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Key Questions
Q1:復興特別区域法における訪問リハステーションとは?
Q2:気仙沼訪問リハビリステーションの開所までと,地域における連携は?
Q3:訪問リハに今後求められる役割と課題は?
はじめに
東日本大震災から4年.さまざまなかたちで進められている復興も,テレビの映像で流れる機会は少なくなったと感じる.
震災当時,筆者(大貫)は仙台市の医療法人で訪問看護ステーションに勤務して訪問リハ業務を行っていたが,その日は子どもの卒業式で休みをとっており,外出先で被災した.自分の家族を守ることで精一杯で,数日間は職場に出向くことができず,電話もなかなかつながらない中なんとか連絡を取り合い,可能なスタッフに職場の対応をお願いした.ラジオから流れる情報は,停電でテレビの映像を観ていない状況では信じられないものばかりであった.寒さの中,電気もガスも水道も止まり,流通が途絶えた状況で生活を維持することの困難さを実感し,大きな余震が続く恐怖におびえた.
津波の被害を受けた地域の状況を聞くたびに,心が痛かった.他事業所ではあるが,訪問業務従事者が,重度障害のある対象者を浸水から逃がすため2階に避難させたところで津波に流され亡くなった.訪問リハ従事者として遵守すべき行動とはどこまでなのだろう.亡くなった訪問業務従事者の家族,助けられた対象者とその家族の思いを想像すると,その疑問は訪問リハを行いながらも毎日頭から離れず,眠れなかった.これは何年も,もちろん今も,心の中に引っかかっている.
被災地に生活してはいるが,甚大な被害を受けたとは言いがたい地域にいて,沿岸部の支援に出かけて行けなかったことが心残りだった.そんな中で気仙沼に復興特別区域法でできる訪問リハステーションの担当理事の話をいただいた.直接業務を行うわけではないが,何らかのかたちで被災地支援ができればと思っていたので,何ができるかわからないままにお引き受けした.
気仙沼訪問リハビリステーションが,2014年(平成26年)10月に開所して半年.これまで試行錯誤ではあったが,気仙沼地域に根ざして地元を支えてきた,気仙沼が大好きな医療介護従事者の皆さんと連携させていただいたことが,訪問リハステーションの開所の原動力になったと感謝している.震災以前より医療介護事業所や従事者数が少ない,地方都市特有の状況の中でエネルギッシュに活動していたリハ職のネットワーク,多職種ネットワークが存在したことは,いうまでもない.
気仙沼訪問リハビリステーションの開所までと現在の活動を紹介するとともに,今後の課題と可能性について述べる.
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