作業療法ジャーナル 49巻13号 (2015年12月)

特集 東日本大震災とまちづくり

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特集にあたって

 東日本大震災から5年が経過しようとしている.「遅々として進まない復旧・復興作業」と報道されてはいるが,少しずつ被災地の状況は変わりつつある.われわれOTも,単なる仮設住宅支援活動からまちづくり,地域づくりへの関与が求められる.

 今回,5名の方々にそれぞれの立場での報告をお願いしたわけであるが,まちづくり,地域づくりにおいては,皆さん共通して,何かをしてあげるという意識から始まるのではなく“隣人を知ること(中村氏)”,“地域の方々とよく話し,足を運び,顔を知っていただき,そして知ること(高梨氏,菅原氏)”等の,“地域の人たちとの実際の泥臭いかかわり(大貫氏)”こそが重要だと述べていることが興味深い.逆に“その地域の現状を知らない”ということが,どれほどその地域の人々を傷つけるか(中村氏,清山氏)を理解しなければならないと,つくづく考えさせられる.

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Key Questions

Q1:まちづくりとは?

Q2:災害時の備えは?

Q3:OTの役割は?

はじめに

 被災地区の「まちづくり」については,国家レベルでは復興庁が設置され,まさに,産業,社会保障,インフラ整備等々,さまざまな支援が行われている.しかし,年2回ほど訪問している気仙沼,南相馬,宮古の現状をみると,生活基盤となる「まち」の整備がいまだに進んでおらず,「まちづくり」を述べるには情報も少ない.

 生活という視点に立つと,人は一人では生きていけないし,また,人は作業なしでは生きていけない.作業を行うことで,自分らしさを確認し,生きる糧を得,役割や価値,自己と他者等,社会人として個人としての存在を自覚できる.「まち」の機能はそれを保障することに他ならない.その中でのOTの役割は,「作業」の保障に尽きる.東日本大震災後の「まちづくり」においてもこの理念は変わらないと思う.

 役職柄,3月11日の国の追悼式に毎年出席している.今年は国立劇場で執り行われたが,2度とこのような災害が起こらなければいいと心から思う.追悼式での宮城県遺族代表の「言葉」はマスコミでも取り上げられ,さまざまな波紋があったと聞く.その話は本当に切なく,そのときの彼女の思いを考えると涙なしには聞けなかった.「頑張って」は月並みな言葉であるが,それ以上の言葉も浮かばず,ただ,「頑張って」と願っていた.被災された方々は,軽重の差はあれ,皆なにかしら心に傷をもちながらの生活を送られていることと思う.表面に出された言葉だけでなく,そこまでに至った心情を汲み,物言わぬ方々の思いも皆で抱え,一緒に歩めたらと思う.

 本特集は復興に向けての提案であり,その中で本稿では,病院,施設の作業療法を生活行為向上マネジメント(以下,MTDLP)に基づく,生活支援を通しての「まちづくり」の考え方を提案する.また,阪神・淡路大震災の震災直後から現在までの神戸の様子を紹介しながら,防災と各ステージでのOTの役割について述べる.

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Key Questions

Q1:大規模災害後,地元職員のメンタルヘルスへの対応は?

Q2:大規模災害時における受け入れ側のボランティアへ期待するものとは?

Q3:大規模災害後に,市民を対象としてOTがもつ可能性とは?

はじめに

「ねぇ,福島にも仮設住宅ってあるの?」

 宮城県や岩手県の被災地にボランティアで何度も足を運んでいる関東在住の知人から質問を受けた.東日本大震災(以下,震災)後,福島で活動を続けている筆者は,震災から4年が過ぎ,「被災地のことを忘れないでほしい」,「中長期の復興支援に必要なものはお金や物資の支援ではなく,応援メッセージを送ったり,観光先として来訪してもらうことが重要で,コミュニケーションが有効なツールなのでは?」という考えが強くなっていた矢先のことだった.先述した知人に,旧警戒区域(図1)1)〔福島第一原子力発電所(以下,第一原発)を中心とした半径20Km圏〕内に在住していた7万8,000人,計画的避難区域の飯舘村等の村民6,200人を超える方々は避難を余儀なくされ,現在註)も自宅に居住する許可が出ていない旨を説明すると,「警戒区域ってそういう意味だったの?」と驚かれた.東北の被災地に関心のある人でも「福島のことを忘れる」のではなく,「福島の現状を理解していなかった」ことに大きな衝撃を受け愕然とした.

