精神医学 62巻10号 (2020年10月)

特集 精神科臨床における共同意思決定(SDM)

特集にあたって 藤井 千代
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 精神科臨床において,近年では,客観的な回復のみならずパーソナル・リカバリーに着目することの重要性が強調されています。パーソナル・リカバリーとは,障害によるさまざまな制限を持ちながらも希望を実現し,満足できる生活を送ることを意味し,主として当事者の語りから導き出された概念とされています。パーソナル・リカバリーを志向した治療・支援の提供にあたっては,治療者によるパターナリスティックな方針決定ではなく,当事者と治療者による双方向性の治療方針決定法である共同意思決定(shared decision making:SDM),すなわち本人の希望や価値観,主体性を尊重したかかわりが重要であるとされます。しかしながら,精神科臨床においては,本人の意思を知ること自体が困難なことも少なくないのが実情であり,本人の自律を尊重しようとした場合,倫理原則の対立が生じてジレンマ状態に陥ることも多々あります。

 2014年にわが国が批准した「障害者の権利に関する条約」においても,最も重要な基本原則として個人の自律の尊重が掲げられ,締結国には障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用するための適当な措置をとることが求められています。これはすなわち,障害を持つ誰もが自ら意思決定することができるよう,必要な支援を可能な限り尽くすという意思決定支援原則を規定したものです。このような国際的な要請もある中で,精神障害者の意思の表明の支援や,意思決定支援のあり方が注目されてきています。

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抄録 共同意思決定(shared decision making:SDM)は,当事者と治療者それぞれが意見を積極的に述べるという双方向性のコミュニケーションに基づく。慢性的に経過する疾患や,同程度の効果的な治療選択肢が複数存在する疾患の場合に導入が望ましいとされているが,「うつ病,統合失調症」の当事者も身体疾患の当事者と同程度,自分の治療に積極的にかかわりたいと思っていることが明らかとなっている。海外においては,さまざまな検証研究がなされ,その効果が示されており,コクラン・レビューによると,SDMを導入したほうが,治療に満足しやすく,うつ病に関する知識が増し,治療に積極的にかかわるようになるという。わが国においては,各ガイドラインにも触れられ導入が推奨されているが,decision aidが整備不十分など未だ課題が残る。今後SDMが正しく浸透し,一人でも多くの当事者が,治療においても満足する“パーソナル・リカバリー”を獲得して欲しいと願っている。

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抄録 近年,精神科医療において当事者主体の意思決定への注目がますます高まっている。一方で,実際の臨床の場では本人の意向に基づかない治療決定がなされる場合もある。これについて治療同意判断能力を軸として,医療倫理の観点から検討した。医療倫理における自律尊重原則の観点からは,同意判断能力が十分である限り本人の意思は尊重され,同意判断能力が減弱していると判断された場合には,まずその能力を発揮できるような支援を行うべきであると考えられる。一方,可能な限りの支援をもってしても同意判断能力が不十分であり,かつ決定事項が本人に大きな不利益をもたらしかねない場合には,善行,無危害といった医療倫理の他の原則の観点より,不利益からの本人の保護のために他者による意思決定なども考慮すべきと考えられた。今後,議論をより深めるとともに,精神科医療の場だけにとどまらない意思決定支援や,代行判断に関する法的な整備が期待される。

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抄録 精神科救急では,非自発入院や薬物療法の導入,行動制限などの重要な治療上の意思決定場面に多く遭遇するが,当事者の多くが幻覚妄想などの激しい精神病症状,精神運動興奮といった症状を有すること,迅速な対応を要する場面であることなどから,意思決定支援やSDMは行われにくい現状がある。本稿では,海外の先行研究ならびに筆者らが施行した救急入院料病棟における無作為化比較試験(統合失調症初回入院患者におけるSDMの実施可能性)の成果を概観しつつ,精神科救急における意思決定支援・SDMの実施可能性や課題について考えたい。

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抄録 2014(平成26)年4月に施行された精神保健福祉法の法改正に向けた有識者検討会で,保護者の廃止に伴い,精神障害者が入院において自らの意思決定および意思の表明を支援するもの(以下「アドボケーター」)を選択できる仕組みを導入すべきとされた。また,改正法附則第8条では,「精神科病院に係る入院中の処遇,退院等に関する精神障害者の意思決定及び意思の表明についての支援の在り方」について検討を加えることとなった。この経緯の中で,平成27年度厚生労働科学研究補助金障害者総合福祉推進事業である「入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」が公益社団法人日本精神科病院協会(日精協)において実施された。本稿では,事業の概要と筆者が所属する精神科病棟における意思決定支援の取り組みについて報告した。精神障害者の意思決定支援については,現状では病院外部からのアドボケーターではなく病院スタッフが担当する場合が多いので,患者の意思を第一に,病状を理解した上で家族らの意向も尊重したバランスのとれた総合的な患者の最善の医療を考慮した取り組みが必要である。

