胃と腸 50巻13号 (2015年12月)

今月の主題 大腸鋸歯状病変の取り扱い

序説

大腸鋸歯状病変の取り扱い 菅井 有
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 本特集のタイトルは“大腸鋸歯状病変の取り扱い”である.本誌では過去にも鋸歯状病変の企画をしたことがあるが,今回の企画は“取り扱い”に関するものである.“取り扱い”と言えば“何かの扱い方”の語感が強いが,本特集がそのような狭い意味に限定したものではないことはもちろんのことである.本特集の企画の真意は,大腸鋸歯状病変を臨床の現場で扱う場合に当然知っておくべき知見を現在の最高水準のレベルで読者に提供することであるので,単なる“how to”ものなどではないことは当然である.

 本特集では内視鏡診断はもちろん病理学的診断や分子機序における現時点での最新知見を示すが,加えて最近のトピックス,特にinverted SSA/P(sessile serrated adenoma/polyp)や鋸歯状病変の左右差などについても述べられている.特に後者については鋸歯状病変の取り扱いに関して重要な知見を示唆するものである.大腸癌研究会プロジェクト研究で提案されたSSA/Pの特徴的組織像は,①陰窩の拡張像,②陰窩の異常分岐像,③腺底部の異常拡張・走行異常である1)2)が,筆者はこれまでこれらの組み合わせが右側と左側では異なっている可能性を指摘してきた.本特集ではそれについて組織像のみならず,分子異常の観点からも両者の違いを基礎づける所見が提示されている3).もしこのことが妥当であるとすれば,左側と右側のSSA/Pの治療に対する考え方が従来とは異なったものになる可能性がある(内視鏡所見も右側と左側では異なったものになると思われる).

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要旨●鋸歯状病変については,最新のWHO分類で用語の統一がなされたが,その診断一致率は低く,それらに対する適切な臨床対応やserrated neoplasia pathwayの前癌病変を抽出するため,その正確な組織診断の必要性が増している.そこで,9名の消化管疾患専門病理医による12個の鋸歯状病変の組織診断の差異とその要因について分析した.その結果,右半結腸の無茎性鋸歯状腺腫/ポリープ(SSA/P)の診断一致率は高く,その診断には主に陰窩底部の拡張,陰窩底部の分岐,陰窩底部の水平方向への変形,陰窩底部からの鋸歯状変化が抽出されていたこと,左半結腸の有茎性SSA/Pは古典的鋸歯状腺腫(TSA)と診断されることが多いことが明らかとなった.また,TSAの診断に対するBRAF免疫組織化学染色の有用性も合わせて紹介した.

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要旨●鋸歯状病変は過形成性ポリープ(HP),鋸歯状腺腫(TSA),SSA/Pに大別される.しかし,各疾患に必ずしも当てはまらない中間型も存在する.SSA/Pはマイクロサテライト不安定性(MSI)大腸癌と類似した分子病態,すなわちBRAF変異やCpGアイランドの同時多発的なメチル化(CIMP)などの特徴的な分子異常を有し,特異的な内視鏡所見として開II型pitが明らかとなっている.一方でTSAや中間型の分子異常は多様であり,また臨床病理像も不明な点が多く,今後の課題である.

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要旨●大腸鋸歯状病変は,過形成性ポリープ(HP),SSA/P,TSA,SSA/P with cytological dysplasiaの4者に大別されるが,本稿ではHP,SSA/P,TSAの内視鏡的特徴について概説した.HPとSSA/Pは一見類似した病変であるが,SSA/PはHPに比べて腫瘍径が大きく,局在が右側>左側結腸であり,粘液付着,開II型pit patternの割合が高かった.TSAは局在が左側>右側結腸であり,ほとんどが隆起型で,pit patternはIIIH型またはIVH型の割合が高く,TSAの診断はpit patternを用いることで容易であった.部分的に小隆起を認める場合や,雲状発育を呈したSSA/Pの一部が盛り上がっている場合は,同部でSM浸潤を来している可能性があり,拡大内視鏡観察を含めた詳細な診断が必要である.

