胃と腸 49巻6号 (2014年5月)

今月の主題 Helicobacter pylori陰性胃癌

序説

Helicobacter pylori陰性胃癌 飯石 浩康
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はじめに

 1983年にHelicobacter pylori(H. pylori)の存在が報告1)されてから約30年,さらに1994年にH. pyloriが胃の“definite carcinogen”と認定2)されてから20年が経過した.これまでH. pylori感染大国であったわが国も,やっと若年者を中心として保菌者が減少し,あと20年もすれば胃癌の少ない欧米先進国並みになると予想されている3).その頃にはおそらく,胃癌の診療現場は現在と様変わりし,また胃癌の頻度や病型,組織型も現在とは大きく異なり,それに伴って検診システムや診断方法,治療法の選択に関しての再評価が必要になっているであろう.そこで,時代の移行期にある現時点において胃癌の将来像を見据えることを目的に,本特集「Helicobacter pylori陰性胃癌」を企画した.

 なお,H. pyloriが関与しない胃癌としては,Epstein Barr virus関連胃癌,A型胃炎に発生する胃癌,家族性に発生するhereditary diffuse gastric cancerがよく知られているが,本特集ではH. pylori非感染胃粘膜に発生した通常型胃癌のみを対象とした.

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要旨 本邦において,Helicobacter pylori(H. pylori)陰性胃癌は極めてまれな疾患であり,その頻度は全胃癌の1%未満と推測される.H. pylori陰性胃癌の国際的な統一基準はない.ただし,組織学的ないし内視鏡的に萎縮性胃炎を認めた際には,H. pylori既感染例と判断するのが妥当であり,それらは真のH. pylori陰性症例ではない.H. pylori陰性胃癌症例は,臨床病理学的に特徴的な所見を呈する.特に印環細胞癌の占める割合は高く,特徴的と言える.ABCリスク検診において,A群症例にみられる胃癌症例のほとんどは,H. pylori未感染症例ではない.H. pylori陰性症例を正しく定義すれば,正しい胃癌リスク診断や,胃癌の内視鏡診断に臨床応用することができる.

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要旨 Helicobacter pylori(Hp)感染歴が全くないと考えられる状態を未感染と定義すると,Hp未感染例に発生する胃癌,すなわちHp未感染胃癌は,今後Hp感染率の低下に伴って相対的に増加するものと予想される.したがって,特に胃癌検診に従事する消化器医は,その頻度や特徴についてよく理解しておく必要がある.筆者らの検討では,Hp未感染胃癌の頻度は全胃癌822例中6例(0.7%)とまれであったが,時代的変遷からみると,III期(2001~2005年)に1例(0.7%),IV期(2006~2010年)に5例(3.1%)認められており,近年において増加傾向を示していた.Hp未感染胃癌の内視鏡像は,胃角部から胃前庭部にかけての胃底腺領域内に,境界明瞭な淡い0-IIb型の褪色病変として認識されることが多い.Hp未感染例であっても油断せずにスクリーニングをすれば,その発見は比較的容易であり,極細径内視鏡でも発見は十分に可能と考えられた.今後は同病変の自然経過についての研究も必要と思われる.

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要旨 ESDが施行されたH. pylori陰性の背景胃粘膜に発生した未分化型早期胃癌の特徴について検討した.H. pylori陰性の定義は,除菌歴なし,切除ESD標本に炎症所見なし,上部消化管内視鏡検査にて萎縮なし,RAC陽性,呼気テスト陰性,H. pylori抗体3U/ml以下,ペプシノーゲン陰性とし,すべてがそろった35症例,36病変を対象とした.男女比は19 : 16,組織型はsignet-ring cell carcinoma 35病変,poorly differentiated adenocarcinomaが1病変であった.深達度は全例Mで,大きさの平均は7.4mmであった.肉眼型は0-IIc型が30病変,0-IIb型が6病変,色調は褪色調が33病変,発赤調が3病変であった.粘膜内病変36例の粘膜内での増殖形式は,粘膜中層にとどまるものが13病変,中~上層が22病変,中~下層が1病変であった.背景は胃底腺領域が25病変,腺境界が5病変,幽門腺領域が6病変であった.ESD症例からみたH. pylori陰性未分化型早期胃癌の頻度は2.3%であった.頻度は低いが今後H. pylori陰性化時代に向けて注意すべき病変と考えられた.

