胃と腸 30巻13号 (1995年12月)

今月の主題 小腸画像診断の新しい展開

序説

小腸画像診断の新しい展開 飯田 三雄
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 小腸の画像診断が,食道,胃,大腸など消化管の他部位に比べ立ち遅れていることは,万人の認めるところである.その理由の第1として,小腸が生体下で3m以上にも及ぶ長い屈曲した管腔臓器であり,口からも肛門からも遠く離れているという解剖学的特徴が挙げられる.そのため,内視鏡の挿入は困難であり,X線造影検査の手技も(慣れればそうでもないが)一見煩雑で,手間と時問を要する.第2の理由として,小腸疾患自体の発生頻度が,胃や大腸疾患のそれに比べ明らかに低いことが挙げられる.そのため,X線・内視鏡検査を行う機会そのものが少なくなり,十分な技術の研鑽を積むことができず,それだけ胃,大腸の診断技術に遅れをとることになる.

 本誌では,20巻7号で「小腸診断学の進歩一実際から最先端まで」という特集が組まれ,小腸のX線検査と内視鏡検査の手技と成績が紹介されている.しかし,その後10年を経た現在,上述したような理由からか,多くの施設でこれら小腸検査が普及したとは言い難い.学会や論文で発表される小腸疾患の症例報告を見ても,十分なX線および内視鏡検査が施行されている症例は一部の施設からの報告に限られている.このような現状を打開するため,本特集号は企画された.

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要旨 小腸X線検査の基本について,症例を呈示しつつその手技を解説した.小腸X線検査の基本は1.全小腸索の描出を心懸けること,2.小腸の粘膜面をできるだけ広汎に描出すること,に尽きる.具体的には以下の手技上の注意が必要である.1)前処置:下剤の投与.2)造影剤の量・投与法:a)経口法;硫酸バリウム220~250mlを単回投与,b)経管法(二重造影法を含む):250~300ml.3)小腸索の分離・描出法:体位変換,呼吸運動,圧迫法の組み合わせによる.a)上部空腸:右下斜位,吸気させつつ圧迫分離する.b)中・下部小腸:呼気で圧迫.左下に溜まった小腸索は右下斜位,右側のそれは左下斜位で圧迫分離する.c)小骨盤内小腸:①呼気,頭低位の腹臥位圧迫,②バリウム量半減後の圧迫,③直腸内空気送入,などによる.2.粘膜像の描出:1)二重造影法;a)分割投与,圧迫・体位変換でできるだけ速やかにバリウムを下部小腸へ移行させる.b)空気注入:分割注入,体位変換,圧迫でバリウムをできるだけ肛門側へ移動しつつ注入.空気が小骨盤腔内に移行すれば腹臥位とする.c)腹臥位で遮断剤静注後,仰臥位で二重造影像撮影.2)圧迫法:充盈したときを狙って布製布団で行う.その他,Herlinger法,経口法+経肛門的空気注入二重造影法,逆行性選択的回腸造影法についても述べた.

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要旨 一般に消化管の超音波検査は,腸管内のガスが障害となるので不適当と考えられてきたが,実際はそうでなく,腸疾患が発生すると炎症や閉塞による浮腫や腸管内液体貯溜が起こり,ガスも排除されるため病巣は超音波検査にとって好条件となる.急性腹症は,この点から最も適当な状況で,病巣の存在診断は容易にでき,条件が良ければその組織診断まで推測することができる.以上の理由から,最近は超音波検査は腸疾患の第一選択の検査の1つに位置するようになった.腸疾患は,腸管壁の肥厚と腸管の拡張の要素で構成され,壁の肥厚があれば必ずその部位に病巣があると考えられる.また,腸管壊死の診断は腸管の壁構造の破壊かあるいは腸管壁に付着するhigh echo点の壊死物質の存在によってなされる.

