臨床皮膚科 73巻13号 (2019年12月)

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要約 0歳,女児.母はうつ病に対しデュロキセチン,アリピプラゾールを内服中であった.切迫早産のため在胎35週で出生したが,出生時体重3,052g,身長46cmと正期産児並の身体所見であった.出生後,自発呼吸に乏しく人工呼吸器管理となったが9時間後には呼吸状態が安定し,以後は持続陽圧呼吸療法管理となった.日齢2に,顔から下肢まで正中を境に右半身のみ約20分間紅潮し,その後正常皮膚色となり,逆に左半身のみが紅潮した.同日中に同様のエピソードを繰り返したため,当科を紹介され受診した.特徴的な臨床症状よりharlequin color changeと診断した.Harlequin color changeは低酸素状態が誘因になると考えられており,自験例では母親が妊娠中に抗うつ薬などを内服していたことから,新生児薬物離脱症候群による呼吸障害がharlequin color changeの発生に関与した可能性が考えられた.

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要約 25歳,男性.初診2日前より腹痛,関節痛とともに両下腿に皮疹が出現した.初診時,両下肢に浸潤を触れる紫斑が散見された.第XIII因子活性は94%であった.組織学的に真皮浅層の白血球破砕性血管炎がみられ,蛍光抗体直接法にて血管壁にIgAの沈着がありIgA血管炎と診断した.安静にて紫斑は改善したが,腹痛が持続し,その後,紫斑が再燃した.上部消化管内視鏡検査で十二指腸潰瘍がみられたためプレドニゾロンの内服を開始した.腹痛は速やかに軽快したが,紫斑は難治であった.第XIII因子活性を再検したところ60%と低下しており,補充療法を施行し紫斑は速やかに消失した.現在,皮疹に対する第XIII因子補充療法の有効性を支持する明確なエビデンスはないが,自験例のように紫斑のみが難治である場合でも,第XIII因子活性が低下していた場合には補充療法が奏効する可能性があるため,経過により再検する必要があると考えた.

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要約 42歳,女性.既往に憩室炎,単純ヘルペス,クラムチャウダーでの口唇アレルギーがある.左手指に発赤,遅れて喉の違和感や軽度の腹痛,口唇の腫れも生じたため紹介された.左手指と左頰に紅斑,右下口唇には水疱も出現したが,受診時すでに軽快中であった.1か月後に,発症時と同じファミリーレストランでの食後に同じ皮疹が再燃し再受診,臨床および病理検査で固定疹と診断した.原因として普段飲まないドリンクバーでのトニックウォーターを疑い,試飲によるチャレンジテストを施行し陽性だった.トニックウォーターはメーカーによっては苦み成分のキナ抽出物が含有されており,それによる固定疹の報告が散見される.その認知度はまだ低く,診断確定には時間を要することが多いが,今回は速やかに診断できた.飲食店によってはトニックウォーターがアルコールに限らず清涼飲料としても提供されていることから,周知が必要である.

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要約 87歳,女性.2007年4月,全身に紅斑とびらんが出現し当科を受診した.抗Dsg1抗体陽性,表皮内水疱と蛍光抗体直接法で表皮細胞間へのIgG,表皮基底膜へのC3の沈着を認め,落葉状天疱瘡として矛盾しないと考えた.プレドニゾロン(PSL)20mg/日内服を開始し,2007年10月以降近医で加療を継続され,2011年10月にPSL 3mg/日まで漸減された.2017年8月より体幹,四肢に紅斑とびらん,手指,手掌に紅斑と緊満性水疱が出現した.PSL 30mg/日へ増量されたが改善せず当科に紹介された.ステロイドパルス療法を施行し,一時軽快したが,PSL 50mg/日に減量後,紅斑と水疱が再燃した.抗BP180抗体陽性,表皮下水疱を認め,蛍光抗体直接法の所見は2007年と同様であり,水疱性類天疱瘡の合併と診断した.その後,大量免疫グロブリン療法と免疫抑制剤による追加治療を行い軽快した.抗表皮細胞間抗体,抗基底膜部抗体が併存する症例は稀ではあるが,比較的難治例が多い.

