病院 65巻8号 (2006年8月)

特集 医療と経済格差

巻頭言 広井 良典
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 「格差問題」が様々な形で活発に論じられるようになっていることは言うまでもない.日本において経済格差は本当に広がっているのかという事実認識や,そもそも格差というものをどう評価するかという価値判断を含め,今後もさらに様々な議論が展開していくと思われる.

 こうした中で,医療における格差問題が急速にクローズアップされるようになっている.戦後の日本の医療政策においては,国民皆保険をベースとする「アクセスの平等」が基本的な理念として存在したため,近年に至るまで「医療における格差問題」が論じられる余地は少なかった.ところが,上記のような日本社会それ自体の中での経済格差拡大という点に加えて,近年進められている医療改革(患者自己負担の引き上げ,混合診療の拡大等) の帰結としても,医療における格差というテーマが現在大きく浮上するに至っている.近藤克則氏の著作『健康格差社会』もこうした状況に一石を投じるものであった.

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 本年 2 月の衆院予算委員会で格差を巡る集中審議が行われたり,厚生労働省の本年度「労働経済の分析」(労働経済白書)でも格差問題が取り上げられたりするなど,格差問題についての社会的・政治的関心が大きな高まりを見せている.

 振り返ってみると,これまでにも何度か格差問題が注目された時期があった.例えば 1980 年代末のバブル最盛期には,フローの所得よりも,株や土地といった資産保有における格差が大きく取り上げられた.また,橘木俊詔・京都大学教授の著書『日本の経済格差』1) を発端とする 1990 年代末の「経済格差論争」では,国際的にみた日本の不平等度の位置づけが議論の中心となった.これらの過去の議論と比較すると今回は,人口高齢化が所得不平等度に及ぼす影響や,若年層における所得格差の拡大が注目されているという特徴がある.

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 これまで医療において,「どこでも,だれでも,いつでも」医療を受けることができるように,地域や所得によるアクセスの格差を解消することが医療政策の目標となっていた.しかしながら,こうした目標はソ連の崩壊と経済のグローバル化に伴って,市場競争で成功した者に対して応分の報酬を与えるべきであるとする価値観の浸透を受けて,一部から変化が求められている.その結果,これまで公平性を確保するための諸法規を見直し,医療においても格差を是認し,患者負担を増やすと同時に,支払い能力のある者がハイグレードの医療を受けられるように改める動きが活発化している.本稿では,まず社会における格差の広がりと健康の格差の関係を展望した後,医療における格差発生のメカニズムとその対応について分析し,最後に日本の医療制度の課題を整理する.

■社会の格差と健康の格差

1.健康格差の要因

 医療の目的は,治療による健康の回復にあるが,医療が国民の健康の維持・向上にどこまで貢献しているかは必ずしも明らかではない.発展途上国では,上下水道の整備,栄養状態の改善,女性の地位の向上等が医療よりも大きな要素である.また,先進国においては一人当たりの医療費が一定の水準を越えると,平均余命等の健康指標は,医療費ではなく,所得格差の程度と関係している1)

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■ソーシャルワーカーの実感―格差社会

 景気の回復が謳われる中,「格差社会」を時代のキーワードにする日本の現代社会では,疾病と貧困の関係がさらに密接になりつつある.確実な調査データはないが,各病院の業務統計では「経済的な相談」あるいは「経済・社会保障に関する相談」はここ 2 年で確実に増加している.済生会京都府病院における経済問題の相談件数は,図 1 のように平成 12 年から 13 年にかけてかなり増加し,以後減っていない.神奈川県の某大学病院では,統計の取り方が済生会と同様ではないが「経済的相談」は平成 16 年度 1,253 件から平成 17 年度は 1,545 件へ,「社会保障制度の紹介・相談」は同じく 1,415 件から 1,640 件へと増えた.相談件総数の 10,599 件から 12,049 件へという増加分の実に 3 分の 1 以上の相談が制度紹介を含む経済的支援援助で占められている.

 援助内容の項目は「医療ソーシャルワーカー業務指針」(健発第 1129001 号)にある,①療養中の心理的・社会的相談,調整援助,②退院援助,③社会復帰援助,④受診受療援助,⑤経済的問題の解決,調整援助,⑥地域活動となっており,⑤を上述のように 2 つに分けて細かくみている.その数字は,大学病院というよりは近隣の核となる病院であるだけに,平均的な現状が表れていると言ってよいだろう.

