看護教育 33巻10号 (1992年10月)

特集 セクシュアリティと看護教育

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はじめに

 本来,人間の生活にとって性(セクシュアリティ)は,男として,女としての自認のもとに生きていく原動力であり,たとえ健康障害の状態にあるとしても,生きる根源にセクシュアリティがあってそれは自然である.高齢者,慢性疾患患者,ハンディ・キャップを持つ人などの増加は,セクシュアリティに関するニーズを機能的障害だけでなく,心理的あるいは社会的な性役割行動の欠如など実に多種多様に潜在・顕在化させている.そのような人々のQOLの実現を支えていくには,セクシュアリティを尊重した医療や看護が不可欠であり,そのためには,まず看護者自身がセクシュアリティに対して正しい理解や認識を持つことが望まれる.その上で看護の対象である人間のセクシュアリティについての深い理解と受容が生まれてくると言えよう.今回20数年ぶりに実施されたカリキュラム改正により,この視点が『精神保健』に柱立てされ,各教育機関で授業が展開されている.しかし概観する限り,「性」に関する科目の位置づけや教育目標,開講学年や時期,担当講師の選択,教育内容や教育方法および評価など試行錯誤の状態のようである.そこで本年2月,MT社の協力のもとに各看護学校や短大・大学が,性に関する科目をどのように展開しているか,その現状と問題点を把握するために調査を実施した.そこで得られた若干の興味ある知見を報じ,看護教育,中でも教育内容に焦点をあてこれからの課題を展望してみたい.

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 人間にとって性,セクシュアリティとは,男や女であることをふまえて人間らしく生きていくために不可欠なものである.すなわちセクシュアリティとは,食欲や睡眠欲と同様欠かすことのできない基本的欲求であり,生きる基盤である.たとえ健康障害状態にあろうと,その人の生きる根源にセクシュアリティがあって自然のことである.

 にもかかわらず医療や看護の場では,患者のセクシュアリティに関わるニーズや行動に対して十分な検討がなされず,どちらかというと避けているのが現状である.患者を幸せに生きる一人の人間として援助していくことは,生きることすなわちセクシュアリティを尊重した医療や看護が問われているのではないだろうか.

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現代社会に学ぶ看護学生の性のとらえ方

 目を閉じてください.皆さんにとって“性”とはどのようなものですか.心の中でイメージしてみて下さい.

 はい,目を開けて!浮かんだイメージを,ノートの片隅に書き留めてください.次に,来月から始まる実習グループに分かれ,そのグループで,人間にとって「性」とはどのような機能を果たすのだろうか,話し合ってみましょう.

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 西元 今日は「臨床で患者さんのセクシュアリティをどうとらえ援助していくか」というテーマで話し合います.

 進め方は,岸婦長さんに2事例あげていただいたので,その事例に沿って話をすすめます.事例紹介の後で話し合う時に必要な事項を確認し,それから「もし自分がその立場だったらどうしただろう.指導する立場だったらどういうふうなアドバイスをしただろう」というような意見を述べ合うことにします.

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 セクシュアリティとは,人間であることの一部であり,それは誰でもが持っている複雑な潜在能力である.とすれば,人間を対象とする看護において,教育・臨床そして学生を問わず看護に携わる者1人ひとりが,生涯にわたって学習していくべきものである.

 人間の実生活におけるセクシュアリティの実現には,生物学的側面,心理学的側面,社会的側面あるいは文化的側面が複雑にからみ合っている.セクシュアリティを理解するためには,まずこのような側面を正しく知ることから始まる.そこで,「性」を学ぶ時,そして語る時,訪ねて欲しい機関や団体,あるいは研究会やセミナー,一読して欲しい書籍,文献,さらに教材などに活用して欲しいビデオなどを,紹介してみたい.

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はじめに

 伝統的な看護の教授法は主に教師が教室で授業をし,実践教学の関連と智力の開発と能力の育成を重視しなかった.私は1年間の日本での研修で,先生と学生が事例を討議して,啓発しあって学んでいることから,中国従来の看護教学方法を改良しなければならないという思いを強くした.