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要約 77歳,男性.近医で尋常性乾癬と診断され,2年間,ナローバンドUVB照射を受けていた.4年前には中止し,以降はステロイド,ビタミンD3外用を行っていた.初診の2週間前から軀幹四肢に瘙痒を伴う紅斑と水疱が生じたため当科を受診した.軀幹四肢には環状紅斑が多数みられ,弛緩性の水疱を伴っていた.病理組織は,好酸球性海綿状態で,蛍光抗体直接法では表皮細胞間にIgGとC3が沈着していた.抗デスモグレイン1抗体は120と上昇しており,以上より疱疹状天疱瘡と診断した.プレドニゾロン(PSL)30mg/日の内服で改善したが,PSL 10mg/日に減量時に,下肢に鱗屑を付着する紅色局面が生じた.病理組織は尋常性乾癬の像であった.疱疹状天疱瘡の再燃はないため,PSL 3mg/日まで減量したところ,疱疹状天疱瘡が再燃し,天疱瘡と乾癬が併存した.両疾患の合併は稀であり,疱疹状天疱瘡の発症には紫外線療法や高血圧に対して服用していたバルサルタンなど,複数の誘因が組み合わさって生じる可能性があると考える.

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要約 76歳,女性.数十年前に尋常性乾癬と診断され,PUVA療法,RePUVA療法,ナローバンドUVB療法による治療を受けていたが,改善しないため生物学的製剤による治療を開始した.2種のTNF-α阻害薬,ウステキヌマブ使用後にエトレチナートを投与し,PASI 0となったため2011年12月から約4年間治療を中断し経過観察していた.2016年初旬に感冒を契機に皮疹が再燃したため,ウステキヌマブを再投与し,4回の治療で速やかに改善し,無治療で経過をみているが再燃はない.自験例は生物学的製剤による治療を契機として,また,再燃時の同製剤の投与により長期間無治療でのPASIクリアの状態が得られている.生物学的製剤治療の普及により,治療中断後もPASI 0が維持される症例が散見されるようになっている.このような症例の蓄積により,treatment holidayが得られる患者背景や治療手法が明らかになることが期待される.

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要約 6歳,男児.10か月前より前胸部に紅色丘疹が出現し,急速に全身へ拡大した.初診時,3mm大の紅色丘疹と褐色色素斑が顔面を除く全身に多発しており,一部では紫斑も認めた.病理組織学的に表皮の不全角化や基底層の液状変性,真皮の血管周囲性のリンパ球浸潤を認め,急性痘瘡状苔癬状粃糠疹(pityriasis lichenoides et varioliformis acuta:PLEVA)と診断した.ステロイド・保湿剤外用,エリスロマイシン内服(600mg/日)に治療抵抗性を示したため,ナローバンドUVB療法を開始したところ徐々に皮疹の改善を認めた.6か月間・合計27回(総UVB量14.9J/cm2)の照射で皮疹全体が色素沈着となり略治したため,紫外線治療を中止し経過観察中である.ナローバンドUVB療法はPLEVAに対して有効な治療であると考えられ,特に治療法の限定される小児例では良い適応であると考えた.

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要約 49歳,女性.虫刺症罹患後に上背部に角栓を伴う紅色丘疹が多発した.病理組織学的所見より後天性穿孔性皮膚症と診断した.末梢血血液像,肝・腎機能,空腹時血糖,HbA1cおよび甲状腺機能は正常であった.抗ヒスタミン薬内服とステロイド軟膏外用で治療した.約1か月で初診時の紅色丘疹は色素沈着となるものの,その後,米粒大前後の痒疹様丘疹が出没を繰り返した.後天性穿孔性皮膚症は糖尿病や慢性腎不全に関連するデルマドロームと考えられている.しかし,一方で基礎疾患を持たない症例も報告されている.自験例は健常女性に虫刺症を契機に発症し,本症の発症要因として掻破行動が考えられた.

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要約 81歳,女性.初診の2年前,右下腿屈側に瘙痒を伴う褐色調の皮疹が出現した.次第に増大するとともに隆起してきたため,当科を受診した.右下腿屈側に30×25mmの中央部が紅色で辺縁部が黒褐色の腫瘤があり,表面の一部はびらん化していた.ダーモスコピーではマスクメロンの皮のような白色網目状構造があり,網目の間にはred lacunaeやdotted vesselsのように見える鮮紅色の背景が観察された.臨床所見よりエクリン汗孔癌やBowen癌などを疑ったが,生検組織像よりclear cell acanthomaと診断し,切除・全層植皮した.術後,2年経過するが再発はない.本症は臨床像からの診断が困難な腫瘍の1つで,多くは数mm〜2cm以内の小結節を呈する.3cm以上のものはきわめて稀であり,自験例における特徴的なダーモスコピー像と本邦報告53例の集計を併せて報告した.