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要旨 Helicobacter pylori(H. pylori)陰性分化型胃癌の臨床病理学的特徴を明らかにするために,H. pylori除菌歴のない自験胃癌切除例を対象としてH. pylori陰性胃癌を抽出し,特にH. pylori陰性分化型胃癌の臨床病理学的所見を遡及的に検討した.当センターにおいて内視鏡的ないし外科的に切除された胃癌1,065例のうちH. pylori陰性胃癌は14例(1.31%)であった.14例は分化型癌8例(57.1%),未分化型癌5例(35.7%),粘液癌1例(7.1%)に分類された.分化型癌8例中6例(75%)が低異型度胃型高分化型腺癌で,5例(62.5%)がいわゆる胃底腺型胃癌であった.また,胃底腺型胃癌は対象1,065例中10例(0.94%)を占め,H. pylori現感染もしくは既感染5例,未感染5例であった.胃底腺型胃癌の内視鏡的特徴として,萎縮のない胃底腺領域に発生し,表面に血管透見像を伴った褪色調の病変であることが多かった.また,超音波内視鏡検査(endoscopic ultrasonography ; EUS)で粘膜深層から粘膜下層でのhypoechoic lesionを6例中4例(66.7%)に認め,胃底腺型胃癌の特徴的所見である可能性が示唆された.今後,H. pylori感染率の自然低下が予想される中で,H. pylori陰性胃癌のさらなる実体解明が重要と考えた.

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要旨 胃底腺型胃癌は,Helicobacter pylori(H. pylori)と関連のない胃癌であり,低悪性度で予後良好な腫瘍と考えられていたが,高悪性度の病変も存在することが判明してきた.その発生および発育進展過程において,Wntシグナル系の活性化の関連やGNAS遺伝子変異との関連が示唆されているが,臨床的取り扱いに有用となる悪性度に関連した細胞学的および分子生物学的因子の解明が今後の課題である.胃底腺ポリープもH. pyloriと関連のない病変で,悪性の危険性はない病変とされていた.しかし,近年散発性のものでもβカテニンの遺伝子異常を認めることから腫瘍性である可能性が示唆され,まれではあるが腫瘍化した症例も報告されている.今後,H. pylori感染率が低下している中で,これら胃底腺粘膜関連病変に対して新たな視点をもって注目する必要がある.

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要旨 胃癌582例についてABC分類したところ,A群56例(9.6%),B-1群109例(18.7%),B-2群77例(13.2%),C群309例(53.1%),D群31例(5.3%)であり,A群の属する胃癌は決して少なくなかった.A群に属する胃癌の中には,Helicobacter pylori(H. pylori)未感染者も一部に認められたが,既感染者や感染持続者と思われる症例のほうが多かった.H. pylori保険診療の適用が拡大され,今後除菌治療がさらに普及すると予想される.胃癌検診においてABC分類を有効活用するめには,A群に含まれる胃癌への対応が必須であり,A群の中からH. pylori既感染者や感染持続者を抽出する方法を明らかにし,周知しなければならない.

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要旨 Helicobacter pylori(HP)感染率の低下による胃癌発生率低下の時代が到来しつつある.しかし,まれにHP未感染の非萎縮粘膜にも胃癌を認めることがあり,その胃癌には未分化型胃癌が多い.今回はHP陰性未分化型胃癌の側方進展診断におけるNBI併用拡大観察(M-NBI)の診断能を検討した.ESDを施行した未分化型胃癌においては,HP未感染の割合は15.2%と低く,かつM-NBIの側方範囲診断は不良であった.未分化型胃癌全体における白色光通常観察(C-WLI)ならびにM-NBIの側方範囲診断能には有意差がなく,さらにC-WLIに対するM-NBIの上乗せ効果も認めなかった.ともに周囲粘膜との色調差の小さい病変での誤診が多かった.また,粘膜中層から深層を這うような浸潤形式でも注意が必要である.未分化型胃癌の側方進展診断においては,C-WLIを重視し,いわゆる周囲生検を行うことが必須である.