 現在,福島は大混乱していた時期から徐々に落ち着きを取り戻しつつあるが,支援が必要なくなったレベルではない,と感じている.本稿では,2012年(平成24年)2月から仮設住宅訪問やサロン活動,乳幼児健診等,南相馬市内在住の方々と接し続けてみえてきたことや,見落とされがちな職員のメンタルヘルスに関することも交えながら述べたい.

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Key Questions

Q1:大規模に被災した陸前高田市の今は?

Q2:ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくりとは?

Q3:新しいまちづくりに向けて行政と療法士が協働する取り組みとは? 

はじめに:陸前高田の今

 岩手県陸前高田市は,岩手県沿岸の最南端,宮城県との県境にあり,震災前の人口は約2万4,000人のまちであった.震災による津波被害により市の平地部はほぼ流出,1,700人余りの尊い命が犠牲になった.高台での住宅の新築,移転は進んでいるものの,4年半が過ぎる今もなお,4,500人ほどの市民の方々が仮設住宅で暮らす状況が続いており,人口も約20,000人と,震災前後で4,000人近くも減少している(表1).震災で犠牲になられた方々の多くが高齢者である一方で,人口減少には,いわゆる生産年齢・子育て世代,子どもの市外への転居が大きく関係している.市の高齢化率は震災前の33.5%から現在は35%以上となり,これは短期的にみてもますます加速すると予想されている.現在はハード,ソフト両面のまちづくりが急ピッチで進められているが,それでも働く場所の少なさや,インフラも含めた利便性は震災前よりもはるかに低い.津波によって壊滅した,過去の市街地だった地域は,10mを超えるほどのかさ上げ工事が為され,防災を目指したまちの土台づくりが続いている.現在は土色の風景が広がっているこの地域も,きっと数年後には新しい住宅や商工業施設,市民が楽しく生活できる暮らしのスペースができるであろう.復興の足音を今は感じ取ることもできる.2015年度(平成27年度)になり,まちの再生は目に見えるかたちで明らかになってきている.次々と建設されている災害公営住宅(マンションタイプ)の完成入居,県立高田高等学校の新築開校,大勢の市民の集いの場となるコミュニティホールの完成等,大規模な建物工事が完成してきていることにも,まちの再生をうかがい知ることができる.市民,子どもたちの集まるあたり前の光景が,陸前高田に活気を取り戻していることも少しずつ感じる.震災後の土色の風景が,人が集う賑やかな風景に変わりつつある.陸前高田は今,復興の真っただ中にある.

 本稿では,陸前高田において筆者らが携わっている障害者・障害児支援,またそれを取り巻く障害福祉の現状を報告するとともに,行政と市内の療法士が一体となって取り組みを始めようとしている介護予防事業の企画,療法士がまちづくりに参画する仕組み(本稿では陸前高田リハシステムと呼称)の経過報告等,「障害者支援」,「高齢者支援」の2つの視点から,被災地の現状と生活の復興を共に歩むためのOTの活動を紹介する.

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Key Questions

Q1:復興特別区域法における訪問リハステーションとは?

Q2:気仙沼訪問リハビリステーションの開所までと,地域における連携は?

Q3:訪問リハに今後求められる役割と課題は?

はじめに

 東日本大震災から4年.さまざまなかたちで進められている復興も,テレビの映像で流れる機会は少なくなったと感じる.

 震災当時,筆者(大貫)は仙台市の医療法人で訪問看護ステーションに勤務して訪問リハ業務を行っていたが,その日は子どもの卒業式で休みをとっており,外出先で被災した.自分の家族を守ることで精一杯で,数日間は職場に出向くことができず,電話もなかなかつながらない中なんとか連絡を取り合い,可能なスタッフに職場の対応をお願いした.ラジオから流れる情報は,停電でテレビの映像を観ていない状況では信じられないものばかりであった.寒さの中,電気もガスも水道も止まり,流通が途絶えた状況で生活を維持することの困難さを実感し,大きな余震が続く恐怖におびえた.

 津波の被害を受けた地域の状況を聞くたびに,心が痛かった.他事業所ではあるが,訪問業務従事者が,重度障害のある対象者を浸水から逃がすため2階に避難させたところで津波に流され亡くなった.訪問リハ従事者として遵守すべき行動とはどこまでなのだろう.亡くなった訪問業務従事者の家族,助けられた対象者とその家族の思いを想像すると,その疑問は訪問リハを行いながらも毎日頭から離れず,眠れなかった.これは何年も,もちろん今も,心の中に引っかかっている.

