看護学雑誌 72巻9号 (2008年9月)

特集 仕事熱心もいいけれど

働きすぎは法律違反です!

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近年,法改正や社会の変遷とともに看護師の働く環境は大きく変化しています.業務が増え,入退職が激しくなり,労働環境の厳しさは増すばかりです.しかし,看護師はそういった逆境のなかでも奮闘し続けています.

その奮闘の背景には多くの労働問題が見え隠れしています.今回は,労働に関するさまざまな問題を取り上げ,それがどうして法律違反なのかについてお答えします.

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1 休日が多いと,有給休暇は取れない?

Q 40代の独身看護師Aさんの勤務先には子どもをもつスタッフが多く,育児を理由にしての突然の休みがしばしばあります.それらはすべて有給休暇で処理され,年に15~20日の有給休暇を取るスタッフもいる一方,Aさんは毎年有給休暇が3日程度しか取れておらず,不満を感じています.そこで,看護師長に有給休暇を月に1回,計画的に請求したいと相談したところ,「当院は4週8休で,十分休みはあげている.この上有給休暇を要求されても無理だ」と受け入れられませんでした.確かに,4週6休の病院で働く友人に比べれば恵まれた条件ですが,だからといって,有給休暇が取れないのは納得できません.

A 休日が多いとしても,それによって有給休暇が取得できないということはありません.

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世の中全体が世知辛くなっている!

 私は1987年に今の病院に就職し,22年目を迎えています.9年間内科病棟で働いたあと,神経科(精神科)病棟に異動しました.そこで1998年7月に主任,2001年10月看護師長に昇格し,2003年11月からは緩和ケア病棟の管理も兼務し,今にいたっています.

 看護管理者としては,丸7年がたとうとしているわけですが,経験が長くなるにつれて,いろいろな情報が入るようになりました.昔一緒に働いた同僚や後輩が他院で看護師長をするようになると,久しぶりの交流でその病院の話が聞けますし,研修の講師にうかがえば,そこでも話を聞くことができる.看護師長になりたての頃は,勤務表づくりでめいっぱいだったので,いろいろ話をうかがう余裕もなかったんですが,最近ではあれやこれやと話を聞いて帰ってくるようになっています.

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はじめに

 看護師不足が問題視されるなかでも,その給与は上がっていないようだ.日本看護協会「2007年病院看護基礎調査」の速報によれば,「7対1入院基本料」が導入された2006年度の診療報酬改定に伴い,看護職員の基本給を上げた病院が14.9%であるのに対して,変わらない病院が81.0%,賞与にいたっては下がった病院が18.3%あり,変わらない病院が74.2%である注1)

 最近の相次ぐ食料品値上げの背景の一因として,供給が需要の増大に追いつかないために起きている穀物の価格高騰があるように,経済学の通常の論理でいえば,市場において商品の需要が供給を上まわり,不足が発生するとその商品価格は上がるはずだ.しかし,看護師の労働力の価格,すなわち賃金は全体として上がっていない.

本稿では,看護師の労働市場の現状を,ほかの労働者の状況と照らし合わせながら分析したうえで,看護師の賃金が上がりにくい別の経済論理,つまり,雇用主側の影響力によって生産性を下まわる賃金水準が決定するという労働市場の「需要独占構造」について説明する.同時に,このいわば搾取される労働市場の構造を生み出す原因となる,看護師の働き方の特性を説明し,最後に現在の診療報酬制度がもつ影響に関して述べる.

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チーム医療とmulti-disciplinary approach

 チーム医療とは,異なる医療職が1つのチームをつくり,同じ方向を向いて仕事をすることだ.同じ方向を向いて,というのが大事である.しばしば私たちは大きな目標を見失い,身内の利害で頭がいっぱいになってしまう.ひどいときは,足の引っ張り合いをしてしまうことすらある.どこの組織にでもそういうことはあるものだが,とくに大学病院はその病理の根が深い.最近,一般私立病院から大学に職場が変わったが,各セクションが大きな目標(たとえば患者ケアの質の向上)を見失い,自分のところに人や金をよこせ,あっちのセクションからぶんどってくればいいというようなヘゲモニー争いの空気が時にわきおこる.このことに,おおいに困惑している.

