看護教育 10巻11号 (1969年11月)

教育の時代

『教育者』の姿勢 徳永 清
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 「負うた子に教えられる」ということばがあるが,教育とは,まさにこのことばのとおりであって,教えることは,また,教えられることにほかならない。教える—ことのむずかしさは,すなわち学ぶ—ことの困難に通じるものであって,この両者の相関関係に徹することのできないものは,人の前に立って「教える」ことなど,とうてい,できるものでない。したがって教えつつ,学生から,学生のもつ真実について学ぶことなど,思いもよらないことであろう。

 最近,急展開したステユーデント・パワーの激しい波濤のなかで,根本的に「大学教授の姿勢」が問いつづけられているのは,故なきにあらずの現象であると言える。大学教授というものは,その権威のかげに安座して,ずいぶんながい間,教育者としての本質を忘れた虚妄の地位に安住してきた。「大学教授」なる虚名の権威を背景にして,権威だけでモノを言う,人間性を喪失した教育に終始していたようである。教育という範疇のなかで,教育の創り手と,教育の受け手という相対的な共労者としての学生の地位を評価せず,いたずらに権威を振りまわして,単に与える教育,押しつける教育—という形で,みずからの権威を保守してきた。

特集 みてきた看護教育—台湾/フィンランド/韓国

論稿

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 看護教育の制度,内容の検討が叫ばれているが,その視点は限られているようである。その意味で,外国の看護教育の実情を知ることは,国内の看護教育を考察するうえで新たな視点を獲得することになろう。

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 昨年夏から今年にかけて,ヘルシンキ大学耳鼻科病院への留学の機会を得た私は,すでに“フィンランドのナース”と題して「看護学雑誌」33巻7号に,その概要を述べた。ここに看護制度の確立されている北欧のうち,フィンランドについてその教育科目を中心にまとめてみたいと思う。フィンランドの看護教育体系は,次の三つのlevelに分類される。すなわち,

 1.basic nursing education

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はじめに

 私の勤務している国立公衆衛生院では,近隣各国,ことに中華民国や韓国から来日した公衆衛生技術者の教育を行なっています。そのようなことから,1969年2月から3月にかけて,WHOのFellowshipによって韓国・台湾・香港・沖繩を訪ね,看護教育についての勉強をする機会を与えられました。

 東京—ソウル間は1時間45分で飛べるというのに,私たちの韓国についての情報はとても乏しいようです。ソウル市には新しいビルディング,郊外には分譲地の造成もみられますし,街には人々の密集したところがみかけられますが,一歩地方へ行けば,頭上に荷物をのせた農民,牛や犂をひく人,区画整理されていない曲りくねったあぜ道のある田んぼなどが目につく,のんびりとした田園風景ばかりです。

グラフ 施設紹介

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 千葉県立衛生専門学院の新校舎が落成した。この学院は,進学コースと3年制高看学院が併設されているもので,現在1学年75名が,豊かな自然環境の下で学んでいる。社会における看護婦の重要性が認識されている折からこの学院の果す役割が各方面の注目を集めているといえよう。

特別論稿

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 看護教育で,臨床実習は欠くことのできないものです。先に改正された新カリキュラムでも,「臨床実習をどうしたら効果的に教育に結びつけられるか」という点を重要視していると思われます。人口3万の北海道の田舎町の総合病院でも,ご多分にもれず看護婦の不足,その他多くの問題がありますが,看護学校の学生の臨床指導について,日頃感じていることをこの機会にまとめてみたいと思います。

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I.まえがき

 看護教育における臨床実習の占める割合が大であることは,種々の調査報告からもその言をまたないところである。それにもかかわらず,臨床実習に関する問題は数多く,なお未解決のまま残されているのが現状である。その未解決の問題の一つと思われる実習に対する意欲の問題をとりあげ,学校別ならびに進路別に分析,観察してある程度の成果を得たので報告する。

 筆者らはO赤十字病院において臨床指導者として学生の指導にあたっており,同病院では,O赤十字高等看護学院(以下日赤という),国立O療養所附属高等看護学院(以下国療という)および,筆者らが勤務する0県立短期大学看護科(以下短大という)の3校が臨床実習を行なっている。

