精神医学 61巻12号 (2019年12月)

特集 精神疾患における病識・疾病認識—治療における意義

特集にあたって 鈴木 道雄
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 病識は精神医学・精神科医療において古くから重要視されてきた概念である。病識の欠如は治療者・患者関係を阻害し,治療資源の利用を困難にし,転帰にも大きく影響することが指摘されてきた。私たちが個々の患者に対して診断し治療を行うときに,病識あるいはより広義の疾病認識について考えることは欠かせない。病識や疾病認識の問題は,精神疾患の種類やステージ(病期)によってそれぞれ異なった特徴がある。病識や疾病認識の形成に関与する要因は多様である。私たちは,簡単に「病識を与える」ことができるものでないことを知っているが,それぞれの治療技法によって,病識や疾病認識が持つ意義や治療効果への影響はさまざまであるとともに,それぞれの治療が働きかける病識や疾病認識のプロセスも多様であると考えられる。

 近年,精神疾患の当事者が自らの闘病生活の体験を語ることが増えている。精神科医療の専門家が考える病識と,患者視点による疾病認識は必ずしも同一ではなく,むしろ,それらが大きく異なる場合が少なくない。専門家が,当事者・家族と共同して,共通目標としてのリカバリーを目指すために,当事者や家族が疾病をどのように体験し,認識し,受容し,生活に位置付けているかを理解しようとすることは非常に重要と思われる。

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抄録 病識欠如は統合失調症を特徴付ける重要な症候であり,治療上最も大きな障害の一つと言える。アドヒアランス不良や再発に繋がりやすく,強制的治療に至る要因にもなりやすく,統合失調症治療をより良いものにしていくためには克服しなければならない課題であろう。病識の評価尺度の開発に伴ってさまざまな研究が積み重ねられており,その成因や影響する要因が徐々に明らかとなってきている。従来からの心理学的な解釈に加え,認知科学の視点も注目されており,そこから治療的介入も開発されつつある。病識欠如に対する戦略はいまだ十分準備されているとは言い難い状況であり,今後も容易に解決できる問題ではないと思われるが,現時点での統合失調症の病識に関して,その評価法や関連する要因,治療的介入などについて概観する。

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抄録 本論文では,病識を持ちにくくする双極性障害に関する特性,それ以外の要因などについて,これまでの知見を整理した。病識は治療の経過や症状である攻撃性に影響するが,一方病識を回避することには,セルフスティグマに対する保護という側面があり,個々の当事者の病識に関するきめ細かい理解が重要である。この理解の一助とするために,本論文では,「躁状態・軽躁状態・うつ状態への病識を持つことの困難」「家族との関係への影響」「セルフスティグマ」「治療や病気が生活や人生に及ぼす影響のコントロールの方法を身につけることが,病識を伸ばす上で重要であること」などに関する当事者の見方を紹介した。なるべく早い段階で病識の獲得へのアプローチを行うべきであることは,当事者も指摘している。その人なりに病識を得ていく過程を伸ばすような方向で,サポーティブに手助けすることが,医師に求められていると言えよう。

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抄録 神経発達症は,幼少期から認められる認知と行動の偏りであり,そのために日常生活に支障を来すものをいう。いずれの神経発達症特性も,それ自身は病理的ではなく,質的,量的な差異に過ぎず,むしろ当事者には社会における不適応感として認知されやすい。神経発達症の診断においては,このような生きづらさと特性との関係を伝えるとともに,その切り分けについても明確化するなど,心理的な配慮が求められる。近年では「発達障害」概念が広く認知されるようになったが,同時に多くのスティグマを伴っている。神経発達症は,まだ明確な輪郭を持たない障害概念であり,この輪郭を生物学的に明確にする試みを継続する一方,現状においては生きづらさの原因となり得る特性として,支援の対象として位置付け,当事者および周囲の人々に特性の理解を進めていくべきである。

認知症患者に病識は必要か? 橋本 衛
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抄録 精神疾患の病識が議論される最大の理由は,病識の有無が疾患の治療や経過,予後に大きく影響するからである。しかし根本的治療薬のない認知症では,病識が保たれるからといって認知症が治るわけではなく,認知症に対する病識は他の精神疾患とは異なる視点で考える必要がある。初期の認知症患者の多くは,自身の変化に気づきながらも明確な病識は形成されず,将来に対する不安に苛まれながら暮らしている。病識が形成されない要因の一つとして,認知症である自分,認知症になりつつある自分を受容できないことがあげられる。認知症に対する根強い偏見がある本邦では,患者本人が認知症を受け入れるには高いハードルがある。しかし患者が人生の最後を自分らしく生きるためには,どこかで認知症と折り合いをつけていくことが必要であり,そこには精神科医である我々のサポートが重要となる。

