臨牀透析 33巻10号 (2017年9月)

特集 維持透析患者の喪失感―理解・克服への支援

Editorial 大平 整爾
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北大に入学したその年の6 月に18 歳の私は,48 歳の母を肝不全で失った.あまりに急なあっけないことで,衝撃が強く虚脱状態になってしまった.1 週間大学を休んだときに,事情を聞いて心配した同級生が下宿を尋ねてきてくれた.彼は小一時間ほど雑談をして「“Count your blessings.”という言葉を知っているかい」と何気なくだが真剣な眼差しで言って帰って行ったのだった.少しして,彼が2 年前に母親と死別していることやクリスチャンであることを知った.Count your blessings. は讃美歌の歌詞にあり,「自分に恵まれているものを数えてごらん」という意味であることがわかった.Name them one by one.(それらを一つひとつ挙げてごらん)と続くらしい.彼の謎めいた眼差しが気になる一方,何か霊感が働いて久しぶりに授業に出たその日の夜,わがblessings を雑記帳に書き出してみた.父親・姉弟妹・親戚・友人・教師・下宿のおばさん等々,私を取り巻いている人々を列記するだけであっという間に50人を超えた! それから,思い出や健康・読書・音楽・スポーツなどあらゆることを些か向きになって書き連ねていった.気がついたときにはノートが6 ページ殴り書きの文字で埋まって,不思議なことに私の心も何やら安堵感に溢れていた.「私は一人ぽっちなんかではない」という気持ちを強くもてたのである.この作業が私の萎えた心をしゃきっとさせてくれたことは間違いない.その後も死別した母を思い出すことはしばしばあったが,Count my blessings で乗り越えられてきている.

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透析導入期から長期継続期までに患者が体験する喪失感は,否認や孤立感などに推移していく.心理尺度を用いた研究では,とくに透析導入初期において喪失感が大きいことが明らかになっている.透析患者の家族もまた,患者とは異なる喪失感を体験している.患者自身は透析施設のスタッフとの関係を新たに構築し,そこからサポートを得ることができるが,家族はスタッフとの交流がほぼないためにサポートを得ることができず,ストレスへの対処に悪影響を及ぼしていることを指摘する研究もある.透析導入直後からすぐに現実を受け入れることなど難しい,という当たり前の事実に医療者がいつも立ち戻ることが透析導入初期における喪失感へのサポートの第一歩である.

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透析患者は多くの喪失を体験し,悲嘆(グリーフ)のさまざまな症状がみられる.透析患者におけるグリーフケアの目的は,悲嘆のケアと疾病受容プロセスの進行を助けることである.このためには,患者の喪失体験とそれに伴う感情と認知を聞いて,理解することがもっとも重要である.

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筆者は外科医を25 年,ホスピスでの緩和ケア医を9 年,さらに在宅緩和ケアを標榜した訪問診療医を始めて7 年が経過している.この間,多くのがん患者と向き合い,自立が失われ,残された時間が限られ,親しい人とも別れなければならないなど,多くの喪失感に苦しむ患者の姿を見てきた.しかしながら訪問診療医となって感じていることは,それほど喪失感を強く表さない患者,いや,むしろ死を積極的に受け入れようとする患者が多くなっているのではないかということである.緩和ケア技術の進歩もあろうが,在宅療養を希望する患者にはより高齢者が多いこと,入院患者より病期が進んでいる場合が多いことなどがその理由と考えられる.

【用語解説】DNAR,在宅緩和ケア

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透析患者は,それまで大切にしていた大きなものを失う喪失感を抱きながら,透析とともに生きている.保存期腎不全期から透析導入が必要になる際の透析受容における苦悩を,透析医はまず理解するべきである.そして,体液状態の維持,栄養状態の改善などの臨床上のメリットのみならず,生命予後にも影響する残存腎機能(尿量)低下という喪失感,合併症などさまざまな因子によるQOL の低下という喪失感,加齢や疾病などによる認知能力低下という喪失感,導入時には保持されていた自立能力低下という喪失感,人生の最終段階の看取りにおける喪失感を,透析医は理解し,患者(家族)を支援する努力を惜しむべきではない.

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透析導入前後の患者が陥りやすい思考過程(動揺と否認,怒り,取引,不安・抑うつ,受容)を医療者が把握し,透析に対してネガディブなイメージを与えすぎることなく,残念ながら腎機能廃絶に至った末期腎不全・腎移植後患者の今後の腎不全人生を患者,医師,コメディカルでプランニングしていくことが重要と考える.透析導入に伴う喪失感情に対応する一定のマニュアルは存在しないが,患者が不安に感じていることを傾聴し,スタッフで共有する.うつ病のエピソードかどうかを見極めるのも重要である.患者は自分の感じる不安を誰かに聞いてもらいたいという感情が根本にあるケースが多いように思える.患者の不安には,解決できない問題も多く含まれているが,多忙な日常臨床のなかにおいても,必要に応じて患者の不安感情を傾聴し,共感する態度を示すことが肝要と考える.

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透析患者が語る人生のストーリーを素直に受け止め耳を傾ける,われわれが行っている「透析患者の語りの会」は,語りとその後のフィードバックを通じて,多くの喪失を抱える患者が改めて生きる意味を問い直す契機と捉えている.