教育月評

6・3制の再検討について 村松 喬
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 中央教育審議会が,いよいよ本格的に6・3制の再検討をはじめるという。中教審は今年中に大学についての改革案を出すことになっているが,その場合,大学が孤立して存在するのではないから,学校教育体系のなかで考えなければならないとすると,その双方の関連を明確にし,学校教育体系として一貫したものをつくり出す必要に迫られる。同じ線上で大学も,大学に至るまでの教育も,再検討しようというわけである。

 いままでの状態で(あえて制度といわず状態といわなければならない)高校までの教育と,大学の教育と研究とがうまく結びつかなかったことは事実だし,私などもその点は常に強調してきた点である。要するに高校までの教育と大学とは異質であって,木に竹をついだような観が強かった。これには理由のあることで,大学は大学として,大学教育をやり,また学問研究をやってきた。その方法は伝統的な方法である。その伝統的なやり方については,実をいうと問題があるが,大学がそれでいいとしてやってきたのは確かなことである。その場合,学問研究が主体であったことも否めない。

連載 社会思想史の旅・13

レーニンとロシア革命 田村 秀夫
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モスクワの「赤い広場」

 ヨーロッパの数多くの広場のなかで,もっとも有名なクラースナヤ・プロシチャジ(赤い広場)—クラースヌイというロシア語は,「美しい」という意味もある—は,クレムリンの壁の前に,北を聖ヴァシーリー寺院の9箇の尖塔をつけたカラーフルな建物に,南は国立歴史博物館の赤煉瓦建築に,そして西をグム百貨店に囲まれた,面積7万3千平方メートルの長方形の広場で,茶褐色の敷石をしきつめている。内外の観光客で賑わっているこの広場は,さながら人種の見本市のようにもみえる。

 この広場はロシアの歴史の重要事件の舞台であった。タタール人やポーランド人との戦闘が行なわれたのもこの広場であり,1612年のポーランド人の侵入を防いだミーニンとポジャルスキーの記念像が聖ヴァシーリー寺院の前に立っており,その近くの石の柵で囲まれた処刑場の跡では,1671年に,ロシア民謡で有名な農民一揆の指導者ステパン・ラージンが処刑された。ナポレオン軍との闘いも,この広場で行なわれたし,世界最初の社会主義革命である「10月革命」(ロシア暦では10月にあたる)でも,ここはモスクワにおける戦闘の中心となった。1917年11月2日,クレムリンを占領していた士官候補生とソヴェト軍との激戦ののち,砲弾はクレムリンのスパススカヤ塔の時計に命中し,これを止まらせ,士官候補生の機関銃を沈黙させた。

連載 看護史・ナイチンゲールに関する単行書・14

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〔C-2〕Sir Edward Cook:The Life of Florence Nightingale, London, Macmillan And Co., Limited, 1913

 『フローレンス・ナイチンゲール(以下FN)の生涯』2巻より成る。ほぼA5判。第1巻は1820年より1861年までを扱い,570ページ,写真3,うちFN像2。第2巻は1862年より1910年までを扱い,542ページ,写真4,うちFN像3。

 本書はFNの死後わずか3年後に出た1,100ページを越える大冊で,内外のFN研究者が参考文献としてまず第一にその名をあげるもので,今日に至るもいまだ質量とも本書に抜きんでるものはないといって過言ではない。

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 前号では,教育評価とは学生に成績をつけて分類したり,順位づけをしたりすることではないということを述べた。教育評価は教育の評価であり,教師の学生に対する働きかけが,目標に照らして効果があったかなかったかを明らかにすることであった。

 この号では,前号で書き残したこと,つまり「明朗性をどのように評価したらよいか」という質問について考える。この質問は実際に臨床指導を行なっている読者の一人から寄せられたものであるが,教育評価を考えるうえで興味がある。この質問はもともと「臨床指導の評価には明朗性という項目があるが,これをどう評価したらよいか」という形であった。ここには,教育評価を考えるうえで二つの問題が含まれている。第1の問題は,「臨床指導の評価項目として,明朗性がある」ということについてである。第2は,いうまでもなく「明朗性をどう評価したらよいか」という問題であり,質問者の質問の重点は,おそらくこの第2の点にあると考えられる。

教養講座・文化人類学 最終回

今後の文化人類学の研究 高橋 統一
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28.複合社会と人種関係

