精神看護 21巻2号 (2018年3月)

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 精神的クライシスにある人への介入の一手法として、これまでの精神科医療の枠を打ち破るものとして注目を集めているオープンダイアローグ。

 日本においては「オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)」が、その情報提供や研修を担い、日本における質の高いオープンダイアローグの普及に貢献しています。

 2018年3月、ODNJPは、「オープンダイアローグ 対話実践のガイドライン」を公表しました。このガイドラインは、オープンダイアローグの考え方や具体的なやり方を簡潔に整理したものであり、それぞれの現場で〈対話〉を始める際の起点となるものです。

 これまでオープンダイアローグを積極的に紹介してきた小誌では、本ガイドラインの重要性に鑑み、急遽その第1版を掲載させていただくことにしました。ぜひ臨床現場での対話実践に役立てていただければと思います。

(『精神看護』編集部)

特集 精神科で看取るために必要な技術と考え方(前編)

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 患者さんの高齢化に伴い、精神科でも看取りのケースが増えてきました。この特集は精神科で看取るとはどういうことなのかを、一から考えてみようという企画です。

 前編となる今回は、緩和ケアと精神科の両方を経験してきた松谷典洋さんに、看取りの技術を上げるために抑えておきたい基礎的な部分を解説していただきます。そして精神科でのより良い看取りを目指して試行錯誤をされてきた小貫洋子さんに、その経験を伝えていただきます。

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精神科の看取りの現状

⦿精神科の看取りに困難がつきまとう理由

 最初に、精神科での看取りの現状について考えてみます。私は今、身体合併症を持つ精神疾患患者を受け入れる病棟で勤務しているのですが、精神科のケアと看取りを同時にするというのはとても困難なことだなと日々感じています。

 その理由の1つは人員と設備の不足です。私が所属する横浜市立大学附属市民総合医療センター(以下、当センター)の精神科病棟(精神医療センター)は50床で、看護師は10対1の人員ですので、他に比べれば恵まれているのでしょうが、それでも大変です。救命しなければいけない身体合併症をもつ方がたくさんおられるので、そちらをケアしながら看取りのケアもしなくちゃいけないとなると、10対1でも十分なケアが提供しにくい。さらにスタッフが少ない他の精神科病院ではなおさらだと思います。

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精神科でも看取りを

⦿悔やまれる別れを経て

 日本は2040年に死亡数のピークを迎えます。患者さんの高齢化に伴い、どの精神科病院でも身体合併症を持つ患者さんやターミナルを迎える患者さんが増加していることと思います。

 しかし多くの精神科看護師は現在、身体合併症やターミナルケアに対して疑問やジレンマをかかえているように感じます。私もその1人です。

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看取り力を高めるために行っていること

⦿身体合併症の経験が少ないスタッフにレクチャーする

 スタッフには精神科看護以外は経験したことがない、あるいは他科の経験が短かいという人がいます。そうしたスタッフは身体ケアや看取りに対して不慣れであるため、苦手意識を強く持っています。

 そこで、病棟の患者さんに身体合併症の診断が出た場合は、月・水・金の午後に、30分程度カンファレンスをしている時間を利用して、その疾患の病状や予後、身体的変化などについてレクチャーをするようにしています。

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「みられなかった後悔」「やれなかった後悔」を残さない

⦿負い目を持つ家族にはより多く声をかける

 長期入院をしている間に、家族にはさまざまな変化があります。

 両親や配偶者がいる方は面会も多くあり、看取りにも立ち会うことが可能です。しかし、親族が先に他界され世代交代している場合は、ほとんど面識もない叔父・叔母・従兄弟が保護者になっている場合もあります。兄弟姉妹が保護者になっている方の中には、自分の配偶者に患者さんのことを伝えていない人もいます。それが理由で病院になかなか面会に来れず、それを負い目に感じている方もいます。そうした負い目を多く感じている家族に対しては、私はより多く声をかけるようにしています。

書論

遺族の立場を経験して 阿部 貴子
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「あれでよかったのだろうか」

 10年ほど前、私の父はホスピスで亡くなった。父は頑固で無口な人で、成長するにつれ父との会話はいっそう減っていた。そんな父ががんと聞いた時、私は楽観的に振る舞うことしかできなかった。治療の効果も芳しくなく、病床の父と2人きりになると何を話していいのか戸惑いを覚え、息苦しさすら感じた。それは、自分が父の死に向き合うことができない息苦しさだと思いながらも自分から話しかけることができなかった。

 ホスピスに移ると、もう苦しい治療はなく、父は母と穏やかに10日間過ごした。意識もまばらになった頃、「もう、数日でしょう」という医師の説明に、私は今の状態で父が望むとしたら何ができるのだろうと考えた。私は、治療のため、しばらく入浴できていなかった父に「お父さん、お風呂入りたい?」と話しかけた。その時、確かに父は頷いたように見えた。夜になって母から「お父さん、お風呂入ったのよ。すごく気持ちよさそうにほ〜って言ったのよ」と嬉しそうな声で電話があった。私はその時、それが父の体力を消耗させ寿命を短くしたとしても、父が気持ちよいと感じてくれたのであれば良かったと思えた。その翌々日、父は苦しむことなく静かに息を引き取った。

