臨床雑誌内科 115巻4号 (2015年4月)

糖尿病治療 通説への挑戦 進化する科学知識は既存の糖尿病治療学に何を伝えたいのか

糖尿病医療学とEBM 石井 均
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糖尿病診療におけるEBMは,1990年代の臨床試験(DCCT,Kumamoto,UKPDS)がその端緒となった.これによってすべての医師が同一の基準で糖尿病治療が行えるようになった.2008年に発表された臨床試験(ACCORD,ADVANCE,VADT)は,治療が単純に普遍化できるものではなく,個人の身体的状況によって個別化することが必要であることを明らかにした.これを受けてADA/EASDは,2型糖尿病治療の個別化,患者の価値観や選好を重視すべきであるとの見解を示した.患者中心という方向で考えると,実臨床において,きわめて多様な要素が治療アウトカムに影響する.課題の中心は患者の身体および心理社会的状況にあるが,その対処の中心は医師(医療者)-患者関係にある.糖尿病医療学はそれらに焦点を当てて,一例一例を考える領域である.

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1型糖尿病に対する組織移植治療として発展してきた膵島移植は,膵臓移植に比しきわめて低侵襲な治療法であるとして,その治療効果に大きな関心が寄せられている.これまでわれわれは,細胞工学を用いて膵島をシート状に再構築し皮下移植することで,皮下で良好な機能を有する新生膵島組織を作成することに成功した.細胞シート技術はほかのさまざまな細胞にも応用されており,それらを膵島細胞シートと組み合わせて積層化することが可能である.今後の展望は,積層化技術を応用した複合型膵島細胞シートの開発により,急激な膵島障害,拒絶反応,血流障害などの重要課題を克服し,臨床のニーズに応じた再生医療を提供することである.

慢性期におけるHbA1c目標値 澤木 秀明
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HbA1cの目標値を設定するときは,年齢,罹病期間,臓器障害,低血糖の危険性,サポート体制などを考慮する.HbA1cのみに頼るのではなく,血糖値,グリコアルブミン,1,5AGなども併用する.修正できる因子にチーム医療で介入し,医原性低血糖を避けながら,なるべく低いHbA1cを目指す

急性期における血糖値指標 田蒔 基行
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さまざまな急性期疾患で血糖値が上昇することは臨床の現場においてよく経験する.疫学調査では,入院時あるいは手術後の高血糖は死亡率を上昇させることが示されている.介入研究では,血糖コントロールに伴う予後改善効果には議論の余地がある.厳格な血糖コントロールに伴う低血糖頻度の増加は予後を悪化させる可能性がある.しかしながら高血糖を放置することは容認されていない.米国集中治療医学会などは,急性期疾患では低血糖を避けつつ,目標血糖値150mg/dL以下を推奨している.

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超高齢社会にあたり,とくに加齢とともに頻度が上昇する糖尿病の治療は,ますます重要な課題になると考えられる.高齢者は多様であり,個々人の合併症や余命,価値観や人生観を含めた精神面,経済状況,社会的活動状況を考慮して治療目標を決定する必要がある.合併症予防を見据えた厳格な血糖管理が困難な場合でも,低血糖を避けつつ,合併症の進行抑制,失明や透析などの末期的状況の阻止,急性合併症予防など多様な目標が設定されうる.日本を含め各国の団体が高齢者糖尿病の治療ガイドラインを提唱している.健常高齢者と虚弱な高齢者とで群を分け,健常高齢者ではHbA1c 7.0~7.5%,虚弱な高齢者では7.6~8.5%を目標にすること(とくに身体機能の低下した高齢者では血糖管理目標はより高める)が共通事項となっている.ただ,虚弱や認知症を抱える超高齢糖尿病患者の管理目標値についてはエビデンスが乏しく,さらなるエビデンスの構築が期待される.