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要旨 過去7年間に経験した小腸出血23例の血管造影診断および血管造影手技を用いた塞栓療法について述べた.23例中20例は大量出血のため救急で血管造影が施行されたもので,17例に21回の救急動脈塞栓術が施行された.その内訳は,小腸潰瘍からの出血8例,上腹部の術後,縫合不全などの合併症のため炎症が血管壁に波及し出血したもの5例,Meckel憩室2例,動静脈奇形および空腸平滑筋腫からの出血各々1例であった.17例中2例の術後合併症例と動静脈奇形の1例が再出血し,再度塞栓術が施行された.止血後7例に待機的手術が施行されたが,粘膜下の浮腫を伴った粘膜の炎症を認めたものが3例で重篤な合併症は認められなかった.小腸大量出血には救急血管造影は極めて有用な診断法であり,超選択的動脈塞栓療法は第一選択されるべき治療法と考えられる.術後合併症で惹起された出血症例では止血後,原因疾患の除去なくして永久止血はありえない.

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要旨 小腸ファイバースコープが開発されてから25年あまりを経過した.自験例における442回の小腸内視鏡検査を顧みると,push式では1985年に開発された有効長の長いSIF-10L以降,確実に中部空腸へ挿入できるようになった.ropeway式は口側からスコープを挿入した場合のほうが挿入率は良好であったが,sonde式の改良とともに次第に検査回数が少なくなった.sonde式は経鼻的挿入が行われるようになってから挿入性は飛躍的に向上した.その結果,上部小腸はpush式,下部小腸はsonde式で観察を行い,下部小腸のポリペクトミーにropeway式を用いる適応基準が確立した.最近では小腸鏡も電子スコープとなっているが,画像処理の手法を導入することによって,小腸内視鏡の分野でも新しい展開が拓かれ始めている.

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要旨 患者は73歳,女性.1993年12月ごろから腹痛が続いたため,精査加療目的で1994年3月10日,当科に入院した.入院時,便潜血陽性.便培養では病原菌は認めず,ッベルクリン反応は陰性であった.上・下部消化管内視鏡検査では治癒期の胃潰瘍以外に異常は認めなかった.小腸造影検査で下部小腸に約40cmにわたって多発する高度の狭窄像を認め,4月20日に回腸部分切除術を行った.術中内視鏡所見と切除標本では4か所に多発する全周性潰瘍を認めた.病理組織学的には,粘膜下層に線維化を伴うUl-Iの多発潰瘍が見られ,その介在粘膜にも慢性の再生性変化および粘膜下浮腫を認めることから,これらを一連の区域性虚血性病変と診断した.虚血性小腸炎は一般的には単発の全周性区域性潰瘍を呈するが,本症例は潰瘍が比較的浅く,病変が広範かつ不均一であったため多発性狭窄を呈したと思われた.

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要旨 患者は51歳,男性.主訴は腹痛.初診時左下腹部に圧痛あり,同部の腹部超音波検査で多様な超音波所見を呈する腫瘤を検知し,腸管由来の腫瘍と推測した.小腸X線検査では上部空腸に管腔外に発育する腫瘤を認め,中心に深い潰瘍を伴っていた.小腸部分切除を行い,小腸腫瘍は9.0×6.5×3.5cmの平滑筋肉腫であった.切除標本には中心に潰瘍形成があり,それに連なって2か所に大きな血性嚢胞を伴っていた.この割面像と超音波所見は比較的一致していると考えられた.

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要旨 患者は56歳,女性.主訴は嘔吐,左背部痛,入院時の臨床検査では特記すべき所見は認められない.ERCP所見では主膵管の圧排も認め,超音波,EUS,CT所見で膵尾部に充実性腫瘤を認め,内部と辺縁に嚢胞性変化を認めた.低緊張性十二指腸造影では十二指腸水平脚に圧排像を認め,壁外性の腫瘍と考えられた.血管造影検査で主に横行膵動脈の分枝から栄養される腫瘍濃染像を呈した.以上の画像所見から膵由来の腫瘍(島細胞腫またはSCT)と診断し,手術を施行した.腫瘍は膵とは容易に剥離可能で空腸原発の壁外性腫瘍と診断,空腸部分切除術を施行した.病理組織学的には筋層由来の十二指腸平滑筋肉腫であった.血管造影検査で横行膵動脈から栄養されていたため,膵腫瘍と鑑別が困難であった.

