臨床検査 47巻11号 (2003年10月)

特集 プロテオミクスに向かう臨床蛋白質検査

序文

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 臨床蛋白質検査は臨床化学のsubspecialityで,電気泳動法や抗原抗体反応による質量濃度分析と,抗体活性,酵素活性に代表される機能評価などを主な方法論とする.一部病理形態検査も範疇におさめ,精度保証システムの充実と信頼性の高い測定分析システムの確立により,健常者,患者を対象に動態分析を行い,病態検査上の意義を追及してきた.

 細胞内外のすべての蛋白質を網羅的に機能解析するプロテオミクスにより,臨床蛋白質検査は大きな夢と活性をもって新たに生まれ変わろうとしている.それはヒトゲノムの解読とポストゲノム研究の興隆により,生命活動の大部分を担うすべての蛋白質が一気にもたらされ,相互間作用も含めすべての蛋白機能の解明に大きな道筋が開かれたことによる.そのめざすところは,高スループットの方法論とバイオインフォマティクスに裏打ちされたすべての生命活動のプロテインプロフィルの実現であり,言い換えれば,すべての細胞,組織,臓器から生体全体に至る蛋白機能の統合化を縦軸に,個体の誕生から死の瞬間に至るまでの秒単位の時間軸を横軸として織りなす,生体生命活動シミュレーションの壮大な世界の登場にほかならない.ここから遠望される未来の医学・医療は,少なくともすべての学問領域との融合,統合を繰り返しながら,個人の一生のテーラーメイド健康管理,健康保持に中心をなすことが期待される.遺伝子と環境因子にまたがるありとあらゆる個人情報データファイルが集積され,すべての研究領域からの成果がプロテオミクスへと集約されて,50年~100年のスパンで人がヒト自身の心と体を深く学び知る時代へと進展して行くと思われる.

1章 プロテオミクスの基礎

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はじめに

 ゲノム遺伝子によって合成される多種類の蛋白質ひとそろいをプロテオームと呼ぶようになって数年が経過した.いま,ゲノム解析の成果を利用しながらプロテオームを構成する多数の蛋白質の機能や機能的なつながりをハイスループットな分析方法を用いて明らかにし,生命現象を統一的に理解しようとするプロテオーム研究に大きな関心が寄せられている.医療,創薬の分野では,新規な診断マーカーや創薬ターゲット分子を見いだすために,プロテオーム解析の手法を用いて疾患や環境,薬物などによって発現が変動する蛋白質を検出し,その働きを解明しようとする研究が精力的に進められている.本稿では,プロテオームやプロテオミクスの概念とプロテオーム解析に用いられるいくつかの技術について概略を述べることにする.

 「プロテオーム」は「ゲノム」に対応することばとして1995年に誕生した.ゲノムが機能的に調和のとれた生活を営むのに必要な最小限の遺伝子群ひとそろいを指すのに対して,プロテオームはそのゲノムに含まれる遺伝子によって合成される多種類の蛋白質ひとそろいを指している.1990年代に本格的に始まったゲノム遺伝子の塩基配列の分析は10年ほどの間で飛躍的に進展し,ヒトをはじめとする多くの生物でゲノム遺伝子の全塩基配列が明らかにされた.この解析で,例えばヒトではゲノム中に約3万1千の蛋白質をコードする遺伝子が含まれていることがわかった.これはヒトのプロテオームには少なくとも3万1千の蛋白質が含まれることを示している.ゲノム解析によって存在が予測されたこれらの蛋白質の機能を既存のデータベースを検索して調べると,すでに機能が明らかにされているものは50%程度に過ぎないことがわかる.ヒト以外の生物でもこの状況は類似しており,機能が未知の蛋白質の割合は極めて高い.そのため,これからは機能が明らかにされていない多数の蛋白質の機能を解明するとともに,生体マシーナリーを構築する蛋白質群の機能的なつながりを明らかにし,生命現象を統一的に理解しようとする研究,すなわち,プロテオーム研究を推進することが重要であると考えられるようになった.

 プロテオーム研究によって,生物の増殖分化,成長,老化といった生命の基本現象にかかわる蛋白質が多数発見されると予測されるが,これらの蛋白質の発現を調節することによって増殖分化,成長,老化などを制御する技術を開発することができる可能性がある.また,プロテオーム解析では,疾患や環境,薬物などによる蛋白質の発現の変化をとらえることができると考えられるが,これによって新規な診断マーカーや創薬ターゲット分子を探索できると期待されている.

 プロテオーム研究は,ゲノムシークエンス解析の終了を受けて始まったものであるが,ここ数年の発展は目覚ましく,プロテオミクス(プロテオーム科学)とよばれるプロテオームに関する新しい学問領域も発展してきた.プロテオーム研究は,近年,発達の著しい質量分析装置(MS)などを駆使して,ゲノム解析に相当するようなハイスループットな分析によって1,2の蛋白質ではなく,多数の蛋白質の機能や機能的なつながりを明らかにすることを目標としている.この点で従来の蛋白質分析とは大きく異なっている.

 プロテオーム解析の対象は多数の蛋白質であるから,プロテオーム解析を本格的に進めるためにはかなり大規模な研究施設が必要になってくる.厚生労働省は,2003年内に疾患関連蛋白質の同定を目的とした大規模研究施設,創薬プロテオームファクトリーを大阪に建設することを決定した.政府が作る大規模なプロテオーム研究施設は世界的にも例がない.また,2002年から2003年にかけて,プロテオームファクトリーほど大規模ではないが,経済産業省,大学,企業などのプロテオーム研究施設がいくつか設立された.いま,これらの研究施設で得られる成果に大きな期待がかけられている.

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はじめに

 プロテオミクスはゲノムに暗号化された“細胞内分子機械”(molecular cellular machinery)である蛋白質群の動態を翻訳後修飾も含め解析し,分子機械の構成要素とそれらの組み合わせおよび機能を分子レベルで解明する科学である1~3).プロテオミクスでの蛋白質の発現プロファイリングには古典的な二次元電気泳動法における蛋白染色とデンシトメトリーを用いた方法や,質量分析計でのイオン強度による定量法などがあり,蛋白質の同定には質量分析計を用い,蛋白質の部分ペプチド配列の質量を利用したペプチドマスフィンガープリンティング法やタンデム質量分析計(MS/MS)による蛋白質のアミノ酸配列を利用したペプチドマスシークエンス法が用いられる(図1).

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はじめに

 様々な生物のゲノムプロジェクトが急速に進行し,多数の遺伝子が明らかになった.これらの遺伝子はホモロジー検索などにより,機能の推定が行われている.しかし,一方で,機能が明らかになっている類似の遺伝子が存在しないために機能がいまだわからない遺伝子も数多く存在する.

 真核生物の細胞は多数に区画化され,蛋白質は細胞内小器官あるいはもっと細かく限られた区画に対してその固有の機能を発現する.したがって,蛋白質の機能を知るうえで,細胞内での局在情報は極めて重要である.さらに外界から受けた刺激に対して個々の蛋白質がどのような挙動をするのかを明らかにすることは,生命活動の解明に大きく寄与する.本稿では蛋白質の細胞内局在性に関して2つの主な方法,すなわちバイオインフォマティクスを用いた方法および蛍光プローブなどを用いた蛍光顕微鏡下での網羅的解析についてとりまとめた.

