精神医学 60巻10号 (2018年10月)

特集 こころの発達の問題に関する“古典”をふりかえる

特集にあたって 金生 由紀子
  • 文献概要を表示

 近年,発達障害をはじめとするこころの発達の問題についての関心が高まっているが,それらの原型は,症例(または症例シリーズ)の卓越した記述に基づくことが多い。そこで,そのような症例報告を含めて,こころの発達の問題に関する“古典”ともいうべき論文または書籍を取り上げて,その概要を紹介しつつ,現在からふりかえって考察を加えて,今後の展望を論じるという特集を企画した。

 その際に,自閉スペクトラム症については,最もオーソドックスなものとして,Leo Kannerによる「情緒的交流の自閉的障害」およびHans Aspergerによる「自閉的精神病質」を取り上げていただくようにお願いしたが,それ以外については各筆者に“古典”と思われる文献を選択いただくことにした。自身の担当したトゥレット症候群についてはGilles de la Touretteの論文に尽きると考えていたこともあり,他についても極め付きの1編に絞られるかと思っていたが,必ずしもそうではない。疾患によって,筆者によって,“古典”の選択の仕方やその料理の仕方が異なるのを味わっていただける特集になっている。その中でも,「御伽草子」の「物くさ太郎」から始まるADHD,昭和15年刊行の「児童心理学」というわが国の書籍も取り上げている限局性学習症に関する記述は,それらが認識されるようになった歴史を浮かび上がらせて興味深い。それ以上に,Rene Spitzによる「依存抑うつ」,Leon Salzmanによる「強迫パーソナリティ」,John Bowlbyによる「愛着と喪失」3部作が引き続いて取り上げられているのは壮観と言えよう。また,“古典”と現在の診断基準を比較して,強迫と不安との関係,さらには,摂食障害と過活動や過剰適応的振る舞いとの関係にあらためて焦点が当てられている。

  • 文献概要を表示

はじめに

 1943年に発刊された標題のKanner論文は,既存の疾患では説明できない特徴を有する児童症例11名を,「情緒的交流の生来的自閉的障害」として報告した最初の論文である。これ以降,それまでそれと気付かれていなかった自閉症児はその名前のもとでその姿を現したという意味で,Kannerに発見された。論文発表から75年経た今日もなお,自閉症というと枕詞のように引用されるのは,単に最初の報告であっただけでなく,正統的な記述的精神医学の方法に則りつつも,卓越した洞察力と観察力で子どもたち自身の姿を生き生きと描いているからであろう。Michael Rutterの言葉を借りると,「他人の業績の真価を認めるが権威には追従しない。学究的ではあるが個人には適切な思いやりをもっている。資料は豊かでしかも興味深く書かれている」(文献8)の前書きより)というKannerならではの味わいは,本論文からも十分に感じ取ることができるであろう。

 本稿では,まず本論文の概要を示し,その疾病論と病因論について考察を行い,研究および臨床における示唆を述べる。

  • 文献概要を表示

はじめに

 周知のとおり,現在の自閉スペクトラム症(DSM-5)にほぼ相当する特徴を持った子どもの系統的な報告は,Kanner L(1943年)10)とAsperger H(1944年)2)による記述に始まる。このうちAspergerの報告例は,Wing L(1981年)16)によって「アスペルガー症候群」という名称のもとに再考察され,これが成人の自閉スペクトラム症への注目を喚起し,ICD-10(1992年)やDSM-Ⅳ(1994年)の診断体系に大きな影響を与えた。その結果,「アスペルガー症候群(ICD-10)」17)ないし「アスペルガー障害(DSM-Ⅳ)」1)の名称と診断基準は,多くの臨床家に認知され,それは学校や職場のメンタルヘルス場面でも知られるところとなった。

 しかし原著者のAspergerが,自身の症例群をどのように捉え,どのような思いで報告したのかは,意外に知られていないのではなかろうか。彼は,自身の体験した学童期の症例群を,「小児期の自閉的精神病質者(die “Autistischen Psychopathen” im Kindesalter)」という名称で発表したが,彼の症例に対する鋭い観察力と臨場感豊かな表現力,そして治療や教育まで含めた真摯な姿勢は,我々に症例群の「一人の人間」としての理解の仕方を示してくれる。つまり患児の,(疾患分類や診断操作を超えた)基本病態をあらためて認識させてくれるのである。

 とは言っても,彼が使用した「自閉的精神病質」という用語は,今日では「人格障害(パーソナリティ障害)」圏の名称と理解され,違和感を覚える読者も少なくなかろう。そしてこの名称が,その後,諸家によるさまざまな議論を喚起したことも事実である。