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要旨 患者は58歳,女性.反復する下血を主訴に当科へ入院した.上部消化管および大腸内視鏡検査,ゾンデ法小腸造影を施行したが出血源不明であった.上腸間膜動脈造影を施行したところ,小骨盤腔内に約6cm大の腫瘍濃染像を認めたため小腸筋原性腫瘍を疑い,開腹術を施行した.手術では回腸に6.0×5.3×4.2cm大の管外性に発育した腫瘍を認め,切除標本で,粘膜面に約10mm大の潰瘍を認めた.病理組織学的には回腸平滑筋肉腫と診断した.本例のごとく,小腸からの出血が疑われ小腸造影で明らかな異常を認めない場合は,管外発育型小腸平滑筋腫瘍の可能性も念頭に置き,血管造影まで施行するべきと考えられた.

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要旨 患者は53歳の男性で,下血を主訴に紹介入院となった.大腸内視鏡検査で,Bauhin弁から約1cmの回腸に,出血を伴う約1cm大の粘膜下腫瘍を認めた.選択的上腸間膜動脈造影で回結腸動脈に綿花状のpooling像を認め,血管腫を疑った.回盲部切除術を施行した.切除標本では,回腸に0.5×0.5cmの小隆起性病変を認め,その表面には凝血塊が付着していた.病理組織学的には粘膜下層に血管腫があり,粘膜が欠損して腫瘍が回腸内腔に露出していた.腫瘍の上部は単純性毛細血管腫を,下部は多発性静脈拡張症を呈する,2つの成分により構成された血管腫と診断した.本邦報告例69例中,術前診断しえたのは5例で,術前診断には選択的上腸間膜動脈造影が有用であった.

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要旨 患者は57歳,男性.7年にわたる原因不明の慢性の下痢と下血を主訴に来院した.上部・下部消化管内視鏡検査では異常を認めなかったが,プッシュ式小腸内視鏡検査でTreitz靱帯近傍から肛門側50cmまでの上部空腸に多発性の小潰瘍が認められ,出血源と考えられた.TPNを約1か月施行したところ潰瘍は瘢痕化し,その後も再発は認めていない.形態学的に本症例に類似した症例は降圧剤の服用歴を有する2例が報告されているにすぎない.本例は病歴,好酸球増多などからメフェナム酸(Pontal®)服用との関連が疑われた.内視鏡およびX線検査で描出された小腸の微細病変の報告は少なく,貴重な症例と考え報告した.

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 〔患者〕50歳,女性.検診で便潜血反応陽性を指摘され,精密検査を目的に来院した.現症・一般検査所見に特記すべき異常はなかった.

 〔注腸X線所見〕腹臥位二重造影で中部S状結腸前壁に径7mm,類円形の透亮像を認める(Fig.1).拡大すると隆起の立ち上がりは比較的明瞭であるが,口側でなだらかである.頂部に一様なバリウムの付着を認め,局面を持って陥凹していることを示唆している.また陥凹中に透亮像として小顆粒が比較的明瞭に,更にその口側にわずかな隆起局面が指摘できる(Fig.2a).病変を比較的側面からとらえると,立ち上がりはなだらかで(Fig.2b),更に圧迫法を利用した側面像では壁の変形が明らかである(Fig.2c).

学会印象記

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 1995年9月28日~30日の3日間にわたり,東京慈恵会医科大学内視鏡科・鈴木博昭教授の下で第50回日本消化器内視鏡学会総会が東京プリンスホテルで開催された.第50回という記念大会にふさわしく,特別講演5題,招待講演3題,宿題講演2題,シンポジウム4題,パネルディスカッション2題,ワークショップ2題と盛りだくさんの内容であった.更に,特別企画として「消化器内視鏡の進歩―第50回総会で見た新しい展開―」などが行われた.

 一般演題も盛会であり,各セクションで活発な討議がなされた.特に大腸のセクションが多くの会員を集めていたのが印象的だった.第2日目に,大腸の拡大内視鏡,結節集籏様病変,発育進展,深達度診断,sm癌内視鏡治療の一般演題が行われた第6会場には人が入りきれず,座長から“次回はもっと広い会場を用意するように”との発言があったほどであった.拡大電子スコープによるpitpattern診断が,今や時代の要求にあった大腸の診断学の進歩を示しており,ホットなディスカッションがなされた.次いでLST,結節集籏様病変の診断と治療方針など従来の概念を更に進める新しい知見が提示された.

