生体の科学 67巻6号 (2016年12月)

特集 時間生物学の新展開

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 今回は特集に「時間生物学」(Chronobiology)を取り上げた。時間生物学とは,Alain Reinbergによれば生物の持つ時間構造とその変動を研究する学問と定義されている。実際には時間生物学という名称が用いられたのは比較的新しく,1960年代くらいからである。それまでは,Biological clock(生物または体内時計,わが国では体内時計が使われていたが,英語にはこれに相当するものはみられない)がよく用いられた。一方,Circadian clock(概日時計)はおおよそ1日(約24時間)で繰り返す生物が持つ時計機構であるが,実際の研究対象であり,本特集でも多くの著者がこの言葉を用いている。現実には概月,概年現象もあり,時間生物学はそれらをひっくるめた内容である。

 de Marianによって時間生物学の最初の論文は1729年に発表されたが,これは植物に関する概日リズムの研究であった。ある周期である行動を繰り返すのはリズムを持つからであるが,これはあらゆる生物が持っているが,実験の容易さから植物が初期の研究に多く使われた。概日リズムは地球の自転による環境変化によるものであろうという観念を打破し,生物の時間構造には遺伝性があると最初に示したのは1953年Bünningによってである。やがて分子生物学の進展は,多くの時間生物学関連遺伝子を確定していった。

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 地球に生息する生物の多くは約24時間周期の時計(概日時計)を持ち,24時間周期の昼夜環境下で巧みに生活している。どの生物種においても概日時計は生体内に生成されるリズムを基盤とし,以下の三つの条件を満たす1)

 ①温度や光が一定の恒常条件下で約24時間周期のリズム(概日リズム)が続く。

 ②温度を変えても周期は変わらない(周期の温度補償性)。

 ③温度・光などの外環境サイクルに振動が同調する。

これらの条件をすべて満たすことで,初めて概日時計は地球上での生活に役立ち,自然選択の過程で獲得され,維持されてきた。したがって,これらの特徴を裏付けている物質的基礎を説明しなければ,概日時計の謎を解明したことにならない。生命の進化の初期過程(水を分解する光合成とそれに伴う酸素発生,あるいは植物の葉緑体への発達など)を人類に示してくれたシアノバクテリアも概日リズムを示す。本稿では,シアノバクテリア(Synechococcus elongatus PCC 7942)の時計システムの研究について解説する。

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 概日時計は,約24時間という地球の環境サイクルに適応するために生物が獲得した生体機能である。現存するほぼすべての生物に概日時計が保存されていることからも,概日時計を持つことが生存に有利に働いたことは明らかである。本稿では,概日時計の分子的なしくみについて,特に時計タンパク質の翻訳後修飾に焦点を絞って最近の知見を紹介する。

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Ⅰ.時計遺伝子と視交叉上核

 生体リズムの理解は,時計遺伝子(clock genes)が発見されたことで大本から変わってしまった1,2)。時をつかさどる時計遺伝子は,通常の細胞にある数個の転写因子の一群であり,数千もの遺伝子を周期的に発現させて,細胞周期,エネルギー代謝を時間的オーダーで管理している。すなわち,時を刻む時計遺伝子の時間装置は全身の細胞にあり(細胞時計),生体リズムは全身の細胞で出現することがわかったのである。では,これまで生体リズムの発振中枢とされてきた視交叉上核(suprachiasmatic nucleus;SCN)の役割は何なのであろうか?

 たとえ全身の細胞に時間装置があっても,これまでに得られた,「SCNを破壊すると生体リズムは完全に止まる」というSCNの重要性を示すデータは覆らない3,4)。完全に全身の時計が止まっているCry-nullマウス5,6)に野生型(WT)マウスのSCNを移植すると,24時間周期の行動リズムが回復する7)。すなわち,SCN以外の組織には時計がなくても,SCNの時計のみが24時間周期を回復すると,個体としての24時間周期の行動リズムは惹起されるのである(図1)。以上の事実は,SCNには,時計遺伝子以外の生命階層でのリズム発振の,未知の機構があることを示唆している。