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 医療機関で治療を受けても一部負担金などを払わない患者が増えている.未収金は膨らむ一方で,病院にとっては経営に影響を及ぼす問題にもなりつつある.原因としては患者の経済状態が悪化していることがあげられ,「経済格差拡大」の一断面との見方もあるが,そう単純な問題でもなさそうだ.制度改革や患者の意識の変化などが絡み合い,解決への道が見えない根の深い問題となっている.

■1 病院当たり年平均 716 万円との調査も

 未収金となるのは本来,患者が医療機関の窓口で支払うべき金額.健康保険(社保)や国民健康保険(国保)など公的保険を使って受診した患者の一部負担金のほか,差額ベッド代,出産など保険外の費用が含まれる.そもそも保険証を持たずに受診した患者の医療費が未収金になることも多い.

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! 社会経済状態(所得格差)が健康を損なうのではないかという「健康格差」に関する論議が昨今起こっている1,2).数々の先行研究でイギリス・アメリカを中心とした諸外国,また国内において所得,地域,教育歴等による健康格差が明らかになりつつある.

 わが国においては,格差問題が注目を浴びている.所得・収入格差が若年層を中心に拡大し,その要因として成果主義の進行,終身雇用慣行の崩壊など雇用形態の変化が挙げられている.

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 多くの保健医療技術の利用状況が,同一国内の地域間,あるいは国同士で異なっていることは従来から知られている.例えば米国内,あるいは他の国でも,地域ごとに比較すると手術率などに大きな差がみられている(患者側にそれほど大きな差がないと見込まれるにもかかわらず)1).その結果,EBM や医療の標準化が必要であるとの議論が盛んになってきた.

 しかし,依然として地域同士,とくに国同士で先進的医療技術の利用状況には格差があるとされる.また最近では,抗がん剤等の未承認薬の問題が一昨年頃よりわが国において大きく問題視されることとなり,その結果,厚生労働省は「未承認薬使用問題検討会議」の設置等の対策をとっている.本稿では,先進的医療技術の利用状況の国際間格差の実態例を紹介し,そのうえで格差が生じる要因について考察を加えることとしたい.

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■これまでの状況と対応

 イギリスにおける医療・健康度の格差問題と是正への取り組みを振り返るとき,“The Black Report”1) に触れないわけにはかない.同国では,1977 年に国家的事業としてサー・ダグラス・ブラックを委員長とする特任委員会が結成され,健康度と社会経済状況との関連についての大規模調査・研究が行われた.

 予想をはるかに越えた健康度の格差の大きさが明らかにされたその報告書は “The Black Report” と呼ばれる.それは国内はもとより,他の先進諸国へも大きな衝撃を与えた.基本的に国民の誰もがアクセスでき,福祉国家の医療体制として 1 つのモデルといわれていた NHS(国民保健サービス.保険ではなく税金により運営している.したがって患者の窓口負担はない)の下でも大きな格差があったのである2)

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 中国は,ここ十数年,経済の著しい発展により,国民の医療消費も急速に増加している.現在,中国では医療費抑制,医療サービス効率化を目指す医療システム改革が行われている.医療制度について,様々な改革案がモデル都市において試験的に実施されてきたが,1998 年 12 月に「都市職員・従業員基本医療保険制度に関する国務院の決定」(以下,「決定」)が公布されることにより,全国都市部労働者の医療制度の指針が設立され,現在は全国都市部に展開されつつあり,保障の対象者の拡大や制度の改革が行われている.

 しかし,医療事情は国によって様々で,同じ国でも地域により,種々の事情によって制度の整備等が異なることがある.現在,中国においてこれら健康・医療の格差問題が深刻である.この医療における格差問題はいくつかの視点から整理することができる.例えば,医療保険制度による地域間および都市と農村の間の格差,人々の所属・身分・職種等による格差,被保険者と無保険者の格差,所得と経済格差による格差,医療資源配分の不均衡による医療水準の地域格差等が存在している.また,これらの格差により,人々の医療へのアクセスの問題や健康水準の格差問題等が生じている.現在,中国にとって,すべての国民が皆平等・公平に医療を受けられるような医療システムの構築は大きな課題であると考えられる.

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 湘南中央病院は,今年2月に新築移転を行った.1955年に初代院長の故・若林巌氏が藤沢市辻堂に若林外科医院を開設して以来,50年にわたりこの地域を離れることなく,住民の健康を守ってきた.今回の移転も「地域の人々とともに歩み,健康を守り良質な医療と介護を提供する」という理念のもと辻堂地域にこだわり,旧病院から500mほどしか離れていない場所を選んだ.

