訪問看護と介護 18巻10号 (2013年10月)

特集 訪問看護の胃ろうケア―迷いながらも寄り添って

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前号で大賞を発表した懸賞論文「『胃ろう』をつけた“あの人”のこと」。

100通近くいただいた応募作品のなかには、惜しくも受賞は逃したものの、かけがえのない“あの人”との物語や、個性豊かな地道な取り組みの数々があふれていました。

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 胃ろうを必要とする患者やその家族が抱える課題について、多方面で議論されるようになった。

 たとえばNHKのドキュメンタリー番組「ETV特集 食べなくても生きられる――胃ろうの功と罪」(2010年7月25日放送)では、胃ろうを造設する過程における家族の揺れ動く思いが取り上げられていた。実際、胃ろう造設をめぐる介護者の負担は免れないし、介護環境とは別に本人の尊厳に関わる倫理的問題もあり、私自身、数多くの課題が残されていると感じている。

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 “あの人”は、どんな選択をしたかったのだろう?

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 80歳代で神経難病(進行性核上性麻痺)を発症したオカベさんは現在91歳。5年前に誤嚥性肺炎の治療後、胃ろうが造設されました。退院後は在宅療養となり、胃ろう管理を含めた療養相談の目的で、私たち訪問看護が介入することになりました。

 退院前訪問で主介護者である奥様に初めてお会いしたとき、「この人より1日でいいから長く生きて、お世話をしたい」と話してくださいました。この言葉どおりのお人柄である奥様の介護は、とても献身的で思いやりが深く、訪問のたびに驚いたり感心したりの連続でした。

一緒に前に進むしか 辻 弘美
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 看護師をしていると、「胃ろう」についてのさまざまな意見や思いを耳にします。

 みな、医師から選択を迫られたものの、「どんなものなのか?」「難しいことなのか?」「造るべきなのか?」「造らなければどうなるのか?」……と悩みます。きっと、私も看護師でなければ迷うでしょう。そんな迷いのなかで、一生懸命に考え、人に聞いたり調べたり、本を読んだりして、ベストと思う決断をします。その選択は、すべて正しいのだと私は思います。

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 先人が「幸せに長生きできるように」と開発してきた素晴らしい医療技術の数々を、「人を簡単に死なせないようにする」ためだけの技術におとしめてはならない。老いや病いを拒否するのではなく、技術を使って「生きやすくする」「幸せにする」ということが大切なのだ。私は、「胃ろう」もまた、そのような多くの技術のひとつであると考えている。

 訪問看護師として、胃ろうをつけたさまざまな人を看てきた。ある方は、退院したら経口摂取できるようになり、そのまま胃ろうを閉じてしまった。たしかに胃ろうは、ある一部の人にとっては欠かせない。時に、命を復活させる。「食べる」という喜びへの道を切り拓く、素晴らしい技術である。「食べる」ことは「生きる」ことそのものであり、「一緒に食事をする」という行為こそ本当の意味で「共に生きていく」ことであると言っても過言ではない。では、二度と食べられる見込みがないならば、胃ろうは単なる「延命」になってしまうのだろうか。

「平穏死」を言う前に 千葉 信子
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 近年、にわかに「胃ろう」がクローズアップされている。話題の中心は、胃ろうの功罪だ。一方で、「尊厳死」の法制化が議論され、「平穏死」という言葉が1人歩きし始めた。今なぜ、「尊厳」を守るという名目のもと、急に胃ろうの功罪が取り沙汰されるのか。つい最近まで、胃ろうの造設とケアに関する研修が数多く開かれてはいても、その功罪が問われることはほとんどなかったというのに。

 たしかに、胃ろうからの栄養で延命し、うつろな表情で管につながれ寝たきりになっている患者さんたちがいるのも現実である。それは、誤嚥性肺炎や体力低下を防止するためと、多くの病院で当たり前のように造られてきたが、その後のリハビリは進まず、経口摂取に移行できないなどの結果になったと思われる。筆者自身、長らく病院に勤務してきて、このような風景を目の当たりにしてきた。医師の指示に疑問をもたずに管から食事を流すという仕事を見聞きし、少なからず関わってもきた。インターネットを見れば、胃ろうによって命を長らえることになった脳梗塞や認知症などの患者家族が、経済的負担などに苦悩する経験が縷々(るる)と連ねられている。

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 1998年のこと、埼玉県新座市にある中規模病院の訪問看護ステーションで経験したことです。

 同病院を退院したミエコさんは、脳梗塞による両上下肢の麻痺と嚥下障害、言語障害の後遺症がありました。70歳代後半で、同年代の夫と2人暮らしです。子どもや孫が、休みの日には老夫婦を訪ねていました。

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 トキワさんは1931年生まれ、現在82歳です。2006年10月に左後頭葉脳内出血を起こして3か月間入院し、退院した2007年1月から訪問看護を開始しました。6年前のことです。

 実はトキワさん、退院時に医師からは「余命半年」と告げられていました。入院中に誤嚥性肺炎を2度発症したことから、ボタン型の胃ろうをつけていましたが、その交換の必要性もないだろう、と言われていたのです。

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 初子さんは認知症だ。肺炎を起こし、食事をとれなくなって入院することになった。でも入院中に騒いだらしく、十分に治療ができないまま胃ろうを造って退院してきた。家に帰ってきてからは、すっかりおとなしい。

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 のぶくん、ひさくん、こんにちは! 元気ですか?

