助産雑誌 57巻10号 (2003年10月)

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はじめに

 今回,「ナラティヴを読む」という特集において,芦田さんが本誌本年4号に記した物語をリエゾンナースである私がどのように読んだかについて書かせていただくことになりました。ただ,私自身はナラティヴセラピーという枠組みで患者や家族,そしてナースとの面接を行なっていませんし,ナラティヴアプローチを専門にしているわけでもありません。しかし面接のなかでは,できるだけ対象の方が体験している世界に近づきたい,良い聴き手でありたいと思い,かかわらせていただいています。ですから,ここでは「語り手」である芦田さんの物語を聴き手である私が読み(聴き)感じたこと,考えたことを述べていきたいと思います。

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「ナラティヴ」ということ,「語り」ということ

 『助産雑誌』の本年4号では,「周産期のナラティヴ――助産師の語りの世界から」という特集が組まれました。そして,今回,私への原稿依頼は「ナラティヴを読む」として,4号のうち,大和田智子さんのお書きになった「助産師として立ち止まって」を読んで思うところを述べるようにとのことでした。書き手の方のご承諾を頂いているとのことでございますから,誌上討論会のつもりで自由に書いてみようと思います。

 まず,私は,大和田さんのお書きになった物語について記すために,「ナラティヴ」とはなんぞやということをしっかりと押さえねばならないと思いました。4号において,特集を組む意味を,企画者は「臨床は多くの“語り”に満ちています。助産の領域でもこのことに変わりありません。(中略)ケアの一環としてのナラティヴは,同時に,ケアをする側である助産師にも新たな“物語”を生み出します。そして,その「物語」を助産師自身が語り,自己のなかに意味づけがされたとき,それは助産師としてのあり方やケアに対する姿勢にまで影響されるような豊かな体験として各人のなかに刻まれていきます」としています。助産師自身が自己の体験を語ることで助産師としての自己成長の機会をもとうということが目的なのかと思えます。決して「助産師として演説するのでもなければ,他人事として伝えよう」というのではなく,誌上で助産師として「自己の体験を語ってみてほしい」のが目的だと解釈できます。

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はじめに

 『助産雑誌』57巻4号の特集,「周産期のナラティヴ――助産師の語りの世界から」を読んで,私は助産師の語りが持つ“重み”を感じずにはいられませんでした。「語る」ということは,自分の本心や感性を,直に読者(聞き手)に向けて,開示する(さらけ出す)ことに他なりません。この特集でも,それぞれの助産師が臨床で経験した事例を自分の言葉で表現しています。実を言えば,この特集を最初に読んだ私は,そのようにして発せられたメッセージの1つひとつを受け止めることだけで,精一杯の状況でした。

 そんななかで,今回,増永啓子さんが綴った「出会いから得たもの――産む力,生まれる力に寄り添って」を読んで,思うこと,感じたことを述べさせていただくこととなりました。増永さんの物語を読み返してみて,私はあらためて,臨床で働く助産師が“人とかかわる”ということがどのようなことであるのか,また,助産という仕事がどういったものであるのかを考えさせられています。増永さんの物語は,人とかかわることの素晴らしさとともに,助産という仕事の難しさをも,浮き彫りにしています。本稿では,増永さんの物語をとおして,私が「助産」 「ケア」について,思うこと,感じることについて述べ,助産師が「語る」ということの意味を考えてみたいと思います。

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 『助産雑誌』本年4号に掲載された助産師諸姉の「ナラティヴ」を読むという特集のテーマを頂き,なるほどこれぞまさにナラティヴをテーマとしたユニークな展開であると思いました。

 そこで私は,東大野さんが4号に綴られた「忘れられない3つのシーン」を,この語りを通して東大野さんが何を伝えようとし,それはどのような意味があるのだろうか,ということを問いつづけながら,読み進めてみました。しかし,正直なところ「彼女はこの3つのシーンや全体を通して何を語ろうとしているのだろうか?」という点について,よくわからず,困ったなあというのが最初の感想でした。