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要約 34歳,男性.4年前に遺伝子検査でfolliculinの異常が見つかり,Birt-Hogg-Dubé(BHD)症候群と診断されている.母と叔母も同症候群と診断されている.気胸の既往はないが,肺に囊胞を指摘されている.2年前に頸部などの小丘疹に気付いた.頸部から上胸部,背部に1〜3mm程の常色から褐色の小丘疹が多数散在していた.頸部3か所から生検したところ組織所見はfibrofolliculomaおよびtrichodiscomaに合致していた.BHD症候群におけるfibrofolliculomaとtrichodiscomaは顔面,特に鼻部や頰部が好発部位とされ,欧米では本症候群診断の契機となることが多い.これに対し自験例では顔面には皮疹を認めなかった.本邦ではBHD症候群と診断されたときに顔面の皮疹がない,またはあっても軽度である場合が少なくない.顔面に典型的な皮疹がなくとも,頸部や上背部に多発する小丘疹を診た場合,BHD症候群を鑑別に入れるべきである.

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要約 41歳,男性.初診20年前に脂肪腫の切除歴あり.初診15年前に右下腹部に皮下腫瘍を自覚した.無治療で経過観察していたが,緩徐に増大傾向であり,切除希望で当科を受診した.初診時,右下腹部に径9cm大,弾性軟,境界明瞭で下床との可動性良好な皮下腫瘤を認めた.術前MRI検査にて内部不均一で造影効果あり脂肪肉腫が疑われた.病理組織学的に成熟脂肪細胞およびCD34陽性紡錘形細胞から構成され,線維性結合織が増生し部分的に浮腫状であった.以上からspindle cell lipomaと診断した.右臀部は典型的な脂肪腫の病理組織所見であった.Spindle cell lipomaは内部が不均一,造影効果がみられ,脂肪肉腫などの悪性軟部腫瘍を示唆するMRI所見を示す.特に多発性脂肪腫が疑われ,術前の画像検査(MRI)で典型的な脂肪腫と異なる所見を呈する病変がある場合は,spindle cell lipomaや脂肪肉腫の鑑別も含めて,積極的に切除し病理組織を確認する必要があろう.

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要約 75歳,女性.来院3か月前より後頭部に腫瘤が出現し急速に拡大し,3日前より出血を伴うようになったため当院を紹介受診した.初診時,後頭部に25×25×10mmの紅色結節を認め,中央部より粥状物を伴う排膿を認めた.臨床所見から有棘細胞癌・ケラトアカントーマ・悪性増殖性外毛根鞘性囊腫を鑑別として考えた.局所麻酔下で5mmマージンにて帽状腱膜上より腫瘍を全切除し,病理組織検査にてinfundibulocystic basal cell carcinomaと診断した.Infundibulocystic basal cell carcinomaでは角化性囊腫ができるために,二次感染を生じやすい可能性があり,自験例では二次感染を生じたことで腫瘍が急激に増大したのではないかと考えた.Infundibulocystic basal cell carcinomaは基底細胞癌の中でも稀な病型であり報告例が少ないため報告した.

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要約 49歳,女性.21歳時に他院にて左大腿の悪性黒色腫切除,および左鼠径リンパ節郭清(リンパ節転移なし)された.術後補助療法としてDAV-フェロン6クール施行され,その後は10年間フォローにて再発みられなかったため終診となった.術後28年後に左大腿内側部に皮下結節を自覚したため当科を受診され,皮膚生検にて悪性黒色腫の再発と診断.局所麻酔下に切除し,遺伝子検査にてBRAF変異あり,PD-L1陰性であることを確認した.術後補助療法としてダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法にて経過観察中である.自験例は,術後28年目に皮下転移として悪性黒色腫が再発しており,ultra-late recurrence(術後15年以上での再発)の症例と考えられた.本邦でのultra-late recurrenceの報告例は,自験例を含め8例と非常に少なかった.稀だが,悪性黒色腫は初回治療から10年以上経過後に再発することがあり,患者教育とともに長期のフォローが必要である.