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抄録 精神障害,特に統合失調症における病識の欠如は,薬物療法を治療の要とする臨床現場で常に直面する問題である。本稿では病識と薬物療法の関連について,①薬物療法が病識に与える影響,②病識が薬物療法に与える影響の双方向から考察した。まず①について,統合失調症患者における病識は抗精神病薬による治療で改善され得ることが近年の研究で示唆されている。一方,病識のどの側面に効果があるかについてはまだ十分に研究されていない。次に②について,病識は服薬アドヒアランスを介して薬物療法に影響を与える。病識が乏しく服薬アドヒアランスが不良な患者に対しては,服薬アドヒアランスの向上を目的とした介入(心理教育的介入,家族に対する集団療法,服薬状況のモニタリングなど)により薬物療法が継続されることが示唆されている。①と②の関係について,服薬アドヒアランスの向上が薬物治療の継続を促進し,その結果,病識のさらなる改善がもたらされ,服薬アドヒアランスが向上するという循環的な構造を想定することができる。今後,より詳細に病識を評価しながら,病識・服薬アドヒアランス・薬物療法の密接な連関を検討するような研究が必要とされる。

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抄録 心理教育は,当事者の心理面に配慮しながら正しい知識を提供すること,そして主体的な療養生活を支援することを大きな役割としている。心理教育というと,知識を提供するという側面ばかりに目を奪われがちであるが,本来は,参加者同士や医療スタッフとのコミュニケーションがより重要である。そのことによって,相互の信頼関係が構築されていくとともに,病識や疾病認識の深まりにも繋がっていく。それを実現させるために,心理教育で用いる教材は,コミュニケーションが生まれやすくするために,あえて簡潔なものにして,参加者が質問する余地を残すことも工夫の一つである。心理教育によって病識が深まり,主体的な療養生活を送る手助けになることを目標とする。

認知行動療法と病識 石垣 琢麿
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抄録 本稿では,現代の認知行動療法に含まれる幅広い概念と技法を概説し,病識や疾病認識が認知行動的フォーミュレーションや治療期間に与える影響について検討した。認知行動療法ではその基本姿勢や技法から,狭義の病識より認知行動モデルに基づく疾病認識のほうが重視される。しかし,どのような精神障害の患者であっても,治療開始当初はその疾病理解を十分に得ていない場合が多く,理解が進まないとフォーミュレーションや治療にも時間がかかる。一方で,一般には精神療法の対象とされてこなかったpsychosisにも,さまざまな工夫と修正を加えることによって認知行動療法が適用される機会が増えている。主に英国で研究開発された技法は幻覚や妄想のような陽性症状に有効とされているが,症状の背景にある認知バイアスに焦点を当てて,病識の乏しさに由来する治療への抵抗を弱めようとする新しい方法も考案されている。

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抄録 統合失調症の認知機能障害は就労や教育など機能的転帰に深く関連している。認知機能リハビリテーション(CR)の一種であるNEARでは認知課題セッションと言語セッションが実施され,治療フィデリティの評価項目が定められている。治療者トレーニングはCR実施に重要であり,講演と演習より構成されている。統合失調症の社会機能に媒介要素として動機付けがあり,CRでは内発的動機付けと外発的動機付けの両方を用いる。動機付けは治療環境と治療者の役割で示され,ドパミン系や動機付け面接のCRへの関連が指摘されている。CR治療効果サイズは中程度の大きさと解釈されている。CR効果研究の効果サイズが中程度でとどまっているが,その理由として,介入手法,介入期間や集中程度が研究間で統一されていないことが挙げられる。CR治療効果研究は多数発表されている中で,早期精神病,陰性症状への影響,初期知覚処理との関連が最近の動向である。

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抄録 病識にかかわる問題は精神疾患の中でも統合失調症において最も議論がなされ,治療においても重視される。病識は比較的不変のものであるとされる一方で,各エピソードの早期段階といえる急性期には悪化し,治療とともに改善がみられることは日々経験することである。初回エピソードにおいて,それは初めての異常体験であり患者自身が病識を持たないのみならず,周囲もそれが病的との認識に至らないことがしばしばみられ,長い精神病未治療期間の一因となっている。精神病発症危険状態における病識の研究は未だ少ないが,初回エピソード精神病に比べその障害は軽度であるものの,個人間のばらつきが大きいとされている。障害されながらも,特に症状を病的なものであるとの認識が初回エピソード精神病よりも保たれていることは,同状態における認知行動療法の有効性の期待と実践に繋がっている。今後はリスク期も含めた病識のさらなる検討が欠かせないが,差し迫る臨床場面においては,病識の獲得が将来の希望と自尊心の維持に繋がるものでなくてはならないことを,常に肝に銘じておく必要がある。