4. 蛋白質の翻訳後修飾の解析 川崎 博史
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はじめに

 細胞で機能している蛋白質のほとんどすべてが何らかの修飾を受けている.翻訳後修飾を受けてはじめて本来の機能を発揮する蛋白質も多く,蛋白質の機能を理解するうえでも翻訳後修飾の解析は重要である.蛋白質のリン酸化のように可逆的で翻訳後修飾の状態によって蛋白質の機能が制御されているような場合は,翻訳後修飾の解析から細胞の状態を推定することも可能である.多くの生物種においてゲノムの全構造が明らかにされ,それによってコードされているすべての蛋白質のアミノ酸配列を手に入れることができた.蛋白質の翻訳後修飾は細胞の状態と密接に連関しており,これを解析することで細胞の働きを知ることができる.翻訳後修飾は,ほとんどの場合,修飾反応を触媒する酵素が存在する.翻訳後修飾の解析によってこの修飾酵素,例えば,蛋白質リン酸化酵素の制御系の活性化の状態についての情報を得ることができる.

 本稿では,蛋白質のアミノ酸配列をもとに翻訳後修飾部位を推定するためのパターンとそのデータベースについて述べ,次に個々の蛋白質の修飾の検出法について解説した後,プロテオームの変動としての翻訳後修飾の解析や網羅的な解析法についてリン酸化を例にとって述べる.

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相互作用による蛋白質機能解析

 これまで最も機能解析に貢献した研究手法が,相互作用解析であるということに対する異論は少ないと思われる.その理由を擬人化していうならば蛋白質は「一人では何もできない」ということか.すなわち複雑な生体システムである細胞・組織の中で蛋白質が単独で機能し目的を果たすことは極めて少ないということである.さらに卑近な例をとり演繹するなら,身の回りの「道具」と呼ばれるものに,例えばパソコン,携帯電話から,ボールペンのような単純なものまで,単一の素材,部品からなるものを見つけることが困難であることからも容易に理解できるのである.

 遺伝子工学的な手法により,これまで盛んに行われたのは,破壊実験や過剰発現実験である.すなわち,ノックアウト,またその逆を行い,その結果生じる細胞の変化として観察される「表原型」から,遺伝子の機能を予測したわけである.これは喩えてみるなら,ある会社(細胞)の社長をノックアウトしたり,営業部長を10人にしたりするようなものであり,その結果,その会社にどのような変化が起きるのかをみることによって,その部長さんの役割を知ろうというわけである.しかし,総務課長が突然居なくなったとして,彼の役割が本当にわかるだろうか? 課長がいなくても案外課の仕事は滞りなく進んだりはしないか? 人は(遺伝子は)いなくなってみて(ノックアウトして)その偉大さがわかるときもあるが,そうでもないこともままある.

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相互作用分析の方法

 疾患プロテオーム解析では,疾患関連蛋白質の機能をハイスループットな分析によって明らかにすることが重要な目標になっている.現在,機能解明の手がかりを得るために蛋白質の動態,翻訳後修飾や蛋白質間相互作用などの解析が行われている.これらはいずれもハイスループットな解析が行えるもの,あるいは,行える可能性があるものである.このうち蛋白質間相互作用については,免疫アフィニティー精製法1,2),表面プラズモン共鳴測定装置(SPR)3)やプロテインチップ4)と質量分析(MS)装置などを組み合わせて用いた方法によって解析が行われている.

 免疫アフィニティー精製には,エピトープタギング法1)やタンデムアフィニティー精製法2)などが用いられる.いずれの方法も抗原蛋白質と複合体を形成する蛋白質群を,抗体を用いて抽出し,MS装置によって同定する.

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はじめに

 質量分析による蛋白質の構造解析は,種々のイオン化法の出現,発展により可能になった.質量分析は化合物を効率よく気化し,そしてイオン化することで初めて行える分析法であり,蛋白質のような高分子で揮発しない化合物は測定の範疇にはなかった.フィールド・デソープションイオン化法1)の出現により,1970年頃から分子量1,000程度のペプチドの測定がようやく可能となり,1979年には,Shimonishiら2)により質量分析とエドマン分解法による蛋白質のアミノ酸配列解析法が提案された.この頃より,質量分析による蛋白質の一次構造解析が徐々に盛んになり,1987年には,Biemannら3)は質量分析(タンデム質量分析法:MS/MS)のみにより,バクテリア由来チオレドキシン(107残基)の全一次構造決定を報告した.ポストゲノム時代を迎えた現在,特に,蛋白質の同定における質量分析の役割は極めて重要となった.様々な生物種の配列データベースの充実により,多くの場合,全アミノ酸配列をde novoで決めていく必要はなく,質量分析データをもとに非常に短時間で目的蛋白質をデータベース検索により同定することが可能となっている.その際,質量分析データとしては,①蛋白質を適当な酵素で消化して得られる複数のペプチドの分子量に関連する数値のセット(ペプチド・マス・フィンガープリント),②MS/MSで得られる断片イオンの質量のセット,あるいは,それらをもとに構築した(部分)配列が主に利用されている.特に,②で得られる(部分)配列は蛋白質同定の決め手になるが,MS/MSのみならずエドマン分解やエキソペプチダーゼ消化によっても反応産物の質量分析から簡単に調べることが可能である.ここでは②の配列分析について筆者らのデータをもとに述べる.

8. 疾患モディフィコミクス 谷口 寿章
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はじめに

 「疾患モディフィコミクス」というタイトルは編者からいただいたものであるが,一般的に使われている用語ではない.筆者自身もこのような呼び方を普通はしないが,最近の「オミクス」の流行を示すのに良い例と思われるので,そのまま採用させていただいた.本特集のタイトルにも「プロテオミクス」が登場するが,プロテオミクスは現在の「オミクス」の流行のもとになった言葉であり,現実の学問分野として,その名前とともに研究領域そのものもすでに認知されている存在といってよいだろう.繰り返すまでもなく,蛋白質(プロテイン)に,遺伝子の集合を現すゲノムのオームを付け,細胞に作られているすべての蛋白質をプロテオームと呼ぶことが提唱されたのは1995年である.その後数年して,ゲノム,プロテオームと並んでメッセンジャーRNA(転写産物=トランスクリプト)の集合がトランスクリプトームと呼ばれるようになった頃から,「オーム学」=「オミクス」の流行が始まった1).ゲノミクス,トランスクリプトミクス,プロテオミクスの3大「オミクス」と並んで,糖やアミノ酸など低分子の代謝物の集合をメタボローム,その解析をする学問分野をメタボロミクスと呼ぶことは,すでに認知されているといってよい.現在は,細胞(セル)の集合をセロームと呼んだり,蛋白質間相互作用の集合をインタラクトームと呼んだり,様々なオームと,それぞれに対応するオミクスが輩出している.「オミクス」とは,それぞれの「オーム」の大規模解析,網羅的解析による研究であると考えてよいだろう.ここでいう「モディフィコミクス」とは,修飾(モディフィケーション)の網羅的解析である.修飾とは蛋白質の翻訳後修飾,疾患モディフィコミクスとは,翻訳後修飾の大規模解析を通じた「疾患」研究と考えればよいだろう.

2章 プロテオミクスに利用される最新の機器類 1.二次元電気泳動,画像解析,スポットカッティング

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はじめに

 現在のプロテオミクスでは発現差異,翻訳後修飾,発現量の低い蛋白質の解明が注目されている.これは蛋白質発現を網羅的に解析する際,生理学的,病理学的といった何らかの状態の異なる細胞・組織の蛋白質発現ディファレンシャル解析を行うと,ある生命現象にかかわりのある一群の蛋白質群を効率よく探し出すことができ,蛋白質の翻訳後修飾は多くの生命現象の機能を司るからである.また低発現量の蛋白質は,前分画の工夫による濃縮技術や高性能質量分析計(MS)の開発により解析が可能になりつつある.

