胃と腸 21巻2号 (1986年2月)

今月の主題 消化管の“比較診断学”を求めて(2)

序説

“比較診断学”を求めて 丸山 雅一
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 “比較診断学事始め”とも称すべき試みは既に前号においてなされている.その内容がどんなものになっているのか,実は今この序説を書き始めた段階では筆者には何の情報もない.編集子の特権をかざして事前に前号の主題論文の内容を知ったうえで,軌道修正をも含めた序説を書くことも可能だったが,それも敢えてしなかった.本号の主題論文のゲラも見ていない.“比較診断学”という言葉の妥当性をも含めて,その解釈と表現を執筆を担当された諸兄の感性に委ねることが,この主題の問題点を浮き彫りにするための最善の策と考えたからである.

 本号の座談会を読まれてその徴を感じとってもらえれば望外の幸せである.座談会を終えた時点でわれわれは“比較診断学”の目指すところ,特にその基本から応用に至る道が微かに視えたような気がした.ところが,少し時間を経て,その道を再び辿ろうとすると,どこかでそれが途切れてしまう.要するに,勘所を押えきれなくて暗中模索している状態なのである.

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要旨 “比較診断学”の1つの試みとして,食道・胃・十二指腸球部・大腸を,やや基礎的な問題に返って,内視鏡的立場から縦断的に比較検討した.最近の広角ファイバースコープは管腔性臓器の観察に適しているが,観察距離が6cm以上になると解像力は激減する.観察に当たっては,頸部および胸部食道,胃の穹窿部・体部・前庭部はそれぞれ分けて考えるべきであり,可動性がある臓器と胸腹壁に固定されたものとは区別して操作すべきである.加齢性変化もそれぞれ異なる.内視鏡では変形は十分に捉えられない.変形は粘膜下層以下の変化を示すものであるが,消化管病変の大半が粘膜から始まることを考えれば,粘膜表面を観察する内視鏡は,その早期診断により適している.

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要旨 消化管は,肉眼解剖学的には,噴門,幽門,回盲弁などの生理的狭窄部の存在によって各臓器に区別される.しかし,その生理・病理を理解するためには,各種粘膜の機能を把握することが不可欠であり,また,粘膜構造の不連続点としての粘膜境界の認識が重要となる.近年の色素内視鏡,拡大内視鏡の発達は,内視鏡像からその部の粘膜組織像を判定することを可能とした.その結果,胃粘膜の機能および消化性潰瘍の発生に大きな関与をもつ内視鏡的萎縮境界も,また注目すべき粘膜境界の1つとして検討されてきた.一見,非常に安定していると思いがちな食道胃粘膜境界や胃十二指腸粘膜境界も,また単純に噴門・幽門と同一とは考えられないことも明らかとなってきており,今後,消化管各臓器の診断学を相互に比較し,よりよく理解するためにも,その臓器境界の一層の検討が必要である.

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要旨 消化管内視鏡検査法の中にあって,色素内視鏡検査,拡大内視鏡検査は共に技術的にも診断理論の面からも完成された方法である.しかし“比較診断学”の立場に立って,再び胃と大腸の方法を相互に比較してみると,互いに学ぶべき点は少なくなく,意外な盲点にも気付くものである.“比較診断学”という古くて新しい視野の上に立って,胃と大腸の内視鏡検査を見直すことによって,新しい視野が開拓されないものか,大きな期待が持たれる.

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 丸山(司会) 本日の座談会は“消化管の診断理論の体系化をめざして”という非常に難しいテーマについてですが,御出席の先生方には活発な討論をしていただきたいと思います.

今月の症例

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〔症例の見どころ〕患者は45歳,男性.初診来院時,既に他院における検査で胃体下部前壁にⅡc型早期癌があることがわかっていたので,精密検査のつもりで前壁二重造影法を行った.以下に示すX線所見は,いずれも検者である筆者がベストと考えるものには程遠いが,バリウムと空気の量,撮影のタイミングの違いによって,同じ病変でも描出のされ方に大きな差があることを示すのに適当な症例と考えられる.

