公衆衛生 81巻3号 (2017年3月)

特集 がん対策の加速化

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 がん対策基本法の制定から10年が経過しました.同法に基づき政府が策定した「がん対策推進基本計画」(以下,基本計画)は現在,第2期計画(2012〜2016年度)の終盤ですが,がんの年齢調整死亡率を20%減少させるという目標の達成は難しい状況です.そこで厚生労働省はがん対策推進協議会からの提言を踏まえて,2015年12月に「がん対策加速化プラン」(以下,加速化プラン)を策定・公表しました.加速化プランは,①がんの予防(がん検診,たばこ対策,肝炎対策,がん教育),②がんの治療・研究(がんのゲノム医療,小児・思春期・若年成人世代のがん対策,希少がん対策など),③がんとの共生(就労支援,支持療法の開発・普及,緩和ケア)の3つを柱としています.これらは,基本計画で示した対策の中でも遅れているために(課題があるために)加速する必要のある分野ということですが,いずれも第3期基本計画(2017年6月頃に閣議決定)に向けた宿題の多い分野ともいえます.

 そこで本号では,加速化プランに掲げられた課題のうち公衆衛生の活動や研究に関わりの大きいもの,あるいはがん対策の加速化に伴う課題(がん検診拡大による過剰診断など)を取り上げて,それぞれご専門の立場から解説や今後の対策のあり方に関するご提言をいただきました.

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 わが国でがんが死因のトップになったのは1981年のことで,以降もがんの死亡率は上昇し続けており,現在では国民の2人に1人ががんに罹り,3人に1人ががんで亡くなっていることから,がんは国民病と言われている.わが国の本格的ながん対策は1984年に当時の中曽根首相が「対がん十か年総合戦略」を打ち上げた時に始まったと言える.その後,2006年に「がん対策基本法」(以下,基本法)が国会で可決・成立し,2007年4月から法施行となり,「がん対策推進基本計画」(以下,基本計画)が策定され,法律に基づくがん対策が始まった.その後,さまざまな施策によりがん対策は確実に進んできたものの,第1期基本計画で挙げられた10年間でがんの年齢調整死亡率(75歳未満)を20%減少させることについては,目標の達成が難しいと予測された.こうした状況を踏まえ,2015年に厚生労働省主催のもと「がんサミット」が開催され,総理大臣から年内に「がん対策加速化プラン」(以下,加速化プラン)を策定するよう指示が出され,厚生労働省が2015年12月に加速化プランを纏め公表した.

 本稿では,基本法の成立から第1期・第2期基本計画,加速化プランまで,わが国のがん対策の歴史的経緯,さらには第3期基本計画に向けての動向について述べ,筆者の私見を交え述べてみたい.

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従来のコホート研究とゲノムコホート研究

 一般に,予防は三段階に分けることができる.第一次予防は,集団に生じる疾患の新規発症の頻度を減少させようとするものである.健康を維持するために,発病前に予防することを目的とする.第二次予防は,健康の回復と増進のために疾患を初期段階で診断し,治療することを目的とする.第三次予防は,疾患や合併症後の機能改善を目的とし,可能な範囲で身体機能と生活の質の改善を図るものである.

 生活歴を疾患発生前に調査するコホート研究は環境要因をより正しく評価しやすく,遺伝子型により環境要因の影響が異なることを示す遺伝子環境交互作用の検討に適した,研究デザインである.従来のコホート研究は,非遺伝的なリスク因子と疾患発症を対象とした検討を中心としてきた.多因子疾患での遺伝情報を含めた解析は技術的にも困難であり,ほとんど検討がなされていなかった.しかし,2003年のヒトゲノム計画完了後,次世代シークエンサーの登場により,技術面でゲノム研究基盤が整備され,遺伝子環境交互作用を検討するゲノムコホート研究に注目が集まるようになった.時代の要請を受けて,2000年以降,国内で大規模ゲノムコホート研究が次々と立ち上げられている.

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 出産時ないし乳幼児期においてB型肝炎ウイルス(Hepatitis B Virus;HBV)に感染すると,9割以上の症例は持続感染に移行しキャリアとなる.そのうち約9割は若年期にセロコンバージョンを起こして非活動性キャリアとなり,ほとんどの症例で病態は安定化する.しかし,残りの約1割では,ウイルスの活動性が持続して慢性肝炎の状態が続き,年率約2%で肝硬変へ移行し,肝がん,肝不全に進展する1〜3).C型肝炎ウイルス(Hepatitis Virus;HCV)は,感染が一旦成立すると,健康成人への感染であっても,急性の経過で治癒するものは約30%であり,感染例の約70%でHCV感染が持続し,慢性肝炎へと移行する.慢性化した場合,ウイルスの自然排除は年率0.2%とまれであり,HCV感染による炎症の持続により肝線維化が惹起され,肝硬変や肝細胞がんへと進展する4).HBV, HCVに感染していても自覚症状に乏しいことから,感染に気付きにくく,また,感染を認識していても,感染者が治療の必要性を認識しにくい.