 これらを解明するプロテオミクス手法として蛋白質サンプルを二次元電気泳動(2D-PAGE)法で分離し,分離された個々の蛋白質を,MSを用いて同定する手法が主流である.しかし,この系での蛋白質の定量的な発現ディファレンシャル解析にはいくつかの問題点がある.他の実験系に比べ,2D-PAGEはゲルごとのスポットパターンやボリュームの再現性をとることが難しい.これは泳動時のバラつきだけでなく,染色,画像化,画像解析にも原因があることが挙げられる.よって,同一サンプルでも必ず反復実験を行う必要があり,研究者の実験負担が大きいが,得られる成果はあまり多くなかった.そのため2D-PAGEに代わる手法が開発されつつあるが,発現量の差異解析手法としては発展途上である.

2) ProteomeWorks System 大形 純平
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プロテオミクスのための 二次元電気泳動

 プロテオーム解析を進めていくにあたり,最大の難関の1つは,複雑に絡み合った蛋白質複合体を質的,量的な関係を維持し,再現性をもった状態で分離することである.現在,この問題を解決できる最も有効な方法としてポリアクリルアミドゲルを用いた二次元電気泳動法がある.二次元電気泳動法は単一のゲル内で1,800以上の蛋白質を分離し,解析することのできる唯一の手法であるため,様々な蛋白質を同時に分析しなければならないプロテオミクス研究の主要な手段として注目されている.従来の二次元電気泳動法は煩雑な実験操作や,泳動結果の再現性の低さに問題があるとされ,敬遠されがちな手法であった.しかし,二次元電気泳動法でしか分離することのできない蛋白質が存在することや,近年の飛躍的な実験法の改善により,再現性高く,ハイスループットでの解析が可能になったことで,現在ではプロテオーム解析のための最も有力なツールとして注目されている.ProteomeWorks Systemでは長年培ってきた二次元電気泳動法の技術を利用してこの高い再現性とハイスループットな解析を実現している.ProteomeWorks Systemは,サンプルに応じて最適化されたサンプル調製キットから等電点電気泳動(isoelectoric focusing;IEF),SDS-PAGE,染色,イメージング,画像解析,データベースを通して二次元電気泳動法を用いたプロテオーム研究をトータルサポートしている.

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はじめに

 1995年にProteome Systems社Mark Wilkins等によって提唱された1)プロテオミクスは,分子生物学的観点を蛋白化学に取り入れ,現在ではポストゲノムシーケンスの中心的役割を果たす画期的な技術となっている.その中核を成すのは,高度にシステム化された二次元電気泳動とマススペクトル同定を応用したプロテオームの探索技術2)であり,Keith Williamsがいうように2)「Start to Finish solution」がキーワードとなる.

 Proteome Systems社が開発したバイオメディカルサイエンスを広範囲に支援するプロテオーム解析プラットフォームProteomIQTM(図1)はバイオインフォマティクスシステムBioinformatIQTMに統括され,プロテオーム研究だけでなく,臨床検査データ,治験データベースなどと有機的につながり,新規性の高い医薬品の開発や内科のみならず外科領域をも含む新たな治療法の開発に貢献できる可能性をもつに至っている.

 最近トランスレーショナルリサーチという新たな概念が提案されているが,これは生物科学,基礎医学等による基礎研究の成果をいかに円滑に臨床医学,疫学分野に適用するかというものである.本稿では既にトランスレーショナルリサーチセンターにて稼動を始めているProteomIQ/BioinformatIQによる,検体からのプロテオーム抽出に始まりマススペクトルによる同定直前までに至る機能について紹介する.

2章 プロテオミクスに利用される最新の機器類 2.質量分析

1) TOF/TOF型の質量分析計 古石 和親
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はじめに

 Applied Biosystems 4700 Proteomics Analyzerは高い操作性と高速性能を誇るMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization)イオンソースと特許技術TOF/TOFTMオプティクスを組合せた初めてのシステムである(図1).高エネルギーコリジョンによるフラグメンテーションが可能なTOF/TOF型質量分析計Applied Biosystems 4700 Proteomics Analyzerを利用して,詳細なプロダクトイオンのスペクトルを取得すれば,より信頼性の高いペプチドシーケンス解析が可能である.

2) Q-Tof型の質量分析計 鍵 紀子
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はじめに

 1980年代後半にESI(エレクトロスプレーイオン化法)とMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization)のソフトイオン化法が実用化され,蛋白質やペプチドをイオン化できるようになってから,質量分析計は蛋白質の分子量の決定や一次構造解析に広く応用されるようになった.特にESIは大気圧下での液体のイオン化法であることから,LC/MSのインターフェイスとして四重極型やイオントラップ型の質量分析計と組み合わせて発展してきた.Tof型の質量分析計については,1994年にStandingらがESIと直交方向に配置したリフレクトロンタイプのoa-Tof(orthogonal acceleration Time of flight)と組み合わせて,蛋白質やペプチドが広質量範囲で高感度かつ高分解能で測定できることを示した1)

 Q-Tofは四重極とoa-Tofを組み合わせたハイブリッド型のMS/MS装置であり,1996年に初めてMicromassにより製品化された2).ESIとの接続が容易な四重極と,分解能,感度,精度に優れたTofを組み合わせた結果,蛋白消化物のMS/MSスペクトルから一次構造情報を比較的容易に得ることができるようになり,プロテオーム解析に応用される装置となった.ここでは,Q-Tofの装置概要とプロテオーム解析に用いられる測定モードについて,主にnano-LC/MSの測定例を用いて説明する.

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はじめに

 四重極型イオントラップ(quadrupole ion trap;QIT)とは,ある範囲の質量電荷比(m/z)のイオンを空間にトラップすることができる装置で,その原理は1960年にPaulとSteinwedelによって提案された1).しかし初期の装置は原子物理学者が研究に使う装置でしかなかった.1983年にFinnigan MAT社(現Thermo Electron社2))からガスクロマトグラフィーの検出器として発売されたFinnigan ITDTMには,Staffordが発明した新たなQITの質量分析法と,軽い質量のダンピングガスを用いイオンをQIT中心部に収束させる技術が導入され3,4),小型で操作が簡便な質量分析装置としてQIT質量分析計が商品化された.その後測定質量数範囲の拡大5,6)と衝突誘起解離(collision induced dissociation;CID)技術7,8)によって,エレクトロスプレーイオン化法を用いたQIT質量分析計はプロテオーム解析の1つの手法であるMS/MSイオンサーチを行うための代表的な装置の1つとなっている.

 しかしQITだけの質量分析計は,分解能が十分でなく高い質量のイオンやフラグメントイオンを精度よく分析できないこと,広い質量数範囲を測定するのに時間がかかるなどの問題点がある.これらを解決するために,高分解能で高い質量のイオンを精度・感度よく分析できる飛行時間型質量分析計(time of flight-mass spectrometer;TOFMS)とQITを組み合わせた装置の研究がなされてきた9~12).しかし両者の連動性が悪く,プロテオーム分野に適用できるような装置はこれまで存在しなかった.

 QITとTOFMSの連動性を高め,プロテオーム解析に十分利用できる高精度なMSnスペクトルを測定する技術が,1999年にDingらによって発表された13).本稿ではこの技術を利用したAXIMA-QITTMの分析例を用い,QIT-TOFMSの特徴を述べる.