 本稿では,「アスペルガー症候群」と呼ばれる一群の基本病態を,Aspergerの生き生きとした記述を紹介しながらふり返ってみたい。また彼の「自閉的精神病質」が,その後どのように捉え直され,その過程で疾患概念がどう変容していったのかを簡潔にまとめてみたい。なお,Aspergerの論文,『小児期の自閉的精神病質』(1944年)の紹介にあたっては,高木隆郎訳2)を使用する。

  • 文献概要を表示

はじめに

 Attention deficit hyperactivity disorder(ADHD)は子どもの発達障害として今日認識されているが,多動・衝動,不注意といった課題は子どもにおいて一般的にみられる状態である。それが,就学困難な障害レベルで認められることが発達障害の中での位置付けである。障害化は患児の病態それ自体と,環境要因の相互に基づくものであることは言うまでもない。本障害が疾病(disease)ではない所以である。このため古典的文献の中で類似の病態の記載があるからと言ってそれがすぐにADHDの古典であると言えるかは疑問がある。そこで本論では,まず障害以前の「様態」としてのADHDの古典を提示したい。その後,現在のADHDの診断基準と近接される「病態」を含んだ古典文献を取り上げるとともに,その存在を際立たせるために,ADHDを社会文化的に側面からも検討し,「覧古考新」としての古典の意義を明らかにしたい。

  • 文献概要を表示

はじめに

 本稿では,限局性学習症と,発達性協調運動症を扱う。この2つは教育の場で問題になることから,教育学の古典に詳しく記載がありそうだが,意外にそうでもない。教育学の古典では,むしろ現在の注意欠如多動症(ADHD)に関連する問題行動を呈する児童について詳述されていることが多い。ADHDは教師や集団の負担になるものの,限局性学習症と発達性協調運動症は個人間に相互の影響を及ぼすものではなく,個人内の問題であることから,あまり重視されていなかったかと思われる。とは言え,この分野は医学だけでなく,教育学でも対象にされるものであることから,その両方の側面から,紹介をしていきたいと思う。

  • 文献概要を表示

はじめに

 歴史的にみると1950年頃までは,子どもには本格的なうつ病は存在しないという考えが多くの精神科医の共通認識であった。子どもには自責感や罪業感を形成するほどの超自我が育っていないため,大人と同じうつ病は存在しないという精神分析学の考え方が主流であったからである。

 しかし,精神分析家の中でも,1940年代から米国のRene Spitz4)は乳児院で育てられた乳幼児を観察し,その一部が社会的かかわりから引きこもり,体重が減少し,睡眠障害を持つこと—それは今日では喪失体験の後に抑うつ的となる状態と酷似している—を見出し,その状態を「依存抑うつ(anaclitic depression)と呼んだのである。また,1950年代から英国のJohn Bowlby1,2)は,子どもと母親の結合と分離に関する一連の研究を行い,母親と子どもが長期間あるいは永久に別れる体験をすると,乳児の反応は「抗議」と「絶望」の段階を経て,「離脱」の段階へ移行することを見出した。その過程において,母親との別離によって子どもに抑うつ状態が引き起こされることが認められた。このように乳児においても悲嘆(grief)と喪(mourning)という大人と同じ一連の心理過程が認められると考えたのである。

 本稿では,Spitzの論文「Anaclitic Depression:An Inquiry into the Genesis of Psychiatric Conditions in Early Childhood, Ⅱ」4)を中心に紹介したい。さらに,Bowlbyの著作のいくつかを参考にして,母子分離の体験が子どもの情緒にどのような影響をもたらすのかについて検討し,子どものうつ病との関係について考察したい。

  • 文献概要を表示

はじめに

 強迫症(obsessive compulsive disorder:OCD)は従来,強迫“神経症”とされていた通り,発症には心理的な要因が強く影響していると考えられていた。また,過度に几帳面,完璧主義,細かいことにこだわる,融通が利きにくいなどの性格は強迫性格と呼ばれ,強迫症の病前性格としてよく用いられていた。しかし,昨今では強迫症患者の病前性格は一様ではないと考えられており(たとえば,不注意さを主訴とする注意欠如・多動症の患者における強迫症の併存などはその代表と言えるかもしれない),心理的,社会的,生物学的要因が複合的に組み合わさって発症に至ると理解されている13)。よってevidence-based practiceにおいては,強迫症状に焦点化された議論が進み,強迫症の病前性格についてはうつ病におけるメランコリー親和性と同様,あまり注目されなくなってきている。しかし,実際の臨床においては強迫症患者の背景にある特有の性格傾向や気質について吟味・検討をすることは十分に意義があると思われ,今回は強迫症の病前性格についてまで論述した『強迫パーソナリティ』14)を題材に取り上げることとした。