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要旨 イヌの大腸に実験大腸癌を作製すべく,ENNG含有坐剤を経肛門的に連投し,進行直腸癌のほかに,2頭のイヌに多発微小胃癌を認めた.この胃の詳細な組織学的検索により,印環細胞癌が腺頸部の単一腺管内に存在することを示唆する所見を得,2層構造,萎縮を伴わず,直接腺管から押し出されるようにして内腔および粘膜固有層に拡がる像を見つけることができた.この像は印環細胞癌の発生点および粘膜固有層へ浸潤する,今までに認められていないごく初期の像と思われ,その組織発生,増殖を論じるうえで非常に興味深い所見と考える.

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要旨 消化器の脂肪腫は比較的まれな疾患で,一般に特異的症状を欠くため,腸重積症や出血により偶然発見されることが多く,術前に診断されることは極めてまれである.最近われわれは,41歳,男性で再発を反復する十二指腸潰瘍で,潰瘍消失後も腹部に不定愁訴を残したため注腸造影を行い,回腸終末部に生じた脂肪腫を発見し,胃切除術と共にその部を切除し治癒させた症例を経験したので報告した.本例の脂肪腫は治療の対象とした原疾患と非常にかけ離れた部位にあり,このような症例は文献上あまり類をみないようである.

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要旨 患者は58歳の女性.イレウスの症状を呈し,腹部単純X線像にて左上腹部に水平像を伴った小腸ガス像を認め,上部消化管造影で小腸の完全閉塞像を認めた.手術所見では,Treitz靱帯より肛門側約1.5mの部に順行性の腸重積が認められ,これを整復するに重積部に一致し,くるみ大の腫瘤を認めた.腫瘤を含み腸切除術を施行した.腫瘤の大きさは3×3×2.8cmでポリープ状を示し,表面は赤褐色で軽い出血とびらんが認められ,割面は黄白色を呈した.病理組織学的には,腫瘤は主として粘膜表層から粘膜下層にかけて存在し,一部筋層を巻き込んでいた.周囲組織との境界は比較的明瞭であるが,被膜はみられなかった.腫瘍細胞は比較的大型で卵円形,多角形および長紡錘形で胞体には多数の特徴的な好酸性の微細顆粒が認められた.胞体内顆粒はSudan black B染色,Oil red O染色で強陽性,PAS染色およびS-100蛋白染色でそれぞれ弱陽性,Alcian blue染色で陰性であった.抗S-100蛋白抗体を用いた免疫組織学的検索では明らかな陽性反応が得られなかったが,電顕的には顆粒はautophagosomeあるいはsecondary lysosomeと考えられる顆粒細胞腫で報告されている形態が観察された.以上の所見より顆粒細胞腫と診断し,しかもatypicalな核を有する点,mitosisを認めることより,組織学的には悪性の可能性もあると老えた.患者は術後2年6か月を経た現在,健在である.

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要旨 患者は59歳,男性.空腹時心窩部痛を主訴として来院.胃X線・内視鏡検査にて2個のvillous tumorを認めた.極めて柔らかな隆起で,表面は“soap-bubble”様の所見を呈し,生検用鉗子を隆起の奥深く容易に挿入できた.切除胃にて,1個は大きさ12×9.5×1.5cm,小さな癌巣の散在するcarcinoma in villous adenomaであり,他の1個は大きさ2×1.5×3.5cm,villous adenomaであった.術前著明な低蛋白血症(5.2g/dl)があったが,胃切除後正常化した.

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要旨 患者は49歳の男性.間歇的な腹痛と下痢のため2年間で12kgの体重減少がみられたので来院・小腸X線検査では回腸に粘膜皺の集中を伴う潰瘍性病変が多発していたので右半結腸切除術を行った.切除標本では境界鮮明で粘膜皺の集中を伴う慢性の潰瘍性病変を回腸に12個,回盲弁上に1個,上行結腸に2個を認め,盲腸に1個の憩室がみられた.組織学的には乾酪変性やサルコイド様肉芽腫のみられない非特異性,Ul-Ⅳの慢性潰瘍であった.術後1年8か月を経た現在,口腔内アフタ以外のBehcet病の臨床症状は認められず経過は良好である.このような症例には術中の内視鏡下の観察が有用であると考えられた.

