脊椎脊髄ジャーナル 32巻10号 (2019年10月)

特集 ついに始まった頸椎人工椎間板置換術

特集にあたって 谷 諭
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 幕末の思想家である吉田松陰が士規七則の中で述べている「読書尚友」という言葉があります.読書によって優れた人物の具体的な事例を知ることの大切さを説いていると最近知りました.同じことではないですが,医療の世界も過去の経験を理解することでその進歩があるわけで,先人の経験を知らずには同じ過ちを繰り返し,同じレベルに留まってしまうことになりかねません.

 昨年から頸椎人工椎間板の使用が可能になったわれわれですが,すでに関節外科の領域では実用化されてから半世紀以上の歴史があり,それを知らずして「新しいもの」を使うことはまことに慎まなければならないと思っていました.その思いから,この特集では,飯田寛和先生に特別にお願いして人工関節の歴史を試行錯誤の段階から紹介していただきました.また,学会を執り行う直前でお忙しい中,根尾昌志先生にも腰椎人工椎間板の歴史を踏まえたレビューをいただけ,大変嬉しく思っています.さらに,このような歴史を背景に,産官学の連携を慎重に図りながら本邦導入のまとめ役をしていただいた吉井俊貴先生にその経緯を紹介していただきました.以上のような解説をお読みいただき,本邦への人工椎間板導入を是非に確認していただければと思います.

人工関節の歴史 飯田 寛和
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はじめに

 関節機能再建への挑戦は,古くは1800年代後半よりセルロイド,銀,亜鉛,象牙,関節包膜などを使用した試みがなされている19).主に股,膝,肩,肘,足関節,手・指関節において臨床での挑戦がなされてきた.ドイツのGluckは1880〜90年にかけて結核による膝関節,足関節病変などに金属や象牙,さらには骨セメントなどで14関節の置換を行い,そのうち5関節についての詳細を報告しているが,短期の成功後多くは感染のため抜去に至ったとされている4,7)

 各関節においては解剖学的,力学的,病態的差異により発展の歴史が異なる.本稿では,人工椎間板特集の前座として主に股関節を中心にその歴史を述べる.実用化されて半世紀以上になるが,実に多くの人工股関節(total hip arthroplasty:THA)が開発され,失敗を繰り返しながら発展してきた.図 1にThe Adult Hip14)のChapter 1に記載された過去の多く人工股関節をまとめたが,実に多種多様のTHAが開発され消え去っていることがわかる.すべてを包含すると膨大冗長になるので,問題の焦点を理解しやすくするため,主な要素についての成功と失敗の歴史を主体に解説する.

 股関節において現在に通じるTHAとしては,英国のPhilip Wilesが1938年から6例のTHA(metal on metal resurfacingとtrochanteric hip nailを組み合わせた形状)を行ったが,第二次大戦で記録が消失し,35年後に1例のみ関節が残っていたもののほぼ強直状態であったことが述べられている15,17).以後,1952年のMooreやThompsonの人工骨頭およびMcKee,Ringなどによる人工股関節が主に英米で開発され本格的に臨床応用が始まったが,長期耐用性は未知数であった.その中で英国Wrightington病院のCharnleyの仕事がきわめて先駆的かつ包括的であり,臨床成績を革新的に向上させた5,16,18).彼が着目した長期耐用性を獲得するための要素として,関節面に生じるトルクの減弱,材料の耐磨耗性の向上,骨との固定性の改善,感染対策,外科手術手技の改良などが挙げられる.本稿ではCharnleyの業績を基本とし,以後の改善と改悪の歴史について,長期耐用性を獲得するための要素別に述べる.