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2型糖尿病の食事療法のエネルギー所要量は標準体重と身体活動量で表される.標準体重はBMIを22としたときの体重が適正だが,高齢者では高めのBMIが望ましい.身体活動量はほとんどの患者が「軽い労作」に当てはまる.消費エネルギー量は二重標識水法でかなり正確に測定することができる.「軽い労作」における適正な身体活動量は28.3~37.8kcal/kgとなり,現在の基準に比べて高い.ただし,栄養指導の場面で25~30kcal/kgを基準に指導することはやむをえない.妊娠糖尿病に対するエネルギー制限は必要ない可能性がでてきた.

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低インスリン食とは,血糖の上昇度を緩やかにする食品を選ぶダイエットで,低炭水化物ダイエットは,炭水化物のなかでもとくに糖質を制限するダイエットであるが,同意語として,使用されることが多い.利点としては,脂肪燃焼による減量効果が大きく,とくに内臓脂肪が減少,中性脂肪が低下しHDLが増加,インスリン分泌が減少し血糖が改善することなどがある.欠点としては,減量効果や代謝改善効果が長期間続かない,体脂肪からのエネルギー動員となりケトーシスになりやすい,蛋白質の摂取が増えることで腎臓が悪くなりやすい,LDL-Cが増え動脈硬化を惹起する,糖尿病治療薬を内服している場合に低血糖を引き起こす,など注意が必要である.

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食事療法の代替療法はない.血糖値関連の特定保健用食品の関与成分は消化吸収阻害作用であることから,糖尿病患者においても効果が期待できる.糖尿病患者の10人に2人は健康食品を摂取している可能性が高い.血糖コントロールの改善を目的として健康食品を利用している患者は,健康食品を摂取している患者の2人に1人程度である.健康食品を利用している患者は,糖尿病に対して少なくとも「関心期」であることから,医療者は健康食品の利用を一概に否定するべきではなく,"健康食品を利用すること"を食事療法を始めるきっかけに用いる.

運動療法の通説とこれから 田村 好史
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糖尿病の運動療法については,現在まで多くのエビデンスが蓄積されつつあり,その方法論はおおむね確立されてきた.しかし,ある程度の目標値が定まった反面,それをどのように患者が実行していくかという具体的な方法論については,未解決の部分が多く残されている.また,わが国における医師・糖尿病患者に対するアンケート調査により,糖尿病運動療法における新たな課題についても浮かび上がってきている.

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適度な食事制限と身体運動の継続的実施は,血糖コントロールを改善させる.また,インスリン抵抗性改善を介し,2型糖尿病の予防,治療に有用である.運動療法は,変形性膝関節症など運動器障害の治療体系において主治療の一つであり,すべての患者が対象となる.運動器障害の運動療法は,筋力訓練(等尺性訓練),関節可動域訓練(入浴下でのストレッチング),および歩行訓練(主として水中ウォーキング)から構成される.散歩などの有酸素運動に加えて,高齢者では筋力トレーニングも併用する.

運動以外の身体活動 東 宏一郎
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エネルギー消費量を高め,血糖を改善するためには,とくに中高齢者では,運動以外の身体活動にも注目する必要がある.じっと座っている時間(sedentary time)が肥満と関連するため,立位をはじめとした低強度身体活動に置き換える工夫が求められる(Sit less,Stand more).sedentary timeの評価方法の確立と減らすための指導が,レジスタンス運動とともに,糖尿病患者の新たな運動指導としてますます重要になると思われる.

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DPP-4阻害薬は,血糖依存性にインスリン分泌を促すとともに,グルカゴン分泌抑制作用を有することから,単独での低血糖のリスクが低く,とくに食後高血糖を是正し血糖変動を改善する作用が期待される.近年の糖尿病治療は,DPP-4阻害薬の登場によりHbA1c値の改善のみならず血糖変動の少ない良質な血糖コントロールを達成することが可能となっている.しかし,DPP-4阻害薬の有効性と限界を知ったうえで,病態に応じて既存の経口血糖降下薬との使い分けや併用療法を上手に行うことがきわめて重要である.