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要旨 大腸Crohn病で治療中の31歳の男性に十二指腸潰瘍が併発し,手術を余儀なくされた.切除胃ならびに生検肝組織の詳細な検索により以下の所見を得た.十二指腸潰瘍は通常の消化性潰瘍の形態とは異なり,fissuring ulcer,粘膜下組織を横走する膿瘍,類上皮細胞肉芽腫がみられ,一般的な大腸小腸Crohn病にみられる所見に一致すると考えられた.肉眼的に著変のない胃の胃底腺,幽門腺領域に腺頸部を中心にリンパ球を中心とする単核細胞浸潤による組織破壊巣がみられ,一部は明らかな類上皮細胞肉芽腫に連続した.肝門脈域にも同様な類上皮細胞肉芽腫を認めた.これらはCrohn病の肉芽腫形成の病理組織学的初期病変と考えられるが,臨床的に明らかな病変へ移行することは極めてまれなことと考えられた.

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要旨 患者は35歳,男性.1983年9月下痢・下血・腹部膨満感を訴え精査治療目的にて入院.腹部単純写真にて,肝彎曲部に近い上行結腸に一致して類円形大小不同のガス像を認めた.注腸X線写真では,充盈像において上行結腸に径2~18mmの類円形の陰影欠損像が散在的に認められた.二重造影では,無茎性で表面は平滑なX線透過度の高い気腫性病変の所見を認めた.大腸内視鏡検査では,上行結腸に大小の表面平滑な隆起性病変が認められ,腫瘤粘膜表面の発赤・びらん・出血は認められず,粘膜下腫瘍様の所見であった.上行結腸囊腫様気腫と診断したが,粘膜下腫瘍および悪性腫瘍を完全に否定できなかったために家族の同意を得て手術を施行した.摘出標本では,隆起性病変は弾力性に富み針の刺入によって簡単につぶれ,内容物は気体で無臭であった.病理組織学的には,囊胞壁は扁平な1層の内皮様細胞や多核巨細胞で囲まれていて,上皮などのliningはみられなかった.患者の職業はペンキ屋で十数年来有機溶剤を使用しており,強く因果関係が疑われた.比較的まれな上行結腸囊腫様気腫の1例を経験したので報告した.

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要旨 患者は60歳女性.主訴は左上腹部痛.注腸X線検査において下行結腸上部に狭窄を認めた.内視鏡検査では粘膜に著変はないが,狭窄のため更に口側へは挿入不能であった.以上より結腸腫瘍を疑い手術を施行した.腫瘍は下行結腸のほぼ脾彎曲部に存在し,間膜側を中心にほぼ全周性に浸潤,著明な腸管の狭窄を呈していた.しかし,粘膜面には変化はなく,リンパ節および周辺臓器への明らかな転移も認められなかった.左側結腸切除,脾摘,膵尾部切除および横行結腸S状結腸端端吻合を施行した.腫瘍の大きさは6×3.2×1.4cm,割面は白黄色,漿膜下組織に存在し,一部筋層に浸潤,組織学的にはmalignant fibrous histiocytoma(MFH)であった.術後6か月で右後腹膜に再発を認め,3年6か月後死亡した.MFHは主として四肢および後腹膜軟部組織に発生し,消化管原発のMFHは本例も含め内外で5例の報告があるにすぎない.

胃と腸カンファレンス

この症例をどう考えるか 山田 直行
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症例の概要 患者:61歳,男性.既往歴;1952年虫垂切除,1965,1967年肺結核,1979年より糖尿病食事療法,1981年より肝硬変,同年10月Ⅱc型早期胃癌にて胃切除術を施行.現病歴:1985年7月食道静脈瘤の有無を主目的として上部消化管内視鏡検査を施行し,乳頭部病変を指摘された.理学的には肝を剣状突起下3横指触知する以外に特記すべき所見はない.なお膵管・胆管系の拡張はなく,膵・胆道系酵素は正常である.

 以下の点につき御検討ください.①乳頭部病変は病理組織学的に増殖性病変と考えるべきでしょうか.増殖性病変とすると腺腫でしょうか高分化型癌でしょうか.②同病変を内視鏡的にはどう診断すべきでしょうか.③外科的手術か経過観察か,臨床的にはどう対処すべきでしょうか.

初心者講座

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II.撮影技術-その2

(2)前庭部撮影法―再立位第1斜位

 前回,前庭部の空気少量の二重造影法と圧迫法について述べた.この2つの検査法の組み合わせで,前庭部の多くの病変は拾い上げることができる.

