胃と腸 9巻4号 (1974年4月)

今月の主題 意外な進展を示す胃癌

主題

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 胃癌の発育進展過程を知るために,診断された胃癌症例の過去の検査資料を検討する,いわゆるRetrospective follow-up studyによって,多くの知見が得られ,すぐれた業績も多数報告されている.これらの業績によって,早期胃癌Ⅲ+Ⅱc型,ないしはこれに類似した肉眼型を呈する進行胃癌においては,癌病巣内の潰瘍が消長する,いわゆる悪性サイクルをたどる症例が数多く含まれていること,そして,このような症例においては,数年の観察期間では,その肉眼的な形態と同時に,癌の浸潤の様式もあまり著変をみとめることなく経過すること等が知られるようになった.即ちこの様な肉眼型を呈する胃癌においては,癌の発育進展はあまり早いとはいえないにもかかわらず,一方において,進行胃癌として発見される症例も決して減少して来てはいないことから,最近では早期胃癌と進行胃癌の結びつきについての検索が,関心の的になって来ている.

 このようにして,最終的に進行胃癌であった症例における過去の検査資料を検討すると,典型的なBorrmann分類の形として診断された症例では,悪性サイクルをたどるような症例と比較できる程度の期間において,その肉眼形態がおどろく程の変化を呈する症例が含まれていて,これらの症例における癌浸潤の拡大,進展の速度がきわめて早いという印象が持たれる様になって来た.そして,その中でも,Borrmann Ⅳ型胃癌(肉眼的分類としては,Linitis plastica型胃癌,スキルス,とほぼ同義と解釈している)でその印象が最も強いのではなかろうか.我々が集めえた最終的にBorrmann Ⅳ型胃癌の形態を呈した前検査資料を有する症例の中で,前検査資料からある程度の肉眼形態を推測でき,しかも最終的に病理組織所見により確認された症例を中心に,その中の3例を例示しながら幾つかの間題を検討してみたい.

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 一般に,年余にわたる胃がんの推移をそのX線像について遡及的に分祈検討する方法は,あらかじめ病変を適確に捉えた上で一定の撮影方式と観察期間を設定して行なう良性病変の「経過観察」とは本質的に異なり,しかも方法論的に多大の困難性と制約を伴うものである.それは,客観的資料の収集の困難性によるものであり,また得られた資料の情報量の乏しさによる検討事項の制約である.これは,端的といえば病巣が十分に描写され,しかも誤診が繰りかえされたものほど資料としての有用性が高いという皮肉な特殊性に起因するもののようである.

 一方,最近10年来のX線および内視鏡的診断技術の向上により,上述の困難性が以下のようなかたちで取り除かれつつある現状である.すなわち,病変は正しく捉えながら,初期の診断未熟の時期に良性と診断されたものや,良悪性の鑑別が困難であったものの追跡,あるいは胃生検まで含めてがんと確診したにかかわらず手術を拒まれたものの追跡により,早期胃がんやある種の進行がんの経過が次第に解明されてきた事実もある.

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 わが国で臨床的に“スキルス”またはBorrmann Ⅳ型癌と呼ばれているものは欧米の文献で記載されている“Linitis plastica type”の癌に相当し,進行癌のうちでも特殊な位置を占めている.すなわちスキルスは高度の膠原線維の増生を伴い,びまん性に胃壁の全層に浸潤し,胃全体は平板状に肥厚性の硬化をきたし,胃内腔は狭小となり,“leather-bottle”とも呼ばれる外見を呈する.その予後は胃癌のうちでも最も悪く,術後3年以内に,その大部分は死亡する.

 臨床的または病理学的に通常の胃癌とは異なったスキルスの組織発生については,漠然と表層拡大型胃癌(superficial spreading types)の末期像であろうと推測されたり,また,その特殊性を考慮することなく,単純に癌の早期発見がおくれたための結果であろうと考えられたり,これに関する系統的な病理学的研究は少くない.また,スキルス,Borrmann Ⅳ型癌の概念および定義についても,わが国では臨床および病理の見解がかなり異なり,この問題は第15回胃癌研究会(1972)において活発に議論された.