2章 プロテオミクスに利用される最新の機器類 3.プロテインチップ,蛋白質相互作用

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はじめに

 生体機能は,遺伝子によってコードされた多数の蛋白質が相互作用することにより制御されている.そのため,病態遺伝子が同定されつつある現在,蛋白質の機能解明はさらに重要度を増している.蛋白質の機能発現様式がどのように制御され,どのように機能しているかを解明することで,診断,検査に役立てることができる.1980年代後半に生体分子の機能解析を目的に開発されたBiacoreシステムは,現在,生化学,分子生物学,医学分野を中心に幅広い分野で利用されている.臨床分野では,主に血清中,もしくは組織の抽出液中の特定の蛋白質の検出に利用されている.本稿では,Biacoreシステムの紹介とプロテオミクスにおけるBiacoreの応用を中心に紹介する.

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はじめに

 プロテオーム研究が目指す目標には,蛋白質の機能解明すなわち細胞内に発現している蛋白質全体の動態,構造,細胞内局在,高次構造形成や機能発現,代謝さらには相互作用などの解析が不可欠である.蛋白質がどのように機能・相互作用しているかを解明することは,これからの生命科学の大きな挑戦の1つである.そしてその生体分子の現象,プロセスを直接解明する測定方法は,科学技術の成功を大きく左右する.

 蛋白質の構造と機能解析において,タグ(標識)なしでリアルタイムに蛋白質がどのように働くのかを観察することは重要である.

 英国Farfield sensors社製AnaLight(R) Bio200は蛋白質の機能および構造解析分野において,DPI技術(Dual Polarization Interferometer;二面偏波式(電場,磁場成分)干渉計)を用いて,生体分子の密度,質量,厚さ,濃度,表面状態,分子量をリアルタイムに測定できる世界初のベンチトップ型生体分子間相互作用・機能・構造解析装置である.このDPI技術によって,生体分子の密度(質量/単位積)とサイズ(厚み)(分解能:0.01nm(0.1Å))を独立かつリアルタイムに測定することが可能である(図1).

 絶対質量(=密度×サイズ)の定量測定が不能なため,相互作用する蛋白質の化学量論比さえも推測することができる.また質量変化が一定の相互作用変化の場合でも,密度とサイズ(厚み)の2つのパラメータで測定・分解することにより詳細に計測できる.

 またAnaLight(R) Bio200は光の干渉技術を利用しているため,特異的結合(Specific Binding)と非特異的結合(Non Specific Binding)の微小の違いさえも検出可能である.厚みと密度を個別に定量測定できるため,蛋白質のフォールディング,分子配向,変性,低分子とリガンドの相互作用の計測にも最適である.

 質量の増減変化・結合状態(会合,解離)の測定はもとより生体分子の厚み,密度,質量,濃度,表面状態化学量論比等を測定できることは,生体分子の機能,構造,メカニズムの関係について新しい洞察を可能とする.

 AnaLight(R) Bio200のアプリケーション(解析可能分野)は,ゲノム研究からプロテオーム研究など幅広い利用が可能である.蛋白質―蛋白質,DNA―蛋白質,蛋白質―糖の相互作用,高次構造変化,相互作用・結合・解離状態,アグレゲーション,分子配向,フォールディング,動態研究,蛋白質修飾(酸化,リン酸化など),糖鎖の老化,癌,表面活性の研究を可能とする.  また創薬候補である低分子(分子量:10Daから)を観察することができ,相互作用する蛋白質(pH,イオン,温度,濃度など)を変化させ,影響する低分子-蛋白質(非特異的結合)の微小な挙動さえも測定することが可能である(図2,図3).

 AnaLight(R) Bio200で示した実験データは中性子散乱,X線回折データと整合性もとれており,既存装置の相補的装置としての利用可能である.

 本稿では,生体分子の新しいキャラクタリゼーションを可能とするAnaLight(R) Bio200の基本原理,装置概要,データ整合性(中性子散乱,X線結晶回折),実験測定例(ビオチン―ストレプトアビジン,Ca(カルシウム)-tTG(トランスグルタミナーゼ)の最新研究を紹介する.

 蛋白質機能・構造解析装置AnaLight(R) Bio200の主な解析分野

 ・蛋白質機能修飾,酸化,リン酸化,低分子化合物測定

 ・生体分子間の相互作用,蛋白質-蛋白質間および低分子―蛋白質相互作用

 ・蛋白質に対する低分子の特異的または非特異的結合

 ・機能中蛋白質の高次構造変化

 ・生体分子間の相互作用(DNA,蛋白質,糖鎖解析)

 ・アルツハイマー病,パーキンソン病に対する蛋白質アグレゲーション研究

 ・分子配向,フォールディング研究など

 ・生体分子の密度・質量変化の測定

 ・生体分子の薄膜観察

 ・カイネティックス,反応速度論(Ka,Kd)

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臨床検査がプロテオミクスへ向かう必然性

 DNA解析,mRNA解析,プロテオミクス解析がわれわれに生命現象をどう教えてくれるかを次のように比較して表すことがある.

 DNA…What could happen

 mRNA…What might happen

 Protein…What is happening

 蛋白質が実際に生体内での反応を司っているキープレイヤーであることを考えれば,プロテオミクス解析から切れ味の優れた臨床検査マーカーが生み出されると期待するのは自然なことである.実際に癌研究の分野では本報でも紹介するように有望な癌診断マーカー候補が多数発見されている.ここでは当社が開発したプロテインチップシステムがどのように臨床バイオマーカー探索に利用されつつあるかについて示す.

2章 プロテオミクスに利用される最新の機器類 4.サンプル前処理技術

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はじめに

 発現蛋白質の同定,解析手法の1つとして,質量分析装置を用いたペプチドMSフィンガープリンティング(PMF)が注目を集めている.PMFではトリプシンなどの消化酵素を用い,目的蛋白質をペプチド断片に消化し,ペプチド断片の質量値をMALDI-TOF MSなどで解析する.消化して得られたペプチド断片から解析されるマススペクトルのパターンは,蛋白質の一次構造に依存するため,解析データをゲノムデータベースなどと照合することで蛋白質を同定することができる.この際,試料の分離手法として,二次元電気泳動や多次元クロマトグラフィーなどが用いられ,質量分析装置としては,処理スピードの速いMALDI-TOF MSが用いられることが多い.本稿では,二次元電気泳動によって分離した蛋白質のゲル内消化法および,MALDI-TOF MSに適した試料調製法に関して紹介する.

2章 プロテオミクスに利用される最新の機器類 5.プロテオームインフォマティクス

WorksBase(TM) Software for Proteomics 山本 伸
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プロテオミクスとバイオインフォマティクス

 21世紀の生命科学は情報科学と融合し,バイオインフォマティクス(生命情報学)と呼ばれる分野が急速に発展しつつある.バイオインフォマティクスとは生命科学と情報科学の融合分野であり,ゲノム配列から蛋白質分子の立体構造・機能,それらの細胞・個体内での相互関係にいたるまでの幅広い生命現象を,情報論的な立場から取り扱う総合的な科学である.1980年代に始まったHuman Genome計画は2003年,終了宣言が発表され,ポストゲノム研究として蛋白質の発現,機能,相互作用等を網羅的に解析するプロテオミクスが近年,ますます注目されている.しかしながら,一般的にバイオインフォマティクスツールといっても,これまではゲノムの配列解析やデータベースソフトウエアが中心であり,蛋白質の機能解析や総合的な情報データベースなどツールの数はそれほど多く存在しない.特にプロテオミクスにおいては様々な解析データ,例えば電気泳動,質量分析,クロマトグラフィー,相互作用解析など幅広い実験手法から派生する多種多様なデータを一元的に統合・管理するデータベースツールが望まれている.

 WorksBase SoftwareTM for Proteomics(以下WorksBaseソフトウエア)は,プロテオーム解析情報をベースにゲノム情報も扱えるデータベースソフトウエアとして,同時に,研究室のワークフロー管理・マネージメント機能を持ったデータマイニングソフトウエアとして開発された.本稿ではWorksBaseソフトウエアの特長と機能を中心に解説する.