 本邦におけるB型・C型肝炎ウイルスキャリアは,2011年時点で210〜280万人と推定されており,国内最大級の感染症である5).国立がん研究センターがん情報サービス『がん登録・統計』によると,肝および肝内胆管のがん(以下,肝がん)による死亡数は,2014年時点でわが国の第5位(男性の第4位,女性の第6位)に位置しており,2002年にピークを示し,その後男女ともに減少傾向を示している.一方で,わが国で2006〜2008年にがんと診断された人全体の5年相対生存率は男女計で62.1%(男性59.1%,女性66.0%)であるが,肝がんの5年相対生存率をみると32.6%(男性33.5%,女性30.5%)と不良である.肝がんの95%を占める肝細胞がんの原因の15%はHBV, 65%はHCV感染による6).このように,肝炎ウイルス感染による国民の健康への影響は大きく,日本だけでなく世界的にも肝炎の克服が望まれている.2016年5月に,WHOは,2030年までにウイルス性肝炎を撲滅するとコミットメントを表明した.B型・C型肝炎を2030年までに撲滅するとの目標を設定し,一連の予防・治療対策を通じて,年間の死亡率を65%削減,治療件数を80%増やすとしている7).後述の通り,特に近年におけるB型・C型肝炎に対する抗ウイルス治療薬の進歩は目覚ましい.肝炎に関する正しい知識の普及啓発や肝炎ウイルス検査による肝炎ウイルスキャリアの囲い込み,肝疾患診療連携拠点病院や肝疾患に関する専門医療機関への受診,必要な患者に対する抗ウイルス治療,この受検・受診・受療のサイクルを構築し,B型・C型肝炎ウイルスへの総合的な対策を推進することで,将来の肝がん予防を図ることが重要である.

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はじめに

 2007年に策定されたがん対策推進基本計画(以下,基本計画)では,その後の10年間に年齢調整死亡率の20%減少を達成することが全体目標に掲げられた.20%の内訳は死亡率の自然減(10%)と,各種のがん対策による上乗せ(10%)である.この死亡率減少の大きさは,2015年時点の推計で当初の計画を下回っていたため,改めて対策を強化すべく,がん対策加速化プランが策定された(2015年12月).今後は2017年6月以降に第3期基本計画が策定される予定である.

 基本計画では全体目標達成のための主要な対策として,喫煙対策,医療の均てん化,そしてがん検診が設定された.がん検診については死亡率減少効果の大きさを正確に推定するためのデータはごく限られているが,死亡率を下げるプロセスは比較的明確であり,第1,2期の計画ではそれを踏まえて個別目標が設定された.それら個別目標の達成度と死亡率減少を実現するための国際標準の要件を踏まえながら,特に精度管理について今後の「加速化」に向けた課題と対策を考える.

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がん検診の利益と不利益

 がん対策の目的の1つは,がん死亡を減少させることにある.がん検診は,がんを無症状のうちに早期発見することで,この目的を達成させる主要な手段の1つである.一方,がん検診を行うことで,一部の受診者に不利益をもたらすことが認識されてきた.がん対策としてがん検診を導入する場合,がん死亡減少という利益と下記に挙げる不利益とのバランスを評価し,利益が不利益を上回る場合に限って導入することが求められる.

 がん検診の不利益としては,検診に伴って間違って判断される偽陰性(がんがあるのに検診で陰性となる場合),偽陽性(がんがないのに検診で陽性となる場合),がん検診そのものがもたらす偶発症がある.さらに,こうした間違った判断の結果ではなく,すべての判断が正しく行われた結果もたらされる不利益として,過剰診断の存在が認識されるようになってきた.

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 小児および思春期・若年成人(adolescent and young adult;AYA)世代は,がんの罹患および死亡率が最も低い世代であるが,死因順位ではがんは病死の第一位で自殺や不慮の事故に次いで多い.小児がんの治療は,この40年間に飛躍的な進歩を遂げ,80%の患者で治癒が期待できるようになったが,長期生存者が増えるにつれ,長期的な影響が明らかになり,晩期合併症の予防や治療の対策が求められている.一方で,いまだ難治のがんも数多くあり,それらの病態解明や治療開発も待たれる.こうした中,2012(平成24)年6月に第2期がん対策推進基本計画において小児がんが重点項目の一つとなり1),2013(平成25)年2月に小児がん拠点病院15機関,2014(平成26)年2月に小児がん中央機関2機関が指定された.このように,小児がん医療の体制整備が開始され,治療開発の研究も推進されている.