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「助産師の語り」ということ

 『助産雑誌』57巻4号の特集,「周産期のナラティヴ―助産師の語りの世界から」のなかの小友由美著「共に歩む人,歩める人でありたい」を読みました。

 周産期は妊娠22週以後の出産から生後1週未満の新生児・産褥期ということであり,生物としての人間にとって最も生命の危機と隣り合わせる時期です。助産師は1人の産婦の傍に居て産痛を超えたその先にある希望を産婦とともにみつめようとします。産婦が今の苦しみの中に意味を見つけられるようかかわるなかで助産師である自分を改めて発見します。この時期に2つの命を見守る場にいて出産介助をする職業である助産師の側から出産をめぐる物語を語ることは助産師のケアを見直すことになります。ケアへの想いを共有して周産期におけるケアの意味を深め,ケアする者がエネルギーを得ることになればと思います。

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はじめに

 多くの外来の看護者は,自分の本来の役割を果たせなくて悩んでいます。外来における看護の役割が,通院患者の自然の治癒力を発揮させ,健康回復をめざせるように生活過程を整えたり,診療の補助業務をとおして治療過程を支援することにあるということは十分承知はしています。しかし,限られた時間の中で,通院患者への診療補助業務に追われていることが多く,1人ひとりの患者の声に耳を傾ける余裕がないというのが,現状なのではないでしょうか。

 そのような外来看護の現実の中で,野原ヒロ子さんは,『助産雑誌』本年4号の「外来での“かかわり”をとおして」で,Gさんという不妊治療患者とのかかわりを振り返りました。

 野原さんは,外来では患者との会話が少なく,断片的なかかわりが多かったといっています。患者が語れない,看護者も語れない,そんな外来看護の場が,野原さんの物語の舞台となります。忙しさという現実の中で,ジレンマを抱える野原さんの語りを読みながら,この物語が実は自分にもあてはまるものであると思われた読者は多かったのではないでしょうか。私もまた,野原さんの語りを読みながら,いつの間にか,私が臨床で働いていた頃の経験の中から,自分自身の外来看護を振り返っていました。

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「周産期のナラティヴ」というタイトル

 『助産雑誌』57巻4号の「周産期のナラティヴ」という特集タイトルは実に奇妙である。子どもを産む女性の語りかと思えば,そうではなく助産師の語り(?)である。とすれば,「周産期」というのは看護する側にとって意味のある言葉なのだとわかる。実際,「周産期」という言葉を知っている妊婦や褥婦がどのくらいいるのか……。

 なぜ,こんなことに最初から引っかかっているのかといえば,この特集が何を狙っているのか分からなかったからだ。同号に小森康永氏が書いているように,看護職者や医療者のナラティヴというとき,たいていはある事例の物語となる。それはクライエントについての物語であると同時に語り手である看護職者や医療者自身の物語でもあり,さらには聞き手の物語とも重なってくる。

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福井 今日は『助産雑誌』本年4号で特集された「周産期のナラティヴ」について,助産師が自らの臨床経験を語る(綴る)ということが,どのような意味を含んでいたのか,また,その“語り”を,どのように臨床の場に還元していくことができるのかについて,千葉大学医学部附属病院にご勤務の増永啓子さんと,東京医科歯科大学大学院の木村千里さんと一緒に考えてみたいと思います。よろしくお願いします。

 早速ですが,増永さんは,4号で自分の物語を執筆された1人でもあります。普段,私たちは「物語」という形式で記録をしたり,何かを書いたりということは,まずないのではないかと思いますが,この「物語を書く」ということについてどのような感想をもたれたでしょうか。

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 乳房ケア。ほとんどの助産師が妊娠,授乳期に行なっています。しかし,乳房には「生命を育む乳房」の反面,乳がんという「生命を脅かす乳房」もあります。今,乳がんはわが国でも女性のがんの中で部位別年齢調整罹患率1位になっています。

 わが国では乳がん治療は外科(乳腺外科)で行なわれています。しかし,授乳中のお母さんが「胸にしこりがある」と気づいた時,まず出産した産婦人科病・医院を訪れます。「助産師がいるから」 「産婦人科に“乳がん検診します”と表示されているから」などの理由です。“乳腺炎”と診断され,助産師による乳房マッサージ,授乳指導を受け……でも,しこりは良くならない。そのうちに数か月過ぎ,やっと外科を受診した時は,乳がんが進行している,というケースが少なくないのです。