【用語解説】書き起こし

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透析導入期は,喪失という危機を乗り越え,透析と生活を再調整しその後の人生に適応することを余儀なくされる.患者は身体面・精神面・社会面での変化が激しく,喪失に伴う言動・反応・行動を示す.看護師はそれらに伴うサインを見逃さないで,早期に介入することが必要である.危機回避・介入の援助においては,出来事の現実的な知覚,社会的支持,対処機制を三つの視点でアセスメントし,支援していく.

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透析患者は透析導入時に強い喪失感をもつが,その後も合併症の出現,加齢による種々の機能低下などの身体の変化,他者との関係や社会の位置づけの変化などを起因とした喪失感が起こることがある.しかし,喪失感の多くは身体症状とは異なり,患者が直接訴えることは少なく,むしろ黙って一人で受け止めていることが多い.患者の今ある状況だけではなく,その背景的意味を理解し患者に起こっていることを推察しなければ気づくことはない.患者を理解し支持的に関わることが,喪失感をもった患者のケアに大切なことである.患者を理解するにはコミュニケーションスキルも必要であるが,看護師自身の人生経験や人としての成長も大切と思われる.

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本稿では,慢性腎臓病と診断されて以降,患者が経験するであろう出来事から社会生活上の「喪失」体験に焦点を当てた.透析患者の喪失は,身体的な変化に伴い出現し,身体だけでなく心や生活へと拡がっていくものである.喪失からの回復過程は容易でなく,なぜなら,喪失そのものは個人の価値観と密接に結びついているだけに,周りとの共有もしがたいために,周囲のサポートが得られないからである.

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維持透析患者は,日々の多様な喪失感を抱えながらも自分らしい生き方を模索し続けている.彼らは,一時的にでも喪失感を忘れられたり,喪失感にこだわる自分をあきらめられたりすると,自分なりに新たな目標を作り,前向きに生きていくようになる.喪失感をもつ彼らへのケアにおいては,さまざまな症状を呈する身体そのものと個人の訴えに敬意を払い,工夫し続けている生活態度に関心をもつことが重要である.医療従事者が患者の身体と個人を尊重する姿勢は,患者との深い信頼関係を構築し,患者自らが喪失感と向き合い,喪の仕事をすることを促すサポートにつながる,つまり,全人的ケアの基盤になるものと考える.

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炭酸ランタンはカルシウム非含有のリン吸着薬で,わが国では「透析中の慢性腎不全患者における高リン血症の改善」の効能・効果で,ホスレノール®チュアブル錠が2008年10 月に,また顆粒分包が2012 年1 月に承認され,その吸着力の強さから頻用されている.今回,上部消化管内視鏡で胃十二指腸粘膜の白色微細顆粒状変化と,生検で粘膜固有層内に好酸性物質を含む組織球の集簇を認めたことから,炭酸ランタン関連消化管病変と考えられた症例を経験したので提示する.

OPINION

簡単な腹膜透析 樋口 千惠子
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私が腹膜透析(PD)診療に関わるようになって一番強く感じたことは,PDは患者が自ら治療に関わるため自己コントロールに積極的で,前向きである患者が多いという点である.また,介助が必要な場合は家族が行う場合が多いが,家族は患者の治療現場を知っているため,どのようにケアに関われるかをおのずと考え行動する.血液透析(HD)では患者は治療を受けさせられている感が強く,家族は治療現場にはあまり行かないことが多いので治療への理解が少なく,患者とともに治療に取り組む姿勢は少ないように思う.PDでは患者やその家族からこの治療を選んでよかったとの声を聞くことが多いが,HD患者からそのような声を聞いたことは残念ながらない.このように積極的に治療に取り組み経過の良い患者を見ることは医療者側にとっても大きな喜びであり,とくに実際に教育に関わる看護師はPDに携わるようになると,元気で喜んでいる患者に接し自分たちの仕事の意義を感じる人が多いと思う.しかし,本邦のPD患者数は減少傾向にあり,日本透析医学会の統計調査では2009年の9,856 人から2015 年は9,322人まで減少している.なぜ本邦ではPD患者は増えないのかという課題については種々の要因が言われているが,未だにその状況は変化していない.

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症例提示 症例:4 歳,女児 主訴:浮腫,両下肢の痛み 既往歴:特記事項なし,過去の検尿異常なし 出生歴:在胎36 週,出生体重2,300 g,一卵性双胎第一子 家族歴:腎疾患者なし 内服歴:特記事項なし アレルギー歴:季節性鼻炎 現病歴:受診までの1〜2 カ月以内に明らかな先行感染エピソードは認めなかった.入院前日に保育園で顔面の浮腫を指摘された.入院当日朝に両下肢痛があったため前医を受診した.体重増加と尿量低下,顔面・四肢の浮腫を認め,肉眼的血尿,蛋白尿,腎機能低下,高カリウム血症を認めたことから緊急入院となった.入院後,乏尿と高カリウム血症が持続したため翌日当科へ紹介転院となった.

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目次

第19 回 在宅血液透析研究会

次号予告

編集後記

基本情報

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臨牀透析
33巻10号 (2017年9月)
電子版ISSN:2433-247X 印刷版ISSN:0910-5808 日本メディカルセンター

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