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要旨 患者は60歳代,女性.健診の上部消化管X線造影検査で異常を指摘され,近医の上部消化管内視鏡検査で早期胃癌を認めたため,当科へ紹介され,受診となった.通常光観察では,萎縮性変化のない胃体上部前壁に20mm大の周囲と同色からやや褪色調の陥凹性病変を認めた.脱気にて病変は変形したが,ひだの集中や瘢痕所見は認めなかった.NBI拡大観察では,明瞭な境界の内部には大小不同,不均一で多様な形態の不整な微小血管と,大きさ・形状が不均一な粘膜微細表面構造を認め,胃癌と診断した.cType 0-II,cT1a,N0,M0で,ガイドライン適応病変と判断し,ESDを施行した.病理組織学的診断は,pType 0-IIc,18×18mm,tub1>>por,pM,UL(-),ly(-),v(-),HM0,VM0であった.MUC5ACとMUC6が陽性で,MUC2とCD10は陰性であったため,胃型の腺癌と診断された.

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要旨 H. pylori陰性胃癌は胃癌の中でもまれで,従来の報告では未分化の陥凹型が多い傾向にあるとされている.しかし近年,頻度は低いものの,萎縮のない胃底腺領域に発生する隆起型の胃型の腺腫や癌の報告が散見される.今回,胃底部に発生したH. pylori陰性の0-IIa型病変を報告した.本例は白色扁平隆起性病変で,胃型の粘液形質を示す低異型度分化型癌であった.萎縮のない胃粘膜に発生する隆起性病変の鑑別診断には,胃型の隆起性胃癌や胃型腺腫も念頭に置くべきと思われる.

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要旨 患者は20歳代,男性.FAPに対する上部消化管内視鏡検査にて,胃底腺ポリポーシスと胃穹窿部前壁に径10mm大の境界明瞭な褪色調平坦隆起性病変を認めた.背景胃粘膜はRAC陽性で萎縮を認めず,便中H. pylori抗原は陰性であった.NBI併用拡大内視鏡観察では,明瞭な境界を認め,表面構造は大小不同の顆粒・乳頭状様構造を呈した.生検ではGroup 3(tubular adenoma,low-grade atypia)の診断であったが,内視鏡所見から高分化型粘膜内癌の可能性を考え,ESDにて病変を一括切除した.病理診断は粘膜内胃型低異型度高分化型腺癌であった.

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要旨 患者は50歳代,男性.胃体部に数mm~10mm大の山田分類II~III型ポリープを多数認めた.背景胃粘膜に萎縮はなく,鏡検法,尿素呼気試験,血清抗H. pylori抗体ともに陰性であった.肉眼型は表面が凹凸不整であり,完全に癌合併の可能性を否定できなかったため,完全摘除生検目的で10mm大のポリープ3病変に対してEMRを施行した.病理組織結果はいずれも胃底腺ポリープ(fundic gland polyp ; FGP)であったが,そのうち1病変の表層部に高分化型管状腺癌を認め,免疫染色では癌の部分でp53とKi-67が陽性所見を示した.筆者らは,これまでにも家族性大腸腺腫症ではないFGPに胃癌を合併した症例を経験しているが,H. pylori陰性でFGPに胃癌を合併した症例を初めて経験したので報告する.

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要旨 患者は60歳,男性.心窩部痛を主訴に当科を受診した.上部消化管内視鏡検査を施行したところ,胃体部から胃角部までRAC(regular arrangement collecting venules)像が観察され,Helicobacter pylori(H. pylori)感染のない背景粘膜と判定した.萎縮のない胃底腺領域内の胃角部大彎に長径2mmの孤立した褪色域を認め,生検の病理組織学的診断はGroup V,signet-ring cell carcinomaであった.生検痕を含めてESDにて病変を一括切除したが,ESD後切除標本内に病変は認めなかった.除菌歴の既往,H. pylori感染がなく,内視鏡的萎縮や組織学的胃炎を認めなかった.H. pylori陰性胃癌と診断した.内視鏡的に萎縮に乏しい胃底腺領域(特にM領域)の限局した褪色域が,H. pylori陰性の早期印環細胞癌の発見の重要な所見と考えられた.