連載 今月のニュース診断

患者としての胎児 斎藤 有紀子
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胎児の腫瘍摘出手術

 今年6月,国立成育医療センターで,妊娠28週目の胎児の腫瘍を取り除く手術が行なわれた。胎児の疾患は,先天性嚢胞性腺腫様奇形(CCAM)。腫瘍が胸の半分以上を占めるほどに巨大化して心臓を圧迫。肺が正常に形成されず,子宮内あるいは出産後に死亡する可能性が高いと診断された。母親の子宮を開いた状態で胎児の開胸を行ない,腫瘍の除去が行なわれた。

 両親には,①そのまま妊娠を継続して出産する,②すぐに帝王切開し状況を見て手術する,③胎児手術で腫瘍を除去し,再び子宮に戻して妊娠を継続する,という選択肢が示され,両親は手術を選択したという。胎児は翌日状態が悪化,帝王切開で出産したが心不全が進行し,その次の日に亡くなった。米国のデータでは,本疾患は何もしなければ死亡率は推定80%前後,胎児手術の成功率は50~60%(共同通信8月13日)。同センターでは産科,外科,麻酔科,新生児科などの医師,看護師らによるチームを編成。両親の手術の希望を受けて,倫理委員会の承認を得て,手術を実施したという。

連載 ちょっとオランダまで 周産期ケアと助産活動の実際・3

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人と人の間に生きる“わたくし”

 “わたくし”が“わたくし”として自己を自覚できる時,あるいは自己を振りかえるきっかけを自覚した時,そこには必ず“わたくし”以外の「他者」や「モノ」の存在があります。私たちは,自分にとって馴染みのない出来事に遭遇した場合により強く“わたくし”を意識するのではないでしょうか。さらに人や物といった可視的な,実体のあるものだけに限らず,私たちは,眼には見えませんが,“わたくし”と「他者」や「モノ」との間に生じる,“何か”(例えば気圧,雰囲気,熱気といったある種のエネルギーのようなもの)を体感しているのではないかと思うのです。もちろん,その質にも感じ方にも差はあるでしょうし,厳密に言えば人と人の間に生じる“何か”と,人と物の間に生じる“何か”とは,違う性質のものであるともいえるのですが……。

 オランダで,私は,日常生活の拠点としていたアムステルダム中央駅に程近いNieuwendijkのアパートから一歩外に足を踏み出した瞬間から,“わたくし”を意識する自分に気づかされました。この感覚と経験はオランダ滞在中,ずっと続いていましたが,特に研修に入った初期の頃には,より強く響いていたと思います。これはオランダでの私の個人的な経験の範疇を出ないものですが,しかし「どこにでも」 「どんな時でも」 「だれにでも」,“わたくし”を感じる瞬間の“響き”があるのではないかと思うのです。ただ,それを「なぜ」 「どのように感じるのか」と説明するのは難しいことです。ましてや,他の人が「どのように感じているのか」を自分なりに説明することは至難の業ともいえます。

連載 りれー随筆・226

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開業へのきっかけ

 大昔のかすかな記憶のように,助産院実習へ行ったことを覚えています。学生だった私にはそこの先生がおばあちゃんに見え,手が男の人のように大きくゴツゴツしていて優しい眼差しの人でした。「お年寄り」 「ゴツゴツした大きな手」 「優しい目」,これだけが開業助産師のイメージです。それから20年以上開業助産師に会いませんでした。

 大学病院就職の後,次々と出産をし,仕事を辞めざるを得なくなりました。もう助産師をすることはないだろうと,自分では思っていました。

連載 英国助産婦学生日記・その33

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●自宅出産率40%

 7月の2週間,南ロンドンのアルバニーチームで見学実習した。7人いる助産婦の助産歴は1~18年で,家族の形態や年齢も様々。1人年間36人の妊婦さんを主の助産婦として,あと36人を第二の助産婦として,妊娠初期から産後28日まで継続して受け持ち,携帯用アラームで24時間対応する。アルバニーの助産婦たちは,妊娠・出産は人生の中の正常なイベント,という共通の信念を持って,女性の本来持っている力を引き出して,医療に頼らないお産を目指している。そのためにはとても細かなケアと助産婦と妊婦の関係づくりが必要。週2回のチーム運営と助産ケアに関するミーティングにも,強いサポート態勢が感じられ,私の馴染んだNHSでシフトで働く助産婦たちとの違いがはっきりとわかる。見習うべき部分がとても多いと感じた。総務/事務はパートの2人が支えている。

