看護学雑誌 52巻6号 (1988年6月)

特集 患者が守る?患者を守る!—患者に対する病院規則と看護の役割

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きまり,基準としての病院規則

 ひと口に病院規則と言っても,その内容と形式はいろいろである.本稿に与えられたテーマは,病院規則の中でも,特に患者に対する規則についてである.ここでは「規則」は,法律用語としてではなく,きまり,標準などを意味する日常用語として用いる.医療サービスを受けるために病院を訪れた人が,直接に出会う病院の規則について,看護の立場から考えてみたい.

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はじめに

 人間は,この世に生まれた時から,24時間の繰り返しをしながら成長し,自然・文化・社会等の環境の中で生活している.それは,空間的なもののあり方が時間とともに変化していくことであり,各々が家族や周囲の人々と社会関係を営んで固有の生活をしているということにある.

 その変化している時の中のある時点で,健康に乱れを生じ,自分の力で調整できない状態になった時に初めて,“社会力”を必要とする.それには,休息をとったり,薬剤を使用したり,病院で治療を受けたりすること等がある.更に,入院治療が必要とされた時には,毎日の生活の場が病院という限られた空間になる.

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 日本の気候・風土・体質の中から生まれた医療の原点として,「医は仁術」という言葉は有名です.また医療行為は,「外部からの介入を一切許さない聖域」でもありました.

 こういう,いわば二面性の間に生まれ育ってきた看護百年の歴史の流れの中で,「患者の立場に立った看護」「手のぬくもりを伝える看護」が常に提唱されて参りました.

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はじめに

 当院は60年の歴史を持ち,648床の精神科単科の病院である.地域に開かれた病院を目指し,公開講演や病院行事に地域住民を招待したり,無料痴呆老人相談等の活動を行なっている.また外来患者の声を反映した外来ニュースを発行したり,待ち時間短縮に心がけ,土曜日午後,日曜日も診察するなど患者の要望に応えるべく努力をしている.

 病棟でも患者の処遇改善,開放化の拡大,社会復帰促進など医療看護の向上を病院の運営方針にして,全職員が取り組んでいる.本稿では病棟規則を中心にした各病棟の取り組みを紹介したい.

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 当院は,昭和10年に「自分たちの協同の力で自分たちの健康を保持しよう」という協同組合精神で設立され,52年の歴史を持っている.現在の病院の規模は,ベッド数542,診療科13,基準看護特2類,職員数は410名で,そのうち看護部職員数は260名である.

 病院の所在地である鹿沼市は栃木県のほぼ中央に位置し,人口8万9千人,面積310平方キロメートルの農村地方都市である.

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 1982年,木村利人,岡村昭彦の両氏によるバイオエシックスの講演を当院において行なったことがある.これが1つのきっかけとなり,引き続き翌年3月から1984年4月までの1年間,月に2回の割合で,岡村氏を中心にして自主ゼミを行なった.これに参加したのは新卒から婦長までバラエティーに富むキャリアの院内の看護婦有志22名.このほかに8名のオブザーバーと,さらに他施設や遠方からの参加者が加わることもあった.

 社会はめまぐるしく動いており,私たち医療職もその動きと無縁でないことは言うまでもない.その中で,私たちが来るべき21世紀の医療・看護に向けてどう進んでいけばよいのかを広い視野に立って探ろうというのがこのゼミの目的であった.医療という狭い世界に閉じこもりがちな私たちに岡村氏が知的刺激を仕掛け,有志の看護婦たちがそれに応じたということにでもなるのであろう.

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[はじめに]

 先に,「ナイチンゲールの人物像とその思想」を3号に,「健康観の変遷と現代における健康」を4号に掲載させていただいた.今回は,筆者が最も刺激を受けたとして何度か言及した澤潟久敬(おもだかひさゆき)博士の「看護の理念」に関する講演の要旨と,筆者なりの解説を若干補足させていただきながら紹介したい.

 なお本論掲載にあたって,澤潟久敬教授にあらかじめ拙文を御覧いただき,掲載について御了解をいただいたことを付記する.

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‘看護は実践の科学’であることの意味

 昨今,看護界では,‘看護は実践の科学’であるということを,当然としている.

 では,看護の実践者は‘看護の実践をどのように科学しているのか’あるいは‘看護の科学をどのように実践しているのか’と問うてみる.その答えは‘看護実践のなかから,看護の科学をみつけだせるか’にかかってくる.それにはら自分の看護実践を紐解いてみる’ことが必要になる.

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 2年振りに行なわれた診療報酬改定(前回61年4月1日実施)は,既に63年3月19日において関係告示並びに通知が出され,4月1日から実施されている.

 今回の改定率は3.4%(医科3.8%,調剤1.7%)の引き上げであるが,従来から実施されている薬価基準の適正化に伴い薬価基準が2.9%引き下げとなったので,実質0.5%の引き上げとなった.

連載 COLOR ATLAS—徴候から理解する脳のしくみと働き・15

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 これまで2回に分けて知覚のしくみと働きについて学んできました.今回は知覚障害のシリーズの最後として,知覚障審の発生のメカニズムと,その障害発生部位について学びたいと思います.それでは障害部位を末梢から中枢方向へたどってみましょう.