3章 動き出しているプロテオミクス研究

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はじめに

 ヒトゲノム計画が完了し,人体を構成するすべての蛋白質の設計図である遺伝子が明らかになった.今後は,設計図であるすべての遺伝子からつくられる蛋白質群(プロテオーム)が「いつ,どこで,どうやって,どれくらい」機能するかを明らかにする必要がある.プロテオミクスとは網羅的に蛋白質を分離同定して疾患,環境,薬物などに対し特異的に変動する蛋白質を特定し,それらの機能を解析,データベース化して医療に応用しようとするものである.これまでプロテオミクス的なアプローチで肝細胞癌(HCC)の組織や細胞内に存在する特異的な蛋白質を同定した報告がいくつかあるが,いずれもB型肝炎ウイルス(HBV)単独か,いくつかの種類のウイルスによって発癌した例である1~3)

 わが国には約200万人のC型肝炎ウイルス(HCV)キャリアが存在すると推定されており,年間のHCCによる死亡者数は3万2千人を超している.HCCによる死亡者の約8割がHCV感染に由来していると考えられ,わが国でHCC対策を考える際にはHCV感染との関係が重要となる4~8)

 われわれは,HCV感染者からのHCC組織と非癌部組織から蛋白質を抽出してプロテオーム解析を行い,非癌部と比較して癌部にその発現が増強,あるいは減弱する蛋白質を同定してデータベースを構築し,αフェトプロテインやPIVKA IIのような早期発見9)ならびに治療のターゲットとなりうる因子を明らかにすることを目的とした.

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はじめに

 「ポストゲノム」時代における新たな研究分野として「プロテオミクス」が注目されるようになって4年近くになる.生物の細胞・組織・個体レベルの発現蛋白質を網羅的に解析しプロファイリングすることによって,これらの性格付けや生理的(発生・分化・細胞周期・細胞死など),あるいは病態における生物学的変化や特徴を蛋白質レベルで詳細に説明することを目的とするこの新しい科学分野は,ノーベル化学賞に値するほどの革新的な発展を遂げた質量分析器やNMRなどの蛋白質構造解析装置/解析法の開発推進のおかげで,ますますその可能性が期待されるようになった.特に,ヒトの様々な疾患に関連する蛋白質群のプロテオミクスによる検索と,これをターゲットとした治療法や予防法開発,臨床検査への応用は,オーダーメイド医療につながるものとして最も大きく期待されている.病態プロテオミクスは,様々な疾患対象の生物学的な個性,各時点における病態・進行状況等を蛋白質レベルで詳細かつ正確に解析して,個々の疾患発症メカニズムや各患者に最も適した治療標的や臨床マーカーなどを明らかにし,合理的な治療薬や予防法を開発することを目的としている.そのためには,疾患原因遺伝子だけではなくて,その遺伝子が作る蛋白質と,それに関連して細胞内で時間とともに変動している蛋白質群が織りなす,細胞内クロストークや機能発現制御ネットワークを,翻訳後修飾情報を含めて詳細に解析し,系統的に整理する必要がある.ここに,プロテオミクスを利用した病態研究,すなわちゲノム研究に対応した蛋白質レベルでの組織細胞の網羅的研究の必要性があるわけである.さて,現状において,病態プロテオミクスはどこまでが可能で,将来的にはどのような発展を遂げるのか? われわれは,脳腫瘍を含む脳疾患に関連する病態プロテオミクスを展開するため,脳組織・細胞のプロテオームマップの作成とデータベースの構築を行っており,病態マーカーの検索のみならず,脳科学全体に貢献できるアトラスの実現化を目指している.現在,脳にかかわる病態プロテオーム解析は主にグリオーマなどを中心とした脳腫瘍や,アルツハイマー病などの原因不明の神経細胞死による脳神経系変性疾患にかかわるものが世界的な関心をもって展開されつつある.本稿では,これらの脳疾患研究における病態プロテオミクスの現状,将来への可能性と問題点を,われわれの研究を紹介しながら概説したい.

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はじめに

 80年代以降,急速に発達した分子生物学は,各種の遺伝子操作技術の進展に寄与し,90年代には各種高等生物の全ゲノム配列を明らかにするというプロジェクトが発足した.

 このプロジェクトは,コンピュータ技術の向上とあいまって,当初の予想を大幅に上回るスピードで解析が進んだ.2001年2月に,米国を中心とする国際ヒトゲノムプロジェクトとセレラ社は,それぞれヒトの全ゲノム構造をドラフト配列として報告した1).また,現在各国でヒトをはじめとする各種高等生物のcDNAライブラリーが,続々と構築されているが,いまだ未知の遺伝子も数多く存在する.ヒトゲノムの全遺伝子数は約30,000と報告されているが,このうちまだ約半数以上は機能が不明であり,これらの機能不明の遺伝子には,様々な疾患や病態に関連したものが存在すると考えられている.

 このような状況下では,膨大なデータからいかにして有用な情報,または疾患関連遺伝子を見つけ出すかが,現在のゲノム研究の主流となっている.

 ゲノムの解析により,数々の疾患関連の遺伝子が見出されてきたが,高血圧,高脂質血症,糖尿病といった生活習慣病,あるいはcommon disease2)と呼ばれる疾患に関してはいまだ原因を特定できずにいる.

 これらの疾患は,単一の遺伝子異常ではなく,いくつかの原因遺伝子が複雑に関連して1つの病態を形成しており,症例や個体により原因となる遺伝子が異なる,いわゆる多因子疾患と推測されている.

 多因子疾患に関連する遺伝子は,単独では効果が弱いのが一般的であり,必ずしも単独では疾患を発症しないことが多く,ほかの遺伝子の発現とあいまって発症するか,各種の環境因子が誘因となって疾患を発症するものと考えられている.また,多因子疾患は必ずしも遺伝子の異常のみではなく,遺伝子の産物である蛋白にも異常があり,疾患を発症すると考えられている.ヒトの遺伝子数は約30,000であるが,RNAのalternative splicingや,蛋白のprocessingにより,そこから作られる蛋白数は100~200万に及ぶと考えられており,いまだ機能未知の蛋白も多く存在している.このため現在では,多因子疾患の解析には遺伝子の解析のみならず,組織内・細胞内の蛋白質に関する情報が不可欠であるという見方が強まっている.

 既存の分子生物学的手法は,特定の蛋白や遺伝子に注目して疾患を解析することが主流であったが,現在のように全遺伝子が続々と解明されるような状況下では,遺伝子や蛋白の網羅的な解析が,多因子疾患の病態解明において注目されている.このような蛋白の網羅的な解析はプロテオーム解析と呼ばれており,既存の生化学的な蛋白研究と区別されている.

 プロテオームとは,ゲノムから発現するすべての蛋白質分子に関する総合情報,あるいは生体内に存在するすべての蛋白を意味する造語であり,1994年にオーストラリアのWilkinsが国際会議で使用し,1995年に初めて文献中に現れたものである3)

 疾患プロテオーム解析の第一歩は,疾患群と対照群で蛋白の定量的な違いを解析することである.これら量的な変動に加えて,細胞内局在や翻訳後修飾等の蛋白の質的な変動を含めた研究はプロテオミクスと呼ばれており,本章では糖尿病の病態プロテオミクスについて述べる.

