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はじめに
周知のとおり,現在の自閉スペクトラム症(DSM-5)にほぼ相当する特徴を持った子どもの系統的な報告は,Kanner L(1943年)10)とAsperger H(1944年)2)による記述に始まる。このうちAspergerの報告例は,Wing L(1981年)16)によって「アスペルガー症候群」という名称のもとに再考察され,これが成人の自閉スペクトラム症への注目を喚起し,ICD-10(1992年)やDSM-Ⅳ(1994年)の診断体系に大きな影響を与えた。その結果,「アスペルガー症候群(ICD-10)」17)ないし「アスペルガー障害(DSM-Ⅳ)」1)の名称と診断基準は,多くの臨床家に認知され,それは学校や職場のメンタルヘルス場面でも知られるところとなった。
しかし原著者のAspergerが,自身の症例群をどのように捉え,どのような思いで報告したのかは,意外に知られていないのではなかろうか。彼は,自身の体験した学童期の症例群を,「小児期の自閉的精神病質者(die “Autistischen Psychopathen” im Kindesalter)」という名称で発表したが,彼の症例に対する鋭い観察力と臨場感豊かな表現力,そして治療や教育まで含めた真摯な姿勢は,我々に症例群の「一人の人間」としての理解の仕方を示してくれる。つまり患児の,(疾患分類や診断操作を超えた)基本病態をあらためて認識させてくれるのである。
とは言っても,彼が使用した「自閉的精神病質」という用語は,今日では「人格障害(パーソナリティ障害)」圏の名称と理解され,違和感を覚える読者も少なくなかろう。そしてこの名称が,その後,諸家によるさまざまな議論を喚起したことも事実である。
本稿では,「アスペルガー症候群」と呼ばれる一群の基本病態を,Aspergerの生き生きとした記述を紹介しながらふり返ってみたい。また彼の「自閉的精神病質」が,その後どのように捉え直され,その過程で疾患概念がどう変容していったのかを簡潔にまとめてみたい。なお,Aspergerの論文,『小児期の自閉的精神病質』(1944年)の紹介にあたっては,高木隆郎訳2)を使用する。
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