 帰国後,わが国の病院看護部での臨床指導の実力とその積極性によって,1990年6月から内科看護学の教育改革を探究するために,病床側からの教授法を採用してきた.

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はじめに

 近年,透析技術の進歩,老齢人口の増加により,血液透析を受ける高齢者の数が増大している.一般的に,高齢者は記憶力が低下しており,理解力・判断力も低下しがちである.その上,視覚・聴覚に障害のある者も多く,四肢に機能障害のある者も少なくない.そのため,高齢者は一般的に自己管理能力が低いと思われる.また,高齢者への自己管理指導は大変難しいと言われている.

 高齢透析者の自己管理に関する研究では,患者の自己管理能力の不足を,家族に指導することによって補ったり,看護者が患者とより多く接することによって補うことが必要であると,述べられている.しかし,高齢者自身が必要な自己管理行動を習得するための指導・援助方法について述べているものは少ない.そこで筆者は,透析導入期の高齢者への自己管理指導の過程を分析することにより,高齢者が自己管理行動を習得するための援助のあり方について考察した.

特別講義

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 末期で死が迫った人々が求めるのは心身の安らぎである,とわたしは日々ホスピスで診療しつつ痛感する.

 最近のケースを2例紹介しよう.1例目はホスピスに来て精神的安らぎが得られた時,入院前と薬物治療は全く同じにもかかわらず身体的症状が消失した患者さんのケース.2例目は身体的苦痛がとれ,死の不安がなくなり,為すべき事を為し終えて準備万端,出発を待ち望んでいる患者さんのケース.最後に心身の安らぎを与えるホスピスケアの条件について述べる.

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 私は占領下の日本における看護政策,制度について研究をしている.占領下日本の看護関係の記録を読んでいると「オルトさんが……」という記述が多く登場し,戦後日本の看護政策を研究するためにはオルト少佐について調査することが重要であると考えるようになった.これがオルト少佐という人物を研究課題とするようになったきっかけである.

 今,私はオルト少佐に関する資料を探したり,その当時のことをよく知っている方々から情報をいただきながら,オルト少佐の活動と思想について研究を進めている.その過程で,オルト少佐がナイチンゲールから強い影響を受けていたことが,明らかになってきた.

連載 ことば

あいだ(間) 都留 春夫
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 時間はとき(時)とあいだ(間)から成る.ときは刻み(点)であり,あいだは持続,幅であり,ふたつのものに狭まれた部分の長さやひろがりがある.

 ときは日の出のような円環状の繰返しだともいえるし,次々に過ぎ去って二度と戻らぬものだともいえる.ときを見失うと,好機再び来らず,運をつかみそこなうことがある.

連載 往復書簡 東京と小樽を結んで・22

小樽―わが街 森 博子
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 初夏の頃,小樽市恒例の「伊藤整文学賞」が発表されました.この時期,私は何故か伊藤整と同じ時代を,小樽で生きた小林多喜二を想い出します.小樽が誇る2人の文学者「多喜二と整」は,まるで「影と光」のように対称的な生き方をしたのではないかと思えてなりません.私が初めて多喜二の存在を意識したのは,高校生の時図書室で偶然手にした「小林多喜二全集」の中の一枚の写真をみた時です.その時一瞬何が写っているのかよくわかりませんでした.でも目を凝らして見ると,それはうつ伏せになった多喜二の全裸死体でした.丸太のように腫れ上った太腿,その全身は黒く変色し,わずかに横顔をのぞかせていました.私は驚いて本を閉じ周囲をキョロキョロ見渡し,誰もいないことを確め写真をみたものでした.まるで見てはいけないものを見たような想いだったのです.その後読んだ「蟹工船」の強烈な印象も忘れることができません.蟹を追って日本海を北上し,オホーツク海から蟹罐工場のあるカムチャツカまで漁を続ける漁夫達の,苛酷な労働や悲惨,人間として扱われないことへの怒りと悲しみに圧倒されたことを想い出します.多喜二がプロレタリア文学者であったこと,共産党員であったこと,警察の特高の拷問により虐殺され29歳4か月でその生を終えたことは,まるで甘い蜜のように17歳の私の心をひきつけました.でもそんな心の昂揚も長続きせず,多喜二は私にとって遠い存在になっていました.

