助産雑誌 57巻6号 (2003年6月)

特集 「対話」がひらくリスクを超えた関係

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はじめに

 近年,医療事故をめぐる民事訴訟は増加の一途をっている。また,裁判所も次第に医療者側に対して厳しい判断を取る傾向が強くなってきている。とりわけ,周産期は事故のリスクが高く,紛争が生じる可能性や訴訟で認定される賠償額も高額になりやすい傾向があると言われる。これは我が国だけの傾向ではなく,先進国に共通する悩みであり,周産期医療に固有の困難な課題であるということができよう。いずれの国でも,周産期医療をめぐる訴訟は,医療事故の中でも多くを占めており,医師損害賠償保険の支払額でも,周産期医療をめぐる事故が圧倒的な比率を占めている。

 ここでは,なぜ,周産期医療をめぐって紛争が多発するのか,そのよりよい解決の方策は何かについて,「対話」の重要性に着目しながら考えてみたい。紛争状況とは,真の意味の対話が喪われたディスコミュニケーションの状態であると言える。それゆえ,紛争の発生やその激化は,この医療者と妊産婦の間のケア理念に根ざした対話によって,防いだり,適切に方向付けたりすることができると考えられる。

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 産婦人科領域の医療過誤訴訟の件数は,内科・外科とならび,つねに上位を占めている1)。なかでも妊娠・分娩に関連するものが特に多く,それらは産婦人科医療過誤訴訟全体の4分の3を占めるといわれている2)

 なぜ周産期における医療過誤訴訟が多いのであろうか。その理由として,①出産という喜ばしい出来事が一瞬にして不幸な結果に転じるため家族の受けるショックが大きいこと,②今日の妊産婦および乳児死亡率の大幅な低下がもたらした“お産は,当然,無事に経過するもの”という世間一般の期待を裏切る結果が生ずること,そして③その不幸な結果は慢性的に経過する内科疾患とは異なり直ちに明らかになることなどがあげられている3)

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はじめに

 近年ようやく,医療事故防止策が積極的に論じられるようになってきました。そのキーワードは「リスクマネジメント」です。ケアレスミスをできる限りなくすために,薬剤ごとに容器の色や形を変えるなどをして,事故が起こりやすい要因をあらかじめ排除する努力をしたり,病院の中に医療事故防止のための委員会やリスクマネジャーを置く,インシデントレポートを収集していく,などの取り組みが中心になっています。

 このような取り組みが進められるのは当然のことであって,むしろ従来からなされていなければならなかったことでしょう。ただ,私は現在すすめられている「リスクマネジメント」だけでは,繰り返し報道されている医療事故や医療被害,医療訴訟を減らすことはできないと感じています。

 より根本的な問題として,①医療界内部の民主化,②患者や家族も含めたチーム医療,③健全な診療報酬制度,④アクシデント事例の分析などがあげられると思います。そして,これらを実現していくために必要な前提は,情報公開と意識改革なのです。

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福井 医療をめぐって提起される訴訟は年々増加している状況です。特に周産期領域は常にその上位を占めているわけですが,今日は,このような場で働いている私たち助産師が,今後,こうしたリスクについて,何を,どう考えていくべきなのか,考えてみたいと思います。それでは早速ですが,ご参加いただきました皆様の自己紹介から座談会を始めさせていただきたいと思います。

稲葉 私は現在,三菱化学のシンク・タンクである科学技術文明研究所の特別研究員をしておりますが,もともとは裁判所で判事をしていました。司法の場で私がもっとも大きくかかわった事件は医療訴訟や公害事件でした。医療に関連する刑事訴訟を受け持ったこともあります。ですから,医療上の問題についての意識はいつもどこかにありました。

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はじめに

「医療職の安全と安心」も重要な課題である

 「従業員満足度調査」というものがある。私ごとで,そして少々昔の話で恐縮なのだが,1994年,筆者は,民間企業からの出向でBeth Israel Medical Center(BIMC)の管理職として仕事をしていたときにその調査を体験した。そしていま,「安全で安心な現場にするために……」というサブタイトルをつけた本稿を始めるにあたって,あらためて,その調査に際して管理職向けオリエンテーションで強調されていたことを思い出している。「従業員の不満が高いような組織や現場では顧客に満足してもらえる真のサービスを提供できない」 「だからこそ,この調査結果は貴重なデータとなるはずである」 「我々はそのデータを使って見直しと改善を続けていかなければならない」などなど。そして,ここではその最初のフレーズを借りてみたい。「医療職の安全と安心が確保されていないような組織や現場では患者に安全で安心な医療サービスを提供できない」……。いかがであろうか。

