助産婦雑誌 46巻2号 (1992年2月)

特集 臨床助産婦のジレンマ

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 28歳のSさんは妊娠9週の時に,悪阻のため,夜間急患で入院してきました。この時は,早期に悪阻の症状も消失し,入院4日目から食事も開始されて回復の兆しも見え,本人の希望もあったので,8日目に元気に退院していきました。

 しかし,この1回目の入院時,私がSさんに対して気にかかったことがいくつかありました。それはSさんが入院して3日目のことで,まだ絶食中でした。すでに吐き気もなくなり,前日から空腹感を訴えていたSさんは,同室者に昼食を配膳していた私に,「私の食事はないのですか」と聞いてきました。

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はじめに

 人工妊娠中絶は生命の抹消であり,生命の誕生に関わるという職を自ら選択した助産婦にとっては何ともやりきれない気持ちになる。まして妊娠中期ともなると,ますますその感情は強くなってしまう。“中期中絶をせざるをえない対象”に目を向けることができず,つい“中期中絶”そのものに反感を抱き,それを選んだ人に対し“ひどいことをする人”と責めたくなったり,“せっかく授かった生命なのに”と,もったいない気持ちになったりする。そういう自分の感情と“対象をそのように見てはいけない”という感情が交錯してしまう。

 しかし,中期中絶をする対象も「これがベスト」と思い,割り切って臨む人はほとんどいない。決断するまでつらく,悩み尽くしたあげくの一大決心なのである。そして陣痛の苦しみを乗り越えて胎児を娩出した後は,「赤ちゃんに酷いことをした」と後悔の念を抱きやすい。産めない妊娠をして苦しんでいる人に対しても,私たちは看護をする役割がある。しかし自分の人間としての生き方,生命に対する価値観とのギャップがどうしてもあるので,私たちは悩み苦しんでいた。

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はじめに

 近年,周産期医学の発達はめざましく,母体中心の産科学のみならず,生命創造の体外受精から,出生前の胎児診断および治療,そして,超未熟児をはじめとする新生児医療へと広がりをみせ,同時に,そこにたずさわっている私たちの間に,いくつかの大きな倫理的問題が生じている。

 “どんな小さな命の灯をも大切にする”──この想いを大切にすればするほど,新たなジレンマの中に入るように思う。そのジレンマを最も強く感じたのは,新生児・未熟児センターでの看護を通じてであった。

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はじめに

 胎児診断技術の進歩と普及により,出生前に胎児のさまざまなことが,診断されるようになってきた。当市立札幌病院でも,未熟児センターがあり,なんらかの異常が発見されると,その治療を目的に,母体搬送されるケースが多くなっている。

 胎児に異常があるらしいということを知らされ,ショックを受け不安を持つ妊婦や家族に対し,私たちはどのようにかかわっていったらいいのか。胎児に,重症の奇形や疾患が疑われる場合,いつ,どの程度妊婦に告知するのか。分娩までの精神面への配慮など難しい問題がさまざまである。また出生後も,障害のある児を持つ親に対して,どのような援助が可能なのか右往左往する毎日である。

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はじめに

 近年,精神疾患合併の妊婦が増えてきている。なかでも,精神分裂病やてんかんなどの妊婦が多く,内服薬で症状をコントロールし,分娩する例が多い。

 このような場合,分娩後から退院までの1週間で,合併している疾患のコントロール,育児への慣れ,母体の変化への適応にと,褥婦は気の休まる暇がない。

外国人の出産 青木 くみ , 内海 桂子
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はじめに

 近年日本に住む外国人の病院受診や出産が増えていると思われます。千葉市立病院でもここ数年,アジア系を中心とした外国人の出産が増加し,最近の5年間で19人を数えました。

 1987年に最初の事例としてケースワーカーから依頼されたのがスリランカ人でしたが,言葉も分からず,来院して数日で分娩になるなど,看護側もずいぶんあわてたものでした。その後外国人の出産は年々増加し,本年は8月までで7人が出産しました(予定を含め10人)。これは当院の出産,年間約200人から考えるとかなり多いのではないかと思います。

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はじめに

 私に与えられました役割は,本特集に寄稿されました6本の論文を読んで,「助産婦は妊産婦を看護する中でのジレンマをどうとらえるか,あるいはジレンマをどうとらえるとよいのか」について書くようにとのことでした。

 6つの論文を読んで,どなたの看護にも,どなたの看護者としての思いにも胸いっぱいになりました。看護の場面の辛さを思ってではありません。臨床で看護していた頃のことがいっぱい思い浮かんできて,私もがんばってきたんだ,そして今も若い助産婦さんたちがこんなに真剣に看護しているんだと思えて,看護職ってなんてすばらしい人々でいっぱいなんだろうと思えたからです。

特別寄稿

オランダの助産婦と出産 松岡 悦子
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オランダの助産院には世界中から見学希望が