 移転について,理事長の今井重信氏は「旧病院は建物の老朽化に加え,リハビリテーションにも十分なスペースが取れず,患者のニーズに応えるためには限界に達していた」と説明する.

オピニオン

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 一昨年より医療費抑制の議論に端を発し,医療制度改革,混合診療問題,診療報酬改定と様々な議論が行われ,これにあわせて多くの新たな政策が打ち出されてきました.これらの議論は一つひとつが複雑で,その議論の背景が見えにくいために,わかりにくい議論をさらに理解困難なものとしていたように思えます.

 そこで,今回の一連の議論を振り返って,なぜあのような議論が展開されたのか,その結果の影響と今後の医療費負担のあり方について私見を踏まえまとめてみました.

連載 医療ソーシャルワーカーの働きを検証する・3

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 名古屋第二赤十字病院では,救命救急センターとして急性期病院の推進・地域医療支援病院の取得を目標に病診・病病連携に取り組み,1990 年から病診連携を,1998 年から病病連携を開始した.医療社会事業課では,連携のための退院援助のシステム化に取り組んできた.その結果,2005 年,愛知県では初めて地域医療支援病院として承認された.地域医療支援病院は,地域の開業医を支援して患者へより良い医療の提供を目指すものである.当院にはこれまで以上に地域の関係機関との連携が求められることになる.本稿では,地域医療支援病院としての医療社会事業課(MSW)の業務と今後の課題について述べる.

■問題別担当制導入により効率化を図る

 医療社会事業課では,病病連携を開始した 1998 年から,多様な患者・家族の問題に効率的に対応するために,問題別担当制を始めた.課長以下,5 人の MSW を,表 1 のように業務分担している.

連載 今,なぜ医療経営学を学ぶのか 基本からわかる医療経営学・3

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■「チーム・デザイン」とは何か

 今日,わが国においてもチーム医療への関心が高まっています.しかし,医療現場においてチーム医療を実施することは簡単なことではありません.実際に,「チームで仕事を行う際に,職種間の壁を取り除くことができません」という声をよく耳にします.多様な医療専門職が働く職場では,経営者や管理者の方々が,絶え間ない試行錯誤を続けていることでしょう.

 一言で「チーム」といっても,チームにはいろいろな側面があります.いわゆる「チームワーク」という言葉から連想できるように,チーム・メンバーの仲の良し悪しという感情的な一面を思い浮かべる方もいるでしょう.前号では,組織全体の構造やデザインをテーマにしましたが,今回は,「チーム・デザイン」というマネジメントの仕組みに着目します.

連載 病院ファイナンスの現状・24

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 先月号までは間接金融市場での病院資金調達を見てきました.今月号からは直接金融市場での資金調達を解説します.この直接金融による資金調達が “病院の新しい病院ファイナンス” として注目されている手法です.今月号では最初に病院ファイナンス世界の全体を鳥瞰し,次に新しい資金調達方法の位置を確認しておきましょう.羅針盤で経営の方向を決める時に,ファイナンス地図上での現在地や周辺の状況を確認し理解しておくことは大切なことです.

■内部資金調達と外部資金調達

 病院の資金調達は,病院の内部から資金を醸しだすか,または病院の外部から調達するかによって「内部資金調達」と「外部資金調達」に二分することができます(図 1).

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 今回は,前回(第 5 回)に引き続き,説明義務違反を題材とします.

 医療裁判では,「医療水準」を基準として,医師に「過失」があるかどうかを判断しています.医師には,治療をする際に患者の同意を得る前提としてや患者の療養指導をする際に説明義務がありますが,それについても医療水準に従った説明義務を負います(医療水準については本連載第 1 回 〔本誌 3 月号〕,説明義務違反については本連載第 5 回 〔本誌 7 月号〕 をそれぞれ参照してください).

連載 病院管理フォーラム

■人事管理

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●外部業者の導入

 接遇委員会(現在,患者満足度向上委員会と名称変更)を組織したまではよかったのだが,院内で接遇に関する専門的な知識やスキルなどなく,何から手をつけてよいのか手探りの状態からスタートした.そこで,専門業者の力を借りようということになった.その専門業者(人材コンサルティング会社)の方には,接遇委員会立ち上げより毎回(毎月)の委員会に外部委員として参加してもらっており,外からの意見や助言をいただいている.これが院内の委員会メンバーに “気づき” を与えてくれた.というもの,外部委員の方々は,医療業界とはほとんど無縁で,院内では常識だと認識していたものを,一般社会からは特殊な環境であると気づかせてくれたのである.外から見た意見だからこそ,委員会メンバーも素直に耳を傾けることができたのかもしれない.患者側の視点でアドバイスをいただけたことは後々,われわれの活動に大きな影響を及ぼしている.