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要旨 患者は69歳,男性.胃X線検診で噴門部に異常を指摘され,精査目的で当センターを受診した.上部内視鏡検査では,噴門部に白苔を伴う深い潰瘍と辺縁に不整な陥凹面を認め,周囲には粘膜下層浸潤に伴うなだらかな周堤様隆起を認めた.生検組織診断では中~低分化型腺癌であった.精密X線検査は,腹部食道への浸潤と病変周囲の伸展不良所見が明瞭であり,Type 3と診断した.H. pylori除菌歴はなく,血清H. pylori抗体陰性(<3U/ml),PG(pepsinogen)法陰性,病理組織像でもH. pylori菌は認められず,内視鏡像でも萎縮性変化を認めなかった.X線検診の基準撮影法1で撮影されたX線造影像では,粘膜像,ひだの性状,ひだの分布からH. pylori未感染と考えられる所見を呈していた.病理組織診断は,大きさ50×50mm,pType 3,pT4a(SE),moderately differentiated tubular adenocarcinoma,ly3,v2,pN3a,tub2>por2>tub1>muc,large intestinal typeであった.Barrett食道は認めなかった.以上から,本症例は,H. pylori陰性の噴門部進行胃癌と診断した.

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要旨 患者は63歳,男性.大量の黒色便を主訴に入院した.小腸内視鏡および小腸X線造影検査で十二指腸上行部に有茎性の隆起性病変を認め,EUSでは粘膜下層の等エコー腫瘍であった.腹腔鏡補助下に内視鏡的切除術を施行した.病理組織学的所見によりgangliocytic paragangliomaと診断とされた.十二指腸粘膜下腫瘍の鑑別として本疾患も念頭に置くことが重要と思われた.

消化管組織病理入門講座・9

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はじめに

 十二指腸*1は胃に比べて腫瘍の頻度は低く,また,制酸剤の普及により十二指腸潰瘍の頻度が激減したこともあって,潰瘍などの非腫瘍性病変の頻度も低下した.とは言え,内視鏡医にとって十二指腸は日常診療で常に遭遇するものである.本稿では十二指腸の正常構造や比較的頻度の高い炎症性疾患と腫瘍様病変を取り扱う.

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「今月の症例」症例募集
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 「今月の症例」欄はX線,内視鏡写真など形態学的所見が読めるようにきちんと撮影されている症例の掲載を目的としています.珍しい症例はもちろん,ありふれた疾患でも結構ですから,見ただけで日常診療の糧となるような症例をご投稿ください.

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編集後記 春間 賢
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 Helicobacter pylori(以下,H. pylori)陰性胃癌について,本号ほど豊富な内容で論じられた書物は世界中どこにも見当たらない.萎縮性胃炎と腸上皮化生が胃癌の原因であることは,これまでの数え切れないほど多くの研究で明らかであった.しかしながら,何が原因で萎縮が起こり,腸上皮化生が発生するのかは長い間不明であった.その後,WarrenとMarshallにより,H. pyloriが胃粘膜より分離培養され,その菌が胃炎の原因であることが明らかになった.胃粘膜の炎症,萎縮,さらに腸上皮化生はH. pylori感染陽性者に主に認められる現象で,胃癌のH. pylori感染率が95%以上と極めて高いことからも,胃癌の原因はH. pylori感染と考えられるようになった.さらに,胃炎の血清マーカーであるペプシノゲンとH. pylori感染の有無の検査とを組み合わせたABC法が胃癌の高リスクを評価する方法として普及し,胃癌とH. pylori感染との関係はますます密接なものとなっていった.一方,どう見ても胃炎や萎縮のない胃粘膜から発生する胃癌が少数ながらあり,複数の診断を行ってもH. pylori感染を証明できない胃癌症例や,ABC法のA群から発見される胃癌があることが指摘されるようになったが,極めて稀な現象との思いがあった.

 今回の特集号は私と飯石浩康先生,八尾隆史先生の企画で進めたが,H. pylori感染と胃癌との関連が極めて多くの研究で支持されている状況下において,まず陰性胃癌を主題とした特集号が成り立つのかという危惧から始まった.しかしながら,H. pylori感染率が低下し,除菌療法が広く行われ,さらに,ABC法を用いた検診が普及する状況の中で,H. pylori陰性胃癌について検討することが極めて大きな意義をもつことがわかり,この企画は必ず取り上げなければならない,完成しなければならないという使命に変わっていった.

次号予告

基本情報

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胃と腸
49巻6号 (2014年5月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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