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抄録 神経性やせ症は,精神疾患の中でも最も死亡率の高い疾患の一つである。極度の低栄養時には当事者が治療を拒否することも多く,強制的入院や強制的栄養補給が必要となることも多い。その後の経過の中で,これを必要な治療だったと振り返る当事者も多い一方,強制的治療の苦痛のみが記憶され,その後の治療を拒否する結果になる場合も少なくない。治療経過の中で当事者の意思を確認し,時には経過に悪影響を及ぼさない範囲での柔軟な対応が求められる。入院治療により,ある程度の心身の改善がみられた状態で,その後の治療方針を話し合い,記録に残しておくのも有用である。これらのためには,良い治療者-患者関係の構築が非常に重要である。

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抄録 認知症の人は,注意機能や記憶機能,実行機能の低下といった認知機能障害の影響により,治療に関する説明を十分に把握できなかったり,自らの意思を正確に伝えることが難しかったりする場合が多い。また,不安やうつといった精神症状も判断を歪める原因となる。そのため,本人の同意や意向のみに頼った意思決定が,必ずしも最善の治療選択になるとは言い切れない。治療選択の場面においては,医療者と本人,家族などを含めた双方向の情報共有・意見交換を行い,本人の意向を丁寧に汲み取ることが必要であり,共同意思決定(shared decision making:SDM)の観点や意思決定支援ガイドラインが参考になる。意思決定支援においては,認知機能の低下に対応したコミュニケーションに加えて,高齢者の心理的特徴や本人と家族の関係性に対する配慮も必要であり,精神科医の専門性を活かした積極的なかかわりが求められる。

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抄録 精神科の臨床現場では,身体合併症に対する医療行為を遂行するにあたって,患者の同意が得られないことが数多い。その類型を,①医療行為に同意する患者,②医療行為に同意しないが,拒否もしない患者,③医療行為を積極的に拒否する患者,の3つに分け,それぞれについて倫理的な考察を加えた。わが国においては,法的代諾者の制度が存在せず,血縁を代諾者とする慣習が根強いが,それを補完する形での日本弁護士連合会の提言と現状に沿った対処法を述べた。さらに,個別に倫理的検討が必要な場合に,わが国では普及途上にある臨床倫理コンサルテーションが有用であることを述べ,立川病院で臨床倫理コンサルテーションの下に検討が行われた症例を提示した。

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抄録 筆者らは,精神疾患を持つ人が精神科の診察場面で主治医にききたいことをきき,より良いコミュニケーションをするための共同意思決定支援ツールである「質問促進パンフレット」と「診察サプリ」を作成したため紹介する。このような共同意思決定支援ツールを使用すること自体が,必ずしも共同意思決定を実践していることを意味するわけではないという点には注意が必要である。たとえば,患者が質問促進パンフレットを用いて医師とコミュニケーションをとろうとしても,医師が共同意思決定の実践に対して前向きでなければ患者は医師に相談しづらい可能性が示唆されている。共同意思決定は,患者と医師が協力して実施する継続的なプロセスであるという認識を持ちながら,具体的な場面ごとにどのようなツールや取り組みが有効か,臨床実践と研究を精緻に積み上げ,実装と普及を試みていくことが今後の課題であろう。

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抄録 精神疾患を対象とした共同意思決定(shared decision making:SDM)は,当事者-治療者関係を基盤とした対話のプロセスで,さまざまなステークホルダーも参加しながら展開される。そこでは,情報を平易な言葉や図・表などを用いて共有する情報の視覚化が鍵となる。そのプロセスに伴走する意思決定支援は,疾患受容の困難や決定上の藤といった情緒的なニーズへの支援も含む。近年,ツールを用いた支援が盛んで,その1つにdecision aid(DA)の活用がある。筆者らは気分障害の治療導入時に,DAを使ったSDM7日間プログラムを多職種で実践してきた。現在,対象疾患を広げ,治療の導入時に加え,回復期の治療方針の再検討においてもDAを用いたSDMの導入を進めている。また,DAを使ったSDMの講習プログラムのパイロット試験を終えたところであり,今後はCOVID-19感染予防の観点からe-learningの開発も検討している。

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抄録 ピアサポーターの役割は,時に自身の経験を利用者に共有し,時に利用者を共感的に理解し,そして時に自身がリカバリーのロールモデルとなって,利用者のパーソナル・リカバリーの促進を支援することにある。ピアサポーターが担う多様な業務の中で,意思決定支援は中心的な業務の1つであると考えられる。実際の支援場面において,ピアサポーターは利用者の意思決定を直接的に支援するというよりは,利用者自身が意思決定できるように自身の経験と共感をもとにした情報提供などを行う。ピアサポーターによる意思決定支援を含め,彼らの支援は役割が明確となったシステムの中で行われることでより有効に作用する可能性がある。

