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はじめに
80年代以降,急速に発達した分子生物学は,各種の遺伝子操作技術の進展に寄与し,90年代には各種高等生物の全ゲノム配列を明らかにするというプロジェクトが発足した.
このプロジェクトは,コンピュータ技術の向上とあいまって,当初の予想を大幅に上回るスピードで解析が進んだ.2001年2月に,米国を中心とする国際ヒトゲノムプロジェクトとセレラ社は,それぞれヒトの全ゲノム構造をドラフト配列として報告した1).また,現在各国でヒトをはじめとする各種高等生物のcDNAライブラリーが,続々と構築されているが,いまだ未知の遺伝子も数多く存在する.ヒトゲノムの全遺伝子数は約30,000と報告されているが,このうちまだ約半数以上は機能が不明であり,これらの機能不明の遺伝子には,様々な疾患や病態に関連したものが存在すると考えられている.
このような状況下では,膨大なデータからいかにして有用な情報,または疾患関連遺伝子を見つけ出すかが,現在のゲノム研究の主流となっている.
ゲノムの解析により,数々の疾患関連の遺伝子が見出されてきたが,高血圧,高脂質血症,糖尿病といった生活習慣病,あるいはcommon disease2)と呼ばれる疾患に関してはいまだ原因を特定できずにいる.
これらの疾患は,単一の遺伝子異常ではなく,いくつかの原因遺伝子が複雑に関連して1つの病態を形成しており,症例や個体により原因となる遺伝子が異なる,いわゆる多因子疾患と推測されている.
多因子疾患に関連する遺伝子は,単独では効果が弱いのが一般的であり,必ずしも単独では疾患を発症しないことが多く,ほかの遺伝子の発現とあいまって発症するか,各種の環境因子が誘因となって疾患を発症するものと考えられている.また,多因子疾患は必ずしも遺伝子の異常のみではなく,遺伝子の産物である蛋白にも異常があり,疾患を発症すると考えられている.ヒトの遺伝子数は約30,000であるが,RNAのalternative splicingや,蛋白のprocessingにより,そこから作られる蛋白数は100~200万に及ぶと考えられており,いまだ機能未知の蛋白も多く存在している.このため現在では,多因子疾患の解析には遺伝子の解析のみならず,組織内・細胞内の蛋白質に関する情報が不可欠であるという見方が強まっている.
既存の分子生物学的手法は,特定の蛋白や遺伝子に注目して疾患を解析することが主流であったが,現在のように全遺伝子が続々と解明されるような状況下では,遺伝子や蛋白の網羅的な解析が,多因子疾患の病態解明において注目されている.このような蛋白の網羅的な解析はプロテオーム解析と呼ばれており,既存の生化学的な蛋白研究と区別されている.
プロテオームとは,ゲノムから発現するすべての蛋白質分子に関する総合情報,あるいは生体内に存在するすべての蛋白を意味する造語であり,1994年にオーストラリアのWilkinsが国際会議で使用し,1995年に初めて文献中に現れたものである3).
疾患プロテオーム解析の第一歩は,疾患群と対照群で蛋白の定量的な違いを解析することである.これら量的な変動に加えて,細胞内局在や翻訳後修飾等の蛋白の質的な変動を含めた研究はプロテオミクスと呼ばれており,本章では糖尿病の病態プロテオミクスについて述べる.
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