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食生活の欧米化に伴い肥満2型糖尿病患者は増加している.肥満は高血糖,脂質異常症,ひいては心血管疾患の原因となるため,血糖コントロールのみならず体重,血圧,脂質異常の改善も重要となる.近年,尿糖排泄を促進することで血糖低下をきたす新規糖尿病治療薬であるSGLT2阻害薬が使用可能となった.SGLT2阻害薬は血糖低下に加え,体重・血圧低下と脂質異常の改善が期待でき,心血管疾患を抑制することが期待される.一方,SGLT2阻害薬の体重・血圧低下と脂質異常改善の機序は不明である.また,尿酸,グルカゴン分泌,小腸からのブドウ糖吸収に対する知見も報告されつつある.

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スルホニル尿素薬(SU薬)は,長時間作用するインスリン分泌系促進薬であり,血糖降下作用は大きいが,体重増加と低血糖のリスクがある.第一選択薬として使われる機会は減少したが,多剤併用療法として使用される頻度は依然高く,併用治療でのSU薬の用途は広い.SU薬受容体や結合分子への親和性が異なるため,SU薬の種類により虚血時の心筋保護効果やDPP-4阻害薬併用時の低血糖リスクが異なる可能性がある.高齢者,腎機能障害患者,シックデイなど安全使用を守るために注意を払いながら,上手な治療を組み立てたい.

注射製剤 安藤 恭代 , 弘世 貴久
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近年多くの大規模研究により,糖尿病合併症の予防には厳格な血糖管理が必要で,比較的早期からのインスリン導入が有用であることが報告されている.しかし,厳格な血糖管理では,低血糖増加や死亡率上昇も指摘されており,インスリン治療でも,低血糖を生じない血糖管理が重要である.現在は超速効型インスリンと持効型溶解インスリンによる強化インスリン療法が基本となり,低血糖頻度やQOLの改善はみられるが,健常人と同程度のQOLや寿命の確保はいまだ十分ではない.現在,より生理的なインスリン動態を目指して,肝作用型持効型インスリンの開発も進んでおり結果が待たれている.

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近年の薬物送達技術の進歩に伴いインスリンはさまざまな形で投与することが可能となってきた.2014年には吸入インスリンが米国FDAで認可され,現在発売準備段階となっている1).そのほかにも持続皮下血糖測定システムを利用したインスリンポンプ療法も多くの臨床試験がなされており,まさに「人工膵島」が実現可能となってきている.

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脳死膵臓移植は重症1型糖尿病の根治療法として1960年代に開始された.脳死膵臓移植は現在までに世界で37,000例以上の臨床例があり,80%以上が膵・腎同時移植として行われ,成績も年々向上し,現在は腎移植と同様に良好である.わが国でも脳死および生体膵臓移植が実施され,臨床例は欧米に比較して少ないが,好成績が得られている.筆者は国立病院機構千葉東病院および藤田保健衛生大学で脳死,生体膵臓移植,膵島移植の臨床を行い,そのいずれも良好な成績を得ているが,膵島移植はいまだインスリン離脱率が低く,今後の成績改善が必須である.今後は,糖尿病患者の病態,ニーズに合わせた適応決定,選択が重要である.

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細小血管合併症である神経障害,網膜症,腎症の進展予防にはHbA1c(NGSP)7.0%未満が目標とされている.神経障害の診断には糖尿病性神経障害を考える会の「糖尿病多発神経障害の簡易診断基準案」がよく使用されている.網膜症の治療初期の増悪を防ぐためには,HbA1cの低下幅は月に1~1.5%以下に留めたほうがよいといわれている.糖尿病腎症の治療は血糖・血圧コントロールが中心となる.糖尿病の予防・啓発は,糖尿病がもたらす合併症の医療費の削減の観点からも重要である.

