精神医学 62巻9号 (2020年9月)

特集 周産期メンタルヘルスの今

特集にあたって 尾崎 紀夫
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 新たな生命を授かる妊娠・出産は,妊産婦やその家族にとってきわめて喜ばしい事柄である一方,周産期は精神疾患の発症や再発が生じやすく,さらに欧米では妊産婦の自死が重大な問題として取り上げられてきた。2017年わが国でも,自死を遂げた妊産婦は東京23区で2005〜14年の10年間に計63人(妊娠中20人,産後43人)に上り,周産期死因の約7割を自死が占めており,10万人妊産婦あたり8.5人と諸外国と比してきわめて高いことが報告された。本報によると,自死を遂げた妊産婦の約半数は何らかの精神疾患として加療を受けており,周産期における精神疾患の再発・悪化が自死のきっかけとなった可能性が考えられる。また未治療群の約半数は育児に関する悩みを周囲が確認して,受診を勧めていたが,本人が精神科診療を拒否して自死に到っていた。

 妊産婦の主要死因は精神障害を背景とする自死であること,加えて児の養育環境への影響も鑑みると,妊産婦の精神障害対策は喫緊の課題である。このような背景のもと,2017年に改訂された「自殺総合対策大綱」に妊産婦への支援の重要性が明記され,同年から産後うつ病健診事業が開始された。2018年発表された「成育基本法」で妊産婦の心身の健康を確保することの重要性が盛り込まれ,第7次地域医療計画には,「精神疾患を合併した妊産婦への対応ができる総合周産期母子医療センター」の整備が明記され,同年の診療報酬改定でも精神疾患併存の妊産婦にかかわる連携指導料や妊娠・分娩管理加算が新設された。

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抄録 周産期はうつ病など,精神障害の発症・再発リスクが高いことが知られている。特に分娩後,胎盤が娩出されるとエストロゲンが急速に低下するため,さまざまな精神症状がみられやすくなる。母体の精神疾患は周産期の予後の悪化に関連し,産前のうつおよび抗うつ薬の服用は早産,出生体重の減少,新生児の易刺激性などの関連も示唆されている。さらに妊産婦のメンタルヘルスの課題は本人のみならず,児の養育にも大きな影響を及ぼす。最も悲劇的な形として自殺があり,妊産婦における自殺の原因としてはうつ病が最も多く,それ以外に統合失調症などの精神疾患も背景にある。薬物療法によってわずかに上昇する周産期のリスクに比べて治療で得られるメリットのほうが大きい。精神疾患を有する妊産婦に対してはプレコンセプショナルケアが有用であり,多職種が連携してできるだけ妊娠前から周産期管理を行うことが望ましい。

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抄録 精神的な問題あるいは障害を有する妊産婦については,第一発見者が産婦人科医師あるいは助産師であり,事例の発見から精神科医あるいは行政担当者への連絡に至るまで,各場面で対応に苦慮する例が多い。このような背景から,『産婦人科診療ガイドライン産科編2020』では「妊娠中における精神障害ハイリスク妊産婦の抽出法とその対応は?」「産褥精神障害の取り扱いは?」のCQ & Aを収載し,産婦人科医・助産師が妊婦健診時/産褥健診時に精神面の表出に留意することを求めている。大分県においても,「大分県ペリネイタルビジット事業」と「ヘルシースタートおおいた」を通じて,多職種連携による母子の身体的・精神的サポートを重要な項目と位置付けて活動している。ハイリスク妊産婦に対しては,「ペリネイタルビジット・ヘルシースタート合同専門部会」において産科・小児科と県内各市町および県の担当課,さらに精神科や児童相談所が一同に会して支援策を討論し,ハイリスク妊産婦では要保護児童対策地域協議会のもとで個別ケース検討会議へと直結させ,より有効な対策を講ずるよう努力している。

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抄録 親子保健において,妊娠中および産後の親子にはさまざまな職種・機関がかかわる。また,周産期メンタルの支援において,精神科でできることも限られている。それゆえ,周産期メンタル対応では精神科の診察室での治療だけでサポートが完結せず,親子保健のさまざまな職種との連携が必要となることが多い。本稿では,周産期メンタルにおけるそれらの職種・機関との連携について,連携を求められたときの対応およびアウトリーチ的な観点から述べる。連携にあたっては,診察室の中だけにとどまることなく,適宜アウトリーチして地域の親子保健に自ら積極的にかかわっていくことも大切と考えられる。周産期メンタルヘルスや児童精神医学を専門とする精神科医だけでなく,一般成人臨床を専門とする精神科医も周産期メンタルヘルスケアや親子保健に関与することで,地域の家族のさまざまな精神的な問題の一次予防,二次予防,三次予防に大きく寄与すると考えられる。