 あらためて,考えてみたい。

 いま医療の現場でかつてない事故防止・安全管理の取り組みが進んでいる。「新しい視点に基づいた事故防止・安全管理の考え方」が浸透しつつあるし,「現場の体制」も整いつつある。しかし,事故防止・安全管理だけでいいのだろうか。「それでも間違いは起きる」 「それでも事故は起きる」のであれば,「事故発生時の対応」も重要なはずである。そして,実際,紛争・訴訟が増えている現実のなかでは,「紛争・訴訟の防止と対応」も重要なはずである。事故発生時の対応や紛争・訴訟の防止と対応がしっかりできる組織や現場であるということは,事故防止・安全管理にしっかり取り組んでいる組織や現場であるということと同様,そこで業務に携わる「医療職の安全と安心」につながるはずである。そして,その「医療職の安全と安心」は,なにより「患者の安全と安心」にもつながるはずである。

 めざすのは,患者と医療職の双方にとって安全で安心な医療の現場を作ることである。それを確認したうえで,本稿では,あえて「事故防止・安全管理」ではなく,「事故発生時の対応や紛争・訴訟の防止と対応」に焦点をあてることとする。そして,あえて「患者の」ではなく「医療職の」安全と安心という視点から,いま取り組むべきことは何か,を考えたい。

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One man's defensive medicine is another man's risk management, Clements, 1991

(ある人はそれを防衛的医療とよび,ある人は同じことをリスクマネジメントとよぶ)

「安全性」と「快適さ」

 いつごろから出産の「安全性」と「快適さ」が拮抗する概念のように言われ始めたのだろうか。厚生労働省の提唱する「すこやか親子21」でも「安全性と快適さの確保」が主要な課題になっている。具体的な話になると,「安全性をあげれば,快適さを奪ってしまう」 「快適な環境にすると,安全性が損なわれる」という議論がされているが,この前提は,どこかおかしいのではないだろうか。

 日本以外の国の議論を見ていると,「根拠に根ざした医療なのか,慣習のままにやっている医療なのか」あるいは,「自然出産志向かどうか」ということは問題になっているが,「安全性」と「快適さ」の拮抗が議論になったことはない。医療の分野は,そもそもより高い「安全性」を求めているのは当然なのであって,「安全性」を犠牲にするような「快適さ」など議論するまでもない,つまり「快適さ」と「安全性」とは,はかりにかけることはできないものだと考える。医療の世界の議論なのであるから,よもやフランス料理や,贅沢な部屋などを「快適さ」と言っているはずはないのであって,「女性がよりよい状態」であることができるようなことを「快適さ」といっているのだろう。そして,それがより「安全性」を高めるために,プラスに働くものであることは,「根拠に根ざした医療」によって示されている。

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はじめに

 過失の有無にかかわらず,助産師が何らかのアクシデントに直面したとき,その助産師をサポートする目的は,当該助産師が,助産師である自分から逃げるのではなく,そのアクシデントに向き合っていけるようにすることにある,と筆者は考えている。そして,ここでいう「助産師である自分から逃げない」という言葉には,アクシデントから教訓を得て,それを乗り越え,助産師の仕事を続けていくという意味が含まれている。裏を返せば,遭遇したアクシデントについて負うべき責任は助産師としてしっかり受け止められるようなサポート体制を整えることが,当該助産師を支えるうえで重要な要素であると筆者は感じている。

 インシデントも,アクシデントも,その後の再発防止について,非常に有益な示唆と学びを与えてくれるものである。仮に事故に遭遇した場合でも,その経験から,チームが事故の防止策を練り,そしてそれが実行されれば,当事者スタッフは,アクシデントがチームの学びになったと感じることができるであろう。また,インシデントやアクシデントを契機として,システムや環境が改善されれば,そのことも,当事者の大きな支えとなるのではないだろうか。

 このようにアクシデントに向き合い,取るべき責任が何であるかを明らかにし,アクシデントをチームの学びに変えていくためには,アクシデントに関する事実を詳細に知ることが必要である。特に,アクシデントを起こしたスタッフがそのアクシデントを乗り越えていく過程では,第三者の力を借りながら,事実を詳細にしていくことが必要になると筆者は考えている。事故に直面した助産師に対するサポートは,この事実を詳細にしていくプロセスの段階から始まっているのである。