●接遇マナーマニュアル―笑顔は最高のプレゼント(図 1,2)

 接遇委員会で検討を重ねた結果,接遇に関するマニュアル作成について賛否両論あった.マニュアルを作成してもごみの山に埋もれてしまうのではないかという懸念があったが,最終的には作成するしかないという結論に至った.

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 平成 14 年に国がすべての病院および有床診療所に対して,安全管理体制の整備を義務づけて 4 年が経過した.今ではほとんどの医療機関で安全管理が体制化されているが,体制はできたとしても形だけの体制になっていては,安全管理は機能しない.現場で働く職員の安全への考え方,意識はその組織の安全管理体制の維持にも大きく影響する.これまで安全管理担当者として職員の意識面の整備を図り,「安全文化風土の土壌作り」のための教育や,現場の継続的質改善への活動が活発に行われる仕組みづくりに向けて取り組んできたことを紹介する.

●施設紹介

 当法人は本誌『病院』2005 年 10 月号グラフにも紹介されたが,一般病床数 326 床の急性期病院で地域医療支援病院・臨床研修病院でもある中頭病院と,外来・健康管理センター・通所リハビリテーションを持つ,ちばなクリニックの両施設を運営している.「いたわる心,はぐくむ気持ち,謙虚な気持ちで病院に訪れる方々に対応する姿勢」をトップの方針として今日まで大事にしてきたことも経営の安定に繋がった一因である.

連載 アーキテクチャー 保健・医療・福祉 第139回

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■保健医療福祉の連携

 松江市立病院は 1948 年 30 床の病院として発足以来半世紀にわたり地域住民の健康の保持と増進に貢献してきたが,度重なる施設の増改築や建物の老朽化,敷地の狭隘化に伴い急激に発展する医療技術の高度化や市民の医療ニーズの多様化に十分な対応が難しくなってきた.そこで緑に包まれた潤いと安らぎのある近代病院として整備するため,広い敷地への新病院建設の運びとなった.

 松江市は市立病院の移転にあたり,「保健・医療・福祉の連携」を具現化するものとして市立病院と保健福祉総合センターを一体的に整備し,各施設の効果的な運用と,市民サービスの向上を図る保健・医療・福祉の統合拠点として,「保健医療福祉ゾーン」を計画した.

連載 リレーエッセイ 医療の現場から

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 当院は広島市の西部に位置し,原爆投下から 10 年後の 1955 年に前身である福島診療所が設立され,その後 50 年の間,地域医療と被爆医療を中心に診療を続け現在に至っている.1960 年代初めには相談室を置き,専任の医療ソーシャルワーカーが相談業務を行ってきた.部落差別,貧困,被爆の三重苦と闘ってきた歴史を持つこの福島地区では,長い歴史を経てもなお,この三重苦から逃れられない現状を目の当たりにすることが多くある.

 当院ができるまで,福島地区の医療は不十分であった.福島町出身の医師が明治 7 年に開業し昭和 6 年に死去するまで部落住民の健康を守るために診療を行ったのが最初で,大正末期から昭和 7 年の間に 4 名の医師が同地区で開業している.しかし,差別と貧困のため医療経営が成り立たないと判断し,長くて 10 年,短くは 3 年で他地区に移っている.そのため,昭和 7 年に最後の開業医が転居した後,戦後の同和対策事業の一環として昭和 23 年に市立西診療所が設立されるまでの 16 年の間,無医地区となってしまっていた.そして,貧しく,部落地区の住民ということで隣接地の開業医に行っても診療を断られたり極めて冷たく応対されるため,治療を受けることができず悲惨な死をとげた人もいたという.市立診療所の設立により問題は解決されたかに見えたが,施設は悪く,医師が常勤でないことで多くの問題が残っていたため,地域住民の運動により当院の前身である福島診療所が設立されたのである.

基本情報

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病院
65巻8号 (2006年8月)
電子版ISSN:1882-1383 印刷版ISSN:0385-2377 医学書院

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