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要旨●近年,通常の大腸腺腫からの発癌とは異なる大腸鋸歯状病変,特にSSA/Pからの発癌経路が報告され,摘除対象として他のポリープとの鑑別が重要となってきている.筆者らの施設ではSSA/Pからの発癌予防,および正確なSSA/Pの組織学的診断に基づく大腸癌発癌のリスク層別化のために,SSA/Pが疑わしい病変を積極的に摘除している.そこでSSA/Pを放置することなく摘除するために感度の高いNBI併用拡大観察所見を前向きに検討した.NICE Type 1と分類された大腸ポリープにおいて腺窩開口部の開大所見(ECO),拡張分岐した血管所見(TBV)のSSA/Pに対する診断能(感度,特異度,正診率)はそれぞれ98%,60%,75%と良好であった.NBI併用拡大観察を用いてSSA/Pが疑わしい病変を拾い上げることにより,大腸癌の前癌病変,および併発する大腸癌発癌リスクの層別化因子と考えられるSSA/Pを効率的に鑑別し摘除できる可能性が示された.

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要旨●近年,serrated pathwayという鋸歯状構造を有する大腸病変からの発癌経路が提唱されたことから大腸鋸歯状病変が注目されているが,その病変の取り扱いについては,さまざまな論議が行われているところである.今回筆者らは,そのような病変についていかに取り扱うべきかを明らかにするため,過形成病変,広基性鋸歯状病変,古典的鋸歯状腺腫について,その内視鏡所見と病理組織学的所見を検討した.その結果,通常内視鏡において発赤,陥凹,二段隆起の所見が存在し,NBI拡大観察においてCP Type III所見を認めたり,pit pattern拡大観察においてV型pitの所見が観察されたりした際には癌の併存を強く疑い,積極的に病変を摘除することが望ましいと考えられた.

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要旨●大腸inverted SSA/Pの臨床病理学的特徴を明らかにするために,拡大内視鏡検査を施行し内視鏡的に摘除した7症例8病変を対象とし,遡及的に検討した.inverted SSA/Pの平均病変径は12.4±4.6mm,病変部位は右側大腸5病変,左側大腸3病変であった.肉眼型は粘液貯留を伴った表面陥凹型が5病変と最も多く,次いで表面型が2病変,隆起型が1病変であった.拡大観察ではII型pitは全例でみられ,開II型pitは6病変に,シダの葉状所見は4病変にみられた.NBI拡大観察においては,varicose microvascular vesselが6病変に,expanded crypt openingsが5病変に観察された.病理組織学的には全例で粘膜筋板の欠損を認め,recent hemorrhageは左側大腸の病変で多く認められた.以上より,通常観察および拡大内視鏡観察はinverted SSA/Pの診断に有用であると結論した.

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要旨●当センターにて経験した大腸鋸歯状病変221病変を局在の視点からtranslational researchを行った.その結果,右側SSA/PではBRAF変異85.9%とCIMP(+)66.7%,左側SSA/PではBRAF変異50.0%,K-ras変異33.3%でCIMP(+)16.7%であった.右側TSAでは遺伝子変異に特徴はなくCIMP(+)60.0%であったが,左側TSAではBRAF変異61.8%とCIMP(+)20.6%であった.一方で,SSA/P with cytological dysplasia,cancer in SSA/Pにおいては局在によらずSSA/P部分はBRAF変異,CIMP(+)であり,dysplasia/cancer部分においてはさらにCIMP(+)率が上昇した.また,これらに呼応し拡大内視鏡所見も変化していた.以上より,鋸歯状病変では局在により異なる生物学的要因を持ち,一定の生物学要因を持つ病変だけがmalignant potentialへ向けて発育進展する可能性が示唆された.

