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がんは,単一あるいは数個の細胞ががん原性の突然変異(がん遺伝子の活性化あるいはがん抑制遺伝子の不活性化)を蓄積することで発生すると考えられている。したがって,がんの初期段階においては,がん原性の突然変異を獲得した異常な細胞(がん原性細胞)が正常細胞に取り囲まれた状態で存在し得る。近年,このようながん初期段階で引き起こされる“がん原性細胞と正常な上皮細胞間の相互作用”が,がんの発生に対して抑制的に働くことがわかってきた。例えば,がん遺伝子RasやSrcを活性化したイヌ腎上皮細胞由来MDCK細胞は,その周囲を正常MDCK細胞に取り囲まれると単層培養系からはじき出される1,2)。また,がん遺伝子ErbB2を活性化したヒト乳腺上皮細胞由来MCF10A細胞は,3D培養したMCF10A細胞の腺房様構造から内腔側へとはじき出される3)。更に,上皮細胞の頂底軸方向の極性を制御するがん抑制遺伝子scribble(scrib)の発現を抑制したMDCK細胞は,その周囲を正常MDCK細胞に取り囲まれると単層培養系からはじき出されることが報告されている4,5)。
同様にショウジョウバエ上皮においても,頂底軸方向の極性が崩壊した細胞(極性崩壊細胞)は組織から排除される。重要なことに,これら極性崩壊細胞は正常細胞に取り囲まれない場合には過剰に増殖することから,極性崩壊細胞は「正常細胞に取り囲まれる」という状況依存的に組織から排除される“細胞競合”現象であると考えられた。これらの事実は,上皮組織が細胞競合を介してがん原性細胞を取り除く“内在性がん抑制機構”を内包していることを示唆している。本稿では,このような細胞競合を介した内在性がん抑制機構の分子基盤とその意義について,筆者らの知見を中心に概説したい。
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