 本稿では,アクシデントに直面した助産師と筆者自身の体験を振り返り,その助産師が,事故の事実を詳細にしていくプロセスと,事故当事者に必要とされるサポートがどのようなものかを考えてみたい。

 なお,本稿ではアクシデントの詳細を紹介していないため,読者は,未消化感をもたれるかも知れない。しかし,事実を詳細に述べることは,事柄の性質上,かなりの勇気が必要なことであった。特にこの事例に関してのご家族の反応は,記事にするための了解を得ることが難しいため,全て割愛した。

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はじめに

 リスクマネジメントは,事故の発生を防止するだけではなく,事故発生時,事故発生後を一連の流れの中で考える取り組みであるとされている。

 この取り組みでは,「危ないと思う感性」と「いったん立ち止まる習慣」を,「教育」と「組織風土」で育てることが課題である。この課題を達成するためには,危ないと思えるものを見つけ出すシステムを作り上げることも重要となる。

 筆者らは,助産の責任者であり,リスクマネジャーでもある。したがって,「危ないと思う感性」と「いったん立ち止まる習慣」を,「教育」と「組織風土」で育てることは,筆者らの役割であり,重要課題であると認識している。

 筆者らは,本特集で執筆の機会を得たことから,周産期領域におけるリスクマネジメントについてあらためて考えることにした。ここでは,インシデントレポートを中心に据えて,インシデントレポートから,「教育」と「組織風土」を育てるためにどうすべきか,筆者らが自主的に行なった学習会で話し合った内容について述べたいと思う。

連載 とらうべ

分娩検討会のすすめ 神谷 仁
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 私たちの産科クリニックは,妊婦の力を最大限に発揮できる施設になることを目標の1つに掲げています。そのためには,1人ひとりの妊婦にとって何がベストなのかを,妊婦,助産師,医師の三者が共通理解することが必要です。残念なことに,それを達成できるような力量をクリニックの助産師達は今まで持ち合わせていませんでした。目標達成のためには各助産師に開業助産師並の実力が備わっていなければならないと考え,助産師の実力の底上げを図ることにしました。

 その底上げ手段の1つとして導入したのが,分娩検討会です。この検討会は,妊娠中の指導内容,分娩時行なったケアの結果どうなったかということを掘り起こす作業から始め,自分の意見を述べ,みんなの意見を聞き,本当にベストであったかを議論します。また,医師と助産師は,立場は違っても妊婦に対して同じ目的を持つ者という考えから,お互いの間に垣根を作らないようにしています。

連載 今月のニュース診断

医療専門職と欠格条項 斎藤 有紀子
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初の視覚障害合格者

 日本の医師国家試験に,視覚障害をもつ人が初めて合格した(朝日4月25日)。政府は近年,心身の障害を理由に資格や免許の取得を制限する法律(いわゆる欠格条項)の見直しを進めていたが,医師国家試験も昨年から,目や耳の不自由な人の受験が可能となった。視覚障害をもつ受験生には,問題の読み上げなどを認め,試験時間を最大1.5倍にするなど,受験上の配慮を行なったという。

 厚労省は今後,専門家らによる委員会を設置し,合格した男性からどの分野を目指すのかなどを聞き,医師としての業務が可能か判断し,免許を与えるかどうか決めるという。

連載 生殖補助医療 “技術”がもたらした現実と未来⑩

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はじめに

 生殖補助医療技術の進歩により,精子,卵子,受精卵の提供や妊娠,出産の代理などが可能となり,その結果,従来の家族の概念では考えられないような家族関係を形成し,遺伝的関係のない親子関係を作ることになった。「子どもがほしい」というニーズに,十分な倫理的考察を欠いたまま医療が応えていくことは,多くの問題を含んでいる。代理懐胎では,依頼されて妊娠し,子を産んだ女性が出産後,子を依頼者に引き渡すことになる。このことは,妊娠と出産により育まれる母親と子の絆を無視し,子の福祉に反し,子の権利を侵すものである。とくに,出産した母親が子の引き渡しを拒否したり,また,子が依頼者の期待と異なっていた場合に,依頼者が引き取らないなど,当事者が約束を守らない可能性も出てくる。子の生活環境が著しく不安定になるだけでなく,子の精神発達過程において,本人に深い苦悩をもたらすであろうことが推定される。