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 胃癌,特にその陰在癌が全身に,あるいは他の特定臓器に転移し,それによる臨床症状──しばしば急激な症状が前面に出て,死亡まで非腫瘍性,特に炎症性疾患として治療され,剖検後はじめて胃癌の転移であることが判明することは臨床医および病理学者の間には周知の事実である.特に患者の年齢が10歳台,20歳台の際は以上の事実をよくふまえている臨床医でも経過が急激のために,あるいは症状が一見癌と全く関係ないように見えるため胃癌の診断を下し難いのはむしろ当然といえよう.一方剖検材料を取り扱う病理学者も胃癌がある程度成長している時は問題なく原発巣を肉眼的に見出すことは容易であるが,癌が微小の場合やびまん性に拡がる早期癌の場合はそれを見出すことは著明に進行する死後変化のため非常に困難である.また肉眼的局在性がつかぬまま盲目的に組織学的検索を加えても胃を全割する場合を除いて成功することが少なく,結局剖検により充分胃癌を原発とする転移形式を疑いながら結論を出しきれずに発原不明の癌として処理される場合が多いものと考えられる.

 いずれにせよ胃癌の転移が引きおこす急激な臨床症状は多種多様であることは明らかであるが,本稿では急激な全身的悪化を示した胃癌の典型例として臨床診断が非腫瘍性疾患として剖検に送られて来た胃癌症例について検討を加えてみた.

意外な伸展を示す胃癌症例

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 胃癌は,胃壁内進展の他に,所属リンパ節転移,血行性転移,漿膜浸潤を介しての連続的な他臓器,組織への浸潤,腹膜播種等の進展形式を示すことが多いが,Krukenberg腫瘤や癌性肺リンパ管症等の進展も知られている.著者らは大網内に連続的に浸潤,増殖し腹腔内に巨大な腫瘤を形成した胃癌の1剖検例を経験したが,このような胃癌の進展の形式はめずらしいのでここに報告する.

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症 例

 患 者:Y. H 58歳 主婦

 主 訴:心窩部痛

 既応歴:33歳子宮外妊娠.46歳急性肺炎.48歳より高血圧症にて加療中.50歳甲状腺腫にて甲状腺切除術を受く.

 家族歴:特記すべきことなし.

 現病歴:昭和47年12月20日頃より心窩部痛出現.その直後から食欲不振となり某医を受診し,12月26日の胃レ線検査で胃体中部大彎側の潰瘍を指摘され,精査を目的に通院加療.翌48年1月6日に胃内視鏡検査および胃生検を施行し,胃生検の結果(mucocellular adenocarcinoma)により本院内科を紹介され,1月25日外来受診ののち2月19日入院.

スキルスの1症例 氏家 忠 , 井林 淳
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 近年,早期胃癌の診断学が確立され,研究の焦点がより微細な早期のものに向かってきている.しかし一方では,前回の検査で異常を指摘できなかったにもかかわらず比較的短期間にスキルスに進行した症例の経験は今日なおあとをたたない.

 本症例は人間ドックに入り胃X線と内視鏡検査を受け,1カ月半後に胃集検を受診し,その7カ月後に中川医院によりスキルスと診断,国立札幌病院消化器科に入院,死亡,剖検した例である.

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 長期間にわたって定期的に胃の検査を行ない,特に著変を認めなかったのが,わずか1年数力月間に著しく膨隆したⅠ型の早期胃癌に発育した症例を経験したので報告する.

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 腺癌の頸部リンパ腺転移を認めた患者の原発巣を検索し,胃体部にⅡc様の所見を認め,そこからの胃生検で癌を診断し,剖検にてこれが原発巣であったことを確認した症例を経験したので報告する.

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 初診時X線検査で胃潰瘍と診断,その後約8カ月,再来時X線検査でスキルスと判明した症例を報告する.

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 X線ならびに内視鏡検査では悪性とする所見が認められなかったのに,1年後の検査では既に進行胃癌で癌性腹膜炎を伴っていた症例を経験したので報告し,一,二考察を加える.

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症 例

 患 者:M.N. 52歳 女 家婦

 主 訴:心窩部不快感

 既往歴及び家族歴:特記すべきものなし.