 そういうときには,衝突する利害の部分(具体的な事柄)ではなく,もう一つ大きな視野で問題を再設定してやらなければならない.これをコーチング用語ではチャンク・アップと呼ぶ.これは私の担当? いや,あなたの担当? ともめているときは「患者に何が必要なの?」と,より大きな命題にチャンク・アップ.そして,患者がそのとき必要なのは私? それともあなた?(あるいはどっちでもいい?)ともう一度各論に戻す.これをチャンク・ダウンという.このようなプロセスを踏むことで,異なる医療職同士の話し合いが単なるヘゲモニー争いに堕することなく,本来の目的を達成する.異なる職種が集まって仕事をすることをmulti-disciplinary approach(マルチディシプリナリーアプローチ)というが,これを活かすも殺すもチームの作り方,チームのあり方次第なのである.

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 前号(Vol.72 No.8)の特別記事「患者さんの人生を支える「情報支援」」で紹介した健康情報棚プロジェクトは,日本二分脊椎症協会と共同で「ライフマップ」の開発に取り組んだ.「ライフマップ」は,二分脊椎症患者と医療者の間に信頼関係を築き,効果的な治療・療養に向けて協働するために有用なコミュニケーション媒体となる可能性を秘めている.その開発に携わった2人の看護師が「ライフマップ」の作成法,活用法,そして今後の課題を探る.

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 「もしも自分が認知症になったら……」.長寿化した日本においては,誰もが一度はかかえたことのある不安だろう.核家族化が進んだいま,介護はかつての「嫁介護」から「夫婦介護」の時代に突入している.認知症の当事者である越智俊二さんと妻の須美子さんを追ったドキュメンタリー『ふたりの時を心に刻む』では,そうした認知症をかかえて生きる現実を教えてくれる.

連載 医療機器とともに学ぶ―カラダのしくみ・6

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 前回のテーマは「パルスオキシメータ」でした.パルスオキシメータで表示されるSpO2(末梢で計測した動脈血酸素飽和度)はSaO2(動脈血酸素飽和度)とほぼ同じ意味合いであるということ,動脈血の酸素含量はHb(ヘモグロビン)が一定であればSaO2で決まり,SaO2が100%に達するとPaO2(動脈血酸素分圧)が上昇しても動脈血酸素含量は大きく変わらない,ということにも触れました.

 さて,そう考えると「SaO2だけをモニターしていればいいんじゃないか」という疑問がわいてきますが,私たちは臨床でしばしばPaO2を利用します.今回は呼吸における酸素取り込みのメカニズムを追うことによって,PaO2を把握する意味,酸素投与によって動脈血酸素飽和度がどう変わるのか,ということについても考えてみましょう.

連載 かかわるチカラ―糖尿病療養指導の現場学・6

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事例 食事療法をあきらめていた飯田さん

「病院食のあまりの少なさに,絶対にできないと思った」

 飯田さんは30代女性で,職業はスーパーの店員である.独身で母親と妹の3人暮らし.20代前半で2型糖尿病を発症し,20代後半でインスリン導入.現在は超速効性インスリン30-30-32,持効型インスリン28単位を注射している.HbA1Cは12%.

 飯田さんは,体幹はやや太り気味だが,手足はとても細い円錐型の体型で,覇気がなく,おとなしく暗い印象があった.治療については「何もしていない,どうしていいのかわからない」と繰り返しながらも「インスリンは止めたい」と話していた.