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抄録 周産期は,うつ病をはじめとする精神疾患の発症や再燃・再発が高率に認められ,妊産婦の生活の質や自死,さらには子への虐待リスクとも関連することから,早期発見,早期介入が求められる。2017年より産婦健康診査事業においてエジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)が導入された。我々はすでに産科と精神科が協働する体制を構築していたが,産婦健診にEPDSが導入されるのを契機として,妊娠中の外来でのかかわりから始まり,病棟でのケア,産後の外来でのフォローという流れを作りながら,その体制を拡充することとした。加えて,診療報酬でも要請されている地域ケア会議を開催し,地域との連携に努めている。本稿では,名古屋大学医学部附属病院における実践を紹介したが,母子保健と精神保健の連携のためには,さらなる連携実績の蓄積が必要となることを述べた。

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抄録 遺伝カウンセリングとは,疾患の遺伝や遺伝性に関する相談を受け,正確な情報を提供した上で相談者(クライアント)とその家族が自ら納得できる選択を自律的に行っていくことを支援する場であり,そのプロセスであるとされている。現在の遺伝カウンセリングは,かつての優生学への反省を礎とする,ヒトの多様性への理解を促し,個々人の自律と自由意思を尊重する学問であり臨床実践である。妊産婦への遺伝カウンセリングで最も多いのは,胎児の状況を予測する出生前検査についての情報を整理して伝えた上で,どんな検査を何のために希望するのか・あるいはしないのかを話し合っていくケースである。他に,主に疾患の領域別に妊産婦への遺伝カウンセリングについてエッセンスのみとなるが可能な限り述べた。

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抄録 周産期は,親という役割を担う移行期であり,身体だけではなく,こころも環境も大きく変化し続ける心理的負担の大きい時期と考えられる。そのため,周産期においては約6〜12%の妊産婦がうつ病を発症する。周産期の抑うつ症状に対して,認知行動療法の理論に基づいたケアが有効であるが,国内において,その技術を学ぶ機会はいまだ乏しい。そこで,私達は,周産期に関わる多職種が認知行動療法の技法を学び,臨床で活用できるように,周産期メンタルヘルスに対する認知行動療法研修会を国内に普及すべく活動している。本稿では,この活動を踏まえ,抑うつ症状を呈した妊産婦に対する,認知行動療法の理論に基づくケアの方法を概説する。

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抄録 出生コホート研究(birth cohort study)とは,出生前の胎内環境までを含めた曝露を検討した追跡調査のことを言い,胎内環境がどのように出生後長期にわたり健康に影響を与えているかを明らかにするための研究方法である。東北メディカル・メガバンク計画では,東日本大震災後の宮城・岩手両県の住民の長期健康支援と次世代型医療構築を目標とした本格的ゲノムコホート研究を実施している。1つは20歳以上の地域住民を対象とした地域住民コホート調査であり,もう1つは妊婦およびパートナー,それぞれの両親,そしてその子をリクルートする三世代コホートである。後者のアドオンコホートとして,産後うつの克服と妊娠・出産・育児に伴う心の健康向上を目指すことを目的としたスマイリー・マミー・プログラムを実施している。今後これらのコホート研究から新たな知見が蓄積され,各個人のゲノム情報が規定する個体差を考慮した上での個別化予防や個別化医療の開発が望まれる。

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抄録 産後うつ病は,分娩後2週間以上持続し,日常生活に支障を来す抑うつ症状であり,約10〜15%の女性が産後うつ病を発症する。また選択的セロトニン再取り込み阻害薬などの既存の抗うつ薬では十分な効果が得られない患者も多い。多くの研究から,産後うつ病の発症には,GABA受容体サブタイプAのアロステリック調節因子である内因性神経ステロイドallopregnoloneの異常が関与していることが報告されている。2019年3月に米国食品医薬品局は,allopregnoloneの静脈注射剤brexanoloneを産後うつ病の治療薬として承認した。本稿では,うつ病の病因におけるallopregnoloneの役割,静脈注射剤brexanolone,および現在,第三相臨床試験中の新規経口治療薬SAG-217について述べる。