 助産婦が主体性をもって活動している国,先進国の中で家庭分娩が制度的に行なわれている国,オランダへ一度行ってみたいと思っていた。そこで,1990年の夏1週間アムステルダムの助産院に宿泊し,助産婦の仕事を見せてもらうことにした。

 オランダには世界中のあちこちから出産や助産婦の仕事を見せてほしいという依頼があるため,助産婦のアストリッドが中心になって,そういった見学者の日程を調整し,一度に2名ずつ見学者を受け入れるようにしている**

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キンゼイ・リポートの大ショック

 宮原 「クローズ・アップ」欄で紹介されていますように,キンゼイ研究所所長のDr. ライニッシュが来日されましたので,今日は池上千寿子さんと一緒にお話をうかがいたいと思います。キンゼイ研究所といいますと,最初の『キンゼイ・リポート』があまりにも有名なのですが,もうずいぶん前に発表されたものなので若い読者は知らないかもしれません。そこでまず『キンゼイ・リポート』が当時どんな衝撃を与えたのかをうかがいたいのです。

 ライニッシュ キンゼイ研究所ができたのが1947年,初めてのキンゼイ・リポート(「人間男性の性行動」)がでたのが1948年でした。当時は性に関する情報はほとんどなくて,性についての情報はどこにもなかったのです。発行元の出版社は性行動のリポートですから,買うのはおそらく医師くらいで5,000部も売れればと考えていましたが,発売後24時間以内にベストセラーになってしまいました。人々がむらがってアッという間に数10万部売れてしまったのです。

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 日本においても「キンゼイ・リポート」の名は,内容が正確に理解されているかどうかは別として,深く浸透している.

 初めてのキンゼイ・リポート(1948年男性編,1953年女性編)が米国で出たとき,地味な性行動統計にもかかわらず,ベストセラーとなった.人々は性に関する正しい知識と実態を含め真実を知りたかったのだ.しかし,先駆者の道は平坦ではない.かなりの期間,キンゼイ研究所は保守派の人々から多大な圧力を受けることとなった.だが,今日,キンゼイ研究所のデータベースは,性の研究史上最大のものとして,高い評価を得ている.

地球の子どもたち・12

フキの傘をさして 長倉 洋海
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 フィリピンの南からカリマンタンにかけて点在するスールー諸島。その中心にあるのがホロ島だ。

 雨季の午後、スコールがやってくる。アッと思う間に、すごい勢いで降り出す。水場に飲み水を汲みにきた子どもたちも、水牛や馬に草を食べさせていた子どもたちも、近くの軒先に逃げ込む。

連載 とらうべ

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 “毎月が小さな流産”。クライン編『不妊』の一文の表題である。不妊の患者さんの心を示すにこれは決して大げさな表現では無い。基礎体温の高温期では,毎日妊娠を期待しつつ検温し,やはり月経を迎えてしまう。と間もなく次の排卵日を意識した性生活。強く意識するかどうかの個人差はあるが,不妊治療の期間にはこうしたストレス状態が持続すると思われる。不平等な医師・患者関係では話しづらい不満,社会習慣や思い込みのため,自分でも分からなかった嫌な気持ちや怒りを,ようやく女性たちが力を得て表現したのがこの著書である。医療者個人は全人的治療をめざしているとしても,患者側の提言は謙虚に受け止めるべきであろう。

 私は不妊症の専門家ではないので,やや自由な立場で,むしろ患者ともなり得る女性の視点で現在の不妊治療の問題を考えてみたい。不妊治療の主に心理的な問題点を以下に挙げる。

連載 ケアと現代・2

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 初回は,ケアにおいて人が異なることを体験し,異なることを受け入れていく過程の大切さを述べた。今回は,異なることの体験のわれわれにとってもつ意味を,具体的に妊娠,育児の体験を通じて考えてみたい。妊娠・出産・育児のプロセスとは,母親が自分の身体を通して痛みを子どもと分かち合いながら,異なる存在と共に生き,自分自身と子どもと出会っていく週程である。

 そこには,母性のことを始めとしてケアの原点となる主題がたくさんある。また,ケアする人間が置かれでいる社会とのかかわり,ケアする態度(身につけた学問の実践)が自分と対象者に適切なことかの検証の機会となるだろう。

連載 りれー随筆・91

生命 佐々木 信子
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 昨年11月中旬のある日,突然大阪市立助産婦学院第1期生の河内登美子さんから「りれー随筆」の依頼を受けました。内容は自由とのことでしたが,締め切り期日がせまり気ばかりあせり,文章が思うように書けませんでした。漸くタイトルを「生命」と決め,「赤ちゃんの誕生」,「母親の存在」,「健康は人生の宝」について書いてみることにしました。

ニュース・プラス・ワン

死をめぐる貧しい状況 根本 悦子
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医師による「安楽死」の波紋

 昨年は,脳死と臓器移植に関する論議を始めとして,安楽死,尊厳死,さらにホスピスケアや終末医療など,人間の死をめぐって,さまざまなニュースが伝えられ,人々の強い関心が集まった。