連載 栄養精神医学・1【新連載】

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この連載が目指すこと

 私が栄養や食事に関心を持ったのは、父が鍼灸師で幼い頃から東洋医学に触れ、体質改善の視点を大切にしていたからである。大学の精神科に入局した後も、東洋医学科の外来を長年担当してきた。そして東洋医学的な食養生だけでは不十分と感じ、現代医学的な栄養学も積極的に学ぶようになった。実際に精神科臨床において、食事や栄養の大切さを実感するようになり、もっと多くの医療従事者に関心を持ってもらいたいと思うようになり、今回、このような連載の機会をいただいた。本誌の連載を通じて、1人でも多くの方に、食事・栄養・腸管の分野に興味関心を持っていただければ幸いである。

連載 快より始めよ。・1【新連載】

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変化のない状況を、音楽が変える

 私たちが働く病棟は男性閉鎖病棟で、統合失調症や認知症の長期入院である患者さんが多く、平均年齢は70代、ベッド数は60床です。スタッフ数は、主治医1名、看護師22名、准看護師2名、看護補助7名です。患者さんは日常生活動作(以下ADL)に全介助を要し、1日の大半をベッド上で過ごされる方が半数を占めています。家族は高齢化し、仕事の関係者の面会も少なく、またスタッフのマンパワー不足や経験不足もあり、通常の看護介入以外の声かけが十分にできない状況にあります。そのような状況で、1日中ベッド上で過ごす患者さんはどのような思いで過ごされているだろうか、と心を痛めることがあります。

 当病棟では2年前から、主に自立している患者さんを対象にラジオ体操やレクレーションなどを行うなかで、音楽を流すことを日課にしていました。そうした際は、普段は見られない患者さんの笑顔や言語に接することができ、音楽が生きる意欲や楽しみにつながっていると感じられる嬉しい変化が見られました。

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 長年勤めた大学を定年退職して早いものでもうすぐ3年が経ちます。退職前は、「辞めて、どこの大学にいらっしゃるのですか」と聞かれることが多く、「どこにも行きません」と答えると、信じられないというような顔をされたものです。現在は、名刺を渡すと「Office-Asako」という所属名を見て「何をしているのですか?」とたびたび聞かれます。そこには「どうやってそれで食べて行かれるのですか?」という意味も込められているようです。

 そこで、疑問にお答えするかたちで、私が大学という組織を離れてから、何を考え、何をしているのかについてお伝えすることにしました。私の経験が読者の皆様方の今後に少しでも参考になればと思います。

連載 福祉を下に見てはいけません。地域に出て見えてきたこと・1【新連載】

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 『精神看護』読者の皆様、こんにちは。僕は大阪府の吹田市というところで精神科医をやっている者です。正直言いましてこのタイトルは、医療がやもすると福祉を下に見る傾向があるんじゃないの? という問題提起の意味を込めてつけたものです。医療と福祉は上とか下とかじゃなく、違うものなんです。地域に出てそのことを強く感じるようになり、それを伝えたいと思っての3回連載です。

 おおまかにですけど、医療と福祉について今まで(過去)と今(現在)と今から(未来)とに分けて語らせていただこうと思っています。今回は「過去」編です。当然、自分の経験からものを言おうと思ってはいるのですが、僕はなにぶん思い込みが強く、妄想癖に近いものを持っている人間ですので、そのあたりは決めつけや嘘もあるやもしれません。読者の皆様には寛容なお気持ちでお読みいただけたら幸いです。

連載 訪問看護で出会う“横綱”級ケースにくじけないための技と型、教えます・5

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突然の拒否

 皆さんも、少なからず利用者から拒否を受けた経験があると思います。「バカにされた」「押し付けられたような感じだった」「キチンと対応してくれなかった」などを理由に「訪問看護やめます」と電話がかかってきた経験を私も持っています。

 通常は訪問した支援者と対話してもらうことで、言葉の掛け違いや誤解は解消していきます。しかし、自分には非がなく、相手側の言動だけに問題があると考えている利用者の場合は対話の余地がなく、支援者との関係を一方的に遮断しようとしてきます。今回は、このような時の対応技を紹介します。

連載 イイネ!その業務改善・9

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ナースの超過勤務が問題だ

 内閣府は2007年より仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章を策定し、「労働者の健康を確保し、安心して働くことのできる職場環境を実現するために、長時間労働の抑制、年次有給休暇の取得促進、メンタルヘルス対策等に取り組むことが重要である」としています。また、日本看護協会は2008年に行った時間外労働、夜勤・交代制勤務等緊急実態調査において、看護師の23人に1人が過労死危険レベルの勤務をしていることを明らかにし、その結果に基づき、2009年より「ナースのかえる・プロジェクト」を展開しています。