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抄録 多くの女性は妊娠期および産後に抑うつ症状を経験する。これら周産期における抑うつの早期発見・治療は非常に重要であるが,妊娠期・産後の定期検診での診断・治療は難しい。周産期におけるうつ病の診断ができるバイオマーカーの同定が求められている。抑うつ症状は妊娠中の炎症性病的状態を伴う。うつ病の発症に炎症によるトリプトファン代謝の変化が関連することが注目されている。本総説では妊娠・分娩による血漿中トリプトファン代謝産物の変化と妊産婦の抑うつ症状との関連について紹介する。エジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)に基づき,被験者を非抑うつグループ,産後抑うつグループ,妊娠期抑うつグループおよび持続的抑うつグループに分け,妊娠中と産後における血漿中トリプトファン代謝産物量を測定した。産後抑うつグループにおいて,妊娠期の血漿中キヌレニン(KYN)およびキヌレン酸(KA)濃度,KYN/TRPとKA/KYN比率の高値,産後の血漿中3-ヒドロキシアントラニル酸(3HAA)濃度の低値が認められた。

 以上の結果より,妊娠期の血漿中KYNおよびKA濃度,KYN/TRPとKA/KYN比率は産後うつ病の予測バイオマーカーとして,産後の血漿中3HAA濃度は産後うつ病の診断バイオマーカーとして有用性が期待される。

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抄録 本研究は,文章完成法テスト(SCT)の精神科医療現場における活用可能性を拡げるために,人工知能システムであるIBM WatsonTM Personality Insightsを用いて記述データからのパーソナリティ解析を試みた。統合失調症患者(n=89)のSCTの記述から,希死念慮を持つ患者の特徴をどのように推定し得るかを検討するために,希死念慮を持つ群とそうでない群の記述のスコアを比較した。その結果,ビッグファイブパーソナリティ尺度の不安感の高さ,大胆さ・活発性・陽気さの低さ,自己規律の低さという特徴が示され,先行知見とおおむね一致する結果がテキストデータから推定された。直接的な訴えが難しい状態にある患者に対して,文章の特徴からリスク状態の可能性をスクリーニングできるような活用への発展が期待される。

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抄録 双極性障害において生活のリズムは病相の再発に関連する。しかし,概日リズムの乱れを睡眠以外の側面を含めて包括的に評価するツールは日本において存在しない。本研究では,概日リズムの乱れを5つの側面(睡眠・活動・社会リズム・食事・主な生体リズム)から評価する尺度である,Biological Rhythms Interview of Assessment in Neuropsychiatry(BRIAN)を翻訳し,その信頼性と妥当性の検討を行った。健常者95名と双極性障害患者58名を対象に信頼性と妥当性の検証を行った結果,十分な再検査信頼性(ICC=.68-.80)と,原版BRIANと同程度の構成概念妥当性が示された(PSQI:ρ=0.60,MEQ:ρ=−0.54)。今後,BRIAN日本語版は気分障害の臨床評価や心理支援などの側面において臨床上有用なツールとなることが期待される。

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 『カプラン臨床精神医学テキスト第3版』という成書があるが,そちらは1,600頁を超える大著で,百科事典的な位置付けである。そのエッセンスをハンドブックにしたのが本書である。

 DSM-5に準拠した形で,各論も網羅的でありながら,診断から治療までコンパクトに整理されている。医学部生や研修医だけでなく専門医であっても,通常の診療を振り返るのに使い勝手の良いものになろう。物質関連障害および嗜癖性障害群の章に多くの紙面を割き,また肥満とメタボリックシンドロームといった章や精神薬理学の章でも栄養補助食品も併せて取り上げられており,米国の健康問題・健康意識が,精神医療の現場においても,密接にかかわっていることを垣間見た気がした。また,臨床上のちょっとしたコツを示した「臨床のヒント」というコラム的なコンテンツには,米国ならではの内容も書かれてあり,米国における精神医療で実践されている知識が伝わってくる。これらの米国の問題がすぐに日本に入ってくるとは限らないが,イメージを抱いて問題意識を持っておくことは重要なことであり,大いに参考になるはずである。

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精神医学
62巻9号 (2020年9月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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