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要約 53歳,女性.肺移植を受けた2か月半後に,右下腿の紅斑が生じ,当科を受診した.病理組織学的に真皮の炎症性肉芽腫を認め,生検標本の培養で抗酸菌が発育した.質量分析装置でMycobacterium abscessusと同定した.ほぼ同時期に行った喀痰培養でも同菌を検出したが,血液培養は陰性だった.胸腹部CTで異常所見は認めなかった.アミカシン,イミペネム・シラスタチン,クラリスロマイシンの併用療法を4週間行ったところ,皮疹は軽快し,喀痰培養も陰性化した.現在,クラリスロマイシン,ファロペネムナトリウム,レボフロキサシンの内服を3か月続けているが,再発はみられていない.臓器移植後に生じるMycobacterium abscessusの感染部位として,皮膚は稀でなく,播種性感染の初発症状となることもある.Mycobacterium abscessusによる非結核性抗酸菌症は難治例も多いため,早期に診断し治療を開始することが重要である.

マイオピニオン

医局長時代の考え 石氏 陽三
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 全国の医局長の先生方,お疲れ様です.飲み会の席で「医局長をやれ!」と中川秀己先生〔東京慈恵会医科大学皮膚科(以降,慈恵)名誉教授〕からご指名をいただき,その後,5年間,医局長を務めさせていただいた.前任の松尾光馬先生は,非常に円滑に医局を運営されていたので,大変,恐縮すると同時に非常に不安であった.しかし,ご指名をいただいたからには,しっかりとやろうと心に決めた.私が引き受けた際の目標は,前任の松尾先生の任期(2年半)を全うするということであった.医局長を終えてからは周りの先生から「白髪が減ったね」とよく言われる.ちなみに,私の父も同大学の同職経験者であった.

 私が医局長時代に心がけていたことは,2点.中川先生のお考え・理想を具現化することとお子さんをお持ちの女性医師のサポートを充実させることだった.

連載 Clinical Exercise・148

Q考えられる疾患は何か? 鷲尾 健
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症例

患 者:24歳,女性.

主 訴:両踵部と手指の疼痛を伴う皮疹.

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:慢性蕁麻疹

現病歴:感冒様エピソードがあった翌月に左踵部の疼痛を自覚,さらに両踵部に隆起性の紅色局面が出現し,大腿部にも紅斑が出現した.さらに両手指に血疱が出現し,さらに膝関節痛にて歩行困難となった.

現 症:両踵部では粟粒大から大豆大までの血疱・水疱,あるいは小豆大までの表面に血痂を伴う淡紅色局面があり(図1a),大腿部では粟粒大から胡桃大までの多環状で辺縁部に小水疱を伴う淡紅色の紅斑を認めた(図1b).両足蹠および両手指腹側では粟粒大から大豆大の血疱ないし水疱がみられた(図1c).

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目次

欧文目次

文献紹介

次号予告

「臨床皮膚科」歴代編集委員

あとがき 大山 学
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 何はともあれラグビーである(この号が出版されるころはこの熱狂も少しは醒めているのだろうか).この1か月半というものそれこそ日本中,いや世界中がこのスポーツイベントに沸きかえった.会期途中に日本列島を幾たびも台風が襲い,甚大な被害の残るなか試合が続けられ,さらには選手達のボランティア活動などもあって,今回のワールドカップは単なるスポーツトーナメントを超えた国際親善・社会慈善的意義を持つスーパーイベントに昇華された感がある.ESDR(欧州研究皮膚科学会)が開催されたフランス・ボルドーの宿泊先ではホテルのフロントに公式球が置かれ,万国旗が張り巡らされてあったので「きっと盛り上がるのだろうな」とは思っていたが,その予想を遥かに超えていた.勤務先が味の素スタジアムにほど近く,某国チームの指定医療機関となり,常に待機体制を敷かされていたことなども人一倍盛り上がりを感じた理由なのかもしれない.いずれにせよ大成功に終わり,「日本,なかなかやるじゃない」という印象を世界の人々に与えたことは国民の一人として誇らしく思う.

基本情報

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臨床皮膚科
73巻13号 (2019年12月)
電子版ISSN:1882-1324 印刷版ISSN:0021-4973 医学書院

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