 今、何をしていますか? 高校は楽しいですか? あれ? ひさくんは、まだ中学生だっけ? 私も、いろいろありながら、元気にしています。

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 「住み慣れた地域で、食べ慣れたものを口から食べて、自然に逝く」。それを切に願っても、現実的にはとても難しい今の高齢者医療の現実に対して、何かできることはないのだろうか――。

 この思いが、今回ご紹介する「おいしい!プロジェクト」を立ち上げる原動力になりました。当時、焼津市立総合病院の地域連携室で医療相談を担当していた私は、数多くの退院相談を受けるなかで、「経管栄養になると、在宅介護を諦める家族が多い」「高齢者は、誤嚥や肺炎、食思不振で救急搬送される」「現場の介護職は食事介助の難しさを実感しているが、そのための研修体制が整っていない」などの実態が地域にあることを感じていたのです。

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 認知症高齢者の在宅介護には、もの忘れに始まり、被害妄想や幻覚、徘徊などの周辺症状への対応が日常的に求められる。また、進行性で症状や状態が変化することが、その対応をいっそう難しくさせている。

 「食事摂取」についても、認知症の進行に伴い自力ではできなくなっていく。とくに重度の認知症では、味覚の低下に伴う「食欲低下」、食物を認識できないがための「食事拒否」などがみられ、全身状態の悪化を招く。また、「嚥下困難」により食事摂取量が減り、「低栄養」等の状態に陥る。

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 重度肢体障害の弘美さんは、7歳で交通事故に遭い、1年間の入院生活のあと、ご両親と自宅療養されている。今年、晴れて成人を迎えた。時おり誤嚥しながらも、経口摂取を12年間続けてきた。年頃の女性らしく、ケーキやプリンなども楽しみ、母親も経口摂取の継続を希望している。しかし、昨年から新たに利用し始めた通所施設(以下、A施設)から、経口摂取による誤嚥の危険性について提起された。

 弘美さんは、経口摂取を続けてよいのかよくないのか。また、経鼻栄養や胃ろうの適応なのか。それを検討するため、弘美さんを支援するチームで話し合いをもった。そこで、訪問看護師として、その判断の難しさを感じ、弘美さんの食事について改めて考える機会になったため、ここに報告する。

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現在63歳。6年前に、57歳で訪問看護を始めた。

病棟看護に20年、看護教育に15年間携わってきた経験が、訪問看護に結実したかたちだ。

夏目さんの訪問看護の核にあるのは、徹底した「基礎看護技術」。

夏目さんが言う基礎看護技術には幅広い意味が込められ、とくに重視するのは技術提供の“タイミング”だ。

設置母体のナーシングホーム「気の里」が力を入れる食の支援と、胃ろうケアへの訪問看護としての取り組みについても聞いた。

連載 「医療」と「福祉」再編の時代へ 「介護職員等による喀痰吸引等の法制化」を読み解く・第4回

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 前回は、介護職員等が喀痰吸引等を行なう前提となる「研修」の枠組みについて述べました。今回は、いよいよ「実施」の段階に入っていきます。「介護職員等による喀痰吸引等実施のための制度」(「社会福祉士及び介護福祉士法」の一部改正。以下、本制度)は介護職員等による喀痰吸引等の「安全性」と「普及」を目指すものですから(第2回p.666)、ここからがいよいよ本番です。

 前回、介護事業者等が喀痰吸引等への取り組みをためらう理由のひとつに、「安全面でのリスク」があることを示しました(第3回p.814)。本制度では、その「安全」を担保するために、「医療との連携」を登録特定行為事業者となる要件にしています(表*1)。

連載 在宅ケア もっとやさしく、もっと自由に!・49

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 暮らしの保健室に多職種が集まる月1回の勉強会。その節目というべき20回目のテーマは「療養の場の選択肢を広げるには?」でした。副題に「のりしろのない対応にさまよう がん療養者と家族」とつけました。「のりしろのない」という表現、不思議に聞こえるかもしれません。