 前庭部の圧迫法は,本来は十分に造影剤で充盈させ,できるだけ広い範囲を丁寧に行うのが本筋である.しかし,これを早い時期に行うと造影剤の十二指腸係蹄への流出を起こし,その後の二重造影像を阻害するので,二重造影撮影前の圧迫像はいい加減な圧迫で妥協せざるを得ない.

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欧文目次

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 Endoscopic removal of common bile duct stones through the intact papilla after medical sphincter dilatation:Starit M, Poralla Y, et al(Gastoroenterology 88:1807-1811, 1985)

 総胆管遺残結石に対する外科的治療は疾病率,死亡率が高く,溶解療法は時間がかかるうえに結石の組成により成果が異なるという問題があり,この10年間内視鏡的結石除去術が注目を集めた.しかし,通常の方法は乳頭切開術を必要とし,これには約8%の重篤な合併症と1~2%の死亡率を伴うことが報告されている.最近,バルーンカテーテルを用いた内視鏡的乳頭拡張術が導入され,この方法によると乳頭切開術を必要とせず,それによる合併症を避けることができるが,特別な器具と高度な技術を要する.そこで,著者らは乳頭切開術によらず,ニトログリセリン(GTNと略)のOddi筋拡張作用を応用し,胆管結石の内視鏡的治療を試みた.GTNは舌下に投与されると1~2分後に血中濃度が最高となり,半減期は約5分であることが既に示されている.

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 Angiodysplasia as a cause of upper gastrointestinal bleeding:Clouse RE, Costigan DJ, Mills BA, et al(Arch Intern Med 145:458-461, 1985)

 胃と小腸の近位部分のangiodysplasiaは,近年上部消化管出血の原因として知られるようになった.同様な血管病変が結腸ではよく知られているが,これらの恐らく後天的と思われる異常の原因はわかっていない.大動脈弁疾患との関連が言われている.1981年までに報告された症例の15%で,大動脈弁疾患が合併していた.結腸の血管病変は,通常大動脈弁狭窄のある老人患者で発見されている.

書評「腹部CT診断」 蜂屋 順一
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 “画像をして語らしめよ”―画像診断のテキストの根底はやはり“画像”そのものである.一般のX線写真に比べてCT画像はコントラストが強く,印刷技術の面からは視覚的に美しいテキストに仕上げやすいものに属する.しかし,症例の選択,画像表示条件,トリミング,配置,アノテーション,解説などをどれだけ綿密に検討し手を入れるかによって出来上がりは大いに異なるものであり,配慮の行き届いた画像はそれなりの迫力を示す.

 平松,河野,黒崎,斎田の諸氏の共著による「腹部CT診断」はまずこの意味で実によくできている.新刊の本書を手にして頁を繰り,最初に感ずるのはこのことである.

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 Growth rate of asymptomatic hepatocellular carcinoma and its clinical implications:Sheu J-C, Sung J-L, et al(Gastroenterology 89:259-266, 1985)

 肝細胞癌の発育速度は,その自然経過を明らかにし,治療効果や予後を評価するのに重要である.著者らが2年間にスクリーニング検査で発見した無症状肝細胞癌100例のうち少なくとも1か月以上の間隔で2回以上超音波検査が行われ,腫瘍が明瞭に描出され,腫瘍は類円形,抗癌治療は未施行の4条件を満足した28例(平均年齢56歳),31腫瘍について,発育速度を超音波検査により36~860日,平均238日間追跡した.31腫瘍は,初め径1.1~4.1cm(平均2.3cm)で最終的に径1.2~8.7cm(平均3.9cm)となった.なお腫瘍11個は切除,10個は針生検,3個は細胞診,7個はAFP値,血管造影,CT検査により肝細胞癌と診断された.3回以上大きさを測定しえた17腫瘍のうち,追跡中縮小を認めた2腫瘍を除く15腫瘍の対数発育曲線は,ほぼ直線になった.

編集後記 竹本 忠良
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扇谷正造が,「『あとがき』」というものは,むつかしいものである.毎回,本文の方を書くよりも頭をいためている」と書いていたので,彼でもそうなのかと安心したことがある.

 この号,“比較診断学”の第2号である.幸い,力作がそろってホッとしているが,「比較診断学とはなにか」ということに対するコンセンサスが得られていない現状では,あえて消化器病学の真空地帯に挑戦したと言えるかもしれない.

基本情報

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胃と腸
21巻2号 (1986年2月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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