 前に11・12章で人種と民族を取り扱った際に,前者が自然科学=生物学的(身体形質上の)分類概念であり,後者が人文=社会科学的(文化的)なそれであり,混同してはならぬと述べた。そして,今日の政治的にまとまった全体社会や国家では,この両者が一致する,単一の人種や民族で構成される場合がむしろ少ないことを指摘した。多人種・多民族社会=国家などとよばれるのがこれである。

 英語ではマルティ・レーシャル(multi-racial,多人種)という形容詞でよばれているが,この場合のレーシャルは厳密に人種をさすのではなく,民族の意味をも十分に含み,むしろ民族により多くの比重がかかっていることが多い(たとえば,マレー人・中国人=華僑・インド人などからなるマレーシアをマルティ・レーシャル・ネーションと英語でよび,日本語で多民族国家というように)。このように,人種と民族を実際上,厳密に正しく使い分けるのはむずかしく,またそうするのはかなり面倒である。これは,人種と民族の不一致,つまりある人種がいくつもの民族に分かれていたり,ある民族がいくつもの人種からなっていたりすることがきわめて多く,両者が複雑に交錯していること,しかも政治的な全体社会がそれらを包括するかたちで存在すること,の反映である。

らいぶらりい 研究者のための文献学・8

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参考図書とは

 専門の知識を得るため,また教養をたかめるための読書の重要性は,古今東西を問わず語りつたえられ,ここで述べるまでもないことです。ところで図書にはその持つ役割に,通読することにおいて,本の著者の意図することを知り,知識を吸収するという目的以外に,特定の事実なり,データなり,解釈なりといった情報を提供するという,もう一つ重要な目的を加えて考えなければならないでしょう。たとえば,専門の知識吸収のために英語やドイツ語で書かれた原書をひもといている場合には,不明な言葉の意味を知るために,英和辞典や独和辞典といった類の辞書を,常に手許において必要の都度これを使用します。

 ある薬品の成分を知りたい時,販売元を知りたい時などには,薬品ハンドブックなどを調べますし,ある汽車の上野駅到着時刻を知りたい時は,おそらく90%以上の人が“列車時刻表”をみるでしょう。さらに卑近な例をあげれば,よそいきの服にインクをこぼした時は,まわりに“生き辞引”のような人がいなければ,“家庭百科”の類を見ればいくつかの合理的な方法を知ることができるでしょう。

投稿

看護をとりまく問題 木内 妙子
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 ある看護原理と実際の時間—保健婦助産婦看護婦法は看護に従事するものの身分,業務について規定している。注射,特に静脈内注射は医師により行なわれるべきもので,注射などによる医療上の事故が法律問題になると,刑事上,民事上,行政上の責任を医療を担当する側で負うことになるので,注射などを実施するときには,看護業務行為,医行為との関係および業務上必要な注意はどのような場合にでも怠たらないようにすること……と,実際には准看護婦や養成所で勉学中のものが病院などの事情により,1人で夜勤,注射までやっている,私どもがやらねば患者の処置が終わらない。看護婦とまったく同じ仕事をしているのに,与薬時の注意事項などをみると“医師の指示または看護婦の指導のもとに行なう”とあるが実際面では看護婦の指導も指示もされていないから,理解できないというのである。

 看護婦不足という問題は,保助看法一部改正(昭和26年4月14日)の一因となり,准看護婦の業務内容は,"医師歯科医師または看護婦の指示をうける点が異なり,他は看護婦と同じ療養上の世話と診療の補助となった。医学の進歩,医療の複雑さにおわれ,他の職種に協力する仕事に多くの時間を費やし,看護の独自の機能をなおざりにすることになれば臨床の場において,法に関係なくこのような意見がでるのは当然と思う。

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 看護の理念は古今東西を通して同一であり,新カリキュラムにおけるその理念も決して異なるはずがない。ただ従来の看護教育においては,学生に教授するものが,その倫理観,疾病・治療に即した看護を理解させる段階のみにとどまっていたものを,現在になってやっと,教育,学問というものを遂行するに不可欠なその理念をはっきりと打ち出したということで,看護教育における発展の第一歩である。

 看護への姿勢は変わりはしない。しかしこれは現在看護の強化であり,看護学への強化でもある。看護の概念規定は,学生にとっては看護を学問としてとらえるための指標であり,看護を遂行する看護婦にとっては看護の基本となることであろう。

基本情報

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看護教育
10巻11号 (1969年11月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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