 「生まれてくる子の母は,その子を妊娠・出産した女性である」ということを原則とするべきである。子どもの権利とその人間的尊厳は,大人の側の子どもを持つ権利よりも重視されるべきである。

連載 りれー随筆・222

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 このタイトル,どこかで聞いたような……。そう,「日本笑い学会」の昇幹男先生の言葉である。

 もう少しで半世紀を過ぎようとしている私の信条に,なぜかぴたっときてしまった。そうそう,私は,そんなふうに生きていたいと思い続けてきたような,そしてこれからも……。

 私の父は,事あるごとに「よかよか」って,笑う人だった。他界して20年近くになるが,九州男児であったはずの父の思い出は,に残る髭の感触と,親父ジョークである。

 農業の傍ら,朝の4時から書道に勤いそしみ,とにかく読み書きがご飯より好きだった。しかし私は,勉強嫌い,努力も嫌,楽がよい。日常どんなに反抗しようが,父の返事は「よかよか」のひと言。信じてくれているのか,あきらめてしまっているのか。でも,おかげで私は自然にナンバーワンではないオンリーワンの道を歩く事になった。

連載 英国助産婦学生日記・その29

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●ARM のミーティング

 3月のある日,同級生のシャメリーに誘われてARM ( Association of Radical Midwives)の春のミーティングに参加した。

 ARMは70年代後半,お産が今よりも医療化されていた当時のサービスに疑問をもった学生たちがつくった団体で,助産の原点を振り返り,産む人中心のお産に改善していこうという意識をもつ助産婦,学生,消費者らが参加している。この日は会場となった英国南部を中心に全国から40人ほどが集まった。

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 私が代表を務める母乳育児支援ネットワークは,2003年1月17日(金)~19日(日)の3日間,東京・渋谷区の東京ウィメンズプラザにおいて「アジアの母乳育児支援ネットワーク―女性のエンパワメントに向けて」と題した連続講座を主催しました。今回は準備から開催までこの連続講座にかかわってきた立場から,本講座について報告させていただきます。

 この講座では,母乳育児支援にかかわる3つの国際NGO(非政府組織)から5人のゲスト・スピーカーを招き,参加者は3日間で延べ200人以上となりました。また,運営を支えてくれたボランティア・スタッフの人数は,当日3日間だけでも延べ100人は下りませんでした。主催団体の母乳育児支援ネットワークを代表して,熱心な参加者の皆さんと献身的に準備や運営を担ってくれたボランティア・スタッフに感謝します。

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 九島産婦人科医院院長の九島璋二先生は,昭和23年に産科医となってから,多岐に亘る知識と実践をとおして,お産とは何か,お産の真髄を探求し,日本のお産を見つめ続けてきました。一方の,飾赤十字産院産科部長の竹内正人先生は,昭和62年に産婦人科医局へ入局。出産に医療が積極的に介入していった時代にお産にかかわるなかで,医師としての自分の方向性に疑問を持つようになったといいます。

 この対談では,世代を異にする2人の産科医の対話をとおして,日本のお産のこれまでと,これからを考えてみたいと思います。(編集室)

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 第三者の精子や卵子を用いた生殖補助医療のあり方や実施の条件について検討を重ねてきた厚生労働省の生殖補助医療部会が,法制化に向けて,検討内容の最終的な報告書をまとめた。

 報告書では,非配偶者間での精子・卵子の提供について,提供がなければ妊娠できない夫婦に限り,これを認めるとし,第三者の配偶子・胚の提供による不妊治療を容認することが示されている。

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 この4月,23年間編集に携わってきました『助産雑誌』から,書籍の担当に異動いたしました。社内でもかつて1つの雑誌をこんなに長く担当した者はおらず,新記録を樹立してしまいました。多くの方々のご支援あったればこその長年の編集者生活でございました。ここまでの年月を振り返るとともに,一言,感謝とお別れの言葉を述べさせていただきます。

 23年といえば,生まれた子どもが大学を卒業し,りっぱに1人前になる年月にあたります。その成長・発達ぶりには遠く及びませんものの,本誌を担当させていただいたおかげで,さまざまな人との出会いに恵まれ,通常でしたらできなかった経験をたくさん積むことができました。成長させていただけたと感謝の念でいっぱいです。

基本情報

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助産雑誌
57巻6号 (2003年6月)
電子版ISSN:1882-1421 印刷版ISSN:1347-8168 医学書院

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