 被災地に生活してはいるが,甚大な被害を受けたとは言いがたい地域にいて,沿岸部の支援に出かけて行けなかったことが心残りだった.そんな中で気仙沼に復興特別区域法でできる訪問リハステーションの担当理事の話をいただいた.直接業務を行うわけではないが,何らかのかたちで被災地支援ができればと思っていたので,何ができるかわからないままにお引き受けした.

 気仙沼訪問リハビリステーションが,2014年(平成26年)10月に開所して半年.これまで試行錯誤ではあったが,気仙沼地域に根ざして地元を支えてきた,気仙沼が大好きな医療介護従事者の皆さんと連携させていただいたことが,訪問リハステーションの開所の原動力になったと感謝している.震災以前より医療介護事業所や従事者数が少ない,地方都市特有の状況の中でエネルギッシュに活動していたリハ職のネットワーク,多職種ネットワークが存在したことは,いうまでもない.

 気仙沼訪問リハビリステーションの開所までと現在の活動を紹介するとともに,今後の課題と可能性について述べる.

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Key Questions

Q1:被災地のこれまでと,これからをどうとらえるか?

Q2:被災地でのOTの起業からみえてきたことは何か?

Q3:地域の中で,OTは何ができるのか?

はじめに

 筆者は,2013年(平成25年)11月より,介護保険法第41条第1項および東日本大震災復興特別区域法いわゆる「復興特区法」にて,訪問リハビリステーションを起業,運営している.

 復興特区法は,東日本大震災の特別措置法に基づいて,震災からの復興を手助けすることを目的に時限(期間を決められ)的に制定され,岩手・福島・宮城・茨城の4県では,この法律による特例で規制緩和があり,訪問リハビリテーション事業所の設立が可能となった.

 筆者は,OT,PT,STら,本来スペシャリストと呼ばれる職種のジェネラリストとしての視点に大きな可能性を感じている.広い視野で地域の問題点をとらえ,多方向から解決することができる視点をもつOT,PT,STこそ,今地域を支える新しい枠組みを創造する職種であると考えている.

 本稿は,被災後の岩手県陸前高田市が舞台であるが,過疎が進む同市の問題は,日本全国どこにでもある身近な問題ともとらえることができる.

 OT(PT/ST)は,この先どのように地域で活動するべきなのか? 約2年,起業というフィールドで,被災地に新しい事業を展開したことでみえてきた所見を,日ごろの実践内容を中心に報告する.

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はじめに

 私は,学生時代に発達障害領域か精神科領域に進みたいと考えていました.その後,発達領域の臨床実習を行う中で,子どもの発達に強く興味を感じたために,発達障害領域に進むことを決め,臨床実習地の静岡医療福祉センターに入職し,肢体不自由児の外来通園や入園している子どもたちと4年間過ごしました.その後,縁があり現在の静岡県立こども病院に移ることとなりました.

あなたにとって作業療法とは何ですか?・第12回

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愉しい

 OTになりたてのころ,サンディングや革細工で運動機能を高めることに懸命で,「作業」は目的達成するための手段でした.臨床を重ねるうちに,さまざまな生活行為そのものを「作業」として,つまり「作業」を手段ではなく目的としてとらえること,また,できることを増やす自立度だけでなく,生活の質への配慮の大切さを学びました.昨今,医療保険から介護保険へ作業療法の給付対象が広がり,生活行為の向上の手法が示される等,作業療法への期待は高まるばかりです.

 学生のころ,英和辞典で“occupation”を確認すると,「占領」とありました.あまり深く考えずに心を満たすことと理解しましたが,OTとして経験を積んだ今も解釈は変わっていません.作業療法により心を占領するものは,「作業」が手段,目的のどちらにしろ,愉しくて時間が過ぎるのを忘れるものだと思います.私にとって作業療法は愉しいものです.

連載 クリニカルクラークシップに基づく作業療法臨床教育の実際・第3回

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はじめに

 精神科作業療法領域での臨床実習を効果的に進めるために,本稿では以下の3つの論点に焦点を当てて考察したいと思います.①CE(臨床教育者)の臨床経験(数年〜数十年にわたる経験の変化と現在の視点)を学生に伝えることの重要さ,②CEのクリニカルリーズニングをどのように目に見えるように学生に伝えるか,③「今ここでの対応」をどのように言語化して学生に伝えるか.なぜならば,これらの論点を具体的に学生に示しながら臨床実習を進めていくことがクリニカルクラークシップによる臨床教育の過程に他ならないからです.

