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ここ数年,動物図鑑や脊椎動物の進化に関する本を覗くのが日課になっている.それは,人体構造の秘密は完成形の人体骨標本を眺めていてもなかなかみえないが,ほかの脊椎動物と比較することで,浮き彫りにされるものがあるからである.これまで動物解剖学者・遠藤秀紀氏の著作やThe Evolution of Vertebrate Design(Leonard B. Radinsky)から多くのヒントを得てきた.下肢とは一体どこから始まるのであろうか? 脊椎動物の進化からみていくと理解しやすい.海生爬虫類では腹ビレと体幹は骨の連結をしていないが,四足動物に進化する過程で腸骨が脊柱に連結して後肢になり,それが立ち上がって人体の下肢に進化した.すなわち,一見,股関節以下を下肢と思いがちだが,実は腸骨から下が下肢である.すなわち,体幹と下肢のつなぎ目が仙腸関節である.
仙腸関節は動きが小さく,その存在意義,価値が不明であった.そのため,学生の解剖実習でも,この領域はなおざりにされてきた傾向がある.しかし,近年,仙腸関節がなければ人間をやっていけないほど,重要な働きをしていることがわかってきた.四肢は体幹を効率的に移動させるために進化しており,基本的に体幹と四肢は分離して動く.二足歩行といっても,一方の脚を前に踏み出す間,片脚で全体重を支える.その際,支持脚の仙腸関節と恥骨結合で上半身と遊脚肢の負荷を支え,同時に地面からの衝撃にも対応している.これは,仙腸関節に体重の支持と衝撃緩和という相反する役割が常に求められていることを意味する.体重支持には関節が動かないほうが有利だが,地面からの衝撃を緩和するためには関節に動きがないと不可能である.両者を可能にするために仙腸関節はわずか数mmの可動域と免震構造物のダンパーに似た特異な動きで衝撃を緩和するという,究極の適応をしている.子どもが木から飛び下りて,そのまま怪我もなく走り去ることができるのも,仙腸関節のような衝撃を吸収する関節が体内に数多く存在するお陰である.また,下肢が腸骨から始まっているため,下肢を動かす主要な筋は腸骨を含む寛骨が起始になっている.そのため,立位では地面からの衝撃だけでなく,下肢を安定させている大殿筋などに働く力も腸骨が直接受け止めている.このように,仙腸関節には車体と車軸間の歪みに似て,体幹部の腰椎とは比較できない大きな剪断力が働いていることを物語っている.体幹と下肢をつなぐ細長い牛の腸骨を眺めていると,もし仙腸関節に動きがなかったら地面からの衝撃を受け止める腸骨の骨折は必発であることが容易に理解できる.
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