 妊婦健診とは別に,36週頃,妊婦さんの自宅でお産に立ち会う予定のパートナーや家族を交えて,お産に関する期待や不安を話しあう機会がある。「インフォームドコンセント」に名を借りた医療者に都合のよい合意を取り付けるためのものではなく,偏りのない情報提供と納得のいく話し合いがもたれる。

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助産を拓くとは

 まず,助産を拓く,という概念を共通認識することからはじめなければならないでしょう。私達はそこに開拓する精神,つまりいいものを取り入れる,り出すといった意味合いを込めました。そこではダイナミックな活動を想定しています。取り入れるに当たって捨て去らなければならないことも出てくるでしょう。り出す過程には古いものの見直しも含まれます。大事なことは「いいもの」が本当に「いいもの」と言えるのか,正しく,適切に評価されること。その根拠をどこに求めるか,ということです。慣習,権威者の意見,経験,教科書,研究論文など,さまざまな情報を撚より合わせながら日々の臨床を振り返る。そういう地道で確かなプロセスを仲間と共に経験したい,と思いました。すっきりとした別の言葉を用意するなら,いわゆる根拠に基づいた助産(Evidence Based Midwifery)を目指すということになると思います。

EBM鼎談からCASP まで

 「助産を拓く会」が生まれるまでの経緯について少し触れておきたいと思います。もともと私達2人の中ではいつかこの種の集まりが持てたらいいなという思いはありました。1999年12月号本誌で「EBMにもとづく周産期ケア」という特集が組まれ,その中の鼎談「EBMはケアの質を高めるもの」に同席したことがきっかけでした1)。実は2人はそれまでに一度きりしか会ったことがなく,芦田はEBMについてはほとんど白紙のような状態でした。にもかかわらず鼎談を引き受けたというのは,かなり無謀なことだったかもしれません。EBMについての理解度という点では同席者の間でさまざまであったにもかかわらず鼎談が成立した,その理由は簡単でした。助産婦として,より良いケアを提供したい,ただこの1点で一致していたからだと思います。鼎談の詳しい内容については本誌バックナンバーを参照いただくとして,芦田は,その中で「EBMの基本的な部分は,自身の根拠を持ち,お互いに意見交換し合える関係であること」と話し,仲間との勉強会への意欲を語りました。そして,他の同席者もそれに共感してくれたのです。ところがその後,話は具体化することなく3年の月日が流れました。思いはあれどまだ機は熟していないという状況だったといえます。

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はじめに

 当院産科・小児科病棟では日ごろから,出産後より早期母子接触ができるように看護援助を行なっている。この度,妊娠33週で脳出血を発症し,意識レベル200~300で出産,直後に開頭血腫除去手術を行なった母親と1500gで出生した早産未熟児に関わることができた。医学的理由による母子分離を最小限にとどめ,救急病棟,脳外科リハビリ病棟,産科・小児科病棟の連携により術後1日目の早期から母子の継続的な接触を実践した結果が回復の一助となった事例を報告する。

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 去る7月26,27日の両日,「第2回助産師のためのリフレクソロジーセミナー」が千葉県浦安市で開催された。以前小誌でご紹介した,リフレクソロジスト・長須千賀子さんのインタビューや,平山レディースクリニックでのリフレクソロジーにおける分娩所要時間短縮の論文で,本セミナーのことをご存知の読者も多いと思う。

 2001年の第1回に引き続き,オーストラリアより講師として助産師でリフレクソロジストのスーザン・エンザー女史を迎えた。参加者した助産師は,第1回の5名から,今回は20名に。彼女たちはこのセミナーだけに参加したのではなく,毎月1回,2~3年の研修を経て,コツコツと準備をしてきた。スーザン女史のセミナーを受けるまでに,基本的な技術を修得しておくべく,長須さんを講師として毎月の研修を重ねてきた。