 現病歴:昭和45年5月中旬,心窩部不快感,下血に気づき,某病院を訪れ,胃X線検査,胃内視鏡検査の結果特に大きな変化がなく,出血性胃炎を疑われ,40日間入院し,症状は改善した.その後,外来治療を続けていたが,46年8月中旬,再度下血に気づき入院,この時も同病院で胃X線検査,胃内視鏡検査を受けたが,前回同様特に潰瘍,出血部位ははっきりせず,出血性胃炎と考えられた.10月になり,また下血をみたため,他某病院に3度入院した.自覚症状は,前回同様,心窩部の不快感があるのみであった.47年7月に胃X線検査を受けている.この頃より食思不振,心窩部不快感が強くなり,精査の目的で当科に紹介された.

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スキルスのX線像について

五ノ井 哲朗

 日常の臨床でわれわれは胃癌の経過をかなり的確に予測することができる.だが,現在のわが国におけるほど,1例1例の胃癌症例が綿密に検討されているという状況はかつてなかったことではないか,とすれば,その中にはこれまでの常識を越えた意外な発育の経過や急激な進展を示す症例なども数多く経験されているのではなかろうか,そのような期待をもって症例をみせていただいたが,胃外に発育して下腹部腫瘤の臨床像を示した虎の門病院の症例と,隆起型の胃癌が短期間に急激な発育を示した国立がんセンターの症例を除けば,あとはすべてスキルスの症例であった.意外にというか,当然ながらというべきか,意外な進展を示す胃癌はヴァリエーションに乏しいということができる.この中で同じく意外といっても,スキルスの意外性はややニュアンスがちがっている.スキルスは稀な,というほどの疾患ではなく,その意味での意外性はない.また,急激な進展を示すことは,むしろスキルスの常であって,この点でも意外というにはあたらない.意外なのはスキルスの経過そのものではなくて異常がないと診断された胃に,わずかの時日をおいて突然致命的な癌が発見されるという,もっぱら臨床的な出来事としての意外さである.

胃と腸ノート

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〔症例1〕H. M. 35歳 男

Ⅱc+Ⅲ型.U1-Ⅳ-Ca(sm).

 切除標本(図1),そのシェーマ(図2)は胃を大彎側で切り開いたもので,深く陥凹しているⅢの部分は胃体部小彎から縦に幽門洞小彎に向って存在し,かなりの幅をもっている.その全周を不規則な辺縁をした浅い陥凹,つまりⅡcが取り囲こんでおり,いわゆる二重輪廓をかたちづくっている.

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 前回は直視型upper GI endoscope(GIF-D)に色素撒布法を応用した十二指腸球部粘膜の絨毛単位での微細観察方法について述べたが,今回はその方法による球部潰瘍周辺の観察について述べる.

 図1は0.2%インジゴカルミンを撒布した球部潰瘍辺縁の絨毛像で,前回に示したほぼ正常な絨毛像に比し,絨毛は浮腫状,大小不同の円形または類円形を呈し,中心には顆粒状の著明な発赤を認める.我々はこのような像がサケやマスの卵の集まりである「イクラ」に似ていることから「イクラ型」絨毛像と呼んでいる.

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 十二指腸・膵・胆道系疾患への関心が高まるにつれ,十二指腸ゾンデを使用する機会が多くなってきた.そこで,十二指腸ゾンデを迅速にまた確実に挿入することが強く望まれるようになり,種々の工夫がなされている.特に低緊張性十二指腸造影用ゾンデにガイドワイヤーを応用した迅速挿入法に関する報告は多く,柿崎ら1)により本誌にも紹介された.しかし,PSテスト用ゾンデにガイドワイヤーを応用した報告にはまだ接していない.

 十二指腸用ゾンデと胃用ゾンデの二重管になっているPSテスト用ゾンデにも当然ガイドワイヤーの応用が考えられていたが,十二指腸液を可及的純粋に採取する必要があるために,十二指腸用ゾンデにはガイドワイヤーを挿入しない方が良い点とゾンデの横穴からガイドワイヤーの先端が飛び出すことがある点などが問題であった.