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要旨●左側と右側大腸間における大腸鋸歯状病変の臨床病理学的,分子遺伝学的検討を行った.対象として左側過形成性ポリープ(HP)27例,右側HP 18例,左側SSA/P 29例,右側SSA/P 32例を用いた.病理組織学的所見については陰窩の拡張,陰窩の分岐異常,陰窩腺底部の拡張・走行異常(腺底部の所見)の有無について検討した.MUC2,MUC5AC,MUC6,CD10,CDX-2,p53,MLH-1,MSH-2,MSH-6,PMS-2,ANNEXIN A10の発現を免疫組織化学的に検索した.分子解析はKRAS,BRAF変異解析とDNAメチル化解析を行った(高,中等度,低).病理組織学的所見ではSSA/Pで腺底部の所見が右側で有意に多く,各因子の組み合わせパターンでは左側で陰窩の拡張と分岐異常のパターンが多く,右側では3因子すべてのパターンが多かった.MUC6およびANNEXIN A10の発現は右側のSSA/Pで有意に多くみられた.BRAFはSSA/Pで発生部位による違いはなかったが,メチル化では高メチル化状態が右側SSA/Pで高く,中等度メチル化と低メチル化状態が左側のSSA/Pで多かった.HPは左側でKRAS変異の頻度が高かった以外は左右の差異はなかった.SSA/Pでは発生部位によって組織像,分子異常が異なっている可能性が示唆された.

主題症例

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要旨●患者は60歳代,男性.2012年12月の大腸内視鏡検査で,盲腸底部に径20mm大の扁平隆起性病変を認めた.拡大観察では,開II型と伸II型があり,SSA/P由来の腫瘍と思われた.4か月後の再検で,病変中央部に陥凹面を認め,NBI観察では,surface patternは保たれていたが,病変辺縁に通常より口径の太い血管を認め,pit patternは一部VI型軽度不整を疑う所見も認めた.生検でGroup 4であり,内視鏡治療困難な部位のため,手術が施行された.径20×18mm,中分化型腺癌,pSM 800μm,INFβ,ly2,v0,No.202(+)であった.病変の局在が原因で手術となったが,結果としてリンパ節転移まで来しており,SSA/P由来の癌の進展速度が急速である可能性が示唆された症例と考えられた.

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要旨●患者は70歳代,女性.下部消化管内視鏡検査にて,上行結腸に径7mm大の0-IIa型病変を認めた.表面に強固な粘液の付着を認め,インジゴカルミン色素撒布像では,大部分に開II型pitを認めた(後に,この病変がSSA/Pと判明).しかし,結腸内に他に病変が多発しており,他病変と併せて厳重に経過観察する方針とした.14か月後に再検したところ,同病変は肉眼型が0-Is+IIa型に変化していた.腫瘍の大部分でVI型pitを呈しており,粘膜内癌が疑われたため,EMRを施行した.病理診断は,papillary adenocarcinoma with SSA/P,Tis(M),ly0,v0であった.SSA/Pから癌化したと考えられた1例で,表面構造の変化も含め,経過を追えた興味深い症例であった.

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要旨●患者は60歳代,女性.上行結腸肝彎曲部に30mm大の発赤の目立つ表面型病変と,それに連続する白色調の平坦隆起を認めた.NBI拡大観察にて,発赤部分は佐野分類CP Type IIIB,クリスタルバイオレット色素撒布内視鏡拡大観察ではVI高度不整pit(VI invasive pattern)を呈し,白色調の平坦隆起部は星芒状pitが主体であった.内視鏡的には,HPあるいはSSA/P由来の0-IIa+IIc型,SM高度浸潤癌と診断し.病理組織学的には,高異型度高分化腺癌がSSA/Pと連続性に認められ,粘膜下層深部まで浸潤していた.BRAF変異およびMLH1メチル化を認め,それに伴うMSI陽性腫瘍であることが確認された.また,その他にも多数の鋸歯状病変を認め,WHO基準よりSPSと診断した.

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患者

 70歳代,男性.

主訴

 自覚症状なし.

現病歴

 20XX年7月,早期胃癌(深達度SM2疑い)に対する精査加療目的で当院へ紹介され受診となった.当院で施行した術前の上部消化管内視鏡検査(esophagogastroduodenoscopy ; EGD)にて,食道に病変を認めた.