連載 在宅看護への道・15

法の厚い壁 村松 静子
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登記所での戸惑い

 昭和61年3月28日.その日は確か雨だった.登記所(法務局中野出張所)で名を呼ばれた私は,何となくいやな予感がした.すると突然,「訪問看護って何ですか.看護婦と家政婦ってどこが違うんですか.これは,労働省の方ではないですか」と登記官が切り出してきた.

 〈何を言っているんだ,この人は……〉内心私の気持ちは穏やかではなかった.

連載 ワットさんのペーシェントロジィ[今,患者が主役の時代]・3

Positive Thinking ワット 隆子
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希望へつなぐアドバイス

 東京都下の病院で乳がんの手術を受けて退院したばかりの38歳の女性から電話があった.あけぼの会は今や,“乳がん110番”の看板を掲げているも同然なので,相談の電話が1本も入らない日は1日もないし,その内容も,患者当人からのもの,患者の家族からのものとあって実に深遠複雑,まさに,がんよろず相談所になっている.

 「入院中はそうでもなかったんですが,退院してから手術の跡を見るたびに悲しくなるんです.どうして私だけがこんな惨めな姿に,と思うと」

連載 水引き草の詩(うた)—ある看護教師の闘病記・3

まな板の上の鯉 藤原 宰江
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しばしの別れ

 12月4日の午後,10日間の休暇をとって看病のために帰省していた祥子(次女)は,東京に戻ることになった.

 娘を乗せた車が駐車場を離れて駅に向かってからも,私は長い間窓の外を眺めていた.壁一面のガラス窓に吉備の山並みが拡がり,冬寒むの眺めながら15階の高層から望むパノラマは壮大である.薄墨色の雲が空を覆い,今にも雨粒が落ちてきそうだ.何となく胸の隙間に冷たい風が吹き込むようで,私は小さく身震いした.

連載 ナースのための情報学ABC・3

情報の整理とは[1] 辻 和男
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 今回は,情報の整理について述べます.

 看護情報学の基本は,情報の収集から始まります.このことは,看護過程とか看護診断学と全く同様です.つまり,考える種みたいなものが情報だということです.何かを考え,患者さんをできるだけ良い方法に導くためには,考える種が必要です.

連載 高齢化社会の福祉と医療を考える・22

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 エリク・H・エリクソンの人間発達理論は人の一生を8段階に分け,それぞれの段階毎に心理社会的な発達課題と発達上の危機とを対の形で提示している.また,課題が達成されたときにその人が獲得できる人格的な強さ,すなわち,“virtue:生きる力”をも段階別に明らかにしている.

 彼の理論の概要とその中で,私たちが関心をもつ部分については前回論じた.少し復習しておこう.8段階は乳児期,幼児期,遊戯期,学童期のこども期,青年期,そして若い成人期,成人期,老年期からなるおとな期に大別される.なかでもおとな期は時間的には緩やかに考えられており,私たちが問題とする成人期については特にそうである.

連載 西村かおるの訪問看護留学記—英国編・18

日本一時帰国物語(前編)
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不吉な手紙

 実は何を隠そう,私は日本に帰ったのだ.ワハハ.エンヤコラと日本から地ベタの旅で英国にたどり着いてから約1年と7か月.日本を恋しいと思うよりも,ほんとうにそんな国が存在するんかな,私の幻想なんじゃないか,などと,毎日日本からの手紙を受け取ったり,貿易摩擦の折,ラジオでジャパンという単語を聞かぬ日はないのに,あまりにも私の現実からは遠く,夢の国となっていたのだった.その国に突然帰ることになったのは,ある日送られてきた友人の手紙による.

 「遠くにいるかおるに知らせることがいいか,どうか迷ったけれど……」という書き出しはいつもの親バカちゃんちきの手紙とは趣を異にし,何やら緊張させるものだった.で,我らのクラスメートの一人K子が虫垂炎の後,イレウスを起こし再手術をしたのだけれど,どうももう1回オペが必要らしい.本人は入院しているのだけれど,癌を疑っている,というものだった.

連載 医のなかの想い—ドクター“のぞみ”の院内日誌・18

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 「先生,奥さんにはねぎらいの言葉をかけてあげてくださいね.女は一言でいい,その一言がうれしいんですよ」と,いつもは「私はがいな(編註・気性の激しい)女」という川村さんの奥さんはしみじみ言った.NHKの“シャツの店”でも八千草薫さんが同じような言葉を口にするシーンがあった.

 娘の母として一番嬉しい何よりの親孝行は,嫁いだ娘と孫が里帰りすることだとも言っていた.次女の道子さんは,学校の休みの度に,子供さんを連れて奈良から帰って病院へ来た.