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 第37回日本消化器病学会大会は11月9日(木)から3日間,名古屋国際会議場において行われた.新幹線"のぞみ"で8時には会場に到着したが,大会に先立ち開催された「Helicobacter Pylori(HP)感染の診断法確立に関する研究会」は早朝にもかかわらず満員で,この問題に関する関心の高さが伝わってきた.欧米ではureabreach testが非侵襲的な検査法として好んで用いられていると聞くが,分析に特殊な器械を必要とする難点があり,本邦での普及は今一つである.血清抗体価の測定はHP感染の診断には有用であるが,除菌判定上はむしろペプシノーゲン法のほうがリアルタイムに経過が追えるという.多岐にわたり密度の濃い発表が行われたが,Marshallが初めてHPの分離・培養に成功してから10年以上が経過しており,標準的な診断法の確立が切に望まれる.HPに関する発表は本会期中,必ずどこかで行われ,しかもどの会場も大盛況であったことを付け加えておく.

 分子生物学の消化器癌への応用が一層深まった感を示したのが,同日午後に開かれたワークショップ「分子生物学と消化器癌-消化管」であった.今や分子生物学なくして癌を語れない状況になってきており,それは癌の発生・転移などの基礎的分野に限らず,一般臨床における診断・治療にまで及んでいる.問題はあまりに多くの情報が飛び交い,一体何を,どこまで検索すればよいのか混乱しているところにある.研究と臨床の垣根がほぼ取り去られようとしている現在,真に有益な情報を選んで提供することが「胃と腸」の役目であろう.話が横道にそれたが,講演では潰瘍性大腸炎の癌化における遺伝子検索の利用,各種遺伝子変化の予後因子としての有用性,多剤耐性遺伝子の検索を抗癌剤治療の指標とする試みなどを,臨床応用が近い話題として興味深く拝聴した.一方,臨床上なかなか成果の上がらない消化器癌の化学療法では,アポトーシス誘導やアンチセンスDNAの細胞導入など,遺伝子治療に繁がる夢のある話題が提供された.

レベルアップ講座

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 症例)患者は17歳の女性,主訴は腹痛.体重減少.家族暦,既往歴に特記すべきことはない.

 現病歴:1989年(11歳時)に腹痛と39℃台の発熱が出現したため,近医(小児科)に入院し,3ヶ月間保存的に治療し症状は軽快,退院となった.その後もときどき腹痛が出現していた.1995年6月から臍周囲痛が増強,下痢も加わったため,7月に北見小林病院を受診,同院でCrohn病が疑われたため,9月に当科に紹介入院となった.

早期胃癌研究会

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1995年7月の早期胃癌研究会は7月19日(水),丸山雅一(癌研究会附属病院内科)と牛尾恭輔(国立がんセンター中央病院放射線診断部)の司会で行われた.

 〔第1例〕49歳,女性.胃形質細胞腫(症例提供:福井県立病院外科 細川治).

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 1995年9月の早期胃癌研究会は9月20日(水),多田正大(京都第一赤十字病院胃腸科)と小越和栄(県立がんセンター新潟病院内科)の司会で行われた.

 早期胃癌研究会における症例提示は伝統的に食道→胃→腸の順番で行われてきたが,“後半の症例は時間切れになって,消化不良に終わる,腸からやってほしい”との意見が参加者から寄せられ,今回はテストケースとして逆の順番で検討会を行った.

白壁彦夫先生追悼特集

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 西沢(司会) 今日はご多忙のところ,お集まりいただきまして,ありがとうごさいます.

 昨年暮れの12月29日に白壁先生が亡くなられてから,早1年が経とうとしております.公私ともども先生と親しくされた方は数えきれないほどいらっしゃいますが,今日はその中で各領域を代表される先生方に集まっていただいて,先生を偲ぶお話をお聞きしたいと思います.私が一番長く白壁先生と御一緒したというわけではありませんが,千葉大学在職中の期間と,白壁先生が東京都がん検診センターの非常勤所長をされていた期間を合わせますと,私が比較的関係が深かったということで,はなはだ僣越ですが,進行役を務めさせていただきます.今日は先生方の思い出話から,白壁先生の研究に対する姿勢,生き方,人柄など浮き彫りにできれば幸いだと思います.白壁先生は昭和20年卒ですから,研究者として半世紀をお過ごしになられたわけです.まず,年代を追ってお話を伺っていきたいと思います.