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要旨●患者は20歳代,女性.下血と意識障害にて緊急入院,小腸カプセル内視鏡検査にて空腸病変からの出血を認めた.ゾンデ法小腸X線造影検査・小腸ダブルバルーン内視鏡検査にて頂部に粘膜欠損を伴う粘膜下腫瘤を認め,出血源と考えられた.腹腔鏡下小腸部分切除を施行し,詳細な病理組織学的検索結果から空腸Dieulafoy's lesionと診断した.近年,小腸検査の発達により小腸血管性病変の報告は増えてきているが,今回大量下血で発症し,粘膜下腫瘤様の形態を呈した空腸Dieulafoy's lesionを経験したので報告する.

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要旨●患者は50歳代,女性.関節リウマチに対し,近医で加療されていた.腹部膨満感の精査目的で実施した上部消化管内視鏡検査で,胃体部から幽門前庭部にかけて発赤を混じた褪色調陥凹性病変の多発を認めた.背景粘膜の萎縮性変化は明らかではなく,Helicobacter pylori血清IgG抗体は陰性であった.病変部から採取した生検組織において,粘膜下層を中心とした好酸性物質の沈着を認め,免疫組織化学染色にてALアミロイドーシスと診断した.全身検索を行ったが,他臓器へのアミロイド沈着を認めず,多発性骨髄腫を示唆する所見もなかった.以上より,胃に限局したALアミロイドーシスと考えられた.

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 1994年当時,所属していた施設状況により消化器を専門とするように辞令が出て20年が経過した.研修医時代から「早期胃癌研究会」に参加する機会に恵まれていたが,当初は一聴衆として参加するだけで発言する機会などは皆無であった.本誌「胃と腸」についても医局にあるものを興味が向いたときだけ拾い読みする程度であった.その後,消化器を専門としたのを機に,研究会に定期的に参加したり,雑誌を定期購読したりするようになり,次第に自分の診断学向上に占める「胃と腸」の重要性が増していくこととなった.「胃と腸」や専門書にて予習し,浅薄な知識を増やしたうえで学会や研究会に臨み,実臨床に戻ると再び雑誌で復習するという日々は,諸先生方と同様の歩みであろう.

 20年来読み続けている本誌から1冊を推薦せよと言われても困るというのが正直な想いだ.2000年以降はESD手技の習得,その標本を基にして胃や食道疾患の拡大内視鏡所見と病理の対比に没頭した.また,小腸検査の発展時期でもあり,小腸疾患に興味を注ぐ時期もあった.その中であえて1冊と言われれば「炎症性疾患(IBD)の上部消化管病変」第42巻4号(2007年)を挙げたい.小生が卒業した1990年代,Crohn病やBehçet病での食道病変や胃十二指腸病変は諸家の研究により,研修医においても習得できた知識である.特に前者での,縦走配列する食道多発潰瘍や,胃上部小彎の“竹の節状外観”,十二指腸におけるKerckring皺襞上のノッチなどは特徴的である.しかし,本特集号において多数例が集積された“潰瘍性大腸炎における上部消化管病変”は,“潰瘍性大腸炎は(backwash ileitisやpouchitisを除き)大腸に限局する炎症性疾患”という従前までの概念/定義を覆すものであり,不学の小生には衝撃であった.その後,偶然にも間を空けず本疾患に合併する胃病変を3例経験したときは膝を叩く思いをした.それらを論文発表できたことにより,小生にとって本特集は忘れ得ぬものとなった.全大腸炎型や臨床的重症例だけではなく,臨床的軽症例や直腸炎型,大腸全摘後例にも合併することは本疾患への認識を新たにした.加えて,組織学的所見も大腸病変と上部消化管病変との間に類似性があり,自らが納得する結果であった.今後,症例の集積により潰瘍性大腸炎の疾患概念が変更される期待感も禁じ得ない.

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はじめに

 Crohn病*1を代表とする炎症性腸疾患や,結核を含めた一部の感染性腸疾患には,病理組織学的に種々の肉芽腫性病変が出現する.これら肉芽腫性病変は,それぞれ疾患別に特徴を有している.また肉芽腫性病変以外にも,それぞれの疾患に特徴的な肉眼的および病理組織学的所見が少なからず存在する.本稿では,Crohn病と腸結核における典型的肉眼像・組織像,および肉芽腫の鑑別(Table 1,2)を中心に述べる.