末梢概日時計システム 八木田 和弘
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 “末梢時計”は,主として哺乳類概日時計研究から生まれてきた概念である。哺乳類の“中枢時計”である視交叉上核に対する,それ以外の組織・細胞に備わっている概日時計のことを指す。つまり,たとえ中枢神経系であっても,視交叉上核以外は中枢時計によって調律される“末梢時計”ということになる。哺乳類の概日リズムは,視交叉上核を破壊することで個体レベルの生理機能リズムが消失することが古くから知られており,視交叉上核が概日リズムの中枢で,末梢臓器のリズムを支配しているという概念が確立されていた。そのため,他の生物種と比較しても“中枢”と“末梢”という区別がより明確であったことが,哺乳類において“末梢時計”というカテゴリーが生まれてきた理由の一つと考えられる。

 ただ,現在では広く受け入れられている末梢時計という概念であるが,その歴史はそれほど古いものではない。末梢時計の概念確立には,1997年の哺乳類における時計遺伝子の同定が深くかかわっている。しかし,それ以前にも視交叉上核以外の組織における概日リズム解析の研究があり,それらの知見の蓄積があったからこそ,その上に末梢時計の概念が速やかに体系化されたと言える。

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 哺乳類では体内時計の中枢と呼ばれる部位は1か所で,視床下部の視交叉上核(Suprachiasmatic nucleus;SCN)がその場である。視交叉上核は視交叉の背側に存在する一対の小さな神経核で,前後に長い卵形であるが,その長径においても1mm程度である。視交叉上核が出力する概日リズムは末梢組織に存在する時計の位相を決定し,生理現象に概日リズムを付与している(図1)。視交叉上核の一側には約10,000個の細胞が存在している。分散培養を行うと,そのうちの約2割が自立的な振動を継続する1)。これらの発振ニューロンの周期はばらつきが大きい2,3)。そのため,単一の概日リズムを出力するには振動子間の同期を達成する必要がある。本稿では,体内時計中枢としての機能を果たすために必須の細胞間同期機構を中心に記述する。

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 キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)は体長が約3mm程度の小型の昆虫で,古くから遺伝学の分野で用いられてきた。1971年のKonopkaらによる概日リズムを制御する時計遺伝子periodper)の発見は,時間生物学のみならず広範囲の研究領域に大きな影響を与えた1)。ショウジョウバエを用いた研究は,その優れた遺伝学的手法を武器に,次々と概日時計にかかわる“時計遺伝子”を発見し,分子振動機構の解明を進めてきた。その一方で,分子生理学的手法を駆使して,中枢概日時計を構成する時計細胞ネットワークの研究が着々と続けられてきた。本稿では,ハエ時計機構研究の歴史をたどりつつ,これまでに得られた時計細胞の知見を概説する。

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 睡眠は,多くの動物に認められる量的恒常性を特徴とする生命現象である。睡眠不足で蓄積し,睡眠を促す“睡眠物質”が恒常性を担うと想定されたが,生理的な睡眠の恒常性を担う物質が発見されず,神経回路レベルでの制御が提唱されている。その研究には哺乳類が用いられてきたが,近年,広い範囲のモデル動物が使われている。本稿では,ショウジョウバエの睡眠の恒常性維持にかかわる神経回路を筆者らの研究も含めて紹介する。

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 中枢神経系を有するほぼすべての生物が,睡眠をとると考えられている。睡眠を奪う断眠状態を継続すると死に至ることから1),睡眠は生命維持にかかわる重要な生理現象であり,更に記憶,学習などの高次機能にも関与することが知られている。睡眠と覚醒を繰り返す睡眠覚醒サイクルは,明らかに概日リズムの制御を受ける。その一方で,概日時計をつかさどる視交叉上核を破壊したサルの実験では,睡眠をとる時間は1日のなかで分散するものの,1日の総睡眠量(睡眠時間)はなお一定に保たれることから2),概日リズムとは関係なく,動物は覚醒時間に対して一定量の睡眠時間を確保するよう制御されていることがわかる(睡眠恒常性)。これら概日リズムと睡眠恒常性の関係を端的に表現した古典的なモデルとして,Borbélyらの提唱した2プロセスモデルがある3)(図1)。これは,睡眠負債を反映する睡眠過程(プロセスS)と概日リズムに伴う入眠閾値を反映する概日過程(プロセスC)の二つの因子で,睡眠覚醒制御を説明するものである。プロセスSは覚醒に伴って蓄積し睡眠によって解消される過程であり,概日リズムと独立した睡眠恒常性を担うものである。本稿では,睡眠時間を制御するプロセスSの機構に迫る過去の知見と共に,近年筆者らが提唱したCa2+依存性過分極経路の重要性について議論したい。