一周忌に寄せて 芦澤 真六
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 白壁さんは私と同じ昭和20年大学卒で,この年の学生は,戦争のため学年短縮があり,実質3年の医学部教育で卒業し,国家試験もなかった最後のクラスでした.そして戦争が終わった8月15日を,彼は海軍軍医の卵として,諌早の病院で迎えたとのことで,直前に長崎に落とされた原子爆弾も身近に感じられたことと思います.

 われわれの医師としての第1歩も,このアメリカで完成された2度の原爆に象徴されるように,既に多くのものが失われており,いわば虚無の状態からの出発と言ってもよかったのです.既に外地への赴任など,とても考えられなかったお蔭で,9月には大学に戻れたものの,たくさんいるはずの先輩もまだほとんど復員しておらず,がらんとした医局で数少ない患者さんを診ていました.しかし,どん底になるとかえって何かをしたくなるのでしょうか,新しいものを求めてまず文献をと,当時,学会も中止され,医学雑誌も廃刊されるものが多く,日本では新しいものも少ないので,やがて日比谷に開設されたアメリカの図書館に通ったりしたものです.

白壁彦夫先生の思い出 大柴 三郎
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 1994年10月17日,札幌での消化器内視鏡学会開催時,下田忠和先生(国立がんセンター臨床検査部)から白壁先生の生検の結果を聞き愕然となりました.白壁先生からいつも御指導いただいている私をよく御存知の下田先生の御好意を感じました.同10月30日,仙台での消化器病学会開催時,前日賑々しく「胃と腸」大会がホテルプラザで開催されました.会場前で久し振りに芦沢真六先生にお会いし御無沙汰の挨拶をしましたが,私の胸には白壁先生の御顔を拝見した折,どこまで平静を保ちうるか不安でいっぱいでした.研究会終了後の編集委員・世話人の会食,その後の恒例のカラオケといつものように先生のお伴をいたしましたが,どうしても先生のお顔をまともに見られず,努めて平常心を衛い立たせておりました.いつもより早目にお開きとなりましたが,先生の御衷心を思うとき,その傷々しさに顔色蒼然となりました.11月5日,秋田大学・正宗研教授の主催する消化器研究会が秋田市で開かれ,白壁先生の特別講演が予定され,私も参加させていただきました.私が拝聴できた最後の御講演になってしまいました.その折にも恒例の飲みかつ歌う会が持たれましたが,さすがに先生の御苦痛も著しく早々と終了いたしました.

白壁彦夫先生との思い出 岡部 治彌
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 白壁先生との出会い:終戦の翌々年,昭和22年,私は中国大陸からの旧陸軍部隊の引き上げ列車添乗医師として,博多駅から東京駅まで同乗した.その帰途,千葉市に祖母を訪ね,一週間ほど滞在した.祖母が姪(母の従姉妹)の家に九州の先生が下宿している,遊びに行ってみたらと言われ,訪ねた先生が若き日の白壁先生であった.そのとき先生がどんな話をされたのか,今はもう杳として全く記憶にないが,私にはそれが運命の出会いであったような気がする.それから十年近く経ったころ,先生が福岡に講演に来られた.挨拶にと近寄った私を“ああ,岡部さん”と呼んでくれ,ちょっとびっくりした.その次は,昭和35年,山口市での秋季消化器病学会で先生と偶然お会いし,私の仲間と4人で半日長門峡に御一緒した.そのとき,道々二重造影法について教えていただき,福岡に帰ると,早速この方法を取り入れた.昭和38年,広門一孝,吉田隆亮両君を千葉に出張させてもらい,先生の研究室で二重造影の実際を御指導していただいた.このころから,学会時には白壁先生が中心となった若手の会が行われ,年々盛大になり,私もこの会が楽しみで必ず出席し,先生から堅い話や柔らかい話を聞いたものである.

白壁彦夫先生の思い出 城所 仂
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 白壁先生とのつき合いは昭和48年2月,私が順天堂大学消化器外科教授として赴任してから本格的なものとなった.前任教授・村上忠重先生が東京医科歯科大学教授に迎えられ,私はその後任として迎えられたのである.それ以来20年以上,JICA関係の外人研修,早期胃癌研究会,早期胃癌検診協会,「胃と腸」編集委員会と,一緒に仕事をし,また何かとお世話にもなってきた.