連載 いたいのつらいのとんでいけ〜[みつこさんの闘病絵日記]・3

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小さい頃から絵を描くのが好きで、小学校の時、よく授業中にマンガを描いていて先生におこられました。デザイナーになりたいと思ったり、小学校の先生になりたいと思ったり、どちらもまねごとみたいな仕事をかわりばんこにやってきました。(自分ができなかったので、看護婦さんとか、ひとつの仕事をずっと続けてしる人って尊敬しちゃいます。)

 絵の仕事は、小さいなカットや、商店街の大売りぬしやパチンコ屋さんの開店のちらしみたいなものを描いていました。こういったマンガは、ほとんどはじめてですが、どうぞよろしく!!(み)

NURSING THEORY 看護理論ってなあに?・29

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 ナイチンゲールの『看護覚え書』は看護の原典と言われるが,看護高等学校と看護短大での私の15年間の経験で,看護学生が本書を所持しながら『看護の理念』や『看護倫理』を学ぶ際,あまり読んでないのではないかと思われる例に何回も出会った.確かに,本書は262ページに及ぶ大著で,原典が英国人特有の表現,言い回しになっていることから,少しばかり読みづらくもあるだろう.

 そこで今回,『看護覚え書』を私なりに少しくだいて要約・説明してみた.看護について素人である私が述べるのは僣越で,先輩諸氏や研究家の方からお叱りを頂戴するかもしれないが,非礼はお許しいただきたい.

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「お食事の用意ができましたので,どうぞ食堂へお越し下さい」

 アナウンスが終わると間もなく,患者さんたちは各々病室を出て食堂へ向かった.

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 写真の2人の看護婦さんを見て,何かわかりますか?「普通の看護婦が普通の業務をしている」そうですね.でも,実は2人とも「いわゆる難病」を抱えているのです.若い方の今井英子さんはサルコイドーシス,ベテランの水上學さんは全身性エリテマトーデス.けれども御覧のように2人とも「普通」の看護婦さんなのです.

 今井さんが発病したのは,4年の勤務後,看護の見直しのために研修学校に通い卒業,そして再就職しいよいよ自分の看護ができるとはりきっていた時でした,故郷の新潟に帰った今井さんは,「自分は悲観的な性格ではない」と思っていたにもかかわらず,ひどくふさぎこみ家に閉じ籠り切りとなってしまいました.「自分が習ってきた,行なってきた看護が自分を助けてくれない」ことから,とにかく将来が不安で自分が取り残されていく気持ちにばかりとらわれていたのでした.

PRISM

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 病院は入院患者に対して様々な規則を設けている.看護者の立場では,その患者の日常生活にできるだけ近い形のものを考えたいと思っているが,入院生活が療養を目的としていること,及び,他人との集団生活であることから自ずと規制がかかってしまっているのが現状である.

 しかし,「規則」が前面に出ていると,人間は気持良く従いたくないと思うのが常である.その規則がどういうことを目的としているかを知り,そのことを説明することによって,患者が十分理解すれば規則も守られていくと考える.

WORD SCAN

高線維食 中村 治雄
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 一般に食物線維というと,摂取しても消化管で消化を受けず,従って吸収されない食物成分を指している.その多くは植物であり,いわゆるセルロース,ヘミセルロースなどがその代表である.

 線維という言葉から,比較的筋張ったものを思い出しやすい.事実,シナチク,ゴボウ,セロリなどは,これらの線維成分が多く入っている.しかし線維には,水に溶けやすく,筋張っていないものもあり,ペクチン,マンナンなどがそれにあたる.果物,野菜などに多いものである.また,一部には動物性のものもあり,昆虫のキチン質などがそうである.

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「小学校2年の時に結核で1年間休みました.その後も持久力が足りないことなどから,自分が他の人とは違うなって薄々感じてはいたんです」水上さんはしみじみと言う.しかし,その言葉からはもちろん,働いている姿からも,難病に苦しんでいるというような「負」のイメージは一切感じられない.「私は性格がきついですからね.もっともきついからやってこられたんでしょうけれど」

 両親兄弟とも無い水上さんが看護婦を目指したのは,早く自立したかったからだ,希望通り看護婦になり,そして結婚.力いっぱい働いていた.が,24歳の時妊娠がきっかけで特発性心外膜炎と診断された.この時から,水上さんの病気との闘いは始まっていたのだ.その後も様々な医療機関に勤めたが,入退院の繰り返しで長くは続けられなかった.その間も診断名は特定されず,昭和57年,帝京大学病院でのパートから本採用への移行時の検診でやっと,全身性エリテマトーデスと診断された.

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久美子さん「1961年に,父が長年の夢であった造園の勉強をするためブラジルに行ったんです.母ももちろん一緒だったんですが,私がちょうどおなかの中にいる時でした.5年の予定だったのが10年になってしまって,弟が1人いますけど,私たちはみなブラジル生まれなんです.母の,これからの女性は何か資格もって,手に職をつけておいた方が良い,という強い考えに影響されて,私は看護の道を選んだのですが,今にして思えば,4人が揃ってということのきっかけをつくったのは,私ということになりますね」

基本情報

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看護学雑誌
52巻6号 (1988年6月)
電子版ISSN:1345-2746 印刷版ISSN:0386-9830 医学書院

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