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地域課題解決に向けた市とのパートナーシップ

 今,要支援者に対する介護予防のあり方が市町村ごとに問われている.要支援者へのサービスの提供が,現行の介護保険制度から市町村地域支援事業に移行されるからだ.市町村はサービスを多様化し類型化しなければならない.そのリミットが2017年3月末までと,あと2年足らずである.全国津々浦々で地域の実情に応じたサービス・モデルが走り出している.

 今回訪れた鳴門市(以下,市)は,データ分析から,要支援者のうち通所・訪問介護,福祉用具を利用している方,また住宅改修を実施した方(通所・訪問リハ利用者は除く)が多い2地区をターゲットにしたモデル事業を開始した.うち,1地区を見学した.OTとして何よりもうらやましくも誇らしいのは,一般社団法人徳島県作業療法士会(以下,県士会)と市が,地域包括支援センターの協力を仰ぎ,パートナーシップを築きながら,通所・訪問型事業を進めていることである.

学会・研修会印象記

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 2015年(平成27年)8月29日(土)にホテルアウィーナ大阪で開催された,第3回全国作業療法学系大学院ゼミナールに参加させていただきました.

 本ゼミナールの幹事を務めてくださった大阪府立大学をはじめ,北海道大学,弘前大学,山形県立保健医療大学,広島大学から約50名が参加されました.各大学の先生方,大学院生,大学院OG・OB関係者と幅広い人材が集まり,当日のゼミナールに加え,前日・当日の懇親会を通じてたくさんの方とお話をする機会を得られ,とても有意義な2日間でした.

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 2015年(平成27年)10月4日(日),仙台市において,一般社団法人 日本OTイノベーション機構 あからん(一社あからん)の設立記念講演会と祝賀会を開催しました.私はこの設立記念行事の実行委員長を務めましたので,設立秘話とともに,当日の臨場感をできるかぎりお伝え致します.

 本誌第49巻第10号で「50年先のOTを創り隊」隊長の川本愛一郎氏がお伝えしました通り,一社あからん設立は2014年(平成26年)11月,福岡市にて,起業家OTと大学のOTが運命的に出会ったことから始まります.私はこの席上で「50年先のOTを創るために!」の標題のもと,次世代リーダー育成の重要性を訴えました.それは,急速に変化しつつある時代に,柔軟に対応できる人材であるとともに,根無し草のようになりつつある社会に,はっきりとした価値の所在を提示できる人材の育成が必要だということです.

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Abstract:脳卒中片麻痺患者において,痙縮は随意運動や日常生活動作に支障をきたす要因である.フェノールブロックは痙縮治療の一つとしてガイドラインでグレードBの推奨を受けているが,フェノールブロック後の痙縮の抑制効果が得られている期間に,どのような運動療法と組み合わせるべきかの見解は確立していない.今回,上肢の痙縮を呈する慢性期脳卒中片麻痺患者一例に対し,フェノールブロック後に促通反復療法と神経筋電気刺激の併用療法を6週間実施した.その結果,痙縮は軽減し,上肢FMAはMCID(臨床的な意義をもたらす最小の変化量)を上回る改善を示した.神経筋電気刺激による拮抗筋の抑制と,促通反復療法による随意運動の促通と反復によって運動性下行路の強化が図れたことが改善に寄与したと考える.フェノールブロック後の治療として促通反復療法と神経筋電気刺激の併用療法の有効性が示唆された.

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表紙のことば/今月の作品

編集室から

わたしたちの作業療法

研究助成テーマ募集

次号予告

第51巻表紙作品募集

学会・研修会案内

編集後記 香山 明美
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 季節は足早に過ぎ,秋から冬を迎えようとしている.訪問の日々の中で,幸せを感じることの一つに,四季の移り変わりを肌で感じられることがある.四季ごとに変わる道端の草花や木々,太陽や雨,風,時に胸を躍らせてみる虹,どれもありがたいと思う.

 あの震災から5年を迎えようとしている.寒い季節を迎えるたびに,気持ちが滅入ってくることを感じる.震災のあった3月は,非常に寒い日が続いた.電気が復旧する2週間ほどの間は,暖房のない病院内を,ダウンジャケットを着て走り回っていた.雪がちらつくとその記憶が蘇る.震災の爪痕は,多くの方々にさまざまな形で残っている.それは,復旧や復興という言葉では癒されない,無形のものなのだと感じる.

基本情報

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作業療法ジャーナル
49巻13号 (2015年12月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0915-1354 三輪書店

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