 超過勤務による慢性疲労は、医療職者の負担だけではなく、患者サービスへの質の低下、リスクの増大につながるとされており、超過勤務の削減は、看護の質、安全な医療環境の提供、スタッフの安全のためにも図らなければならないものです。

連載 精神看護専門看護師って何する人ぞ?・4

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大学院選びでの回り道

 中学2年生の頃に、将来は看護師になりたいという夢を持ちました。中学3年生になり、本当に自分の夢が叶うだろうかと当時の担任の先生に相談したところ、「夢を持ち続け、少しの努力とそれをつかみとる勇気があれば、気づいた時には夢は叶っている」と言われ、その言葉を胸に看護師を目指し、免許を取得できました。愛知県心身障害者コロニーの児童精神科に配属され、1年半後にあいち小児保健医療センターがオープンするため転勤となりました。ここでは小児心療内科病棟に配属され、病棟の立ち上げからかかわりました。

 この病棟の対象患者さんは、主に被虐待と発達障害があり家庭での療育が困難だったり不登校である子どもたちでした。ここで4年働くなかで、子どもが子どもとしての本来の力を取り戻し、家族も主治医の外来治療により精神健康度が上がり、幸せになっていく姿を見て、ケアの力を実感することができました。そして子どもの心のケアための仕事をライフワークにしていきたいと思うようになりました。

連載 ふしぎの国のデイケア・4

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刺せ! 盗め! 2人とも殺せ!

 「刺せ!」「盗め!」「2人とも殺せ!」

 幻聴ではない。ソフトボールだ。

特別記事 「痛み」をめぐる最新医療情報(前編)

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はじめに—慢性痛は、生物学的アプローチだけでは対応できない

 私たちが身近に遭遇する痛みには、ケガや捻挫、外傷、頭痛、腹痛、喉の痛みなどさまざまなものがある。これらはケガや病気に伴う痛みで、急性痛と呼ばれている。体の異常を教える警告であり、原因の同定が比較的容易である。治療薬や痛み止めにて治療し、原因が改善されれば痛みは軽減・消失し、治療も終了する。

 一方、慢性痛の場合は警告としての痛みではない。慢性痛は単一の痛みの原因を見つけることは難しく、現在では痛みの原因によらず3か月以上痛みの継続がある場合を一般的に慢性痛と呼んでいる。慢性痛の場合は、痛みだけでなく、しばしば不安や気分の落ち込みなどの精神症状を合併し、仕事、家事、学校生活などの日常生活に支障をきたす場合がある。すなわち急性痛が病気やケガの症状の1つであるのに対して、慢性痛は痛み自体が病気であり、「痛みの病気」としての対応法が求められる。

 慢性痛の患者さんの多くは、医療機関を訪れては「病気は見つかりませんでした。心配ありません」「痛みの原因は不明です」、あるいは「精神的な痛みです」という説明を受けるだけで、具体的な痛みへの対応法についての助言はもらえずに戸惑いを感じてきた。

 慢性痛に対しては、原因を治療する生物学的アプローチだけでは対応しきれないという事実を医療者と利用者が共有することが出発点になる。そして患者対応では、生物精神心理社会的アプローチを実践する「集学的痛み治療」の有用性が数多く報告されている。

 「集学的痛み治療」とは、患者さんを中心に据えて、関連する診療科での診察・検査を通じて、個々の患者さんの痛みの原因究明と、それに対する適切な治療法を見出す診療体制のことである。

 本稿では、集学的痛み治療の歴史と変遷、加えて日本大学医学部附属板橋病院(以下、当院)が持つ痛みセンター外来での治療の実際と治療成績について紹介する。

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痛みの世界も客観化へ

 患者さんを診察する時には、通常、バイタルサインとして血圧、脈拍、呼吸数、体温が用いられているが、それらに続く第5のバイタルサインとして、近年「痛み」の評価が注目されている。しかしながら痛みは患者さん自身にしかわからない主観的な感覚であるために、客観的に把握することはこれまで難しかった。

 痛みの程度を計測する評価方法として広く使用されてきたビジュアル・アナログ・スケール(VAS:Visual Analogue Scale)は、紙の上に10cmの線を引いて、左端に0(全く痛みなし)、右端に100(想像するに一番強い痛み)と書き、患者さんに現在の痛みに相当するのは0〜100の間でどのあたりになるのかを指し示してもらうことによって、痛みを評価するものである。これは患者さん個人の主観的な痛みの程度を知ったり、痛みの経時的変化を観察するには威力を発揮するが、あくまで主観の域を脱することはできないツールであった。

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基本情報

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精神看護
21巻2号 (2018年3月)
電子版ISSN:1347-8370 印刷版ISSN:1343-2761 医学書院

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