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 American College of Gastroenterology(ACG)のsecretary general Dr. Colcherの招きにより私ども(関東逓信病院 多賀須幸男博士,京都府立医大 村上健二博士と愛知県がんセンター 春日井達造)3名は48年11月下旬Los Angeles Biltmore Hotelで開催された第38回年次総会のCourse in Postgraduate Gastroenterologyに出席した.赤い表紙でお馴染のAmerican Journal of Gastroenterologyを機関誌としている学会で,ご承知のGastroenterologyを機関誌とするAmerican Gastroenterological Association(AGA)が世界最大の規模と最高の水準を誇る米国消化器病学会で毎年5月開催される年次総会に発表されるpaperも基礎的な実験的,生化学的な研究発表が主力を占めるのに対して,毎年秋開催されるACGは比較的小じんまりとした,いわば臨床消化器病学会ともいうべきものでClinical researchのpaperが多い傾向がみられる.しかし,わが国におけると同様memberは両学会にダブッテいるものが多いことは勿論である.

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 最近,私どもは独特なパターンを示す胃ポリポージスを経験した.はじめにX線検査で胃細網肉腫を疑い,内視鏡で,びらん性胃炎と診断し,生検は陰性で,繰り返す洗浄細胞診で過形成性胃炎の典型的剝離細胞像を認め,良性と考えたが,既往に吐血があるため手術を施行した症例である.その肉眼標本,および組織標本を検討して改めてX線および内視鏡所見を反省し,興味ある知見を得たので報告する.

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 いわゆる腺腫性ポリープの内視鏡的経過観察中,その脱落消失した症例は2,3報告されているが,われわれは最近胃ポリープ癌が経過観察中に脱落消失し,自然治癒を思わせたが,その後肝転移により死亡したと思われる興味ある症例を経験したので,本症例を中心にポリープの脱落例について報告する.

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欧文目次

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日頃の臨床体験で疑問を持ちながら,解決してくれる書物がない,というようなことはありませんか?本欄は目常の診療や勉学上の疑問にお答えする場です.質問をどしどしお寄せ下さい.

(尚,質問の採否,回答者の選定につきましては,編集委員会にお任せ下さい)

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 このたび,中山恒明教授を長とする東京女子医大消化器病センターのスタッフが協力執筆して,「食道疾患図譜」を刊行された.食道疾患を網羅した初の集大成図譜──X線所見,内視鏡所見,病理所見の対比──である.

 本書の特長は,その序にも述べられているようにX線,内視鏡,切除標本の病理所見が一目して整然と対比され,明快に編集されていることである.その内容はまったく類をみない豊富な資料を,あくまで読者の立揚に立って心ゆくまで突込んでまとめられている.食道疾患にかんする過去の文献著書に照らしても,かかる充実した名著はなく,恐らくは世界における初の集大成図譜といえよう.

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A Syndrome of Polyvalent Deficiencies after Gastrorectomy: Maingnet, P., Thys, O., Paulet, P. and Kiekens, R. (Digestion 7: 232~238, 1972)

 胃切除後にみられるまれな合併症状として,多様性の消耗性症状をともなうひどい栄養不良がある.このSyndromeは1949年にLambling一派によって紹介され,胃切除患者の1%以下にみられるとされている.この症候群は,潜行的に進むため術後数年間は,明らかな徴候を示さない.症状がはっきりとした時点では患者は悪液質と貧血を示し,時には浮腫と腹水をも認める.他に舌炎,口唇炎,体毛脱落,乾燥様紙質皮膚を示す.検査所見として,低アルブミン血症をともなう低蛋白血症と低色素性大赤血球性貧血,低コレステロール血症,低脂血症所見を示す.

編集後記 五ノ井 哲朗
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 本号の内容については,芦沢,望月先生の明快なコメントに尽きるので,蛇足はいらない.

 臨床医というものはしばしば(あまりにもしばしば)臍を噬むような思いからまぬがれない.それが医師の平均寿命が短い理由であると思う.“意外な”症例というのは,おおかたはこのような苦い思いに直結している.その上に,検査の条件がよくなかったとか,患者の協力が得られなかったとか,もろもろの不本意な経験の集積であることが多い.そのような資料を整理してお寄せ頂いた先生方に敬意を表し,その中の少数しか誌上に載らなかったことをお詑びしなければならない.

基本情報

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胃と腸
9巻4号 (1974年4月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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