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はじめに
遺伝子工学の最近の急速な進歩により,遺伝子配列から類推した蛋白質の配列を完全に確実に決定できるようになった.また,種々の生物(大腸菌,酵母,昆虫)を宿主として求める蛋白質の配列を正確に発現させ精製することも可能となり,シークエンスを基とした蛋白質の機能,相互作用などの包括的な説明がなされるようになってきた.しかし,そうやって発現した蛋白質(リコンビナント蛋白質)と天然に存在する同じアミノ酸シークエンスをもつ蛋白質の活性を比較したとき,リコンビナント蛋白質では天然の蛋白質が示す活性を保持していないことが多い.このことは複雑な生物システムの解明は遺伝子から得られる情報だけではできないことを示している.これは蛋白質の機能や相互作用がアミノ酸シークエンスだけに留まらず,蛋白質の高次構造および遺伝子から生産された後に起こる糖鎖やリン酸などの修飾も影響を及ぼしているからである.
アレルギーは体の中の色々な細胞が関与した免疫反応の結果として引き起こされる世界的規模で重篤な根治の難しい疾患である.アレルゲンとなりうる物質はわれわれの身の回りのあらゆる所に存在しており,特に一般的なアレルギー(1型アレルギー)は外来抗原(アレルゲン)によって引き起こされる.そのようなアレルゲンには卵,牛乳,小麦,ソバ,マメなどの食物アレルゲン,ダニ,花粉(スギ,桧,ブタクサ,白樺,オリーブ),黴などの空気中を浮遊しているアレルゲン,ラテックス,洗剤などの接触アレルゲン,蜂などの昆虫毒素,キウイ,桃,アボガドなどの口腔アレルゲンなど様々な物質が存在している.それらのアレルゲンの中で大部分を占めるのが蛋白質または糖蛋白質であり分子量が10~100kDaの範囲に多くのものが存在している.I型アレルギーは上記のようなアレルゲンが体内に取り込まれ抗原提示細胞上に組織適合抗原とともにヘルパーT細胞に提示され,ヘルパーT細胞II(Th2)がB細胞と相互作用してB細胞がIgE抗体を産生することが引き金となって起こる(図1).IgE抗体に認識されるのはアレルゲン蛋白質の一部であり,この認識される部分をエピトープというが,エピトープとしては2つのタイプが存在する.1つは蛋白質のアミノ酸配列(1次構造)であり,もう1つは高次構造である(図2).これまでのアレルゲン研究においてエピトープが1次構造(シークエンシャル)の場合,そのエピトープ構造は容易に決定されるが,高次構造(コンフォーメーショナル)をもつエピトープは全く構造が決定されていない.スギ花粉症の主要アレルゲンCry j1のエピトープ構造がモノクローナル抗体を用いて検討された1)がこのアレルゲンにおいてはシークエンシャルなエピトープは1個で少なくとも他の3個はコンフォーメーショナルなエピトープであることが明らかになった.しかし,このコンフォーメーショナルなエピトープ構造はいまだ決定されていない.はじめに述べたように天然には様々なアレルゲン素材があり,1アレルゲン素材の中に沢山のアレルゲン蛋白質が含まれており,その1アレルゲン蛋白質の中にIgEと結合できる複数個のエピトープがある.またアレルゲンの生体への侵入経路も目,鼻,喉,腸などの粘膜,皮膚と複雑であり,アレルゲン構造の複雑性,免疫細胞における反応の複雑性,侵入経路の複雑性のために基礎および応用研究,診断および治療を困難ならしめている.アレルギー反応を実際の生体反応に即した形で知るためには膨大な数のアレルゲン蛋白質の特性を知ることが第1歩であるが,天然に存在するアレルゲンと全く同じコンフォメーション,糖などの修飾をもったアレルゲン蛋白質を遺伝子工学的に再現することは困難であり,コンフォーメーショナルなIgEエピトープの検索など,未解決のポスト遺伝子工学的仕事が大量に存在している.しかし,1つ1つを蛋白質レベルで解決していく地味な努力が複雑で困難なアレルギー問題解決の糸口を与えるものとも考えている.まず天然に存在するアレルゲンを検出し,同定することがアレルギー診断,治療においての第一歩であるので,現在行われているその検出法から述べることとする.
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