訪問看護と介護 23巻4号 (2018年4月)

  • 文献概要を表示

看取りの現場では、死を前にした人や家族を失おうとしている人の“解決できない苦しみ”を目の当たりにして、「何もしてあげられない」と悩む援助者が少なくありません。

一方で、超高齢多死社会となる日本では、どの地域においても“看取りができる在宅”が求められています。

死を前にした人に、援助者は本当に「何もできない」のでしょうか?

それでも現場に居続けることはできるのでしょうか?

一度は「看取り現場から逃げたい」と思ったことがあるという皆さんに、その問いへの答えを語り合っていただきました。

  • 文献概要を表示

超高齢多死時代では、住み慣れた自宅で、人生の最終段階を迎えた人と誠実に関わることが求められます。では、まもなくお迎えが来る人に、どのように関わるとよいのでしょう。単なる励ましが通じない看取りの現場にあって、一部のエキスパートだけではなく、関わるすべての人が、「自分がその人に何ができるか」を言葉にできるでしょうか? たとえ無力感を覚えながらも、その場に居続けられるのでしょうか?

本特集では、書籍『死を前にした人にあなたは何ができますか?』(医学書院)で紹介されている「苦しむ人への援助と5つの課題」を活用して、実践者たちの事例をご紹介します。個人で、ステーション全体で、多職種で、看取りに対する苦手意識に向き合っていきましょう。

  • 文献概要を表示

 私はホスピス病棟勤務を経て2006年に横浜市瀬谷区に「めぐみ在宅クリニック」を開設し、住み慣れた自宅や施設で最期まで過ごす患者・家族の支援にあたってきました。

 緩和ケアに従事して、今年で24年目を迎えます。看取りに携わっていると、「死を前にした人に対してどのように言葉をかけてよいかわからない」「看取りは苦手である」という声をしばしば聞くことがあります。しかしそもそも、私たちが患者に何をすると援助になるのでしょう? それを言葉にできる人は、じつはそう多くはありません。

  • 文献概要を表示

 私はもともと呼吸器内科医として病院に勤務し、成人の診療に従事してきました。現在のクリニックで在宅医療に関わって約20年が過ぎ、おもに、成人のがんや非がん(神経難病、脳血管障害、慢性呼吸不全、認知症など)の診療をし、年間80名前後の方の自宅看取りに関わっています。日々の診療では、全人的苦痛の緩和、個々の生活を意識した医療やケア、(家族の負担軽減を含めた)生活支援、多職種との連携を大切にしています。

  • 文献概要を表示

 実家が看護婦・家政婦紹介所を営んでいたため、私は、幼いころより看護や介護が生活のなかに自然と溢れているところで育った。看護師であった祖母に手を引かれ、近隣のいわゆる老人病院で、家政婦さんが忙しく複数の方の食事介助をしている不思議な風景や、ひっそりとした病室にひとり静かに横たわる人の姿を目にし、それから、寮でひとり暮らす家政婦さんの語りや郷里への思いを耳にするのが日常だった。

 祖父母の稼業を母が引き継いだが、私にはそれが敷かれたレールの上を歩くように思えて、一時はまったく異なる世界を志したこともあった。しかし、ある利用者との出会いをきっかけに、心から看護師になることを望み、気がつくと地域とこの世界へと戻ってきた私がそこにいた。

  • 文献概要を表示

 私は13年目の訪問介護士です。介護職としての立派な志が取り立ててあったわけではなく、スポーツをしていたことから、少し力自慢もあり、私でも何か役に立つのでは、と安易に介護の道を選びました。

 そんな私が行き詰まり壁を感じたのが終末期の方のケアでした。座談会でお話しした事例ですが(p.225)、行き詰まるどころか何もできず要らんことを言い、役にも立たず、「こんな私がこの人に関わっていていいのか」と悩みました。何もできないまま、その方は永眠されました。

  • 文献概要を表示

 私は訪問看護師になって16年になります。当初は、訪問看護の役割を自分の中で整理できないまま、1人で訪問することへの不安や責任の重さを感じていました。病院であれば、すぐに誰かに相談できるし医師もいます。自分自身は病院の中で「看護」ができていたと思っていましたが、ただ医師の指示のもとに「医療行為をこなす人」であるだけだったのかもしれないと思うこともありました。

 そして、入院中は医師や看護師の指示を聞いていた患者さんも、在宅ではそうはいかないところから、生活に合わない看護指導はあまり意味がないということに気づきました。それまでは、具合が悪くなって病院に来た人と、状態が安定して退院する人にしか関わっていなかったので、悪化すればまた病院に行くことが当たり前と思っていました。

  • 文献概要を表示

はじめに

 現場では、余生を自宅で過ごす子育て期にあるがん終末期療養者に対し、現在の制度では支えきれない状況を目の当たりにする。訪問看護師やケアマネジャーの柔軟な対応で成り立っている部分もあり、フォーマルな支援の狭間を埋めるインフォーマルな支援の必要性がある*1。こうしたなかで、療養者への支援に苦慮している訪問看護師、ケアマネジャーも少なくない。