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 白壁先生との出会いの中で,多くのことを教えていただき,御指導いただきました.多くの思い出がありますが,その中で心に残ることを記してみたいと思います.

 1985年,新潟大学医局から現在の秋田赤十字病院へ赴任が決まった後,学会で白壁先生とすれ違った際,私に“所属が変わるみたいだけど期待しているから頑張って下さい”と,励ましの言葉をかけて下さったことがありました.その励ましの言葉が,私にとっては,その後の私の生きる過程の中で大切な一言になりました.秋田で仕事がつらいときに,その言葉がどれほど私自身に勇気を奮い立たせてくれたか知れません.

白壁先生の思い出 崎田 隆夫
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 白壁先生が亡くなられてから早1年経った.つい昨日のように思われるが,ときの経つのは早いものである.その一周忌に寄せて,思い出話を2~3書かせていただく.

 思い出話としては少しそぐわないかもしれないが,先生の亡くなられたとき,私がまず感じたことは,七十数歳で亡くなられる日近くまで先生は研究の第一線に立っておられたということに対する,大きな尊敬の念であった.作家ではこのようなことは珍しいことではないようで,例えば私の中学・高校・大学を通しての大先輩であった芹沢光治郎氏は1昨年96歳で亡くなられたが,終生小説を書き続けておられ,私は驚嘆の念を抱いていた.しかし,科学者の世界ではこのことは大変難しく,この亡くなられた日近くまで第一線の研究生活を続けられたということは,ひとえに先生の飽くなき研究意欲に基づくものであると,ここに重ねて深く敬意を表したい.

白壁先生の思い出 信田 重光
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 白壁先生が逝去されて1年になる.70歳台前半の御逝去は,早期胃癌のX線診断で日本および世界の先駆けになられ,それを体系化された大家の人生としては短すぎると痛感させられる.

 先生の聲咳に初めて接したのは昭和34年だったか,故・高山欽哉先生や常岡健二先生が中心となって主催された胃鏡講習会であった.白壁先生は胃癌のX線診断の講義の中で数多い早期胃癌症例の写真を示された.その後,昭和38~39年ごろ,村上忠重教授を中心に白壁,常岡,崎田隆夫,竹本忠良先生のお伴をして関西方面に早期胃癌の講演旅行に出たときも,次々と新しい症例を示されるその精力的なお仕事ぶりに驚いたのを覚えている.“偉い先生は違うものだ”とつくづく感じたものであった.講演会が終わった後の宴会でも,村上先生をはじめ諸先生方と議論風発で,その幅広い博学さと,豪快なお人柄に感じ入ったものである.

白壁先生と私 下田 忠和
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 突然のことであった.昨年の夏,細胞診の標本を見せられ,ふと名前を見ると白壁彦夫と記載されていた.プレパラートの上には明らかな癌細胞が多数見られ,しかも悪性度は相当高いことが一目で判断できた.私は自分の目を疑ったが,人違いではなかった.すぐに先生に確かめたところ,先生は左鎖骨上の腫瘍に数か月前から気づかれ,国立がんセンターの外来を受診され針生検を受けておられたのである.その後の経過は思わしくなく,本当に残念な結果になってしまった.御自分が転移を来した高悪性度の癌であることを知られてからの4か月間,先生は見事な人生を過ごされた.決して病気のことをおくびにも出さず,公私にわたっていつもと同じように振る舞っておられた.その努力は,私には痛いほど感じられ,私にも同じ振る舞いができるかと考えると頭の下がる思いであった.

 昨年の札幌での消化器内視鏡学会は先生の最後の公式でのお姿となったが,そのときは既に消化器症状も出現し,相当つらいようであられた.しかし表面型大腸癌のX線診断にかける先生の執念はものすごいものがあり,若い医師にその診断が可能でかつ深達度診断はX線診断が有利であることを示された.これは先生の生涯を通じて確立されたX線診断の重要性を改めて遺言として残されたものと思われる.

白壁先生のProbe 高木 國夫
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 白壁先生,八尾恒良先生と「早期胃癌黎明期の回想」の鼎談をしたのは1992年9月28日でした.そのときの白壁先生の生き生きとして,活発なお話に接して,お元気だなと思っていましたが,それからわずか2年余りでお話が聞けなくなってしまうとは,残念でなりません.早期胃癌が初期癌,粘膜癌と言われていたころから親しく声を掛けて下さったことが,走馬燈のように私の思いの中を駆け巡っていました.