ヒト睡眠の調節機構 内山 真
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Ⅰ.脳を休ませるしくみ

 睡眠は環境によりよく適応するため,生物が進化の過程で獲得してきた行動的休息である。20世紀半ばまで,睡眠は上行性網様態賦活系を主とする覚醒機構が疲労して,受動的に活動低下に陥った状態と考えられてきた。その後,レム睡眠の発見に始まる睡眠科学の発展により,睡眠は脳の一様な活動低下ではなく,レム睡眠,ノンレム睡眠はそれぞれ異なった能動的休息過程であることがわかり,そのメカニズムが次第に明らかになってきた1)。これまでの知見をまとめると,睡眠調節には三つのシステムが働いている。第一は,睡眠恒常性維持機構,脳の疲労に応じて睡眠を発現するシステム,第二は体内時計機構,つまり夜になると睡眠を発現させるシステム,第三に,覚醒保持機構,覚醒が必要とされるときには睡眠を抑えるシステムである2)。本稿では,この三つのシステムについて生理学的観点から述べる。

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 地球上に存在するほとんどすべての生命は,1日24時間を1周期とする概日リズムを示す。哺乳類の体を構成している個々の細胞には概日時計が存在し,中枢時計である視交叉上核が,各末梢組織・臓器の概日時計の位相を制御し,生体の時間的秩序を維持している。視交叉上核は片側約1万個の神経細胞が集まった一対の神経核であり1),視交叉上核を電気破壊すると,行動,ホルモン,自律神経機能など全身の生理機能の概日リズムが消失する2,3)。また,視交叉上核を破壊したマウスに胎児から採取した視交叉上核を移植すると,概日リズムが回復し4),回復したリズムは移植した視交叉上核の持つ周期のリズムを示す5)。本稿では,視交叉上核の生後発達とリズム形成について,過去の知見から最近の研究までを紹介する。

時間栄養学 田原 優 , 柴田 重信
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 哺乳類でみられる生理現象のなかでも,食物の消化,吸収,代謝,そしてエネルギー消費には明確な日内変動が認められ,それらは概日時計による制御を受けている。また,末梢臓器の概日時計(末梢時計)は,食事に応答し時刻同調を行うことが知られている。これらの基礎研究から,筆者らは最近,食と概日時計についての応用研究として“時間栄養学”という研究領域を立ち上げている。本稿では時間栄養学の最新の研究について紹介したい。

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 わが国を含む中・高緯度地方では,1年のなかで気温,降水量,日長などの環境要因が劇的に変化する。脊椎動物の多くはそれらのなかで主に日長,すなわち光周期を手掛かりとして季節の到来を捉え,季節繁殖をはじめとする様々な適応的行動や生理反応を発現させる。光周期によって制御される行動や生理反応は光周性と呼ばれる。本稿では季節繁殖を例にとり,鳥類,哺乳類,魚類において明らかにされた光周性の制御機構について述べる。

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 概年リズムとは,およそ1年周期の生物リズムである。1957年にキンイロジリスの冬眠についての概年リズムが発見され1),それ以後,単細胞の渦鞭毛藻2),高等植物,刺胞動物から哺乳類に至る様々な動物で報告されている3)。しかし,分子や細胞のレベルでそのしくみが明らかになっている概日リズムとは異なり,概年リズムは不明なことの多い謎のしくみである。筆者らは,ヒメマルカツオブシムシの概年リズムの研究に長く携わってきた。本稿では,その研究結果も紹介しながら概年リズムをもたらす生理機構について考えてみたい。

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 ヒトを含むほとんどすべての生物は概日時計を有している。多くの研究報告により,概日時計によって生じる行動生理機能の概日リズムが,環境(あるいは社会や生活)における1日のリズムから慢性的に脱同調を起こすと,睡眠障害のみならず多様な現代疾患の発症リスクになることがわかってきた。それにもかかわらず,夜勤労働に代表されるように,われわれの生活環境や生活習慣において,慢性的な小さな時差ぼけ(社会的時差ぼけ)が頻繁に発生している。したがって,簡易で高精度の概日時計評価が可能になれば,疾患の予防と治療に貢献できる可能性がある。また,概日位相の情報は,個人の体内時刻に基づいた医療行為(時間医療)を効果的に実施するためにも必要である。従来のメラトニン濃度測定による概日位相推定は,強力であるが限界も存在するため,時計遺伝子発現測定に基づいた概日位相推定法はこれを補うことができるかもしれない。この概日位相推定法の臨床的応用例として,睡眠日誌や行動解析では顕在化しない“潜在的な概日リズム睡眠障害”の検出に利用できる可能性がある。