連載 こんな方法もあるかもしれない―介護発,武術経由の身体論・9

床から車椅子への移乗 岡田 慎一郎
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なぜ「床から車椅子への移乗」は

解説されないか

 介護技術で「車椅子への移乗」という場合,たいていはベッドから車椅子への移乗が紹介されます.しかし,身体障害者の家族会などで講習会を行なうと,決まって「床から車椅子に移乗する際にいい方法はないか」という質問を受けます.身体障害,特に脳性麻痺の方の場合,日常的には床上で生活し,外出の時は車椅子に乗るというパターンが多いからでしょう.

 身体障害者がまだ小さなお子さんであれば,体重も軽く,また両親も体力があるのでなんとかなるでしょう.しかし,子供はどんどん成長する一方で両親の体力は落ちていく.そんなシビアな現実に向かっていくために,有効な技術が切実に求められているというわけです.

連載 医療の零度―次世代医療への省察・6

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 前回1)は,エビデンスの科学論問題について論じた.今回は,帰納法の原理的破綻から派生するもう1つの難題である「一般化可能性(generalizability)」について検討していく.

連載 世界の感受の只中で・17

病い・3 天田 城介
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 「たしかに,一人の人間のゾーエーとしての〈生〉は,か弱く悲惨で,動植物以下でしかない.しかし,その弱さにもかかわらず人間のゾーエーの領域が存在するという事実そのものは次のことを証明している.すなわち,ゾーエーは決して孤独ではなく,ゾーエーをかけがえのない〈生〉として集合性において支える複数の人々の共生と協働と社会性がそこに実在するということを」(美馬2007:256)

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医療における研究の意味とは?

 評者(斎藤)は医療現場に身を置くものの一人として,「医療における研究とは,いったいなんであるのか?」という疑問を長い間抱き続けてきた.医療が「苦しむ患者を援助したいと願う医療者が行なう実践」であるならば,医療における研究とは,その実践現場において刻々と体験される現象を的確に説明し,ある程度の予測を可能にし,医療実践そのものに新しい意味を付与するような知の創造を目ざすものでなければならない.しかし,従来の客観主義的・仮説検証的な研究法は,医療の主観的・相互交流的側面を適切に扱うことができず,上述の目的に十分応えるものではなかった.

 近年,医療・医学においても急速に普及してきた「質的研究法」は,上記の目的の追求に益する,現場に密着した研究法としておおいに期待されるものである.元来,質的研究法は看護領域での発展が著しい.このことは,最も有名な質的研究法であるグラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)が,そもそも看護学領域で創設され発展してきたということからもわかる.しかし一方で「そもそも質的研究とは何か?」「質的研究で何がわかるのか?」「質的研究は科学性を担保できるのか?」といった疑問に対して明確な回答がなされることは少なかった.特に研究の初心者にとって,「質的研究の実際」を学びつつ,上記のような質的研究の原理的な問題についても同時に理解することは至難の技であったと言える.

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編集後記 鳥居 , 吉田
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●出張で行った会津若松駅前に「ならぬことはならぬものです」という大きな看板がありました.地元の方に聞くと「会津の子供はみんな,こう言われて育てられるんです」とのこと.う~ん,すごい.何がすごいって,「ならぬ」理由にはまったく触れていないあたりが.「どうしていけないの?」という“子供の問い”を力技で封殺しています.

 このフレーズは,「什の掟」という会津藩の頃から続く訓辞で,全文は次のようなもの.「一,年長者の言うことに背いてはなりませぬ」「二,年長者にはお辞儀をしなけれはばなりませぬ」「三,虚言を言うことはなりませぬ」「四,卑怯な振舞をしてはなりませぬ」「五,弱い者をいぢめてはなりませぬ」「六,戸外で物を食べてはなりませぬ」と来て,最後は(やはり理由は述べずに)「ならぬことはならぬものです」と締められていました.ついつい何事にも理由,言い訳を考えてしまう我が身を思わず省みてしまったものです.

基本情報

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看護学雑誌
72巻9号 (2008年9月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

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