関西の診断学 多田 正大
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 1995年1月8日,快晴の東京・護国寺で行われた白壁彦夫先生の早期胃癌検診協会葬に参列した人の多さ,寒々とした吹き曝しの境内で,粛々として焼香の順番を待つ人並を見て,改めて先生の人脈の大きさに驚嘆させられました.私にとっても先生の存在はあまりにも大きく,先生から教わった消化管診断学,そして教育者としての生き様,いずれも筆舌に尽くし難く,わずかな頁に圧縮して記すことはできません.

 先生は機会あるごとに“関西の診断学はなっとらん”と,私たち,関西在住の者を叱咤されていました.常に消化管診断学の王道を歩んでこられた先生にとって,私たちのやっている撮影と読影がまだるっこく見えたのでしょう,度々“もっとしっかりせい”と激を飛ばされました.このようなお言葉をいただくと,“京都と関西の他府県を一緒にしないで下さい,京都の診断学は東京に負けていません”と,幾度か言い返した思い出があります.もっとも雲上の大先生に向かって,素面のときに反論できるはずがなく,酒の席で絡んだのですが…….

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 学会,研究会,医学雑誌などを通じて白壁先生の業績の偉大さを知ってはいたものの,白壁先生と直接にお話しができるようになった実質的な出会いは,癌研究会附属病院内科・熊倉賢二先生のところに丸山雅一先生(現:癌研究会附属病院内科部長)が赴任され,彼が病理研鑽のために癌研病理部へ来られたときからである.それ以来,研究など公私にわたりおつき合いをいただいてきた.その間の思い出は数多く,思い出の走馬燈は回って回って止まるところを知らず,わが心の中にはいまだに白壁先生が厳然として存在しているがゆえに,思い出ということに筆が動かない.「胃と腸」は学術雑誌であるから,その目的とすることから外れたことを書くなとお叱りを受けるであろう.ここでは,白壁先生が大腸癌診断学の確立に情熱を注いだ,その一端でも紹介できればと思う.

白壁先生の手紙 並木 正義
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 白壁先生の印象として,豪快さと厳しさを感じる人が多い.しかし,先生は実に心の繊細な,気遣いの細やかな面があった.それは先生の手紙によくにじみ出ている.万年筆で書かれたあの独特な枯れた文字の手紙を生前度々いただいた.すべて保存しているが,今読み返しても,要を得た心温まる文面に懐しい思いがする.

 お忙しい中を,無理してわざわざ北海道まで講演においで下さったのに,帰られるといつもすぐ礼状が届く.出版物を贈呈すると,真っ先に礼状の来るのが先生からであった.ちょっとしたことに対しても素早く礼状を書かれるのにはいつも感服していた.私が出かけるとき常に鞄の中に葉書・切手を貼った封筒・便箋を入れているのは,先生を見習おうと心掛けているからである.先生はたいそう礼節を重んじた.それゆえに,これに反する言動には厳しかった.

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 1994年7月30日,白壁先生は鹿児島の城山観光ホテルの大ホールで講演された.演題は「消化管診断進歩の軌道と今日的問題」であった.腸結核の診断から始まった二重造影の起こりから,点・線・面の理論,比較診断学,変形学の成り立ち,X線診断と内視鏡診断の併用診断までを,理論的診断学を確立するために,先生が考えてこられた背景を含めて,情熱的に3時間にわたって講演された.

アナログの極限 早川 尚男
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 長いようであり,短くもあった三十数年でした.私自身,一番不肖であり,先生の弟子だなどと言えないと思っております.

 実は,生まれて初めて上部消化管X線写真を読影していたときのことでした.ひょっこり先生が部屋に入って来られました.そして,これも私が生まれて初めて撮影した写真の一部を指して,“ここが変だろう.これが壁硬化で,潰瘍癩痕だよ.本には書いてないよ”とおっしゃったのです.この一言の終わりの部分は強烈でした.そうだ,誰もやらないことをやるのが大学なのだと,一晩中考え続けたものです.それ以来,こちらが勝手に先生と呼んでいたようなものだったと思います.