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はじめに

 脊椎の手術は基本的に除圧と固定であり,現在行われているさまざまな手術法もほとんどはこのどちらか,または両方(除圧固定術)に分類される.除圧は骨組織や椎間板を切除することが多く,固定術は固定椎間の生理的可動性を犠牲にするため,たいていの脊椎手術は障害された組織を完全に復元するものではなかった.それを考えると,人工椎間板置換術はもとの椎間板機能を再建することを目標としており,もしその目的が完全に達成されれば失うものがほとんどない点が画期的である.人工椎間板手術は,変性椎間板によって起こる頸部痛,腰痛,各種神経症状を,椎間板そのものおよびヘルニア,骨棘を切除することにより改善させ,切除した椎間板を人工椎間板に置換することで脊椎の生理的な機能を再建する.そして,それによって固定術の長期合併症である隣接椎間障害を防ぐことが期待されている.人工関節が関節外科治療を一変させたように,人工椎間板置換術も今までになかったコンセプトで,脊椎外科に新たな分野を切り開く可能性を秘めている.しかし,大きな期待をもって全世界に広がった腰椎人工椎間板置換術の成績は,必ずしもバラ色ではなかった.その結果を踏まえて,腰椎人工椎間板が日本に導入される見込みはほとんどなくなった.日本のdevice lagがよい方向に作用した数少ない例であろう.一方,頸椎人工椎間板は欧州から25年以上遅れて,2017年ついに日本で認可された.現在,日本脊椎脊髄病学会,日本脊髄外科学会が中心となって策定した頸椎人工椎間板置換術適正使用基準に基づいて,限定された施設で厳格な手術適応で頸椎人工椎間板置換術が始まっている.しかし,頸椎人工椎間板の使用が今後一般の病院にも広がっていくにつれて,不適切な適応拡大や合併症の増加が懸念される.頸椎人工椎間板手術が今後日本において健全に発展していくためには,人工椎間板の歴史と他国の現状を知っておくことがきわめて重要である.

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頸椎前方固定術と隣接椎間障害

 1950年代にRobinson,Smithらによって,前方から椎間板を摘出し骨移植を行う頸椎前方除圧固定術(anterior cervical discectomy and fusion:ACDF)が報告され,その後60年以上にわたって頸椎椎間板ヘルニアや頸椎症に伴う神経根症や脊髄症に対する標準的な術式の1つとして広く行われている29).ACDFは,ヘルニアや骨棘によって脊髄や神経根が前方から圧迫を受けるような病態に適しており,神経圧迫を直接取り除いて罹患椎間を固定することで症状改善が得られる.本邦では,頸椎変性疾患に対して椎弓形成術を中心とした後方の手術が主に行われているが,欧米ではACDFがより多く行われている16).また,椎間板だけでなく,椎体を亜全摘(corpectomy)して除圧固定を行うanterior cervical corpectomy and fusion(ACCF)や4),必要な高位だけ椎体亜全摘を行い,ACDFと組み合わせて長範囲の除圧固定を行うhybrid法も報告されている1).近年では,これらの手術手技の改良に加えて,前方プレートや椎体間ケージ,移植材料の開発が進み,前方固定術はさらなる発展を遂げている.

 頸椎前方固定術は,頸椎変性疾患に対して安定した症状改善をもたらす一方で,ほかの脊椎固定術と同様に隣接椎間障害の問題を有する.固定術の性質上,椎間本来の可動性をなくすことに加え,隣接椎間の負荷を増大させる.Eckら11)による生体力学的研究では,C5/6のプレート固定を行うと,C4/5で73.2%,C6/7で45.3%の椎間板圧が増加し,可動性も増大することを報告している.ほかの報告においても同様に,頸椎固定術後の隣接椎間では椎間板の圧,可動性が増加することが報告されている7,24,31).これらの報告から,頸椎に固定術を行うことにより隣接椎での負荷が増加し,変性の進行が惹起される機序が考えられている.