4. SNPsと病態プロテオミクス 中西 豊文
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はじめに

 90年代初めから行われてきたヒトの全遺伝子の塩基配列(ヒトゲノム)の解読が2000年6月,ついに完了した.これからは,このゲノム情報を活用した応用研究(ポストゲノム)が活発に行われるようになってくる.その一つに,SNPs(Single Nucleotide Polymorphism:スニップ,1塩基多型の略語)解析がある.DNAの塩基配列は,個人によってわずかずつではあるが異なっていることが知られている.この違いは,全ゲノム中の約1%,数にすれば,数百万か所あると予想されており,病気の罹りやすさ,薬の効き方,副作用の出現率などの相違もSNPsに関連すると考えられている.しかし,糖尿病や心疾患などの多因子病では,遺伝要因と環境要因が複雑に関連するため,その原因遺伝子やSNPsを発見しただけでは,直接的な治療法になかなか結びつかない.そこで,細胞・組織内の蛋白質を網羅的に解析する,いわゆるプロテオーム解析が重視されるようになった.プロテオーム解析の手法の一つは,二次元電気泳動法で蛋白質を網羅的に分離し,質量分析法で蛋白質を同定する.本項では,われわれのプロテオーム解析法の特徴をまとめ,次にわれわれがこれまで行ってきた疾患関連蛋白質の解析および糖尿病性網膜症における血管新生制御因子,癌特異蛋白質の同定などの解析例を紹介する.

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はじめに

 習慣飲酒は肝炎ウイルスとともに,慢性肝障害の2大要因の1つである.わが国の肝硬変症例において,純粋にアルコールのみに起因する症例の割合は大病院を主体とした集計では10~15%にすぎないとされている.しかし,200万人を超えると予想されるアルコール依存症の存在を考えると,医療機関を受診することなく潜在しているアルコール性臓器障害患者も多いと予想される.習慣飲酒は,肝・膵などの障害に加え,脳出血,高血圧,痛風などの増悪因子でもあり,問題飲酒者を早期にかつ的確にスクリーニングすることは極めて重要である.

 ポストゲノムあるいはポストシークエンス時代に入り,トランスクリプトーム,さらにはプロテオームが盛んに論じられるようになった.DNAマイクロアレイなどによるmRNAの網羅的発現解析が現在盛んに行われているが,①細胞内でのmRNA発現量と蛋白産生量とは必ずしも比例しないこと,②蛋白質の活性は細胞内での局在やプロセシング,翻訳後修飾などmRNAとは別のレベルで制御されていることなどから,最終的には蛋白レベルの解析が必須となってくる.プロテオーム解析はその解析技術の進歩とあいまって,近年急速な展開をみせている.全発現蛋白質を対象とする網羅的解析に加えて,特定の病態に関与する蛋白質をターゲットとする疾患プロテオミクス,創薬プロテオミクスは特に臨床に深くかかわってくる.従来の二次元電気泳動による分離技術に質量分析法による蛋白質同定技術を組み合わせた手法は現在もプロテオーム解析の基本であるが,近年の解析技術の進歩は,二次元電気泳動のメリットを生かしつつ従来の方法を改良する方向と脱二次元電気泳動の方向に大別される1).本稿では従来の二次元電気泳動法および近年注目されているプロテインチップテクノロジー(SELDI-TOF MS法)を用いた筆者らのデータについて述べる.

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はじめに

 遺伝子工学の最近の急速な進歩により,遺伝子配列から類推した蛋白質の配列を完全に確実に決定できるようになった.また,種々の生物(大腸菌,酵母,昆虫)を宿主として求める蛋白質の配列を正確に発現させ精製することも可能となり,シークエンスを基とした蛋白質の機能,相互作用などの包括的な説明がなされるようになってきた.しかし,そうやって発現した蛋白質(リコンビナント蛋白質)と天然に存在する同じアミノ酸シークエンスをもつ蛋白質の活性を比較したとき,リコンビナント蛋白質では天然の蛋白質が示す活性を保持していないことが多い.このことは複雑な生物システムの解明は遺伝子から得られる情報だけではできないことを示している.これは蛋白質の機能や相互作用がアミノ酸シークエンスだけに留まらず,蛋白質の高次構造および遺伝子から生産された後に起こる糖鎖やリン酸などの修飾も影響を及ぼしているからである.

 アレルギーは体の中の色々な細胞が関与した免疫反応の結果として引き起こされる世界的規模で重篤な根治の難しい疾患である.アレルゲンとなりうる物質はわれわれの身の回りのあらゆる所に存在しており,特に一般的なアレルギー(1型アレルギー)は外来抗原(アレルゲン)によって引き起こされる.そのようなアレルゲンには卵,牛乳,小麦,ソバ,マメなどの食物アレルゲン,ダニ,花粉(スギ,桧,ブタクサ,白樺,オリーブ),黴などの空気中を浮遊しているアレルゲン,ラテックス,洗剤などの接触アレルゲン,蜂などの昆虫毒素,キウイ,桃,アボガドなどの口腔アレルゲンなど様々な物質が存在している.それらのアレルゲンの中で大部分を占めるのが蛋白質または糖蛋白質であり分子量が10~100kDaの範囲に多くのものが存在している.I型アレルギーは上記のようなアレルゲンが体内に取り込まれ抗原提示細胞上に組織適合抗原とともにヘルパーT細胞に提示され,ヘルパーT細胞II(Th2)がB細胞と相互作用してB細胞がIgE抗体を産生することが引き金となって起こる(図1).IgE抗体に認識されるのはアレルゲン蛋白質の一部であり,この認識される部分をエピトープというが,エピトープとしては2つのタイプが存在する.1つは蛋白質のアミノ酸配列(1次構造)であり,もう1つは高次構造である(図2).これまでのアレルゲン研究においてエピトープが1次構造(シークエンシャル)の場合,そのエピトープ構造は容易に決定されるが,高次構造(コンフォーメーショナル)をもつエピトープは全く構造が決定されていない.スギ花粉症の主要アレルゲンCry j1のエピトープ構造がモノクローナル抗体を用いて検討された1)がこのアレルゲンにおいてはシークエンシャルなエピトープは1個で少なくとも他の3個はコンフォーメーショナルなエピトープであることが明らかになった.しかし,このコンフォーメーショナルなエピトープ構造はいまだ決定されていない.はじめに述べたように天然には様々なアレルゲン素材があり,1アレルゲン素材の中に沢山のアレルゲン蛋白質が含まれており,その1アレルゲン蛋白質の中にIgEと結合できる複数個のエピトープがある.またアレルゲンの生体への侵入経路も目,鼻,喉,腸などの粘膜,皮膚と複雑であり,アレルゲン構造の複雑性,免疫細胞における反応の複雑性,侵入経路の複雑性のために基礎および応用研究,診断および治療を困難ならしめている.アレルギー反応を実際の生体反応に即した形で知るためには膨大な数のアレルゲン蛋白質の特性を知ることが第1歩であるが,天然に存在するアレルゲンと全く同じコンフォメーション,糖などの修飾をもったアレルゲン蛋白質を遺伝子工学的に再現することは困難であり,コンフォーメーショナルなIgEエピトープの検索など,未解決のポスト遺伝子工学的仕事が大量に存在している.しかし,1つ1つを蛋白質レベルで解決していく地味な努力が複雑で困難なアレルギー問題解決の糸口を与えるものとも考えている.まず天然に存在するアレルゲンを検出し,同定することがアレルギー診断,治療においての第一歩であるので,現在行われているその検出法から述べることとする.

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はじめに

 ヒトを含め様々な生物種の全ゲノム配列が解読され,ポストゲノムシークエンス時代に入った今日,新たな研究課題の1つとして蛋白質間の相互作用解析が挙げられる1,2).蛋白質は個別に機能を果たすだけでなく,細胞中では様々な他の蛋白質と相互作用することで複雑なネットワークを形成している.またゲノム解読の結果,ある生物種においては約半数の遺伝子は機能未知蛋白質をコードしており,これらの機能を相互作用より明らかにしようとすることも重要である.