 一方,AYA世代のがんは,欧米において治療成績の改善が乏しいとされ,その背景にあるAYA特有の心理・社会的要因を踏まえたがん対策が進められている.わが国では,2015(平成27)年6月に策定された「今後のがん対策の方向性について〜これまで取り組まれていない対策に焦点を当てて〜」の中でAYA世代のがん対策の必要性が指摘され2),同年12月のがん対策加速化プランへの提言において「小児・AYA世代のがん対策」が柱の1つに掲げられた3).本稿では,これらを踏まえて,わが国の小児・AYA世代のがん対策のあり方について論考する.

希少がん対策の課題と展望 東 尚弘
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 2012年6月に閣議決定された,第2期がん対策推進基本計画1)においては,第1期で中心に考えられてきた数の多いがん種だけではなく,「希少がん」に対しても対策を検討していくことが記載された.しかし,希少がんの定義についての記載はなく,肉腫,口腔がん,成人T細胞白血病,小児がんが例として挙げられているにとどまっている.また個別目標についても「検討の場を設置し検討する」ということが書かれているのみであった.その検討の場としては2015年3月から8月にかけて厚生労働省に「希少がん医療・支援のあり方に関する検討会」が設置され,これらの諸問題について議論された.そこで発行された報告書2)には,希少がんの定義や,今後の検討の場としての「希少がん対策ワーキンググループ」を国立がん研究センター事務局で設置することが定められ,がん種ごとの検討が引き続いて行われることになった.本稿においてはその概要について概観し,これまでに判明した課題と今後に向けた解決策を提示する.

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 がんは高齢者の病気というイメージが強いかもしれないが,実際には,患者の3人に1人が64歳以下の働き盛り世代だ.医療の進歩で,がんと長くつきあっていく人が増えており,治療と職業生活の両立が重要になってきている.

 また,急速に進む少子高齢化で,今後,定年延長が進む時代では,職場でがんを含むさまざまな疾患をもつ従業員が増える.治療と仕事が両立できる職場環境の整備は,政府の「働き方改革実現会議」(議長=安倍首相)でも議論されるなど国の喫緊の課題となっている.

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 がんの緩和ケアについては,第1期がん対策推進基本計画における「治療の初期段階からの緩和ケア」が,第2期がん対策推進基本計画では「がん診断時からの緩和ケア」に進化し,その重要性に関する啓発は繰り返し行われてきたが,がん診療連携拠点病院であっても診断時からの緩和ケアは十分に行われていないとの指摘がある.本稿ではこれまでのがん対策における緩和ケアの推進や課題について概説するとともに,がん患者団体の立場から緩和ケアのあり方についてコメントする.

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 2025年,団塊の世代が75歳以上になることを受けて社会全体で高齢者を支えることの重要性が叫ばれて久しい.国立社会保障・人口問題研究所によると,2025年の75歳以上の高齢者が総人口の18%を占め,0〜19歳人口(総人口の15%)を上回ると推計されている.一方で,出生数は2050年には2012年の約半数の56万人まで減少することが推計されている.このような人口構成の大きな変化は日本全体で一律に生ずるものではなく,地域によってその変化の仕方はさまざまである.人口構成をはじめとした地域での社会環境が大きく変化するなかにおいて,今後の母子保健対策をどのように捉えていくべきかを考えてみたい.

連載 衛生行政キーワード・115

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がん対策のこれまでと現状

 がんは,日本では1981年より死因の第1位であり,2015年には年間約37万人ががんによって亡くなっている.がんの罹患数についても,高齢化に伴い増加傾向にあり,生涯のうちに約2人に1人ががんに罹患すると推計されている.また,がん患者の約3人に1人が就労可能年齢(20〜64歳)でがんに罹患している.こうしたことから,依然としてがんは国民の生命と健康にとって重大な問題であるとともに,がん対策は,「1億総活躍社会」の実現に向けても取り組むべき課題のひとつであると言える.

 わが国のがん対策としては,1981年以降,「対がん10カ年総合戦略」「がん克服新10か年戦略」「第3次対がん10か年総合戦略」と10年ごとに戦略が改定され,施策が実施されてきた.

連載 リレー連載・列島ランナー・96

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県立保健所に作業療法士?!