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はじめに

 頸椎椎間板変性疾患により引き起こされた頸髄症および神経根症に対して,頸椎前方椎間板切除固定術(anterior cervical discectomy and fusion:ACDF)は標準的な手術方法の1つとして広く行われている46).ACDFでは椎間板切除と骨移植が行われ,しばしば椎体間ケージ挿入やプレート固定などが用いられる.ACDFにはいくつかの合併症の可能性があり13),特に固定椎間上下の隣接椎間障害(adjacent segmental disease:ASD)は,しばしば議論される合併症といえる14,23,25,41).そのため,椎間可動性を維持,解剖学的椎間板高への整復,椎間前弯を維持するように設計されたインプラントの開発に関心が集まった13,14,25,41).頸椎人工椎間板(cervical total disc replacement:C-TDR)は,1あるいは2椎間の頸椎変性椎間板疾患に対して,椎間可動性を維持しつつも,ACDFと同等の神経根あるいは脊髄除圧効果が得られる可能性があり,ACDFの代替手段として進化してきた46).本邦において2019年現在,使用可能なC-TDRは,Prestige LP®(Medtronic社)とMobi-C®(Zimmer Biomet社)の2種であるが,本稿では主に著者らが用いているMobi-C®を中心にC-TDRについて概説する(図 1).

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はじめに

 頸椎前方手術のこれまでのgold standardは,前方除圧固定術(anterior cervical decompression and fusion)である.私たちは,不安定性がなく,病態が神経根症で1椎間病変の際,固定をしない前方椎間孔拡大術を行ってきた.経椎体椎間孔拡大術(transvertebral anterior foraminotomy)や経鈎椎椎間孔拡大術(transuncal anterior foraminotomy)であり,これらを手術高位などを考慮して行ってきた4).頸椎の可動性を温存することができるこれらの手術は非常に有益である.しかし,本邦において2017年12月から頸椎人工椎間板置換術(cervical disc replacement)が保険適用されることとなった.本手技は頸椎の可動性を維持できるうえ,ある程度脊柱管を拡大可能である.私たちはこれまでにPrestige LPによる人工椎間板置換術を6例に行った.

 選択可能な手術手技が増えた現在,今後どの手術手技を適切に選択するべきかを模索していかなければならない.

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海外の動向

 椎間板置換術の国内導入を推進したいサークルの中では,椎間板置換術は世界標準として利用の勢いが増加しているように伝える向きもあるが,実は比較的出荷量が増加している米国でさえも,頸椎前方手術における椎間板置換術の利用は1.2%にすぎない8).本邦導入のための委員会の要請により企業より提供された利用概数データで諸外国での使用状況をみると,米国では2012年約7,000件に対して2016年12,000件と伸びているが,欧州において,ドイツでは4,000件弱の数字が5年間継続して変わらず,フランスでは逆に減少傾向にあり年間500件程度,また英国では年1,000件程度であるが5年間に少し減少している.また,韓国では2012年当初は3,500件以上利用されていたが2016年には2,500件程度に低下している.さらに,前方固定における椎間板置換術の比率を2015年のデータでみると,米国では4.3%,英国では17.5%,フランス4.3%,ドイツ15.5%,韓国19.6%,中国では7.5%程度と報告されている(製造企業データ).椎間板置換術の経験が一通り行き渡って成熟したこれらの地域では,合併症や中期的に生じる諸問題,異所性骨化,椎間関節,関節間孔周辺の変性などの問題もよく認識されてきており,反省期にあるのが実情である3).われわれも,そうした議論,報告を学会交流や論文で傍らからつぶさに見聞してきたところである.米国,中国以外の諸外国では販売件数が伸び悩んでいるか,あるいはすでに減少を始めており,米国でも頸椎前方手術の件数全体が増えているのでその中での比率としてはさほど増えていない.また,それ以外のいずれの国においても,頸椎前方手術の中でも椎間板置換術はごく一部に留まるマイノリティであるといえる.

椎間板疾患治療の将来 酒井 大輔
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はじめに

 このたび,ついに頸椎人工椎間板置換術が本邦で実施可能となった.当院でもすでに11例に施行し1年が経過したが,その短期成績は良好である.これまで日本の脊椎外科医は国際学会における頸椎人工椎間板のセッションでは積極的な議論に参加できず,残念な思いをしてきただけに,その喜びと期待も大きい.一方,先進国としては最後の市場開放であり,すでに長期成績をまとめたメタ解析1)やシステマティックレビュー3)も報告されていることから,時すでに遅しの感も否めないが,日本独自の臨床,研究力を生かし,人工椎間板置換術の適応,限界に新たな知見が提供されるものと考える.