 そこで、子育て期にあるがん終末期療養者の在宅生活を支える訪問看護師とケアマネジャーによる支援について事例をもとに検討し、インフォーマルな支援を含めた在宅生活を支えるための支援内容の明確化を行なう。

連載 在宅ケア もっとやさしく、もっと自由に!・103

  • 文献概要を表示

 これまで日本各地に出かけてきたものの、どういうわけか、沖縄には縁がありませんでした。しかし今年1月末、ついに沖縄に行く機会をいただきました。

 琉球大学で行なう「新ニーズに対応する九州がんプロ養成プラン」主催のがん看護セミナーで、「がん体験者と共に歩む——マギーズ東京における支援の実際」というテーマでの講演依頼があったのです。

連載 認知症の人とその家族から学んだこと—「……かもしれない」という、かかわりの歳月のなかで・第12回

挨拶がケアになるとき 中島 紀惠子
  • 文献概要を表示

挨拶の奥行きは深い

 居酒屋の暖簾に手をかけるや否や「いらっしゃい」「こんばんは」と威勢のよい挨拶にびっくりすることがある。店の利益を意図した投機的振る舞いがありありとわかり、ちょっと鼻白みながらもその懸命さにいつの間にか身を委ね、ついつい長居をしてしまう。また、人通りのまばらな路ですれ違いざまに「こんにちは」と声を掛けられ、反射的に「こんにちは」と返し、何だか清々しい気分にさせられるときもある。

 自覚なしのうなずき合い、微笑み返しなどの挨拶は至るところでみられるが、ただうなずき合っているような仕草も、言語不明瞭なのにしっかりと伝わり合っている挨拶もある。このような振る舞いを岡田氏は「行為の意味の不定さ(indeterminacy)」と呼んでいる*1

連載 訪問看護実践と成果のつながりを可視化するために—日本語版オマハシステムの開発に向けて・第20回

  • 文献概要を表示

 今回は、母親が外国人で、内縁の夫と共同生活をしている筋萎縮症の小児と、家族に対しての訪問看護の事例を取り上げます。環境要因や社会とのつながり、資源について、広い視野での訪問看護が必要な事例であり、公衆衛生分野の事例といってもいいと思います。

 公衆衛生分野でもしばしば用いられているオマハシステムの特徴が活かせるとともに、複合的な課題を含むケースにおいて個々の問題を特定し、介入前後の評定を比べることによって介入の効果を測定することができます。今回はとくに、この効果測定の部分に焦点を当ててみていきたいと思います。

連載 どう読む!? 在宅医療・看護・介護政策・第28回

  • 文献概要を表示

 厚生労働省は2月7日付で、地域医療構想の進め方に関する通知を都道府県あてに送付するとともに、同9日に「医療計画策定研修会」を開催し、都道府県や医師会、大学の関係者に対し、通知の内容を説明した。通知は、地域医療構想の具体化に向けて、地域医療構想調整会議の進め方を詳しく記載している。

連載 シンソツきらきら・第16回

  • 文献概要を表示

 4月号は、新卒から訪問看護を始めて3年が経つ長山詩穂さんです。これまでは1〜2年目の方に記事を書いていただく機会が比較的多かったので、もうじき3年目を終える長山さんは「ベテラン新卒」ともいえます。この3年間で、どのような実践から、どんな学びを得たのか執筆していただきました。(小瀬)

--------------------

目次

今月の5冊

Information 学会・研究会情報

バックナンバーのご案内

次号予告・編集後記 小池 , 栗原
  • 文献概要を表示

企画の打ち合わせでは、栗原とともに小澤先生のクリニックへ伺いました。滞在したのはほんの一時ですが、そのわずかな間にも、小澤先生やスタッフの方々が患者・利用者へ細やかな目配りをしていると感じさせる場面に出会いました。「死を前にした人にあなたは何ができますか?」。小澤先生が援助者に向ける問いは直球ですし、必要な援助の解説もじつにシンプルです。ただ、それが単なる「極論」なのではなく、実践を積み重ね、研ぎ澄ませていった先にある言葉であったのだ実感できました。…小池

特集座談会の収録では、患者役になって即興で小澤先生とロールプレイをさせていただくという、たいへん光栄ながらも冷や汗ものの体験をしました。感情が高ぶり言葉に詰まってしまうことが多々ありましたが、自分の言葉をゆっくりと反復してもらったり、次の言葉が出てくるまで沈黙してじっと待っていてもらえたりすると、「この人には何を話しても受け止めてもらえる」という感覚が自然と生まれてきました。援助的コミュニケーションの“反復”と“沈黙”の効果を体感できたこと、とても貴重な経験でした。…栗原

基本情報

13417045.23.4.jpg
訪問看護と介護
23巻4号 (2018年4月)
電子版ISSN:1882-143X 印刷版ISSN:1341-7045 医学書院

文献閲覧数ランキング(
7月8日~7月14日
)