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はじめに
Bowlbyの“愛着対象とその喪失”3部作は1969年,1972年,1980年の11年にわたって刊行された。
これに先だつ重要な業績として,1944年に発表した素行症の子どもたちにみられた情緒交流の障害(affectionless psychopaths)と幼児期の母親との分離体験についての報告がある5)。これは現在の反応性アタッチメント障害と脱抑制性対人交流障害の診断概念の先駆けとなる重要な論文である12)。この1944年はKannerおよびAspergerが,それぞれ自閉症の概念化についての論文を発表した年でもあり,児童精神医学の古典が次々に生み出された年でもある。この論文の背景には第2次大戦中の疎開政策による母子分離の後,里親に委託された子どもたちの示した情緒・行動上の問題の治療や支援の臨床実践がある。同時期にWinnicottもまた里親や里親宅での対応が難しくなった子どもが保護された治療施設のスタッフ,そして終戦後には疎開していた子どもを迎える養育者の支援にかかわった。Bowlbyがその臨床実践と概念化に受けた影響の大きさは,3部作の中でも触れられ,Winnicottによる病的な悲哀の治療ケースPeterが取り上げられている。この報告以降,Bowlbyの母性剥奪(maternal deprivation)が子どもの情緒発達に与える影響についての臨床的関心は一貫し,WHO顧問として行った母性的養育と精神保健についての調査は1952年のモノグラフに結実した6)。また,Bowlbyが精神分析家として臨床に従事していたタビストッククリニックの児童相談外来で,同じくソーシャルワーカーとして臨床にあたっていたJames Robertsonと協働して小児病院に母親と分離して入院中の子どもたちが示す情緒的反応についての訪問調査を行った。その研究で用いられた情緒的な反応を経時的に記録した撮影フィルムを用いたアドボカシー活動は,小児医療の治療環境における母子分離について大きなメッセージを持つ国際的な業績へと結実し,社会的な賞賛を得た7)。その一方で,英国精神分析学会における発表では乳幼児における悲嘆や抑うつに関する彼らの理論と他の精神分析的発達理論との相違について多くの批判や質問がなされ,その後も活発な討論が続いた。
3部作の11年にわたる刊行の過程で関連領域の新たな知見が付け加えられ,すでに発表された巻についても新たな観点からの改訂や増補がなされていった。この意味で3部作の記述には前方視的な探索と進化および後方視的な内省と遡行の過程が重層的に共存している。特に第3巻の悲哀と抑うつ(Loss:Sadness and Depression)ではライフサイクルの観点を提示し,あえて成人期の事例から乳幼児期へとさかのぼる構造となっている。本稿でもこれに倣い,第3巻から第1巻へと遡るかたちで,現在の児童精神医学の臨床と研究の観点から読み解いていきたい。
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