 一方,現在承認されている人工椎間板の可動性の限界,緩衝作用の欠如,隣接椎間への影響,人工物の耐用年数を考慮すると,椎間板本来の機能的修復を促す,生物学的治療の必要性は依然求められる.本稿では,腰椎においてすでに臨床治験が開始されている椎間板再生医療の現状と頸椎疾患への適応の可能性につき言及する.

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 ここ数年,動物図鑑や脊椎動物の進化に関する本を覗くのが日課になっている.それは,人体構造の秘密は完成形の人体骨標本を眺めていてもなかなかみえないが,ほかの脊椎動物と比較することで,浮き彫りにされるものがあるからである.これまで動物解剖学者・遠藤秀紀氏の著作やThe Evolution of Vertebrate Design(Leonard B. Radinsky)から多くのヒントを得てきた.下肢とは一体どこから始まるのであろうか? 脊椎動物の進化からみていくと理解しやすい.海生爬虫類では腹ビレと体幹は骨の連結をしていないが,四足動物に進化する過程で腸骨が脊柱に連結して後肢になり,それが立ち上がって人体の下肢に進化した.すなわち,一見,股関節以下を下肢と思いがちだが,実は腸骨から下が下肢である.すなわち,体幹と下肢のつなぎ目が仙腸関節である.

 仙腸関節は動きが小さく,その存在意義,価値が不明であった.そのため,学生の解剖実習でも,この領域はなおざりにされてきた傾向がある.しかし,近年,仙腸関節がなければ人間をやっていけないほど,重要な働きをしていることがわかってきた.四肢は体幹を効率的に移動させるために進化しており,基本的に体幹と四肢は分離して動く.二足歩行といっても,一方の脚を前に踏み出す間,片脚で全体重を支える.その際,支持脚の仙腸関節と恥骨結合で上半身と遊脚肢の負荷を支え,同時に地面からの衝撃にも対応している.これは,仙腸関節に体重の支持と衝撃緩和という相反する役割が常に求められていることを意味する.体重支持には関節が動かないほうが有利だが,地面からの衝撃を緩和するためには関節に動きがないと不可能である.両者を可能にするために仙腸関節はわずか数mmの可動域と免震構造物のダンパーに似た特異な動きで衝撃を緩和するという,究極の適応をしている.子どもが木から飛び下りて,そのまま怪我もなく走り去ることができるのも,仙腸関節のような衝撃を吸収する関節が体内に数多く存在するお陰である.また,下肢が腸骨から始まっているため,下肢を動かす主要な筋は腸骨を含む寛骨が起始になっている.そのため,立位では地面からの衝撃だけでなく,下肢を安定させている大殿筋などに働く力も腸骨が直接受け止めている.このように,仙腸関節には車体と車軸間の歪みに似て,体幹部の腰椎とは比較できない大きな剪断力が働いていることを物語っている.体幹と下肢をつなぐ細長い牛の腸骨を眺めていると,もし仙腸関節に動きがなかったら地面からの衝撃を受け止める腸骨の骨折は必発であることが容易に理解できる.

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適応疾患

 びまん性特発性骨増殖症(diffuse idiopathic skeletal hyperostosis:DISH)を合併した脊椎疾患では,椎体内の骨脆弱性や癒合椎体によるレバーアームにより,術式や固定範囲選択に難渋することが多い.そこでわれわれは,penetrating S1 endplate screw(PES)法を参考にした新しいpercutaneous pedicle screw(PPS)刺入法double endplates penetrating screw(DEPS)法を開発し,報告してきた.DEPS法のいちばんの適応は,DISHによる癒合椎体内での骨折であるが,現在は癒合椎体のある化膿性脊椎炎や転移性脊椎腫瘍にも応用している.本法はPPS手技であるため,刺入部の背側の皮質骨,椎弓根下縁の骨梁の多い部分,そしてPES法と同様に2つの椎体終板を貫く,計4点での固定が強固な固定力を生む(図 1).

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脊椎脊髄ジャーナル
32巻10号 (2019年10月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0914-4412 三輪書店

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