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糖尿病患者の血管を護るためには,早期からの良好な血糖コントロールが重要である.血糖のみならず,脂質や血圧もコントロールする.低血糖も動脈硬化や血管イベントを促進するため,いかに低血糖を避けて血糖コントロールをするかが重要である.食後高血糖は独立した動脈硬化促進因子である.糖尿病治療薬には,血糖コントロールを超えた血管保護効果が期待できるものもある.

そのほかの糖尿病性合併症 吉井 秀徳
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糖尿病合併症の概念は,急性期合併症,慢性期合併症,最近では併発症をも包括している.併発症には,歯周病,認知症,がんなどがあげられる.併発症の発症機序は,近年の疫学的研究からインスリン抵抗性を基盤に発症することが解明されつつある.

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阻害型TSH受容体抗体(TSBAb)陽性甲状腺機能亢進症の3例を経験した。症例1は39歳男で、動悸で受診し、発作性心房細動と診断した。アブレーション目的で他院を紹介した際に、TRAb/3rd 1.3IU/L、TSAb 129%を指摘された。TRAb陰性バセドウ病と診断し、チアマゾールを開始した。1年4ヵ月で内服を中止し、経過観察中である。症例2は25歳女で、検診で洞性頻脈を指摘された。TSBAb陽性かつ24hr RAIU 59.7%より、TRAb陰性バセドウ病と診断した。甲状腺中毒症状も軽度で、甲状腺機能も未治療で改善傾向をした、TSBAb 63.0%と判明した。症例3は74歳男で、胸部圧迫感、体重減少で受診した。CRP陽性であったことから亜急性甲状腺炎後の甲状腺機能低下症もしくは抗Tg抗体陽性より無痛性甲状腺炎を疑い、レボチロキシンNaを開始した。甲状腺機能は正常化し、経過観察中である。

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74歳女。頭部外傷で救急搬送された。左急性硬膜下血腫、脳挫傷と診断し、緊急手術を施行した。術後、バルプロ酸の内服を開始し、リハビリテーション目的に転院した。ADLはほぼ自立していたが、喚語困難がみられた。自宅退院後も変わりなく日常生活を送っていたが、突然同じことを何度も繰り返し話し、人の言うことに理解を示さなくなる症状が数分~数時間みられるようになった。自宅でうつぶせに倒れているのを発見された。呼びかけに反応せず、右上肢の痙攣がみられ救急搬送された。外傷性脳挫傷、硬膜下血腫に伴う非痙攣性てんかん重積状態と考えた。局在性の脳波異常を呈し、左側頭葉由来の部分てんかん重積状態と判断した。上下肢をびくつかせるような痙攣で緊急搬送された。心エコーにより、たこつぼ心筋症と診断した。心機能は自然軽快し、意識状態も徐々に改善したが、失語症状が持続した。レベチラセタムにより失語症状は改善し、退院した。

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94歳男。30歳代に外傷により左眼を失明した。誤嚥性肺炎のため緊急入院した。入院前の日常生活動作は屋内での伝い歩きは可能で、食事は自分で摂取できていたが、ときどきムセがあった。全身状態が改善したため、第7病日よりリハビリテーションを開始した。第12病日には介助下に平行棒内歩行を2往復可能となったが、その夜に発熱があり誤嚥性肺炎の再発と診断した。嚥下造影により不顕性誤嚥を認めた。経口摂取は困難と判断し、経鼻経管による経腸栄養となった。日中傾眠傾向でリハビリテーションの継続は困難で、第59病日に療養目的で転院した。画像所見より膠芽腫の可能性が高いと考えたが、超高齢のため支持療法の方針となった。転院後135病日に死亡した。病理解剖で、主病変は脳腫瘍(多形性膠芽腫、右前頭葉~側頭葉・基底核)で、転移性はなかった。

基本情報

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臨床雑誌内科
115巻4号 (2015年4月)
電子版ISSN:2432-9452 印刷版ISSN:0022-1961 南江堂

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