲の人間であった。しかし,NYでは,人種と宗教が多様に混ざり合っていて,その中に人々の暮らしがあった。私が当たり前だと思っていた日本での生活体験からイメージできるものは,どちらかといえば特殊なものなのかもしれないと感じるようになった。

 留学中は,米国の大学院生としてウガンダ政府のエイズ対策を支援する修士プログラムに参加し,日本のかつての教育現場と同じ光景に出合った。NYU看護学部生への教育実習を体験し,彼らの臨地実習から,これからの日本の看護教育の発展には何が必要かを多少なりとも感じることができた。

 今日,日本では臨床看護技術能力の向上に関して熱心な議論がある。しかし,技術・技能向上の必要性は説かれても,その具体策にまで踏み込んだ議論にはなかなか出合えないと感じている。そこで,本論では米国での体験に触れながら,日本での臨床看護技術能力の向上に関する具体策をめぐる議論の一助となるべく私見を述べたい。

基本情報

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看護教育
47巻12号 (2006年12月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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