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抄録 北海道・浦河で「当事者研究」が行われるようになって20年が経つ。それは70年代の後半から継続されてきた依存症の自助グループや当事者活動などが他の精神疾患にも応用される形で発展してきたものである。その中では,病識が直接的に問われることは少ない。しかし,それは病識が軽視されているからではなく,実際はそれらに参加している当事者ほど自分のことをよく把握するようになっていく。そこでは本人が出すテーマや語りがホワイトボードなどにまとめられ,本人が直接参加している場の中でさまざまなアイデアや意見が交換される。「病気じゃない」と言う当事者も,そこに傾聴と理解,「研究事例」という多くの仲間の経験と協力,本人も予想外のアイデアや応答との出会いを通じて,新しい自己理解と自助の可能性もまた開けてくる。

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抄録 触法精神障害者とは,触法者としての側面と精神障害者としての側面という二面性を持つ存在である。触法精神障害者を主な治療対象とする司法精神医療では,対象者が,精神障害に関する病識と触法行為に対する「病識」という2つの「病識」を得ることが治療目標とされる。わが国における司法精神医療である医療観察法による医療におけるこれらの2つの「病識」について事例をもとに解説した。また,医療観察法病棟において実施されている対象行為に関する「病識」や内省を深めるための治療について紹介した。

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抄録 本研究では,気分障害を持つ患者に病前IQを反映するJARTと現在IQを反映するWAIS-Ⅲを施行することの臨床的意義を検討した。患者群344名を対象として,JART-IQとWAIS-IQの一致度を検討するとともに,両者の得点および両者の差分得点と主観的QOLやGAFとの関連を検討した。JART-IQとWAIS-IQは正の相関を示したが,JART-IQのほうが高値であった。JART-IQ,WAIS-IQおよび両者の差分得点は,主観的QOLと相関した。JARTによる気分障害を持つ患者の現在IQの推定には限界がある一方,JART-IQ,WAIS-IQおよび両者の差分得点は患者の生活の質を反映し,その臨床的有用性が示唆された。

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抄録 炭酸リチウムと降圧薬の併用により横紋筋融解症を来したと思われる症例を経験したので報告する。症例は50代男性で,双極性障害と診断され当院に入院した。炭酸リチウム600mg/日にて治療を開始したが,800mg/日に増量した直後に発熱と血清CKおよびトランスアミナーゼの上昇を認めた。ただちに炭酸リチウムの投与を中止したが,その後も血清CKおよびトランスアミナーゼは高値で推移し,さらに四肢の筋力低下と筋肉痛が出現した。横紋筋融解症を疑い降圧薬を中止したところ速やかにこれらの症状は消退したことから,炭酸リチウムと降圧薬の併用により症状が出現したと考えられた。これらの薬剤はいずれも単剤で横紋筋融解症を生じることが知られているが,併用によりさらに可能性が高まると考えられるため十分な注意が必要である。

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抄録 致死性が高い自殺企図手段を選択する者は精神症状も重篤なことが多い。救命救急センターに搬送された自殺企図患者を,その手段によって刺創と墜落外傷に分け,臨床的特徴を比較検討した。年齢は刺創群より墜落群において有意に低く,入院期間は刺創群より墜落群において有意に長く,転院は刺創群より墜落群で有意に多かった。精神科診断は両群ともF2(統合失調症,統合失調症型障害および妄想性障害),F3(気分障害)の占める割合が高かった。致死的になりやすい自殺手段をとった患者への対応において,精神症状の評価や精神科治療は特に重要である。墜落外傷に対しては,精神科,整形外科治療,理学療法などの可能な施設,精神科医との連携の工夫が必要と考えられた。

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目次

次号予告

編集後記
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 年の瀬になって,一年が早く過ぎたことにあらためて驚いています。歳をとったのを実感する時です。よく言われるのは,生きてきた時間が長くなればなるほど,1年の長さは相対的に短く感じるという説です。もうひとつ,主観的な時の流れは脳内ストップウォッチ機構が関係していて,その時間を刻むスピードが遅くなるために相対的に外界の時間が早く流れると感じるという説もあります。いずれにしても,主観的な認識について実証的なエビデンスを得るのは難しいようですが,こうしたテーマには何か惹かれるものがあります。

 本号の特集では,病識・疾病認識をテーマとして取り上げました。まず,古典的な病識論から広義の疾病認識にかかわるものまで,統合失調症,双極性障害,神経発達症,認知症など疾患ごとに,気鋭の専門家が解説しました。次に,薬物療法,心理教育,認知行動療法,リハビリテーションなどによる病識・疾病認識獲得に向けた介入および介入時期に関する臨床的論考が続き,さらに自助グループにおける当事者による疾病の体験や認識,司法精神医学における触法行為に対する病識についても取り上げられています。これらを読めば,病識・疾病認識について,広い視点から概観できると思います。

精神医学 第61巻 総目次

KEY WORDS INDEX

基本情報

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精神医学
61巻12号 (2019年12月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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