白壁先生との出会い 松川 正明
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 私が白壁先生と初めてお会いしたのは,虎の門病院病理学科に勤務していた昭和51年の研究会でした.研究会は毎月第3月曜日に大腸研究会として開かれていました.当時この研究会では,炎症性の腸疾患のX線・内視鏡所見と切除標本の肉眼所見を詳細に対比を行っていました.ここの症例検討から,腸結核の治癒した所見として瘢痕萎縮帯が初めて提唱されました.腸結核とCrohn病のX線・内視鏡所見の検討も,今から思うと詳しく行われていました.昭和から平成に変わったころから,炎症性腸疾患の症例で手術例が減少し,代わりに陥凹した大腸腫瘍の症例が増加してきました.

白壁先生の思い出 望月 福治
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 白壁先生は万年筆を集めておられた.あるとき,このことについて先生にうかがったことがある.“僕は元来,筆不精だから今日はどのペンで書こうかと,不精にならないように集めているのだよ”とおっしゃった.私のドグマを許していただけるなら,先生が“筆不精”というのは到底信じ難い限りである.

 それはともかく,先生は,たびたび度肝を抜かれるようなことをおっしゃった.地上から天まで何尋あるか知らないが,人間の精神にもそれと同じくらいの無数の段階があるとか,御業績にいたっては,見上げるようなはるか彼方の階段に立たれた大先輩でもあった.

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 千葉大学医学部を卒業して26年になります.白壁彦夫先生に初めて出会ったのが,医学部在学中に講義を受けたときですから,とても永い時間が経過しています.しかし,食道癌の診断と治療は東京女子医科大学で遠藤光夫先生の御指導の下にいたしましたので,白壁先生から実際に診断学の真髄をうかがうことになったのは「胃と腸」の編集委員に加えていただいてからの,ごく短い期間です.

 しかし,この短い間に大切なことを,たくさん教えていただきました.なかでも,人や出来事の何を貴いとするのか,厳しい言葉をたくさん耳にしました.その反面,診断学に志を持ち,価値ある仕事をしている人を大切にし,正しい方向を示し,育てようとする温いお心にも触れることができました.所属や,年齢に関係がないのです.「胃と腸」の編集委員会は,まさしく,その考え方を実践する場でありました.私も編集委員になると早々に,遠慮のない発言の集中射撃を受け,びっくりしたものでした.

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 “どんなに平凡と思われる1つの症例でも,何か1つはわれわれに教えるものを持っている.”これは先生が体を張って私たちに繰り返し示された言葉である.その何かを自ら掘り起こし,その病態の自然史を問いながら,次の症例も大切にしていく.1つ1つが内蔵する事実を正確に,着実に積み重ねながら,個々の病態の底に流れる系統的自然史を紐解き,大長編小説を完成させた原動力こそ,先生が日々語られ,示された,この言葉や態度にある.

Memorial Address
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 During the course, Dr. Irving Waxman who was one of the faculty member and whose mentor is Professor Herbert Kressel, MD who used to be one of good friends of the late Professor Shirakabe, delivered a memorial speech for Professor Shirakabe as follows.

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欧文目次

第1回白壁賞は尾関豊氏らに
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 消化管診断学の進歩に尽力され,1994年12月に逝去された故・白壁彦夫先生の御偉業を記念し,本年から白壁賞が新設された.第1回白壁賞は,尾関豊,他「術前診断できた早期回腸癌の1例」(胃と腸29:1207-1213)に贈られた.11月8日(水),名古屋中小企業振興会館での「胃と腸」大会席上,その授賞式が行われた.

編集後記 西俣 寛人
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 10年ぶりに小腸画像診断の特集が組まれた.本号には小腸疾患へのアプローチの方法論が述べられている.八尾論文にも述べられているように基本はX線診断であろう.しかし主題症例をみると,急性期の小腸疾患には超音波検査,血管造影検査が有効であった症例が画像とともに記載されている.消化器専門医を標榜するには,小腸の画像診断ができなくてはいけない.そのためには小腸のX線検査,内視鏡検査,更に超音波,血管造影の知識まで必要な時代になった.序説にも述べられているように,小腸疾患の診断には病歴,理学的所見,一般検査が重要であり,それによって検査法を決定する必要がある.

基本情報

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胃と腸
30巻13号 (1995年12月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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