  • 文献概要を表示

はじめに

 Bowlbyの“愛着対象とその喪失”3部作は1969年,1972年,1980年の11年にわたって刊行された。

 これに先だつ重要な業績として,1944年に発表した素行症の子どもたちにみられた情緒交流の障害(affectionless psychopaths)と幼児期の母親との分離体験についての報告がある5)。これは現在の反応性アタッチメント障害と脱抑制性対人交流障害の診断概念の先駆けとなる重要な論文である12)。この1944年はKannerおよびAspergerが,それぞれ自閉症の概念化についての論文を発表した年でもあり,児童精神医学の古典が次々に生み出された年でもある。この論文の背景には第2次大戦中の疎開政策による母子分離の後,里親に委託された子どもたちの示した情緒・行動上の問題の治療や支援の臨床実践がある。同時期にWinnicottもまた里親や里親宅での対応が難しくなった子どもが保護された治療施設のスタッフ,そして終戦後には疎開していた子どもを迎える養育者の支援にかかわった。Bowlbyがその臨床実践と概念化に受けた影響の大きさは,3部作の中でも触れられ,Winnicottによる病的な悲哀の治療ケースPeterが取り上げられている。この報告以降,Bowlbyの母性剥奪(maternal deprivation)が子どもの情緒発達に与える影響についての臨床的関心は一貫し,WHO顧問として行った母性的養育と精神保健についての調査は1952年のモノグラフに結実した6)。また,Bowlbyが精神分析家として臨床に従事していたタビストッククリニックの児童相談外来で,同じくソーシャルワーカーとして臨床にあたっていたJames Robertsonと協働して小児病院に母親と分離して入院中の子どもたちが示す情緒的反応についての訪問調査を行った。その研究で用いられた情緒的な反応を経時的に記録した撮影フィルムを用いたアドボカシー活動は,小児医療の治療環境における母子分離について大きなメッセージを持つ国際的な業績へと結実し,社会的な賞賛を得た7)。その一方で,英国精神分析学会における発表では乳幼児における悲嘆や抑うつに関する彼らの理論と他の精神分析的発達理論との相違について多くの批判や質問がなされ,その後も活発な討論が続いた。

 3部作の11年にわたる刊行の過程で関連領域の新たな知見が付け加えられ,すでに発表された巻についても新たな観点からの改訂や増補がなされていった。この意味で3部作の記述には前方視的な探索と進化および後方視的な内省と遡行の過程が重層的に共存している。特に第3巻の悲哀と抑うつ(Loss:Sadness and Depression)ではライフサイクルの観点を提示し,あえて成人期の事例から乳幼児期へとさかのぼる構造となっている。本稿でもこれに倣い,第3巻から第1巻へと遡るかたちで,現在の児童精神医学の臨床と研究の観点から読み解いていきたい。

トゥレット症候群 金生 由紀子
  • 文献概要を表示

はじめに:トゥレット症候群の現在の位置付け

 現在,トゥレット症候群は,チックという運動症状で定義される症候群であると同時に,DSM-5では,神経発達症群に含まれており,発達障害という位置付けである1)。診断にあたっては,多彩な運動チックおよび1つ以上の音声チックという症状と1年以上の持続期間が必要とされている。ICD-11の最終案でもほぼ同様な診断基準が提示されているが,運動チックについては複数が必要とはされていない25,26)。また,ICD-11では,その位置付けもDSM-5といくらか異なっている。すなわち,神経疾患の中の運動障害としての診断が優先されつつも,神経発達症群の中の一次性チックまたはチック症群に含まれるし,強迫症(obsessive-compulsive disorder:OCD)または関連症群の中にもトゥレット症候群が明記されている23,25)

 このような運動障害でも発達障害でも強迫関連障害でもあるという最新の位置付けを念頭に置きつつ,Gilles de la Touretteの論文11,12)をふりかえって,最近の総説も含めて現在までに得られている知見と照合して論じたい。

摂食障害 宮脇 大 , 後藤 彩子
  • 文献概要を表示

はじめに

 神経性やせ症(anorexia nervosa:AN)や神経性過食症(bulimia nervosa:BN)などの摂食障害は児童青年期の女性に好発する,死亡率の高い精神障害である。ANは,痩せ願望,肥満恐怖やボディイメージの障害などのため摂食制限,あるいは過食しては嘔吐するため著しいるい痩を来す。そして,進行に伴ってさまざまな飢餓性の身体および精神症状を生じる症候群である。BNは,短時間に大量の食物を摂取し,その後自己誘発性嘔吐,下剤の乱用や摂食制限などにより体重増加を防ぐ。体重はANほど減少せず正常範囲内で変動し,過食は自制できない感覚を伴っており,過食後に無気力感,抑うつ気分,自己卑下を伴う症候群である7)

 近年,摂食障害は,美や成功の象徴としてダイエットが流行するようになった時代を反映した現代病であるとしばしば評されている。しかし,病理的な摂食行動は,AN概念が誕生するより遥か以前から,それぞれの社会文化と密接に結びついた形で現れていた。本稿では,ANおよびBNに関する古典を通じて,その概念の変遷を紹介し,その意義を考察する。