 なかでも,4月に東海大学付属病院(神奈川県)で起きた「安楽死」事件は,その傾向に拍車をかけた。

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はじめに

 分娩後,初回授乳時より母乳分泌開始時間や母乳分泌量に対し不安を訴える母親の声をよく聞く。教科書的には,母乳分泌の開始は産後2〜3日目とされているが,母乳分泌開始平均時間,それに影響を及ぼす因子,そして分泌開始時期と母乳確立との関連などについての報告はほとんど見られない。今回,これらのことについて調査検討したのでここに報告する。

私の分娩体験記

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 1986年春,妊娠した私が,最初に訪ねた産婦人科には,1人もおなかの大きい人がいなかった。

 少し不安になったので,親類の推めてくれた国立の大きな病院を訪れてみると,いくつか並んだ内診台は隣りとの間を板で仕切り,医師との間は腹の上のカーテンで仕切られていた。これではプライバシーなど存在しないに等しいうえに,自分の体を誰に,どんな表情で観察されているのかわからない。不満を持ちながらも私は慣例だと諦めていた。

新生児学基礎講座[臨床編]・28

母乳栄養 仁志田 博司
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1.なぜ母乳栄養であるべきか

 人間は5千種ほどある哺乳動物の一種にすぎない。哺乳動物がその子孫を残すための子育てにおいて,母乳を飲ませる形を取ってきたのはなぜであろうか〔例外的にある種の魚(ディスカスミルク)や鳥類(鳩の砂嚢)にもそれらしきものがあるが〕。その理由の1つは,高等な動物ほど体に比べて頭が大きいので,胎外生活ができるほど子宮内で成長してしまうとその出生が困難になるために,未熟で生まれてから母乳によって成長を続けなければならないと考えられる。

 しかし,もう一歩進んで考えてみるならば,下等な動物は出生後の能力のほとんどすべてを,すでに出生時に本能として備えているが,哺乳動物においては出生後の長い間母親に育てられることによって,その後生きていくための種々のことを学んでいく。すなわち,単に本能的な持って生まれた能力で弱肉強食のジャングルの中で生きていく生き物とは違って,人は社会で生きていくための知恵すなわち,人を愛する心や社会に協調することなどを母親の胸に抱かれて母乳栄養を受けている間に学ぶのである。このような母乳栄養の,子供の将来に及ぼす影響の重要性に基づき,「子どもの権利条約」の中には「子供は母乳を飲む権利(母乳権)がある」と謳われているのである。

ちょっとサイエンス

鉄と赤血球 牧 智子
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◎全身で25兆個もある赤血球

 血液はその名の通り液体ですが,中にはさまざまな血球がつまっています。なかでも多いのが赤血球で,血液1mm3中に500万個(女性では450万個)も入っています。赤血球の全数でいうと25兆個にもおよぶといわれています。

 赤血球は中央にくぼみをもつ直径7.5ミクロンほどの円盤。全体にふくよかで白玉団子のような形をしています。きわめて特殊な例外を除いて哺乳類の赤血球はいずれもこのような円盤状なのだそうです。球形よりは容積に対して表面積が大きくなるため,酸素と二酸化炭素のガスを効率よく交換できるということです。自然の仕組みはほんとうによくできています。

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 不妊症の大きな原因の1つに,骨盤腔内の細菌感染による炎症があることはすでに皆さんも知っていることでしょう。経腟的に何らかの原因(主として,子宮内容除去術や性生活)によって細菌が子宮をとおして上行感染して,卵管や卵巣に炎症をおこす付属器炎,卵管膿腫,卵巣膿瘍,もっとひどくなると骨盤腔全体にダグラス窩を中心に骨盤腔膿瘍をおこすのです。たとえ,これが治癒しても,大変複雑な癒着を残すので卵や精子の通過障害のため,後に不妊症になることが多くなります。

 そのようなとき,従来の治療法は,発熱が著しい急性期や腹痛の強い時期では,まず強力な抗生物質で細菌をたたいておいて,落ち着いてきたら膿瘍などは開腹して取るといった方針が取られていました。しかし,この疾患にはなかなか抗生物質が効かないのです。というのは,どうも骨盤腔内のダグラス窩近くは,抗生物質の移行が悪く,全身的に投与して血中濃度は上がっているにも拘らず,骨盤内で炎症のおこっている臓器の組織内濃度は,他の臓器に比べて比較的薄いことがわかってきました。ですから,他の臓器の細菌感染症を治療するよりも時間が長くかかるのです。そこで,急性期に思いきって開腹手術に踏みきることもあるのですが,細菌を腹腔内にばらまく結果になることもあり,この方針は勧められないものとされていました。

基本情報

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助産婦雑誌
46巻2号 (1992年2月)
電子版ISSN:2188-6180 印刷版ISSN:0047-1836 医学書院

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