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 生体には体内時計が存在し,その本体は視神経が交差する視交叉上核(suprachiasmatic nuclei;SCN)に位置し,時計遺伝子により制御されている1,2)。例えば,がん,循環器疾患,メタボリックシンドロームなど多くの疾患のリスクに時計遺伝子が関与している。一方で,生体リズムの変容が,がん患者の延命効果に影響する。こうした状況のなかで,医薬品の添付文書などに服薬時刻が明示されるようになってきた。その背景として,生体機能や疾患症状に日周リズムが存在するため,投薬時刻により薬の効き方が大きく異なることが挙げられる(時間薬理学:chronopharmacology)1,2)。また,薬の効き方を決定する,薬の体内での動き方や薬に対する生体の感じ方も生体リズムの影響を受ける。そこで,体内時計の分子機構を基盤にした創薬・育薬の視点から,新たな創薬ストラテジーについて紹介する。

こころの時間とαリズム 北澤 茂
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 「心理物理学的時間量子」という言葉にどんな印象を持たれるであろうか。こんな言葉を口にする人は,とりあえず避けたほうが無難かもしれない。しかし,1967年のScience誌に掲載された論文1)には「心理物理学的時間量子」という言葉が登場している。その論文の中で,Kristofferson1)は,およそ10Hzの周期的な脳活動であるαリズムが,こころの時間の“量子”=“整数化された最小単位”を定義していると主張した。われわれの意識に上る時間=こころの時間には,最小単位が存在するのであろうか。また,その最小単位はαリズムによって区切られているのであろうか。まずは,19世紀末の前史に遡ろう。

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 概日リズムが睡眠・覚醒リズムを決定するが,睡眠障害はうつに限らず広く精神疾患の初発症状として頻繁にみられる。また,双極性障害や季節性感情障害と概日リズムとの関係は従来からよく知られている1)。本稿では,精神疾患研究のなかでも最近急速に研究が発展してきた自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder;ASD)研究を中心に考察する。ASDは生後3歳までに発症する発達障害である。ASD患者は社会性の低下,反復行動,興味の限定などの症状を示す。ASDを含む精神疾患の多くは,睡眠障害など“概日リズム異常”を併発することが多い。しかし,なぜ精神疾患患者で概日リズム障害が多く発症するか,また,どのような機序によりリズム障害が起こるのかはいまだ不明な点が多い。本稿では,近年多数作製されているASDモデル動物における研究成果を紹介し,ASDと概日リズム異常の関連性について概説したい。

連載講座 生命科学を拓く新しい実験動物モデル-9

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 アルツハイマー病,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患の多くは原因不明で,有効な治療法もいまだに確立されていない。疾患の多くは加齢に伴い発症するため,高齢化社会の進むわが国において患者数の増加が予想されている。また,患者のquality of life(QOL)の損失および介護にかかる労力も多大であることから,これらの疾患の予防・治療法の開発は喫緊の課題となっている。予防・治療法開発につながる病態研究の大きな契機は,分子遺伝学解析手法の進歩に伴って1990年代ごろから遺伝性神経変性疾患の原因遺伝子が次々と同定されたことである。同定された原因遺伝子の遺伝子改変動物モデルを作製して病態・治療解析を行うことが,今では疾患研究ストラテジーの主流となっている。ショウジョウバエは遺伝学的解析に優れた小型モデル動物の一つであり,哺乳動物モデルに比べてハイスループットな解析が可能であることから,神経変性疾患研究における有用なツールとして幅広く利用されている。本稿ではモデル動物としてのショウジョウバエの特徴,および神経変性疾患モデルショウジョウバエを用いた研究について概説し,最後に筆者らが行ったパーキンソン病モデルショウジョウバエを用いた研究を紹介する。

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次号予告

財団だより

あとがき 野々村 禎昭

基本情報

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生体の科学
67巻6号 (2016年12月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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