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 世界母乳週間にあたる8月2~3日,京都で第12回母乳育児シンポジウムが開催された。そこで「赤ちゃんにやさしい病院(BFH)」の認定式が行なわれ,今年,新たにBFHに加わった5施設が紹介された。5施設は以下の通り。森下産婦人科医院(福岡市),横浜市立大学医学部附属市民総合医療センター(横浜市),あわの産婦人科医院(富山県入善市),熊本市立熊本市民病院(熊本市),総合病院北見赤十字病院(北見市)。教育機関でもある大学病院が認定された意義は大きいという。これで国内での BFH 認定施設は合計30となった。

 参加人数は約1,530名。うち約1,000名は助産師とのことで,年々,母乳育児の広まりが感じられる。

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研究目的

 6歳未満の子どもを車に乗車させるときには,チャイルドシート(以下CRS : child restraint system)の装着が法的に2000年4月から義務化された。その結果,CRSの着用率は,日本自動車連盟の調査1)によると1997年15.1%,1998年39.9%,1999年44.7%2)となっており,普及していることがわかる。そこで,本法規制について保護者はどのように法律の内容を理解し,CRSをどのように使用しているのかを知り,看護職として子どもを車に乗せるときの保健指導の資料とするために,6歳以下の子どもを持つ保護者のCRSに関する知識と実施状況を明らかにしたいと以下の研究を行なった。

研究方法

 1.調査方法 調査用紙は,対象者の背景,CRSに関する知識,CRSの実施状況,CRSの問題点に関する項目から研究者が作成した。14名に行なったプレテストの結果を参考に最終的調査表を作成した。この調査表を,研究の目的を説明し,プライバシーを確約したうえで配布した。調査用紙は無記名とし,記入後,郵送にて回収した。

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はじめに

 最近の母性統計の傾向(母子保健の主なる統計より)1)として,平成2年の年間出生数は1,221,585(人)であったのに対し,平成11年の年間出生数は1,177,669(人)と年々少産化が進んでいる。その一方で,低出生体重児数の年間出生数に占める割合は,平成2年が63.3(出生1,000対)に対し,平成11年は84.2と増加している。このうち,1,500g未満の割合も,平成2年が5.3に対し,平成11年は6.6と増加している。少産・少子化のなかで低出生体重児が増加した理由には,周産期医療の高度化のほかに,不妊治療による多胎妊娠例の増加などが影響していると思われる。また,妊産婦死亡率は平成2年が8.6(出生10万対)に対し,平成11年は6.1と減少してきているが,スイスの3.6,イタリアの4.3に比べまだ十分な成績とはいえない。

 妊娠出産は正常に経過していても時に異常に移行する場合がある。異常のなかには,母児の生命に危険が迫るなど,救急性の非常に高いものもある。産科救急においては,的確で迅速な対応と同時に,子どもの障害発生を予防しなければならない現実がある。

 子どもの障害発生の予防は,国の重大な関心事でもある。厚生省(現厚生労働省)1~3)は,1991年に公的医療機関に対して周産期救急システムの整備充実(ドクターカーの整備補助),1996年にエンゼルプランに基づく周産期医療対策整備事業などの施策を行なってきた。1999年の新エンゼルプランでは,妊産婦死亡,周産期死亡などのさらなる改善に,より安心して出産ができる体制を整備するために,総合周産期母子医療センターを中核とした周産期医療ネットワーク(システム)の整備を進めている。平成16年度までに原則として各県に1か所の総合周産期母子医療センターが整備される予定で,更なる産科救急医療の進歩が期待される。

 しかしながら,これらのシステムは,病院間の連携を前提としたものである。産科救急には自宅や路上における救急処置も含まれる。現在,ドクターカーの普及が進められているとはいえ,まだ数は少なく,救急救命士や救急隊員がその役割を担っているのが現状である。

 本稿では,産科救急におけるプレホスピタル・ケアの問題について述べたい。

基本情報

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助産雑誌
57巻10号 (2003年10月)
電子版ISSN:1882-1421 印刷版ISSN:1347-8168 医学書院

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