早期胃癌研究会

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 2015年4月の早期胃癌研究会が,2015年4月15日(水)に日本教育会館一ツ橋ホールで開催された.司会は山野泰穂(秋田赤十字病院消化器病センター)と入口陽介(東京都がん検診センター消化器内科),病理は味岡洋一(新潟大学大学院医歯学総合研究科分子・診断病理学分野)が担当した.また,画像診断教育レクチャーは,新井冨生(東京都健康長寿医療センター病理診断科)が「臨床医が知っておくべき病理 第2弾 食道:Barrett食道と腺癌」と題して行った.

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 2015年6月の早期胃癌研究会は2015年6月17日(水)に笹川記念会館2F国際会議場で開催された.司会は梅垣英次(神戸大学大学院医学研究科消化器内科学分野),野村昌史(さっぽろ大通り内視鏡クリニック),病理は平橋美奈子(九州大学大学院医学研究院保健学部門・医学部保健学科)が担当した.また,画像診断教育レクチャーは,二村聡(福岡大学医学部病理学講座)が「臨床医が知っておくべき病理 第2弾 全消化管:消化管に発生するリンパ腫(後編)─各病型の組織像を中心に」と題して行った.

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 2015年7月の早期胃癌研究会は2015年7月24日(金)にグランドプリンスホテル新高輪の国際館パミールで開催された.司会は小林広幸(福岡山王病院消化器内科),長南明道(仙台厚生病院消化器内視鏡センター),病理は大倉康男(杏林大学医学部病理学教室)が担当した.また,画像診断教育レクチャーは,松原亜季子(防衛医科大学校病態病理学講座)が「臨床医が知っておくべき病理 第2弾 十二指腸の正常および十二指腸炎,腫瘍様病変」と題して行った.

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 眼を開ければいつでもどこでも同じようにものは見える,人は自分の眼でみていると思いがちである.じつはそうではない.われわれのものの見方は歴史的,文化的なものの影響のもとにありエピステーメー・文化拘束性という.目の前にものはあり人はそれを見る.その見ているものはありのままであると見ている人は思っている.しかし,考えてみればすぐわかることであるが,AがみるXとBがみるXは同じではない.AB両者がXについて話すことあるいは書くことは寸分違わないはずであるが,実際には微妙にときに大いに違っている.感覚に判断が加わって認識が生じるからである.見るということは単に受動的なことではない.人は常に行為としてものを見る.眼を動かし身体を動かして見る.すなわち全身で見ている.その全身は生物的にも歴史的にも異なっている.そうであるからには同じXを,違った身体で見ているAとBでは違って見えるのが当たり前である.われわれは身体的,歴史的な制約のもとにものを見ている.身体は各人が創りあげた道具である.

 視覚の世界は単純に見えて決して単純ではなく,認識はさらに複雑である.認識に通じるためには多大の時間,労力,知識が必要である.優れた芸術,思想は認識にさらに別の視点を加える.現代芸術や現代思想を経験した後では,世界はそれまでと違った風に見えるはずである.現代人とそれ以前の人は別のエピステーメーのもとにある.ドイツやソ連の全体主義を先取りしたカフカの小説のように,優れた芸術は現実を先取りする.初めて見る人に,きみょう奇天烈に見えるピカソの絵画(裏と表を同一の二次元平面に表すなど)を経験したのちでは,われわれの空間の捉え方もそれ以前とは違ってくる.カフカやピカソに世界は本当に「そのように」見えたのである.画家が描くのは,具象か抽象かを問わず,とにかくそのように見えたのである.見えないもの,頭だけで捏造したものは絵画であれ小説であれリアリティーがなく他に受け入れられることはない.人に先駆けてそのように見えるのが天才というものである.

追悼

市川平三郎先生を悼む 八尾 恒良
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 市川先生が亡くなられた.御齢90歳であった.

 先生は本誌「胃と腸」の第3代編集委員長を務められ(1983〜1984年),1巻1号(1966年)「早期胃癌〔1〕」から47巻1号(2012年)「腸管三次元CT診断の現状」までの46年間,数知れない多数の原稿をご執筆いただいている.