連載 看護学生解体新書・10

ボディタッチ 加藤 光宝 , 藤田 悌子
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 看護学生がB氏を受け持ちたいと言ってきた.B氏は,変形性股関節症の手術を受ける患者さんだ.脳性小児麻痺で,軽い不随意運動と言語障害があるが言葉はそれほど聞きにくいということはない.40歳,独身だが,年齢の割には話し方が幼いという印象を受ける.

 「今日からBさんの受け持ちになる看護学生の○○さんです」と紹介した.

連載 1つの看護教育史 1946~53 東京看護教育模範学院で学んだ人々・10

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卒業後の就業状況

 卒業後の就業状況を就業の有無,就業場所,勤続期間などについて集計検討した結果は,次のようであった.

 就業の有無別では卒業後,1・2回生の中には看護職以外の職についた者もいるが,3回生以降は全員が何らかの看護関係の職についている.1回生には全く職につかないものが5名いるが,2回生以降は卒業直後には全員就業している.

連載 看護史研究を志す人のために・1【新連載】

歴史,歴史研究とは何か 亀山 美知子
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はじめに

 近年,看護史に関心を持つ方々が増えてきたように思う.看護史に取り組む者の1人としては,現在の看護界の研究熱の高まりの中にあって,ともすれば少数派の位置に甘んじた感があったものが,いささか払拭されたようで心強い限りなのだが,時として気になることもある.

 何の研究でも,基本的には共通する部分があるとは言いながら,研究分野の特徴に応じてその目的や方法は異なるものである.看護史研究が確立した領域であるとは言い難いが,少なくとも歴史研究の1つであることには違いない.本稿では,1.歴史・歴史研究とは何か,2.歴史研究とその方法,3.看護史研究とその可能性,と3回に分けて,具体的な例を挙げながら私見を展開する予定である.

BOOKS 海外文献

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看護実践における継続教育の効果

Meta-Analysis

 本年6月に制定された「看護婦等の人材確保の促進に関する法律」の基本指針に「看護婦等の資質の向上に関する事項」が含まれている.そしてこれを受けて看護婦の責務として「自ら進んでその能力の開発及び向上を図るとともに,自信と誇りをもってこれを看護業務に発揮するように努めなければならない」とされている.また,病院等の開設者等の責務としては「病院等に勤務する看護婦等が適切な処遇のもとで,その専門知識と技能を向上させ,かつこれを看護業務に十分に発揮できるよう,病院等に勤務する看護婦等の処遇の改善その他の措置を講ずるよう努めなければならない」とされている.このように我が国でも政府において,看護の卒後継続教育は必要であると判断し,推進するようになってきている.こういった社会の流れに乗じて,看護婦は専門職業人としての自覚と誇りを持って,自己研鑚に努めていく必要性がますます高まってきている.

 このような中で,当然のこととしてとらえられながらも,本当のところ不鮮明であった「看護実践における継続教育の効果」を分析したのが本論文である.著者は米国ジョージア州のノースジョージアカレッジの助教授.米国においても,看護継続教育の効果に関する研究は数多くあるにもかかわらず,いまだに効果の程度についての確証は得られていない.

昌子の英会話ワンポイントレッスン・7

発音の盲点(その3) 横山 昌子
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 前回に続いてもう1回だけ発音のしくみについて書いてみたい.

 昔,私たちの先輩は青い眼の英語教師に,「What a beautiful day itis!」(今日はなんとお天気がいいんでしょうね)というのを出来るまで泣く程くり返し言わされたときいた.私たちもyear[jǝ]ear[iǝ]と何回もくり返し言わされ,泣きたくなった覚えがある.今にしてわかるのは[j]という音は子供の喧嘩で「イイーッだ!!」という音で,[i]はエに近い.したがってidiotic camera(バカチョンカメラ)は「エデオティクキャムラ」と聞こえる.もし,このような説明を青い眼の英語教師が先にしてくれていれば,泣く程くり返すこともなかったのにと思うのである.

基本情報

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看護教育
33巻10号 (1992年10月)
電子版ISSN:1882-1391 印刷版ISSN:0047-1895 医学書院

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