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抄録 共同意思決定(shared decision making:SDM)は多くの診療ガイドラインで治療意思決定の際に用いることを推奨されているが,臨床現場で十分な普及やその実践が行われるとは言い難い現状がある。そのため我々は現在,SDMの普及と実装化を目指して,さまざまな試みを行っている。SDMの普及のために,うつ病診療におけるSDMの臨床医に対する教育プログラムを開発し,その効果の検証を行っている。また,統合失調症,双極性障害,うつ病,不眠症,不安障害,ADHDの6つの精神疾患における向精神薬の出口戦略としてのSDMを行うための補助資材であるdecision aidを作成し,その有用性を検討している。これらの取り組みがSDMの普及や実装化に繋がることに期待している。

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抄録 陰性症状の体験症状因子,感情表出因子および認知機能,陽性症状と社会機能との関連を共分散構造分析にて検討した。対象は統合失調症患者83名。社会機能の評価に精神障害者社会生活評価尺度,陰性症状の評価にBrief Negative Symptom Scaleを使用した。結果,①認知機能と②感情表出因子が体験症状因子を介して社会機能に影響を与える二重経路モデルが示された。また,陰性症状の2因子は認知機能から独立して社会機能に影響を与えていた。感情表出を支援・サポートすることは社会参加に対する動機・意欲を高める可能性があること,認知機能の脆弱性を補う介入と動機付けへの介入を組み合わせて行うことが社会機能の向上に有用であることが示唆された。

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抄録 強迫性障害(obsessive compulsive disorder:OCD)50例について発症年齢,初診時年齢,併存症,遺伝負因,その他の臨床的特徴について調べた。その中の37名(SADの併存例13名を除く)について,(OCDの併存を除く)社交不安障害(social anxiety disorder:SAD,全般性SAD 33名と非全般性SAD 51名)と比較した。

 その結果,大うつ病エピソードの併存率はOCDと全般性SADの間に有意差はなかった(非全般性SADは3群の中で有意に大うつ病エピソードの併存率が低かった)。OCDの大うつ病の併存率は全般性SADに比べ有意に低かった(OCDと非全般性SADとの間には有意差は認められなかった)。一方,双極性障害(bipolar disorder)の併存率はOCD 24.3%と全般性SAD 3.0%,非全般性SAD 3.9%とOCDにおいて有意に併存率が高かった。

 大うつ病エピソードを有するOCDと(全般性および非全般性)SADにおいてに双極性障害へ診断変更になった割合を比べると,OCD 37.5%,(全般性と非全般性)SAD 7.1%とOCDで有意に双極性障害への移行率が高かった。また,抗うつ薬の投与量レベルを比較したが3群間に有意差は認められなかった。

 また,大うつ病エピソード,および大うつ病を併存しているOCDについて,双極性障害と関連のある要因についてロジスティック回帰分析を用いて分析した。その結果,治療期間のみが双極性障害の併存と有意に関連していた。

 今回の研究結果から,OCDの併存のある大うつ病エピソードの治療において,抗うつ薬の投与中に,その投与量にかかわらず比較的高い確率で(軽)躁状態が出現することが明らかになった。OCDの薬物療法の第一選択薬はSSRIであるが,OCDに大うつ病エピソードが併存する場合は,SSRI単独の治療でよいか今後検討する必要があろう。

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抄録 世界的なパンデミックとなった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を妄想主題とした退行期メランコリーの1例を報告する。40代女性の患者は,同感染症に関する緊急事態宣言の発令に前後して,同感染症に罹患し周囲に感染させたという心気・罪業妄想とそれに伴う不安・抑うつが急性に出現した。自殺企図の出現を契機に入院し,抗精神病薬と抗うつ薬の併用投与により状態は軽快し退院した。うつと妄想を中心とする病像はいわゆる退行期うつ病に相当するが,主症状である罪業妄想がうつに伴って二次的に生じたのではない一次性の妄想であることから,特に退行期メランコリーと診断し得る例と考えられた。

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 今から30年近く前のこと,国内留学と称して東京都立墨東病院内科で2年間内科医として働いたことがある。身体医としての知識・経験が圧倒的に乏しい私が,下町の野戦病院で何とかサバイバルする上で役立ってくれたのが『内科レジデントマニュアル』(医学書院)。白衣のポケットに常時忍ばせて,大いに助けられた大恩人である。

 この時の経験から,私の中に「若手医師向けの内科研修マニュアルは実用性の高い優れものが存在するが,診療の核心の部分に言語化・数値化が難しい事柄が多々ある精神科領域で,この手のものを作るのは難しいだろうなぁ」という思い込みが生まれた。

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精神医学
62巻10号 (2020年10月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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