 相互作用解析の方法として,まず思い浮かぶのは酵母ツーハイブリッド法があるが,複合体あるいはリン酸化などの蛋白質の翻訳後修飾が伴う相互作用の検出には困難な点がある3,4).ほかには抗体を使用しての免疫沈降法やアフィニティビーズを利用したプルダウン法などが挙げられるが,いずれの方法も結合を指標としての解析方法といえる5).しかしながら生体分子間の相互作用を解析するためには,実は速度論的な解析が極めて重要である.実際の生体内での分子間相互作用は,試験管の中で結果としての結合をみるのとは異なり,時・空間的にも一時的な相互作用である場合がほとんどである.結合して平衡状態に達したものだけをみていたのでは,結果としての結合をみることができるだけであり,どのように結合・解離をするのか,そのカイネティクスを追うことはできない.解離定数から結合が強いという結果を得たとして,それだけではそれが速い結合に由来するものか,または遅い解離に由来するものかを判断することはできない.機能未知蛋白質を含め,個々の蛋白質の機能を解明するうえで,速度論的解釈を踏まえた解析が生物学的な意味での相互作用の理解の助けになるものと考えられる.

 本稿では,表面プラズモン共鳴(surface plasmon resonance;SPR)を利用したバイオセンサーの1つであるBiacoreを用いた生体分子間の相互作用の速度論的解析例を示すとともに6),さらに質量分析と組み合わせた結合蛋白質の同定手法について紹介する7,8)

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はじめに

 ヒト遺伝子の数は植物のシロイヌナズナとほぼ同数の35,000個程度と判明したが,高等真核生物に観察される複雑な機能は何に由来するのであろうか? それは翻訳後プロセスと翻訳中あるいは翻訳後修飾に起因し,例えば,スプライス変異,転写ユニットの重なり,RNAの転写スプライシング,ペプチドの切断,糖鎖付加,リン酸化,脱アミド化,N末アセチル化,蛋白の分割,ペプチドの重合などが考えられる.これらの事象が蛋白機能,蛋白相互作用,核酸-蛋白相互作用,安定性,ターゲット化,半減期などに影響を与える.

 真核生物ではその遺伝子数よりも蛋白数がはるかに多く,ヒトではおよそ100万個と考えられる.これはゲノミクスによるバイオマーカの探索よりも,プロテオミクスによるアプローチのほうがより多くの可能性を有するということである.

 環境や自らの遺伝子機能に対する時間的空間的な蛋白の応答は非常に多様である.特定の疾患におけるある病態ステージの組織に発現する蛋白の修飾状態をどうやって同定するのかが,本稿の主題となる.プロテオミクスの目論見はある疾病にかかわるすべての蛋白を同定することで,これまで重要性の不明な蛋白をも対象とする.臨床患者サンプルは疾患に関与するin vivo情報源で,体液の利用は簡単な非侵襲の診断アッセイの対象となる.プロテオミクス解析は通常,二次元電気泳動(2D-page)や液体クロマトグラフ(LC)による蛋白分離の後,質量分析計(MS)による蛋白同定を行う工程を採用する.健常と疾患サンプルの違いはイメージ解析とデータベース解析によるディファレンシャル・ディスプレイにより同定される.

 医薬品はほぼ例外なく蛋白の機能不全の調整(例えば蛋白の量の増減,相互作用の代行,活性の変化)という役割をもつ.実際,市販医薬品や開発中の医薬品のほとんどは蛋白標的への直接の作用を機能とする.それゆえ,蛋白相互作用の研究により,疾患を理解し最小限の副作用で疾患関与蛋白のネットワークを改善する新世代の医薬品の設計が可能であろう.

 またプロテオミクスによる高性能の抗生物質の発見が期待される.現在の多くの抗生物質探索はゲノミクスをベースにしているが,抗生物質の対象はゲノムではなく蛋白である.真核生物では遺伝子の発現と翻訳される蛋白の相関性は低い.翻訳蛋白をターゲットとするプロテオミクスはその活性,不活性を直接解析する戦略であり,抗生物質探索には大変重要となる.

4章 プロテオミクスの展望―この先どこへ行きつくのか

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はじめに

 1995年にMarc Wilkinsら1~3)によって始められたプロテオーム研究(プロテオミクス)は,二次元電気泳動法で分離された蛋白質を同定するための手段として,質量分析計によるペプチドマスフィンガープリント法4,5)を採用しただけのものに過ぎなかった.しかしながら,蛋白質の集合を言い表す「プロテオーム」という概念が新しい研究の方向性を目指していた分子生物学者たちの心を掴んだことと,質量分析計の感度が従来のエドマン分解ペプチドシークエンサーに比べ2桁以上も高く,しかも10分の1以下という短い時間で同定ができる性能を有していたことが,多くの生化学者によって高く評価され,それ以後の蛋白質分析の方向性を大きく変えることとなった.それまでの蛋白質研究においては,たった1つの蛋白質を同定することですら大変手間の掛かる作業であり,多量のサンプルから種々のカラムクロマトグラフィーによる分離分画を繰り返して蛋白質を精製する必要があった.それに対し現在のプロテオミクスでは,たった1枚の二次元電気泳動ゲルから数百個の蛋白質スポットを切り出し,わずか2日間で同定作業を終わらせるということも決して不可能な話ではなくなっている.これは,二次元電気泳動法が蛋白質を分析する手段であると同時に精製の手段としても使えることを意味し,最近のナノテクノロジーの柱である蛋白質分析の微量化と高速化の口火を切ることとなった.

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大規模なプロテオーム解析

 ゲノム解析の進展により微生物,高等動植物,ヒトなど多種類の生物でゲノムシークエンス情報の全貌が明らかになった.そして,ゲノムシークエンスから,例えば,酵母では6千,線虫では2万,シロイヌナズナで2万5千,イネで3万,ヒトでは3万ほどの遺伝子がゲノム中に存在することが判明した.しかし,既存のデータベースを検索すると,どの生物でもほとんど共通してこれらの遺伝子がコードする蛋白質のうち50%程度はその機能が明らかにされていないことがわかる.そのため,これからは蛋白質自体を分析して蛋白質と遺伝子を対応させ,ゲノム情報を利用しながらすべての蛋白質の機能を解明する研究,すなわちプロテオーム解析を進める必要があると考えられるようになった.特に,疾患関連蛋白質を検出し,その機能を解明する疾患プロテオーム解析の重要性がクローズアップされるようになった.

 疾患プロテオーム解析では,まず二次元電気泳動などで疾患に関連する蛋白質が検出される.そして,検出された蛋白質はペプチドに断片化され,質量分析装置を用いてペプチドの構成パターン(ペプチドマスフィンガープリント)が調べられる.あるいは,質量分析装置を用いてアミノ酸配列が分析される.ついで,ペプチドマスフィンガープリントやアミノ酸配列に基づいて,検出された蛋白質とデータベース中の蛋白質との対応関係が調べられる.この段階で,すでに機能が明らかにされている蛋白質であるかどうかが明らかになる.しかし,前述のように全体の半分位の蛋白質は,これまで機能の解明が行われていないので,データベース検索を行っても機能を推定することができない.こうした蛋白質については,機能を明らかにするため,蛋白質の動態,翻訳後修飾,立体構造などの分析が行われる.また,蛋白質間相互作用を解析し,機能ネットワークの解明を目指す研究が行われる.