 長崎県では,1994年の地域保健法施行に伴い,1997年度より県立保健所をそれまでの13カ所から8カ所に統合し,全ての保健所に新たに作業療法士を配置しました.これは,さらなる専門職配置によって専門的機能を強化することが狙いでした.当時,保健所に作業療法士を配置する自治体は珍しく,全国に先駆けた取り組みであったと言えます.

 1997年当初,作業療法士は精神保健福祉班に配置され,精神障害者に対する保健所デイケアや社会適応訓練事業などを担当するほか,他班業務である障害児や難病患者の支援に保健師等と共に個別対応を中心に取り組みました.

連載 ポジデビを探せ!・5

ケース4:認知症

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負の部分だけにとらわれない人たちの存在

 厚生労働省によれば,国内の認知症高齢者数は2025年には約700万人,65歳以上の高齢者の約4人に1人が認知症もしくはその予備群と推定されている1).自分や家族・知り合いが認知症であることもすでに私たちの日常といえる.

 認知症ということが辛くないはずはない.その上,「認知症になると何もできなくなる,何もわからなくなる」という社会の偏見が,認知症と診断された本人・家族・知人に影響を及ぼす.社会だけではない.自分自身やごく身近な人たちによる「二重の偏見」が,認知症という状態にある人と周囲の人たちの力を奪っている2)

予防と臨床のはざまで

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 2016年末,年の瀬も迫った12月26日に,第26回日本健康教育学会学術大会の連動企画として,「あなたの実践活動を学会発表しませんか? 2時間で学べる実践報告のコツ」と題したセミナーを早稲田大学で行いました.日本健康教育学会は,地域,職域,学校,海外などさまざまなフィールドで,健康教育やヘルスプロモーションを実践する多職種が集う学会です.実践活動が非常に重要な学会ですから,多くの現場からの情報発信が期待されています.しかし,実践家にとって学会発表のハードルは思いのほか高く,研究者の発表ばかりが目立つという現実があります.「こんな内容で発表してよいのか」,「学術的じゃない」,「評価ができていない」,「良い取り組みをしていると思うけど,抄録の書き方がわからない」などさまざまな声が聞かれます.学術大会の企画委員長という立場をいただき,学会の抄録締め切り前に,実践報告のコツを共有するセミナーを企画しました.

 まず学術大会長の荒尾孝先生(早稲田大学教授)から「実践報告の重要性と第26回日本健康教育学会へのお誘い」と題して学術大会長としての熱い思いとウェルカムメッセージをいただきました.学会テーマとなる「社会的成果をもたらす健康づくり」を推進するために現場の力が不可欠なこと,特別講演予定のヘルスリテラシーの専門家ナットビーム教授(シドニー大学)などの第一線の専門家との議論・交流のプログラムを多く企画していることなど,学術大会の魅力が語られました.

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 1955年に大手乳業メーカーの製造した乳児用粉ミルクを原因とする大規模なヒ素ミルク中毒事件が起こりました.より高い安全性が求められる乳児用のミルクで食中毒が発生したことは衝撃的でした.

 20世紀後半,製品そのものの安全性が低かったわけではないのでしょうが,世界的大手企業が発展途上国で販売した乳児用粉ミルクを利用したことによる健康障害が社会問題になりました.今月ご紹介する「汚れたミルク」は,この事実を取材した映画です.

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次号予告

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 がん対策基本法の施行10周年が目前です.本号の特集では,がん対策の加速化に向けて課題の多い分野を取り上げ,今後の対策のあり方を含めた提言などをいただきました.本年6月には第3期がん対策推進基本計画が公表予定ですが,その前に主な改正点の予習ができたと思います.

 今後の重要課題として,がん患者の就労支援があります.がん患者の3人に1人が現役世代(特に20〜50歳代では女性が多い)ということで,山形県ではがん患者の就労や社会参加を応援するため,化学療法等の副作用で起きる脱毛に悩む患者向けに,2014年度から医療用ウィッグ購入費の助成をしており,申請件数が増加しています.脱毛を含めた外見上の悩みは多様であり,がん診療連携拠点病院の相談支援センターでは美容師による相談も実施し好評です.その一方で,就労支援については未解決の課題が多いにもかかわらず,相談件数が少ないのが実情です.先般も県主催の会議で拠点病院の医師から,がんの診断直後に離職する事例が多いことを聞いておりましたので,本号の本田麻由美氏の玉稿を相槌を打ちながら拝読したところです.公務員の離職は少ないと思いますが,県職員の産業医をしていて,具体的な課題に直面することもあります.「副作用に対応するための短時間の休暇を繰り返し取りたいが,病気休暇(特別休暇)は時間単位では取得できない.」なども最近気付いた課題です.

基本情報

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公衆衛生
81巻3号 (2017年3月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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