  • 文献概要を表示

抄録 当院は茨城県内唯一の産科と精神科病床を有する病院であり,精神科合併妊婦の殆どが当院で出産している。2015年1月から2016年6月までに当院で出産した精神疾患合併妊婦77名を対象に,精神科診断,向精神薬中断,自殺企図歴と周産期における精神症状増悪との関連性について検討した。精神症状悪化の頻度は,統合失調症および気分障害が神経症圏より高かった。向精神薬中断については,統合失調症では中断例全例,気分障害では中断例の4割が悪化し,特に統合失調症では薬物療法の継続が重要と考えられた。妊娠前1年以内に自殺企図歴がある例は全例で周産期に精神症状の悪化を認め,精神症状が不安定である可能性がきわめて高いことがうかがわれた。

  • 文献概要を表示

抄録 非精神病性の併存症や機能低下を伴うアットリスク精神状態(at-risk mental state:ARMS)への介入について,事例を通して検討する。事例は精神病を疑われ専門外来を受診した20代女性で,社会的状況の変化に伴い社交不安,強迫,対人関係の問題が悪化した後に抑うつを呈し,ARMSに至る経過を繰り返した。弱い精神病症状よりもむしろ,苦痛につながる情緒的問題,社会適応に焦点を当て,心理療法を重点的に実施した。経過中,精神病に移行することはなく,最終的に症状や機能の改善を得た。ARMSの枠組みを用いることで,必ずしも精神病の発症を前提としない多様な予後を想定し,回復可能性に焦点を当てた治療,患者にとって重要な問題を優先的に扱う治療が可能だった。

  • 文献概要を表示

抄録 出生体重が1,500g未満のLBW児の18カ月時のASD特性について,M-CHATを用いNBW群との比較を行った。陽性児の割合はNBW群の12.9%に比べ,LBW群は32.3%と2.5倍高かった。LBW群の中でも脳室拡大・IVH・PVLの脳病変に関する医療リスクをもつLBW児における陽性児は50%と高い割合であった。項目別の比較検証でNBW群との通過率の差が有意にみられた項目は,7.要求の指さし,9.物の提示,17.視線追随,21.言語理解,であった。これらの項目は後の対人スキルや言語スキルとも関連があることや,共同注意のような社会的コミュニケーション行動であることからも,社会的発達に関して幼児期から続くフォロー体制の必要性が示唆された。

  • 文献概要を表示

はじめに

 褥瘡は,活動性低下などによって圧迫された部位が循環障害を起こし,低栄養や低酸素による全身性の要因が組織の壊死を促進することで発生する。したがって褥瘡治療は,基礎疾患の治療,栄養管理,体位変換,創傷治癒などの対策が必須である。栄養補助食品であるアルジネード®は1本(125ml)あたりのエネルギーが100Kcalで,アルギニンが2,500mg,ビタミンCが500mg,亜鉛が10mg含有されている。今回,アルツハイマー型認知症患者の難治性褥瘡に対し栄養補助食品であるアルジネード®を使用し下肢切断を免れた症例を経験した。

--------------------

目次

次号予告

編集後記
  • 文献概要を表示

 本号は,こころの発達や発達の経過にまつわる話題が大半を占めています。こころの発達の問題に焦点を当てた特集が組まれているので当然かもしれませんが,それだけではありません。

 発達の経過に沿ってみると,まず,出生時体重が1,500g未満である低出生体重児が1歳6か月時に示す自閉症スペクトラム特性について,標準出生体重児と比較した報告があります。低出生体重児が認知や行動上の困難を示しやすいと知られてはいたものの,自閉スペクトラム症(ASD)をはじめとする発達障害との関連での系統的な検討は重要であり,今後も進めることが望まれます。次に,不安や強迫などを呈してアットリスク精神状態(ARMS)と判定されたが,本人の気持ちに寄り添いつつ心理教育や認知行動療法を進めてよい転帰を得た症例が紹介されています。ARMSから精神病に発展せずに機能回復を果たした報告ということですが,リスクのある青年の発達支援とも理解でき,救難信号としてのARMSの意義を示しているようです。さらに,精神疾患合併妊婦の周産期における精神症状の増悪に関連する要因を検討した研究があります。平成28年の児童福祉法改正に伴って,養育上の公的支援を妊娠中から要するような環境にある妊婦を特定妊婦とし,支援をいっそう積極的に進めることになってきた流れの中で,先進的な臨床活動を基盤にした,示唆に富む論文です。

基本情報

04881281.60.10.jpg
精神医学
60巻10号 (2018年10月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

文献閲覧数ランキング(
9月9日~9月15日
)