連載 介護することば 介護するからだ 細馬先生の観察日記・第27回

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 ときどき、グループホームに通い始めた頃のビデオを見直すことがある。我ながら恥ずかしい場面が多い。今だって気の利かないことに変わりはないのだが、数年前の自分の立ち振る舞いは、何もわかっちゃいないと思うほどぎこちなくて、冷や汗ものだ。

 最初の頃、もっとも不思議に思ったのは、入居者のカワカベさんになかなか立ち上がってもらえないことだった(本連載第1回「真似で関係が動き出す」、本誌2011年8月号)。カワカベさんは、食事が終わってからテーブルについている時間がずいぶん長い。他の人がすっかりいなくなり、口をゆすいだり、トイレに行ったりして、居間でテレビを視る段になっても、カワカベさんは、飲み残しのお茶を何度も確かめ、ときどきどこか一点をじいっと見つめ、座り続けている。

連載 一器多用・第29回

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 今年のお盆は、久しぶりに実家で過ごしました。ここ数年、お盆も仕事でなかなか帰れませんでしたが、今年はスケジュールを調整して完全参加。わが家があるのは完全な田舎です。都市部と違って、よくも悪くも、かなり強い地域の結びつきがあります。地域の「新盆参り」に私もそろそろ出なければ、というのが最大の理由でした。昨年亡くなった方がいる家8軒すべてにお参りすることで、“田舎の長男”である私が、父からの代替わりでいよいよ“地域デビュー”を果たしたわけです。

連載 「介護」「看病」は“泣き笑い” ウチの場合はこうなんです!・第31回

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母さん もう! 父さんのせいで大恥をかいてしまったわ!

杏里 なになに? どうしたの?

連載 地域のなかの看取り図・第9回

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 おばあちゃんが脳梗塞で倒れて入院している間、おじいちゃんは会社に出勤するように病院に通い続けました。ほとんど一日中、病院にいました。看護師さんや入院患者さんと談話室で会話するのを楽しんでいるように見えました。おじいちゃんは、介護……はしません。何をしてよいのかわからないのだと思います。これまでずっと、おばあちゃんが身のまわりの世話をしていましたから。

本連載はWebマガジン「かんかん!」http://igs-kankan.com/article/2013/04/000747/index.htmlにて順次無料公開中

書評

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 なにげない日常生活を送るなかで、時折思うことがある。あと何回くらい、こうして朝目覚めて、歯を磨くのだろう。あと何回くらい、家族と食事ができるだろう。人生の最期は、住み慣れたわが家で、使いなじんだ自分のベッドで天窓を眺めながら逝くことができるだろうか。

 「がん看護」「緩和ケア」と名のつく研究室を担っていることもあり、「死」あるいは「人生の終わり」について考えることがしばしばある。それは看護職として、死に逝く患者に残された時を思うことであったり、身内や自分自身の死に際のことであったりとさまざまである。

読者の声

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困難を乗り越える力を高める災害対策

健康社会学者、ヘルスコミュニケーションスペシャリスト 蝦名玲子

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ニュース―看護と介護のこのひと月

INFORMATION お知らせ

今月の5冊

投稿規定

バックナンバーのご案内

次号予告・編集後記 杉本 , 多淵
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前号に引き続き、懸賞論文へのご応募から、今月は「訪問看護」に焦点を当てました。加えて「あなた自身が胃ろう造設の選択を迫られたら?」とアンケート。決して簡単な質問ではありません。なかには、その回答と、原稿に見てとれる看護師としての実践には隔たりが。この結果に私は唸りました。一個人としての価値観と、看護師としての価値観とは必ずしも一致しない。しかし、一個人のそれは当然、医療の価値観やルール、世間一般の風潮や倫理観も、いったん棚上げして、あくまで目の前の人に寄り添おうとする。それは一見地味ですが、簡単にできることではありません。その胆力に、改めて感じ入ったのです。そこには、受身ではないダイナミズムがあると巻頭の夏目さんは指摘しています。…杉本

本号の「マグネットステーション」にご登場いただいた夏目さんは、タイトルにあるとおり57歳で訪問看護の世界に飛び込みました。「長年の夢だった」と笑顔で語る夏目さんのお話をうかがい、その思いの強さに感嘆しました。徹底して基礎看護技術を突きつめようするその姿に、「夢は見るものではなく叶えるもの」と言ったなでしこJAPANの澤穂希選手が重なります。訪問看護にはW杯のように金メダルはありませんが、熟練の専門職ならではの“いぶし銀”の輝きを、しかと感じました。この記事が、いずれは地域で夢を叶えんと、いま努力を続けている方たちの励みとなれば幸いです。…多淵

基本情報

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訪問看護と介護
18巻10号 (2013年10月)
電子版ISSN:1882-143X 印刷版ISSN:1341-7045 医学書院

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