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 市川先生は私にとって,北極星でした.消化管のX線診断学の基礎から,各症例が持つ意義を把握することのみならず,診断理論を世界に広めることの重要性を教えていただきました.先生には多くの賞が贈られ,その世界的なご業績は改めて書く必要はないでしょう.そこで,先生の温かい慈愛を直接に触れてきた弟子の一人として,皆さん方に市川先生のお人柄を知っていただきたく,個人的で申し訳ありませんが,以下に述べさせていただきます.

故・西澤護先生との思い出 中村 恭一
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 故・西澤護先生との出会いは,胃癌の中のlinitis plasica型癌の早期診断に関する問題以外はほぼ一段落したような時代でした.西澤先生が東京都立駒込病院からJRお茶の水駅に近い東京都がん検診センター(以後,都がん)に異動してまもない時でした.

 当時,私もまた,JR大塚駅近郊の癌研究所病理部から筑波大学基礎医学系病理に転勤(1975年)して日も浅く,研究のための消化管の手術材料は殆どなく,路頭に迷っていた時代でした.そのような時に,西澤先生は私に“都がん”の症例の病理組織検査の機会を与えて下さいました.さらに,症例の自由な利用を快く許可してくださいました.私をはじめ共同研究者は天からの声とばかり,喜び勇んで“都がん”症例の病理組織検査とそれを対象とした研究を継続することができるようになりました.

西澤 護先生を偲ぶ 松川 正明
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 西澤護先生と初めてお会いしたのは,昭和49年1月でした.出張病院より千葉大学第一内科に戻り,レントゲン研究室に入るために挨拶に伺ったところ,大学から研究室の先生方が東京都立駒込病院と千葉県立がんセンターに移動するお別れ会が当日開催されていました.西澤先生よりこれからお別れ会があるので,「君も出席するように」と言われ,そのまま研究室に入ることになりました.都のがんセンターで,西澤先生を中心に都立駒込病院消化器内科に移り,先生は部長となりました.西澤先生より「病理学を勉強したほうが今後君のためになる.そこで,虎の門病院病理学科で勉強するように」と指示を受けました.

 昭和55年に東京都がん検診センターに移られ,昭和62年に所長となり平成10年に定年退職しました.

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欧文目次

「今月の症例」症例募集

第22回「白壁賞」論文募集

早期胃癌研究会 症例募集

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 残暑厳しい中にもようやく秋の風を感じ始めた2015年9月16日(水),東京の笹川記念会館で開かれた早期胃癌研究会の席上にて,第21回白壁賞と第40回村上記念「胃と腸」賞の授賞式が行われた.第21回白壁賞は有馬美和子・他「日本食道学会拡大内視鏡分類と深達度─Type R血管と組織像」(「胃と腸」49:213-221,2014)に,第40回村上記念「胃と腸」賞は九嶋亮治・他「胃型腺腫の臨床病理学的特徴─内視鏡像,組織発生,遺伝子変異と癌化」(「胃と腸」49:1838-1849,2014)に贈られた.

 授賞式の冒頭,選考小委員の八尾建史氏(福岡大学筑紫病院内視鏡部)から,両賞の選考過程の説明が行われた.今回の選考では,170本を超える候補論文の中から選考が行われたことを明かし,「このたびの受賞は,有馬先生,九嶋先生の今までの研鑽の賜物だと思います.本当に敬意を表し,お祝いを申し上げたいと思います」と両名の受賞を祝した.

学会・研究会ご案内

次号予告

編集後記 山野 泰穂
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 近年,大腸癌の前駆病変として注目されている大腸鋸歯状病変に関してはさまざまな問題が内在している.本号の特集では「大腸鋸歯状病変の取り扱い」と題して,これらの問題点に焦点をあてることを企画のねらいとした.

 まずは「序説」にて菅井は大腸鋸歯状病変の現状と,臨床および病理上の問題点を明確にし,分子異常も踏まえた病理組織学的なGrade分類の必要性,新マーカーであるANNEXIN A10の意義,MSS型大腸癌へのアプローチなど,これらの検討には臨床医と病理医(さらには分子生物学者)との密接な連携が必要であるとした.

基本情報

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胃と腸
50巻13号 (2015年12月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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