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はじめに

 ヒトゲノムプロジェクトが終了し,ポストゲノム解析が盛んな今,医薬品開発においてバイオ技術はますます重要なツールになると考えられる.その中でもプロテオーム解析(蛋白質の解析)は最も注目されている技術の一つであり,現在多くの製薬会社や大学,公的機関などが創薬ターゲットを探索するためにプロテオーム解析に力を注いでいる.また,プロテオーム解析用の装置や試薬の開発も活発であり,新しい装置や試薬キットなどがここ1,2年の間に数多く販売されている.一方,質量分析によるプロテオーム解析の受託サービスに進出する企業も最近急増している.

 弊社では医薬品,バイオ関連の研究・開発をサポートする受託分析を開始してから,20年余りになるが,蛋白質関連分野においてもアミノ酸分析から始まり,いちはやくプロテインシーケンサーやMALDI-TOF MSを導入し,蛋白質の同定や蛋白質医薬(バイオ医薬品)の分析に貢献してきた.

 他のプロテオーム解析を受託している会社と弊社が大きく異なる点は,蛋白質の分析に欠かせない糖鎖の受託分析を15年以上前から行っていることにある.最近では,プロテオーム解析におけるリン酸化,N末端の修飾および糖鎖付加のような翻訳後修飾の研究領域はモデフィコミクスと呼ばれ,より効率的な解析法の開発が求められている.その中でも,糖鎖に絞ったプロテオーム解析も実施され始めており1~3),今後糖鎖の解析技術は非常に重要な位置を占めると推測される.さらに将来を見据え,蛋白質医薬の申請用の構造決定を信頼性基準対応で実施していることも弊社の特徴である.

 表1にプロテオーム関連分野の弊社の受託サービスの内容について示した.蛋白質の発現,精製から構造解析さらには相互作用解析,ペプチド合成などの受託も行っているが,本稿ではプロテオーム解析(蛋白質の同定)と糖鎖構造解析を中心とした構造解析について紹介する

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グライコプロテオミクスとは?

 プロテオミクスは単なる技術開発の段階から,病態との関連を調べようとする応用段階に入り,臨床検査の観点からは新規な疾患マーカーの発見やオーダーメイド医療への応用がおおいに期待されている.しかし,現状のプロテオミクスでは明らかにできない蛋白質の構造,機能,ネットワークなどが,実はかなり存在している.なぜ明らかにできないか,その理由の1つとして,最も一般的で最も複雑な翻訳後修飾である糖鎖修飾解析法の未熟さを挙げることができる.生体内の蛋白質のおおよそ50~70%は,糖鎖修飾を受けた糖蛋白質であり,それらの糖鎖は糖鎖遺伝子の厳密な制御に基づいて順次付加され,完成された蛋白質となって本来の生理機能を発揮する.正しく糖鎖修飾を受けていない蛋白質は本来の機能を果たすことができず,その結果,個体に様々な病態変化をもたらす例は珍しくない.また病態変化が,蛋白質の糖鎖修飾に影響を与えることもよく知られた事実であり,多くの糖鎖性腫瘍マーカーや過度のアルコール摂取における糖鎖欠損トランスフェリン(CDT)などはその典型といえる.これらのことは,プロテオミクス研究が,単に蛋白質の同定を目的としているレベルでは問題とはならないが,蛋白質の相互作用や機能解析を目的とする場合には,現在のプロテオミクス技術では本来の生命現象を明らかにできない可能性がおおいにある.しかし,蛋白質の糖鎖修飾は,その複雑さゆえに現在のプロテオミクスではほとんど無視されているのが実状である.

 筆者らは数年前から糖蛋白質の相互作用や機能解析の基盤研究として,「どの糖蛋白質のどこにどのような糖鎖が結合しているか」を網羅的に解析するための技術開発の必要性を提唱し,それをグライコプロテオミクスと呼んできた.そこに求められる解析技術は熟達した専門家のみが可能である従来の方法ではなく,誰でも簡単に,微量のサンプルをハイスループットに解析でき,プロテオミクスと歩調を合わせて同時並行で実施できる新規テクノロジーである.しかし,このような研究を進めるための技術的な課題は山積みであり,これがグライコプロテオミクスである,といえるような完成された技術は現時点では存在しない.本稿では,このような研究が必要とされる背景,そして具体的にどのような課題があり,それらに対してどのようなアプローチがなされているのかを概説し,将来を展望してみたい.

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 血清蛋白質の異常(アノマリー)を分析することによって患者の病態を把握しようといういわゆる「臨床蛋白分析」の試みは,1937年にチゼリウス博士が蛋白質の電気泳動法を開発したところからスタートしたといっても過言ではない.この分析法はガラスのU字管に電解液を充填し,これに血清蛋白質を加えて電流を流したときに移動する蛋白質の界面を,シュリーレン像として観察するという当時としては画期的なものであった.かなり大掛かりな装置が必要であり,しかも当初は市販の装置がなかったために,臨床の場において多くの患者の検査法として広く利用されるには至らなかったものの,東京大学や京都大学,山口大学などの研究室が装置を自作し,患者血清を精力的に分析したことによって,炎症性疾患や肝疾患などの急性期に血清蛋白質に異常なパターンが現れることが明らかとなり,「臨床蛋白分析」の有効性を広く知らしめる結果となった.その後澱粉ゲルや寒天ゲルを支持体とするゲル電気泳動が開発されたことによって,病院の検査室でも比較的簡単に蛋白分析が行えるようになり,さらに特異抗体による沈降バンドの観察法を組み合わせたいわゆる「免疫電気泳動」が開発されて,血清蛋白質分析の黄金期を迎えることとなった.この方法は操作が簡単な割には,血清蛋白質の異常を鋭敏に検出できることから,現在でも一部の疾患の解析には欠かせない技術となっている.一方,セルロースアセテート膜を支持体とするいわゆる「セア膜電気泳動法」は,全自動の装置が市販されたということもあり,多くの大学病院等の検査室で日常的に実施されるようになった.しかしその後,ヒトの全ゲノムDNAの塩基配列の解読によって約3万種の遺伝子の存在が明らかとなり,いよいよゲノム情報に基づいたオーダーメード医療の時代に突入しようとしている今日,血清蛋白質の5分画パターンの異常からすべての疾患の病態を把握しようという考え方はあまりに時代遅れなものとなっている.「臨床蛋白質分析」にも最新の技術を取り入れ,「ポストゲノム時代の新しい臨床プロテオミクス」に生まれ変わるべき時期に差しかかってきている.

 現在のプロテオミクスは,オリジナルの「①二次元電気泳動と画像解析および質量分析の組み合わせによるもの」以外に,「②二次元クロマトグラフィーと質量分析の組み合わせによるもの」,「③プロテインチップと質量分析を組み合わせたもの(SELDI法)」など,様々なものが実施されているが,新たな疾患マーカーを探索する基礎研究には①と③が向いており,すでに多くの成果が報告されている.しかしこれらは基礎研究には有効であるが,臨床の現場で多数の患者血清の日常検査法として実施するには,設備の面や検査コストの面で現実的ではない.これに対し,将来の検査法として最も有力視されているのは,微小なチップ上で多数の患者検体の検査を多項目にわたって一度に行える,いわゆる「プロテインマイクロアレイ分析」であろうと考えられている.この際,マイクロアレイ上にプローブとして並べられるのは,恐らく各種疾患のマーカー蛋白質に対する特異抗体であると考えられる.しかしこれを実現するためには,①チップ上で検出すべき疾患マーカー蛋白質を多数見つけ出し,②それらに対する特異抗体を作製することが必要となる.

基本情報

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臨床検査
47巻11号 (2003年10月)
電子版ISSN:1882-1367 印刷版ISSN:0485-1420 医学書院

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